
2018/04/19 - 2018/04/21
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三峯霧美さん
桜が散りそろそろ京都も落ち着て来たかしらと、また一人旅に出ました。
秋からいろいろあって気持ちも落ち着いて旅に出る気になりました。
「傷心のひとり旅」とか言いますが、悩み事も傷ついた出来事も、一人で旅に出られる程度なら大した事はないって知りました。知りたくなかったですけどね。
というわけで、今回はたまたま、妙心寺大雄院から襖絵の特別公開のお誘いが来たので、それと合わせて、今まで遠いという理由で先送りにしていた高雄と大原と、京都駅近くで取りこぼしていたお寺を廻る二泊三日の京都の旅です。
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10:08 京都駅に着きました。
ほぼ毎回、新幹線と宿泊のパック旅行を手配するのですが、今回は東京駅発の新幹線の出発が7:50という、今まででいちばん遅い時間、京都駅着が10時過ぎ。
まずは大きな荷物をデリバリーで宿に送ってもらう手配をして、バスターミナルに向かいます。京都駅 駅
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10:21 一日目の行き先は高雄 JRバスの栂ノ尾(とがのお)行のバスで終点まで移動します。
案内係りのオジサンがいるバス乗り場、既に数人の方が並んでバスが来るのを待っています。 -
10:27 バス到着、さっそく乗り込み発車を待っていると、乗車口から女性が大きな声で「たかやまでらには行きますか~?」とバスの運転手さんに聞いていた。
運転手さん「はい行きますよ、こうざんじ」とお返事。
そうなんです、高雄にある「高山寺」はこうざんじと読みます。
私も最初「たかやまでら」だと思いました。
10:30 バスは空席が多い状態で出発です。 -
JRの花園駅からタクシーという手もありますが、翌日の大原でタクシーを使うので、一日目は節約重視でバスをチョイス。
市内の渋滞を突っ切り、周山街道の山道を登って行きます。
11:27 終点 栂ノ尾バス停到着です。1時間は乗りでがある。 -
バス停から高山寺の裏参道を登って行きます。
いきなり新緑がものすごく綺麗です。もう、この景色だけで来て良かったと思います。 -
こういう案内図、好きだな~。
デフォルメされて、決して実測通りじゃないので、ときどき騙されますが、作成者の何を一番見て欲しいのかが分かります。 -
裏参道入り口です。
いきなり「史跡高山寺境内」という石碑と説明文がありますが、右側の説明文はほぼ読み取れない。 -
見上げると、なにこれ、ぜんぶもみじじゃないの?
秋はすごいことになるんだろうな、これが全部赤く色づくなんて、絶景でしょうね。
もちろん青もみじも綺麗です。 -
で、見上げた目線を右手に向けると、これから登って行く石段が見えてきました。
一緒にバスに乗ってきた人はとっくに登って行ったようで、息を上げてヘロヘロになって登る醜態をさらさずに済んだな、などと考える。 -
苔が綺麗だな~、緑が綺麗だな~と休み休み登って行きます。
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やっと登りの終わりが見えてきた。
高山寺の塀が風情ありますね。
高雄は少しずつ距離を置いて三つのお寺が並んでいます。
高雄(尾)、槙尾(まきのお)、栂尾(とがのお)で三尾(さんび)と呼ばれます。一番奥がこの高山寺の栂尾。 -
奈良時代、774年に光仁天皇の勅願で建立されたと伝わりますが、当時の史料は無く、山岳修行の「度賀尾寺」「都賀尾坊」と呼ばれる寺院があったそうです。
平安時代は神護寺の別院で神護寺十無尽院がありました。やっぱり神護寺から離れた場所にある修行の場だったようです。 -
山門、これから拝観する「石水院」は有料ですが、それ以外の山内は無料です。
ただし、11月の紅葉の時期は山内も拝観料が必要です。
大きな白い犬を連れたご夫婦がいて、お寺の黒ワンコとガウガウして、びっくりした。高山寺 寺・神社・教会
