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佐賀と福岡の名城巡りです。福岡城紹介の締め括りです。福岡城は、天守台はあるものの、天守閣の有無が長い間議論されてきてきましたが、いまだその決着はついていないようです。個人的には、天守閣は建造されたものの、早い時期に取り去られたとする説に賛成です。

2018暮、佐賀と福岡の名城(3/12):12月1日(3):福岡城(3):礎石、紅葉、打込み接ぎ

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2018/12/01 - 2018/12/02

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旅人のくまさん

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佐賀と福岡の名城巡りです。福岡城紹介の締め括りです。福岡城は、天守台はあるものの、天守閣の有無が長い間議論されてきてきましたが、いまだその決着はついていないようです。個人的には、天守閣は建造されたものの、早い時期に取り去られたとする説に賛成です。

交通手段
高速・路線バス 新幹線 JRローカル
  • 説明文を探してみましたが、見つかりませんでしたので、推測で説明しておきます。二段になった敷石の四方に、それより一段高い敷石がありました。その間隔と、敷石の大きさからみて、かなりの高さの楼閣があった場所のように見えました。場所は、二の丸エリアだったようですが、本丸エリアかも知れません。(ウィキペディア)

    イチオシ

    説明文を探してみましたが、見つかりませんでしたので、推測で説明しておきます。二段になった敷石の四方に、それより一段高い敷石がありました。その間隔と、敷石の大きさからみて、かなりの高さの楼閣があった場所のように見えました。場所は、二の丸エリアだったようですが、本丸エリアかも知れません。(ウィキペディア)

  • 二段になった敷石の四方にあった、それより一段高い敷石のズームアップ光景です。これも推測ですが、周りの敷石を含めて、そのまま残された遺跡のようにも見えました。開けた場所に位置していますから、御殿跡などかも知れません。(同上)

    二段になった敷石の四方にあった、それより一段高い敷石のズームアップ光景です。これも推測ですが、周りの敷石を含めて、そのまま残された遺跡のようにも見えました。開けた場所に位置していますから、御殿跡などかも知れません。(同上)

  • 同じく、二段になった敷石の四方にあった、それより一段高い敷石のズームアップ光景です。四つだけでなく、もっと他にも礎石があったのかも知れませんが、二段になった敷石の上の礎石は、四つで完結しているような雰囲気もありました。これ以上の推測は無意味のようですから、これまでにしておきます。(同上)

    同じく、二段になった敷石の四方にあった、それより一段高い敷石のズームアップ光景です。四つだけでなく、もっと他にも礎石があったのかも知れませんが、二段になった敷石の上の礎石は、四つで完結しているような雰囲気もありました。これ以上の推測は無意味のようですから、これまでにしておきます。(同上)

  • 話題を代えて、江戸時代に外様大名だった黒田氏の石高の推移についての紹介です。徳川幕府によって1641~1643年に編纂された『寛永諸家系図伝』によれば、黒田氏は、戦国時代後期に活動した播磨国の国人領主・黒田重隆まで遡ることができます。重隆は、播磨の有力豪族・小寺氏に重臣として仕えた武将であり、孝高の祖父にあたります。引き続いて箇条書きで紹介します。(同上)

    話題を代えて、江戸時代に外様大名だった黒田氏の石高の推移についての紹介です。徳川幕府によって1641~1643年に編纂された『寛永諸家系図伝』によれば、黒田氏は、戦国時代後期に活動した播磨国の国人領主・黒田重隆まで遡ることができます。重隆は、播磨の有力豪族・小寺氏に重臣として仕えた武将であり、孝高の祖父にあたります。引き続いて箇条書きで紹介します。(同上)

  • *福岡藩・黒田氏の石高の推移です。<br />○1580年:黒田官兵衛:1万石(播磨国の一部)<br />○1584年:黒田官兵衛:5万石(播磨国の一部)<br />○1587年:黒田官兵衛:12万石(豊前国中津へ移封、太閤検地後17万石)<br />○1600年:黒田長政:52万3000石(筑前国へ移封・福岡藩の立藩)(同上)

