1990/01/02 - 1990/01/05
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かちかち山たぬ吉さん
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1月2日、12日目。
午前3時に目覚め、寝付かれずにS氏と飲酒。酔いが回って朝食はほとんど食べられず。
午前中はレニングラード郊外のピョートル夏の宮殿へ。独ソ戦による破壊を克服し、恐ろしいまでに完璧に復元されたこの国の至宝だ。
壁に貼られていた布を復元する際には、まず当時の機織り機を復元しそれを使って織ったというから徹底している。
ロシア人は大雑把なところもあれば底知れないしぶとさも持ち合わせている。そのうえあの芸術上の繊細さは何だ。不思議な民族だ。
そこで私はワルシャワ市街の復元に携わった老レンガ職人の話も思い出した。
彼は「この建物のどこそこのレンガには傷がついていた。だから私は傷を裏にしてレンガを積んだよ。」と証言した。よってレンガに証言通りの傷がつけられそれを裏にして積まれたそうだ。
完璧を求めるのはロシア人だけでなく、東欧人の国民性なのかもしれない。
ホテルに戻って昼食、そして眼前に広がる氷結したバルト海の上を歩く。晴天である。
大自然と向き合っている自分がちっぽけな存在に感じるが、とても満ち足りた思いにも包まれている。
「これを悟りというのかな」と心の中で笑う。
横浜のイラストレーターさんがソニーのビデをカメラを持って来ていた。当時としては物珍しく高価な品だ。そのビデオで氷上の彼女たちを撮って回り、怪しげなポーズまで要求した。ホテルでの撮影会を提案したが断られた。
15時、80人乗りの頼りない双発ツポレフ機でレニングラード空港を離陸、再びモスクワへ。
ちなみに帰国後まもなく同型機が墜落している。でももう引退している機体なので安心だ。
この日モスクワではロシアのジプシー達が主演する「ロメン劇場」の公演があったのだが、モスクワに到着したのは公演開始後だった。
ロシアジプシーの歌に興味があった私は、一度その公演を見たいと思って添乗員さんに日程などを調べてもらったのだが、残念ながら時間が合わなかった。
ロシアジプシーの歌としては日本でも「黒い瞳」や「二つのギター」が知られている。
ジプシー(ロマ族)は北インドに由来する人たちで中世のころに西へ向けて移動し始めた。
歌舞音曲を得意とする彼らはヨーロッパ各地にその文化を定着させやがて流浪生活を辞めていった。
特に東ヨーロッパやロシアでは、領主たちがジプシー楽団を屋敷に住まわせて歌舞音曲を楽しんだ他、領地に劇場を作って公演もさせた。
こうして1931年にはモスクワに国立のジプシー劇場「ロメン」が創設され、現在も歌や寸劇の公演が続けられている。
ちなみにスペインのジプシー達は、東欧経由ではなく中東→エジプト経由でスペインにたどり着いたと言われている。フラメンコのカンテ(歌)部分がイスラム教のコーランの節回しに似ているのがその証拠で、「ジプシー」という言葉自体が「エジプシー」(エジプト人)を語源とすると言われている。
また彼らは「ジプシー(ロシア語ではツィガーン)」という呼び名を蔑称だとは考えていない。発売するCDには英語で「Gipsy」と表記しているし、「Roma」という表記が逆に珍しい。
20時にホテル「コスモス」で夕食、22時に自宅への電話がつながる。何事もなく安堵。
明日のモスクワ観光が済むと夜には飛行機でハバロフスクに発つ。もうこの旅行もフィナーレだ。
(この日は二日酔いのため画像が極端に少ない。よって「ロメン劇場」の画像2枚もネットからアップ。)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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