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拝観入り口はこちらから。
高山寺は鎌倉時代1206年、明恵上人により中興されます。
実質、高山寺を名乗るのはそれからなので、その時の明恵上人が開基と言ったところですね。
明恵上人は武士の家に生まれ、8歳で父母を亡くし、母方の叔父を頼り神護寺で出家、後鳥羽上皇から栂尾を与えられました。 -
中興のころは大門、金堂、三重塔、阿弥陀堂、経堂と沢山の堂宇があったそうです。
経堂だったのがこの石水院、それ以外は全部、戦乱や火災で焼失しました。 -
順路に沿ってお堂の縁側を廻っていくと、この光景。
ああ、何度も雑誌やWebで見たことのある印象的な「廂の間」(ひさしのま)
石水院はもともと金堂の東にあった東経堂で、その後、春日・住吉明神を祀り経堂兼社殿となり、明治に入って様式を変えて現在地に移転しました。 -
というわけで鎌倉時代の建物で国宝です。
この廂の間は春日・住吉明神の拝殿だったというので、この造りに納得しました。 -
廂の間からのお庭も素敵。
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善財童子像、いつもシルエットでしか登場しないので、しっかりお顔を撮影しました。
明恵上人は善財童子を敬愛していたそうですよ。
ちょっとヨガのポーズみたいですが、衣の形状から歩いているのでしょう。 -
南側からは山々の景色と庭の木々が一体となった景色、座敷の奥から見ると額縁効果で素敵です。
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1206年に後鳥羽上皇からこの地を賜った明恵、その際に下賜された勅額と言われます。
「日出先照高山之寺」朝日が真っ先に照らすのは高い山の頂上という意味で、光り輝く寺であれというお寺の名前の由来です。 -
しばらく、座敷に座って景色を眺めました。
高山寺は文化財を数多く所蔵しています。一番有名なのが鳥獣戯画の絵巻。
本物は東京と京都の国立博物館に寄託されていますが、ここではレプリカを見ることができます。
教科書に載るほど有名なカエルとウサギたち。 -
御朱印を頂きました。
本尊釈迦如来。 -
欲しかった鳥獣戯画の御朱印帳も頂いて来ました。
2種類で色違いで2色あって、迷ってこちらにしました。
鳥獣戯画グッズはたくさんあって、どれも欲しくなりましたが、我慢しました。
iPhoneのケースもあったのですが、型遅れで残念でした。 -
門のそば、石楠花が咲き始めていました。
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振り返ると、先ほど登ってきた裏街道と石垣の塀がいかにも日本的。タイムスリップしたみたい。
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すぐ目の前に茶畑があります。日本最古の茶畑という石碑が立っています。
栄西禅師が持ち帰った茶の実を山内で育て、修行中の眠気防止に使われました。
栂尾のお茶は味が良いことで評判となり、栂尾産のお茶を「本茶」と言い、それ以外の土地のお茶は「非茶」と呼んだそうです。
茶に非ずとは、プライドと差別感がすごい。 -
宇治のお茶はこの地の茶が広まったと伝わります。
今でも茶摘みするんだそうですよ。 -
右手に昭和初期に造られた茶室がありますが、通常非公開。
木漏れ日に彩られた石段を登って行きます。
石垣は塔頭や伽藍が並んでいた名残。 -
開山堂 江戸時代の建物です。
明恵が入滅した禅堂院の跡地に建立されました。
室町時代に兵火で焼失し、江戸時代に再建されました。
明恵上人の像が安置されているそうですが引き戸が閉まっていて見られません。
参拝者はご夫婦が一組だけ、一緒のバスに乗ってきた人はもう、とっくにどこかに行っちゃった。 -
明恵上人御廟
明恵上人の墓所で、お堂の中に古い五輪塔が納められているそうです。 -
さらに山を登って行きます。
古いお堂があった場所は、その後に木が生えて、結構な大木になっているようです。
なので、たくさんの伽藍が並んでいたとは想像がつかない。 -
小さなお堂に守られているのは、なんでしょう?