    *福岡藩・黒田氏の石高の推移です。
    ○1580年:黒田官兵衛:1万石(播磨国の一部)
    ○1584年:黒田官兵衛:5万石(播磨国の一部)
    ○1587年:黒田官兵衛:12万石(豊前国中津へ移封、太閤検地後17万石)
    ○1600年:黒田長政:52万3000石(筑前国へ移封・福岡藩の立藩)(同上)

  • ○1623年:黒田忠之:43万3000石(黒田長政の三男・長興の秋月藩5万石分与、黒田高政 東蓮寺藩4万石分与により)<br />○1720年~1871年:黒田継高:47万3000石(東蓮寺藩の廃藩により4万石が福岡藩に返還)<br />○1871年(明治4年):廃藩置県 (同上)

    ○1623年:黒田忠之:43万3000石(黒田長政の三男・長興の秋月藩5万石分与、黒田高政 東蓮寺藩4万石分与により)
    ○1720年~1871年:黒田継高:47万3000石(東蓮寺藩の廃藩により4万石が福岡藩に返還)
    ○1871年(明治4年):廃藩置県 (同上)

  • 難攻不落と言われた福岡城の特徴等についての説明です。この福岡城のモデルは、豊臣秀吉の朝鮮攻めの際に眼にした、朝鮮の難攻不落の城・晋州城をモデルにしたとされます。『晋州城(ちんじゅうじょう:チンジュソン)』の旅行記の紹介です。<br /> 2011春、韓国旅行記23(15)晋州、晋州城、北将台<br /> https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/10828117/ (ウィキペディア)

    難攻不落と言われた福岡城の特徴等についての説明です。この福岡城のモデルは、豊臣秀吉の朝鮮攻めの際に眼にした、朝鮮の難攻不落の城・晋州城をモデルにしたとされます。『晋州城(ちんじゅうじょう:チンジュソン)』の旅行記の紹介です。
     2011春、韓国旅行記23(15)晋州、晋州城、北将台
     https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/10828117/ (ウィキペディア)

  • 韓国の『晋州城(チンジュソン)』は、韓国南部地方、慶尚南道(キョンサンナムド)の晋州(チンジュ)市を代表する史跡です。14世紀の『高麗(コリョ)時代末期』に外敵の侵入を防ぐための石造りの城として造られました。豊臣秀吉が朝鮮半島を侵攻した『文禄・慶長の役(1592~1598年:韓国では壬辰倭乱(イムジン・ウェラン)と呼ばれます)』では、激戦が繰り広げられた歴史の地です。(同上)

    韓国の『晋州城(チンジュソン)』は、韓国南部地方、慶尚南道(キョンサンナムド)の晋州(チンジュ)市を代表する史跡です。14世紀の『高麗(コリョ)時代末期』に外敵の侵入を防ぐための石造りの城として造られました。豊臣秀吉が朝鮮半島を侵攻した『文禄・慶長の役(1592~1598年:韓国では壬辰倭乱(イムジン・ウェラン)と呼ばれます)』では、激戦が繰り広げられた歴史の地です。(同上)

  • 『晋州城』の紹介が続きます。『南江(なんこう:ナムガン)』を望む楼閣の『矗石楼(ちょくせきろう:チョッソンヌ)』をはじめ、『義岩(ぎがん:ウィアム)』などの史跡、国立晋州博物館などの見どころが多くあり、何度か見学しました。<br /> 2011春、韓国旅行記23(12)晋州、晋州城、矗石楼<br /> https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/10828075/

    『晋州城』の紹介が続きます。『南江(なんこう:ナムガン)』を望む楼閣の『矗石楼(ちょくせきろう:チョッソンヌ)』をはじめ、『義岩(ぎがん:ウィアム)』などの史跡、国立晋州博物館などの見どころが多くあり、何度か見学しました。
     2011春、韓国旅行記23(12)晋州、晋州城、矗石楼
     https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/10828075/

