2019/04/20 - 2019/04/20
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この旅行記のスケジュール
2019/04/20
-
フィンランド駅
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サンクトペテルブルグで目ぼしい観光スポットには大体行ったが,超一級の観光歴史都市であり,まだまだ行くところはあります.翌日はモスクワへの移動日なので,サンクトペテルブルグ最後となる7日目は,日露戦争日本海海戦にもバルチック艦隊の一隻として参戦した巡洋艦オーロラが係留されていて,博物館にもなっているので,行くことにしました.乗員兵はロシア革命ではボルシェビキ側に付き,10月革命のは始まりとなる冬宮にあった臨時政府攻撃開始の砲撃を行ったことで,ロシア革命の象徴になっていました.
その後にフィンランド駅,レーニン広場にも行きました.巡洋艦オーロラに加えレーニンにも触れたことで,ロシア革命について学ぶ契機になりました.
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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7泊したPushka Innホテル. 宮殿広場へは3‐4分の近さです.
プシュカ イン ホテル ホテル
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まず朝に宮殿広場に行くと,軍楽隊が行進してました.
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エミルタージュ冬宮前に整列し,演奏の訓練を始めました.かなりの人数です.
ウクライナやシリアで実戦を戦っている軍なので,軍楽隊とは云っても迫力を感じました.宮殿広場 広場・公園
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指揮官. 左の銀色のオブジェはこの軍楽隊のシンボルのよう.
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軍楽隊には女性もいました.
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前から撮った整列して演奏する軍楽隊. 遠方にはイサク聖堂.
5/9の第2次世界大戦戦勝記念行事に向けた練習であろうか. -
こちらにも別組織らしい小軍楽隊がおり,負けじと演奏してました.
この宮殿広場は,ロシア革命の10月革命の中心地で,旧参謀本部右翼部分は今も軍が使用しており,軍の中心地であるようです.この後に,ロシア革命の10月革命に関わりのある巡洋艦オーロラと,レーニン広場のレーニンを訪ねることになり,ロシア革命について学ぶ機会になりました. -
トロツキー橋を渡ってネヴァ川の対岸に行くが,橋の脇に停泊していた帆船.
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帆船はやはりレストランになっていた.
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地図の位置から,ピョートル大帝がペトロパヴロフスク要塞建築の指揮をするのに建てた小屋のピュートル小屋博物館かと思ったが,それはこの建物の右横で,これは違った.でも屋上にはロシア国旗ありだった.
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係留されている巡洋艦オーロラ.
このオーロラは日露戦争の1905年日本海海戦にもバルチック艦隊の一隻として参戦したが,沈没を免れて残った.その後,1917年ロシア革命で大きな役割を果たし,10月革命の象徴にもなっているのです.訪れる海外観光客はあまり多くないですが,行きました.巡洋艦オーロラ 観光名所
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巡洋艦オーロラの大砲.
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巡洋艦オーロラの前の(エカテリーナ宮殿と同じ)水色の建物.
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巡洋艦オーロラ入口のところのアコーディオン弾きおじさん.
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ここにも宮廷衣装の男女.
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巡洋艦オーロラへも行列 - 手荷物検査の進みが遅く30分程待った.
入場料は意外に高く700ルーブル(約1400円).
ロシア人には(敗戦だった)日本海海戦は興味ないだろうが,ロシア革命関係で興味あるよう. -
橋を渡って入る時の艦側の大砲.
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巡洋艦オーロラの甲板.
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通信室.
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艦内の展示室.
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航行中の巡洋艦オーロラ.
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戦闘中の巡洋艦オーロラ.
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戦闘中の巡洋艦オーロラ.
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軍旗.
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海軍兵らしい人も見学.
もしかして怪しいと思ってか私を見ているよう. -
1904年からのバルチック艦隊の東アジアへの行動.
[参考] 日本海海戦の話: https://bushoojapan.com/tomorrow/2019/05/27/21435 -
対馬海峡辺りでの行動(1905年日本海海戦).