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仏足石でした。
江戸時代のものですが、境内に参道を示す石碑があるので、お参りする人が多かったようです。 -
本堂
中興当時は運慶作の丈六廬舎那仏が置かれていたそうです。
残念ながら室町時代に焼失して、現在のお堂は江戸時代に御室仁和寺の真光院から移築したものです。 -
本尊の釈迦如来像が安置されているそうですが、こちらも扉が閉まっています。
石水院以外の山内は無料ですから。 -
春日社 鎮守として勧請されました。
緑の中に鮮やかな朱色が目を引きます。 -
こちらが表参道、帰りは表参道を降りて行きます。
急な石段が続きます。 -
坂と石段の表参道、木漏れ日が綺麗です。
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石灯籠が立つあたりに大門があったそうです。
ひし形に踏み石が並ぶ参道がいい感じ。 -
最後の石段の手前で振り向くと、左手に「栂尾山 高山寺」の石碑。
富岡鉄斎の書で、明治時代の住職と親交があり、高山寺をよくおとずれていたそうです。 -
12:20 こちらが表参道の入り口。
ここから周山街道を下って西明寺に向かいます。 -
初夏のような陽気です、橋のたもとに自販機があるので飲み物を購入。
神護寺まで歩くので、倒れないように水分補給をしないとね。
橋は清滝川にかかる白雲橋。 -
橋から川面を覗き込む。清流です。
ランチはこの近くの瓦に乗せた蕎麦を出すお店で頂きたかったのですが、定休日でした。(2019年は定休日はありません)
残念、仕方ないので、神護寺の参道の茶屋まで我慢です。 -
周山街道を折れて下り坂を降りて行きます。
なんだかこの辺、渓谷沿いという事もあり、道が錯綜していてわかりにくい。 -
坂を下りると、指月亭という茶屋。
営業してるのかな?お客さんいないし・・・やっぱり、神護寺まで我慢だな。 -
12:30 西明寺
清滝川を渡る指月橋、お寺の入り口です。
木々が重ね合わさり、渓谷の奥なので、日陰と日向が極端なコントラスト。 -
西明寺の奥の山はミツバツツジがが群生していて、開花すると山肌がピンクに染まるそうですが、こちらも見頃は過ぎました。
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青もみじに覆われた石段を登って行きます。
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宝篋印塔 川を見下ろすように建っています。
もう少し、頑張って登ります。 -
大界外相の石柱 ここから先は清浄な場所という結界の意味だそうです。
表門が見えてきました。 -
石灯籠が並ぶ表門、色づくもみじが迎えてくれました。
槙尾山 西明寺
830年頃に空海の高弟、智泉大徳が神護寺の別院として創建したと伝わります。その後荒廃。西明寺 寺・神社・教会
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鎌倉時代に入ると、和泉国槇尾山寺(施福寺)の我宝自証が再興し、後宇多天皇の発願により、平等心王院の院号となりますが、室町時代に兵火により焼失。
安土桃山時代に再興され、江戸時代に桂昌院によって再建されました。 -
園芸品種で常に赤いモミジ。綺麗ですね。
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門の内側も燈篭が並びます。
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本堂に向かって右側に聖天堂。江戸時代に建てられました。
先日おまいりした浅草の聖天様と同じ大根と巾着がそめられた幕がかかっています。
歓喜聖天 倍返りのお守りが置いてありました。
出て行ったお金が倍になって戻ってくるんだそうですよ。
倍返しだ! 流行りましたね。面白かったけど、見てて疲れるドラマだった。 -
表門の正面が本堂
桂昌院の寄進で再建された総ケヤキ造。
ご本尊は釈迦如来像 運慶作
千手観世音菩薩像、愛染明王像をお参りしました。 -
脇に廻ると苔の庭。
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御朱印を頂きました 釈迦如来。
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本堂と客殿の前、大きな木の下に石楠花が咲いています。
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桜もミツバツツジも10日ほど前に散りました。
西明寺では参拝者は他に誰もいませんでした。 -
12:49 指月橋に戻らず、裏の車道から神護寺方面に向かいます。
あまり下りきらずに神護寺に行けるかと、ほのかな希望。 -
ここにも小さな茶畑がありました。
あと2週間ほどで茶摘みですね。 -
凄い急坂です。
やっぱり川に降りていくことになるのですが、ちょっとだけショートカットしました。 -
天気が良くて助かりました。
前年の春の京都はちょうど天候が悪い周期にあたり、ずっと傘を持ち歩いていました。でも、わざと満開を外したのに、滞在中に開花してラッキーでした。 -
観光客が通らない橋は色気のない普通の橋です。対岸に渡ります。
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清滝川の流れを見ながら、駐車場の脇をとおり、神護寺に向かいます。
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12:58 高雄橋 ここを渡ると神護寺の参道です。
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橋から見る錦雲峡 絶景ポイントって紹介するサイトがあります、
まあ、きれいだけど、西明寺の辺りの方が綺麗じゃない?
まずは神護寺の参道でお昼ご飯を食べなくちゃ!
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