  • 福岡城の紹介に代わります。三之丸から二の丸から本丸から天守と綺麗に一段ずつ高さが高くなる構造をしていることが特徴の一つです。戦の際に攻め手にとっては非常に攻めづらい構造となっています。明治の廃城令によって多くに建物が解体されましたが、しかし、現在でも福岡城跡には移築された櫓や城門などが残っています。<br />*写真は、打ち込み接ぎの石垣のズームアップ光景です。(ウィキペディア)

    福岡城の紹介に代わります。三之丸から二の丸から本丸から天守と綺麗に一段ずつ高さが高くなる構造をしていることが特徴の一つです。戦の際に攻め手にとっては非常に攻めづらい構造となっています。明治の廃城令によって多くに建物が解体されましたが、しかし、現在でも福岡城跡には移築された櫓や城門などが残っています。
    *写真は、打ち込み接ぎの石垣のズームアップ光景です。(ウィキペディア)

  • 福岡城は、南二の丸多聞櫓とそれに続く南二の丸南隅櫓などは、国の重要文化財、伝潮見櫓・大手門・祈念櫓・母里太兵衛邸長屋門が福岡県指定文化財、名島門が福岡市文化財などに指定されていて、見どころは十分にあります。<br />*写真は、高台になった城内から眺めた陸上グラウンドと、その背後の市街の光景です。陸上グラウンドは、かつての城域内になります。(同上)<br />

    福岡城は、南二の丸多聞櫓とそれに続く南二の丸南隅櫓などは、国の重要文化財、伝潮見櫓・大手門・祈念櫓・母里太兵衛邸長屋門が福岡県指定文化財、名島門が福岡市文化財などに指定されていて、見どころは十分にあります。
    *写真は、高台になった城内から眺めた陸上グラウンドと、その背後の市街の光景です。陸上グラウンドは、かつての城域内になります。(同上)

  • 関ヶ原の戦いの翌年の1601年(慶長6年)に築城が開始され、7年の歳月をかけて1607年(慶長12年)に、総面積80万㎡(24万坪)・東西1km・南北700mの全国でも有数の規模の平山城が完成しました。初代城主の黒田長政の時代です。海側から城を望むと、鶴が羽ばたく姿に似ていることから、別名『舞鶴城』とも呼ばれます。<br />*写真は、福岡城址の紅葉と市街のビル群の光景です。(同上)

    関ヶ原の戦いの翌年の1601年(慶長6年)に築城が開始され、7年の歳月をかけて1607年(慶長12年)に、総面積80万㎡(24万坪)・東西1km・南北700mの全国でも有数の規模の平山城が完成しました。初代城主の黒田長政の時代です。海側から城を望むと、鶴が羽ばたく姿に似ていることから、別名『舞鶴城』とも呼ばれます。
    *写真は、福岡城址の紅葉と市街のビル群の光景です。(同上)

  • 福岡城には、天守台・本丸・二の丸・三の丸と47の櫓と10を越える城門がありました。さらに城郭は堀に囲まれ、上之橋御門・下之橋御門・追廻門の三つの橋からしか城内へ入ることが出来ない縄張りでした。築城名人の加藤清正が高く評価し、戦の際「自身の築城した城は3~4日で落ちるが、福岡城は30~40日は落ちない」と賞賛したようです。ただし、熊本城築城以前のエピソードかも知れません。(以上)

    福岡城には、天守台・本丸・二の丸・三の丸と47の櫓と10を越える城門がありました。さらに城郭は堀に囲まれ、上之橋御門・下之橋御門・追廻門の三つの橋からしか城内へ入ることが出来ない縄張りでした。築城名人の加藤清正が高く評価し、戦の際「自身の築城した城は3~4日で落ちるが、福岡城は30~40日は落ちない」と賞賛したようです。ただし、熊本城築城以前のエピソードかも知れません。(以上)