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日本海海戦(1905)でのオーロラの作戦行動.
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日本海海戦での三笠艦上の東郷平八郎提督(連合艦隊司令官).
敵将でも敬意を示しているようだった. -
1917年の10月革命で臨時政府の拠点・冬宮(今のエミルタージュ美術館)を襲撃するオーロラ乗員兵.
<ロシア革命の概要>: 第一次世界大戦で困難な状況に陥ると1017年2月に首都ペトログラード(サンクトペテルブルク)でストライキとデモが頻発し,ニコライ2世は退位し300年のロマノフ朝は終焉した(2月革命).そして臨時政府が誕生したが,貴族や富豪によるブルジョワ政治だった.一方で首都であるペトログラードにはソビエトという労働者たちの会議が権力を握る組織が存在し,二重権力の状態となり,ソビエトたちは臨時政府と激しく対立.そのような時レーニンが亡命先のスイスから帰国し,ボリシェビキや赤軍を創設し、リーダーとして臨時政府と対峙する.まともな軍隊を持たなかった臨時政府は本部がある冬宮が制圧され,臨時政府は崩壊してソビエト政権が成立する(10月革命).そして1918年にはロシア=ソビエト社会主義共和国連邦が成立.さらに1922年にはソビエト社会主義共和国連邦が成立.(ニコライ2世は1918年7月に一家と共に監禁地で処刑される.)
10月革命の時,オーロラ乗員兵はボリシェビキ側につき,臨時政府の冬宮を砲撃を開始し攻撃したのでした.このためオーロラはロシア革命の象徴になっている(それでロシア人の訪問者が多い). -
上の景色と同じ場所の,今の旧参謀本部中央通路部の写真.
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10月革命で臨時政府の拠点・冬宮(今のエミルタージュ美術館)を襲撃するオーロラ乗員兵.
なお冬宮の色ですが,建てられた18世紀半ばの外壁は薄い黄色,19世紀半ばは薄いピンクに,20世紀には赤茶色に塗られていた.第2次大戦時はグレーに塗られていたが,その後に薄緑(パステルグリーン)に塗られ,現在に至っている.従って,この1917年当時は赤茶色なのでした. -
巡洋艦オーロラ訪問のプーチン大統領.
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船頭部甲板の大砲.
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船頭部からの艦橋.
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巡洋艦オーロラ甲板.
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現役海軍兵らしき集団.
これで退艦しました. -
オーロラの前の上階部がやはり水色の建物.
まだ時間があるので,フィンランド駅,レーニン広場に行くことにします. -
ネヴァ川支流のポリシャヤ・ネフカ川に架かるサンプソニエフスキー橋.
この橋を渡ります. -
川の対岸からの巡洋艦オーロラ.
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フィンランド駅に行く途中に兵士集団に遭遇しました.
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この辺り兵士が多いと思ったら,レーニン広場の横のこの大きな建物はコンサートホールとなっているが,軍施設のミハイル王子工兵学校でもあるようでした(写真を撮るのはNGかも).
レーニン広場のコンサートホール 劇場・ホール・ショー
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フィンランド駅 ― ヘルシンキからの国際高速列車アレグロが着く駅.レーニンも亡命から帰国時にここに着いた.
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フィンランド駅前のレーニン広場.
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レーニン広場とレーニン像. 後ろはフィンランド駅.
レーニン広場 広場・公園
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レーニン像UP.
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リチューイヌイ橋でネヴァ川を渡り,一旦ホテルに戻ることにします.
リチェーイヌイ橋 散歩・街歩き
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途中にあった工芸博物館 ― 入らず.
サンクトペテルブルク工芸博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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工芸博物館.
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工芸博物館の前にあった趣のある建物.
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ホテルに戻る途中に立ち寄った血の上の救世主教会.
これでこの巡洋艦オーロラに行った旅行記はおわりです.
サンクトペテルブルグの残った写真は次の旅行記にまとめ,サンクトペテルブルグを終ります.ハリストス復活大聖堂 (血の上の救世主教会) 寺院・教会
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