  • 『福岡城跡整備基本計画(平成26年6月:福岡市制定)』に纏められている城址の植生についての紹介です。<br />1.樹木の概要<br />○城跡内の中高木の総本数は約4,000本です。 <br />○城跡内の中高木の樹種数は106種で、主な樹種は、常緑樹はクスノキ・(続く)

    『福岡城跡整備基本計画(平成26年6月:福岡市制定)』に纏められている城址の植生についての紹介です。
    1.樹木の概要
    ○城跡内の中高木の総本数は約4,000本です。
    ○城跡内の中高木の樹種数は106種で、主な樹種は、常緑樹はクスノキ・(続く)

  • ツバキ・クロガネモチ、落葉樹はサクラ・ウメ・ムクノキ・エノキ、針葉樹はマツ・カイヅカイブキで、その他イチョウがあります。<br />○城跡内の低木の総面積は約12,800㎡で、そのうちの9割が常緑樹です。樹種数は40種で、ツツジ類が多く、次いでサンゴジュ・アベリア・シャリンバイ・トベラが多い。(続く)

    ツバキ・クロガネモチ、落葉樹はサクラ・ウメ・ムクノキ・エノキ、針葉樹はマツ・カイヅカイブキで、その他イチョウがあります。
    ○城跡内の低木の総面積は約12,800㎡で、そのうちの9割が常緑樹です。樹種数は40種で、ツツジ類が多く、次いでサンゴジュ・アベリア・シャリンバイ・トベラが多い。(続く)

  • 2.花木等: 花木・草本類で、春夏秋冬の花が楽しめる配慮となっています。 <br />○特にサクラ(約1,000本)・ウメ(約350本)は市内の名所となっています。 <br />○フジ・ボタン・シャクヤク園も規模は大きい。 <br />○平和台陸上競技場や二ノ丸内に洋風花壇も整備されています。(続く)<br />*写真は、公孫樹の黄葉光景です。

    2.花木等: 花木・草本類で、春夏秋冬の花が楽しめる配慮となっています。
    ○特にサクラ(約1,000本)・ウメ(約350本)は市内の名所となっています。
    ○フジ・ボタン・シャクヤク園も規模は大きい。
    ○平和台陸上競技場や二ノ丸内に洋風花壇も整備されています。(続く)
    *写真は、公孫樹の黄葉光景です。

  • 3.土塁周りの樹木<br />○土塁上の中高木の総本数は、約1,000本で公園全体の約1/4弱です。<br />○低木はほとんど見られず総面積は約250㎡です。 <br />○北側土塁上の樹木は、落葉樹(サクラ等)とマツです。 <br />○南西面の土塁上の樹木は、常緑樹(クスノキ・カシ・シイ)の大木が多い。(続く)

    3.土塁周りの樹木
    ○土塁上の中高木の総本数は、約1,000本で公園全体の約1/4弱です。
    ○低木はほとんど見られず総面積は約250㎡です。
    ○北側土塁上の樹木は、落葉樹(サクラ等)とマツです。
    ○南西面の土塁上の樹木は、常緑樹(クスノキ・カシ・シイ)の大木が多い。(続く)

  • 4.石垣周りの樹木<br />○石垣内に自生した高木が、二ノ丸・本丸内の一部に見られます。 <br />○同上内の石垣の裾部分に低木が植栽されたところが多い。(続く)<br />*写真は、城内の観光案内です。左向きの矢印で、長屋門、名島門、大手門、潮見櫓と大濠公園が案内されていました。

    4.石垣周りの樹木
    ○石垣内に自生した高木が、二ノ丸・本丸内の一部に見られます。
    ○同上内の石垣の裾部分に低木が植栽されたところが多い。(続く)
    *写真は、城内の観光案内です。左向きの矢印で、長屋門、名島門、大手門、潮見櫓と大濠公園が案内されていました。

  • 『福岡城むかし探訪館』の入口付近の光景です。黒田孝高(よしたか:官兵衛)・長政親子らしいキャラクター人形が飾ってありました。間違って紹介しそうでしたが、左のお椀のような赤い兜が父の官兵衛(如水)、右の角付きの兜が、子の長政です。長政が、福岡城の初代城主ですが、主役は官兵衛の方のようでした。

    イチオシ

    『福岡城むかし探訪館』の入口付近の光景です。黒田孝高(よしたか:官兵衛)・長政親子らしいキャラクター人形が飾ってありました。間違って紹介しそうでしたが、左のお椀のような赤い兜が父の官兵衛(如水)、右の角付きの兜が、子の長政です。長政が、福岡城の初代城主ですが、主役は官兵衛の方のようでした。

  • 名前:『ソメイヨシノ(染井吉野)』:推定<br />分類:バラ科サクラ属<br />分布:日本原産<br />その他:染井吉野の紅葉光景のようです。日本の春を象徴する花木です。福岡城の堀に向かって枝を伸ばしていました。

    名前:『ソメイヨシノ(染井吉野)』:推定
    分類:バラ科サクラ属
    分布:日本原産
    その他:染井吉野の紅葉光景のようです。日本の春を象徴する花木です。福岡城の堀に向かって枝を伸ばしていました。

  • 5.外来樹(城址の植生紹介の続きです)<br />○特に本丸・二ノ丸に多数植えられています。 <br />○昭和 30~40 年代に植栽されたもので、当時公園樹として多用されていた樹種です。(キョウチクトウ・サンゴジュ・イチョウ・メタセコイア他) (続く)<br />*写真は、以上に紹介した中では、落葉樹の中高木に分類されるようです。

    5.外来樹(城址の植生紹介の続きです)
    ○特に本丸・二ノ丸に多数植えられています。
    ○昭和 30~40 年代に植栽されたもので、当時公園樹として多用されていた樹種です。(キョウチクトウ・サンゴジュ・イチョウ・メタセコイア他) (続く)
    *写真は、以上に紹介した中では、落葉樹の中高木に分類されるようです。

  • 6.堀の植物 <br />○ツクシオオガヤツリ(福岡県指定天然記念物)が数カ所で群生します。 <br />○夏季を中心に一面にハスが群生し、冬季には水藻が多量発生します。(続く)<br />*写真は、黄葉の樹木越しに眺めた石垣と城壁の光景です。

    イチオシ

    6.堀の植物
    ○ツクシオオガヤツリ(福岡県指定天然記念物)が数カ所で群生します。
    ○夏季を中心に一面にハスが群生し、冬季には水藻が多量発生します。(続く)
    *写真は、黄葉の樹木越しに眺めた石垣と城壁の光景です。

  • 遺跡内の植生は、以上の通りです。直径 2.0m内外の大木(クスノキ)もあり、江戸時代中・後半期頃からのものと推定されます。城内の植物のうち特に樹木は、公園として植樹、保全されてきたため、豊かな緑が形成されています。ただし、その一方で、城の石垣への影響や、石垣の景観を遮蔽する等の問題を抱えるものも見受けられます。(以上)

    遺跡内の植生は、以上の通りです。直径 2.0m内外の大木(クスノキ)もあり、江戸時代中・後半期頃からのものと推定されます。城内の植物のうち特に樹木は、公園として植樹、保全されてきたため、豊かな緑が形成されています。ただし、その一方で、城の石垣への影響や、石垣の景観を遮蔽する等の問題を抱えるものも見受けられます。(以上)

  • 名前:『ホシハジロ(星羽白):オス』:推定<br />分類:カモ目カモ科ハジロ属<br />分布:ヨーロッパからシベリア(バイカル湖)までの地域で繁殖。<br />その他:冬季に日本に飛来します。植物の種子や昆虫などを食べます。<br />

    名前:『ホシハジロ(星羽白):オス』:推定
    分類:カモ目カモ科ハジロ属
    分布:ヨーロッパからシベリア(バイカル湖)までの地域で繁殖。
    その他:冬季に日本に飛来します。植物の種子や昆虫などを食べます。

  • 名前:『ヒドリガモ(メス)』:推定<br />分類:カモ目カモ科マガモ属<br />分布:ユーラシア大陸北部に広く分布・繁殖。<br />その他:オナガガモ、マガモ、コガモなどと並んで、日本で最も普通に見られるカモ類とされます。

    名前:『ヒドリガモ(メス)』:推定
    分類:カモ目カモ科マガモ属
    分布:ユーラシア大陸北部に広く分布・繁殖。
    その他:オナガガモ、マガモ、コガモなどと並んで、日本で最も普通に見られるカモ類とされます。

  • 名前:『ヒドリガモ(メス)』:推定<br />分類:カモ目カモ科マガモ属<br />分布:ユーラシア大陸北部に広く分布・繁殖。<br />その他:ヒドリガモの成鳥の雄は、額から頭頂がクリーム色で、顔から頸が茶褐色、胸は薄い茶色です。

    名前:『ヒドリガモ(メス)』:推定
    分類:カモ目カモ科マガモ属
    分布:ユーラシア大陸北部に広く分布・繁殖。
    その他:ヒドリガモの成鳥の雄は、額から頭頂がクリーム色で、顔から頸が茶褐色、胸は薄い茶色です。

  • 名前:『ヒドリガモ(メス)とホシハジロ(オス)』:推定<br />分類:カモ目カモ科マガモ属<br />分布:ユーラシア大陸北部に広く分布・繁殖。<br />その他:右下がホシハジロのオス、左上がメスのヒドリガモのようでしたが、間違っているかも知れません。

    名前:『ヒドリガモ(メス)とホシハジロ(オス)』:推定
    分類:カモ目カモ科マガモ属
    分布:ユーラシア大陸北部に広く分布・繁殖。
    その他:右下がホシハジロのオス、左上がメスのヒドリガモのようでしたが、間違っているかも知れません。

  • 日本百名城(第85番)の福岡城の見学を終えたところで、次に向かったのは、同じく日本百名城(第86番)の大野城です。大野城は、韓国・百済の白村江(での戦いで敗れた大和朝廷が、新羅・唐連合軍の来襲に備えて、大宰府を防衛するために造ったとされる朝鮮式の山城です。その太宰府方面に電車で移動しました。(ウィキペディア)

    日本百名城(第85番)の福岡城の見学を終えたところで、次に向かったのは、同じく日本百名城(第86番)の大野城です。大野城は、韓国・百済の白村江(での戦いで敗れた大和朝廷が、新羅・唐連合軍の来襲に備えて、大宰府を防衛するために造ったとされる朝鮮式の山城です。その太宰府方面に電車で移動しました。(ウィキペディア)

  • 福岡駅構内の光景です。電光表示板はJRの案内、現在時刻は11時40分でした。西鉄電車の都府楼前駅で下車することにしました。西鉄電車は、福岡市(博多)と大牟田市を結びますので、若い頃に何度も利用しました。(同上)

    福岡駅構内の光景です。電光表示板はJRの案内、現在時刻は11時40分でした。西鉄電車の都府楼前駅で下車することにしました。西鉄電車は、福岡市(博多)と大牟田市を結びますので、若い頃に何度も利用しました。(同上)

  • こちらの電光表示は、西鉄電車の太宰府市にある西鉄都府楼前駅構内の光景になるようです。現在時刻は12時3分ほど前です。駅名の由来となっている『都府楼(大宰府政庁跡)』は、この駅から700m(徒歩で約8分)ほどです。(同上)

    こちらの電光表示は、西鉄電車の太宰府市にある西鉄都府楼前駅構内の光景になるようです。現在時刻は12時3分ほど前です。駅名の由来となっている『都府楼(大宰府政庁跡)』は、この駅から700m(徒歩で約8分)ほどです。(同上)

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