千葉旅行記(ブログ) 一覧に戻る
私たちは、相当古くから現在の国道410号に相当する路があったと想像しています。<br />長狭街道から国道410号を南下すると5キロくらいで「千葉酪農のさと」があります。日本の酪農の発祥の地です。乳牛を飼育し、1793年、日本で初めて牛乳からバターが作られました。作らせたのは徳川八代将軍吉宗。<br />富津からここまでは道があったということです。<br />もともと戦国時代に里見氏が切り開いた、軍馬を育てる牧場でした。<br />里見氏は本拠地館山から海沿いに千倉まで来て、北上したかもしれません。太平洋まで道が古くからあったと考えていいでしょう。<br />さらに、大井神社の前を通って南下すると、宮下と沓見(くつみ)の莫越山(なこしやま)神社があります。10世紀以前に確実に存在した神社です。<br />宮下の莫越山神社の近くには永野台古墳があります。安房では珍しい高塚式古墳です。5世紀後半の古墳だそうです。<br />さらに丸城址があります。12世紀にはこの地方に勢力をもっていた丸(まる)氏の居城といわれています。<br />丸氏の先祖となる豪族がこの地で栄え、5世紀に古墳を造り、二つの莫越山神社を創った、わくわくするような想像です。<br /><br />いろいろ旅の前提があります。恐縮ですが、詳細は以下をご覧になってください。<br />「日本書紀編その一、房総海の路序章」<br />https://4travel.jp/travelogue/11418839<br />「日本書紀編その二、房総海の路・ヤマトタケルを祀る神社」<br />https://4travel.jp/travelogue/11423588<br />「日本書紀編その三、房総海の路・式内社-安房国から長狭国葦浦まで」<br />https://4travel.jp/travelogue/11423588<br />「日本書紀編その四、房総陸の路・熱田神社、下立松原神社」<br />https://4travel.jp/travelogue/11428536<br />「日本書紀編その五、房総陸の路・長狭街道、高蔵神社、大井神社」<br />https://4travel.jp/travelogue/11431129<br /><br />

七十路夫婦 ヤマトタケルを旅する 日本書紀編その六、房総陸の路・莫越山神社2社

40いいね!

2018/11/23 - 2018/11/23

4150位(同エリア29572件中)

しにあの旅人

しにあの旅人さん

私たちは、相当古くから現在の国道410号に相当する路があったと想像しています。
長狭街道から国道410号を南下すると5キロくらいで「千葉酪農のさと」があります。日本の酪農の発祥の地です。乳牛を飼育し、1793年、日本で初めて牛乳からバターが作られました。作らせたのは徳川八代将軍吉宗。
富津からここまでは道があったということです。
もともと戦国時代に里見氏が切り開いた、軍馬を育てる牧場でした。
里見氏は本拠地館山から海沿いに千倉まで来て、北上したかもしれません。太平洋まで道が古くからあったと考えていいでしょう。
さらに、大井神社の前を通って南下すると、宮下と沓見(くつみ)の莫越山(なこしやま)神社があります。10世紀以前に確実に存在した神社です。
宮下の莫越山神社の近くには永野台古墳があります。安房では珍しい高塚式古墳です。5世紀後半の古墳だそうです。
さらに丸城址があります。12世紀にはこの地方に勢力をもっていた丸(まる)氏の居城といわれています。
丸氏の先祖となる豪族がこの地で栄え、5世紀に古墳を造り、二つの莫越山神社を創った、わくわくするような想像です。

いろいろ旅の前提があります。恐縮ですが、詳細は以下をご覧になってください。
「日本書紀編その一、房総海の路序章」
https://4travel.jp/travelogue/11418839
「日本書紀編その二、房総海の路・ヤマトタケルを祀る神社」
https://4travel.jp/travelogue/11423588
「日本書紀編その三、房総海の路・式内社-安房国から長狭国葦浦まで」
https://4travel.jp/travelogue/11423588
「日本書紀編その四、房総陸の路・熱田神社、下立松原神社」
https://4travel.jp/travelogue/11428536
「日本書紀編その五、房総陸の路・長狭街道、高蔵神社、大井神社」
https://4travel.jp/travelogue/11431129

旅行の満足度
5.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
自家用車
  • 古代のますらを、ヤマトタケルは、確実に天羽からこのコースを辿ったとおもいます。<br />目的地は千倉の下立松原(しもだてまつばら)神社、あるいは、沓見の莫越山神社から海岸線に出て直接葦浦(あしうら)、現在の鴨川江美吉浦を目指したかもしれません。<br />

    古代のますらを、ヤマトタケルは、確実に天羽からこのコースを辿ったとおもいます。
    目的地は千倉の下立松原(しもだてまつばら)神社、あるいは、沓見の莫越山神社から海岸線に出て直接葦浦(あしうら)、現在の鴨川江美吉浦を目指したかもしれません。

  • まず宮下の莫越山神社を訪れます。

    まず宮下の莫越山神社を訪れます。

  • 鳥居の向こうの山が莫越山、ここに奥宮が今もあり、かつてはこの神社は奥宮の遙拝所として建てられたそうです。

    鳥居の向こうの山が莫越山、ここに奥宮が今もあり、かつてはこの神社は奥宮の遙拝所として建てられたそうです。

  • 二の鳥居。

    二の鳥居。

  • 拝殿です。<br />ご祭神は<br />手置帆負命(たおきほおいのみこと)<br />彦狭知命(ひこさしりのみこと)<br />共に工匠の神様です。家の棟上げ式のときにお祀りされる神様で、安房開拓の祖と言われる忌部(いんべ)氏の神様です。<br /><br />創建当時のご祭神は忌部氏の神様ではなく、この土地の豪族の氏神様であったと思います。<br />

    拝殿です。
    ご祭神は
    手置帆負命(たおきほおいのみこと)
    彦狭知命(ひこさしりのみこと)
    共に工匠の神様です。家の棟上げ式のときにお祀りされる神様で、安房開拓の祖と言われる忌部(いんべ)氏の神様です。

    創建当時のご祭神は忌部氏の神様ではなく、この土地の豪族の氏神様であったと思います。

  • 青空がきれいな日でした。

    青空がきれいな日でした。

  • こうして千数百年、

    こうして千数百年、

  • この村を守り続けていらっしゃいます。

    この村を守り続けていらっしゃいます。

  • 常夜灯が印象的でした。

    常夜灯が印象的でした。

  • 常夜灯の足の細工が細かい。

    常夜灯の足の細工が細かい。

  • 本殿右側より。

    本殿右側より。

  • 左側より。<br />おそらく本殿本体を守るための覆屋だと思います。<br />

    左側より。
    おそらく本殿本体を守るための覆屋だと思います。

  • 周囲は絵に描いたような日本の田舎です。

    周囲は絵に描いたような日本の田舎です。

  • 神社全景と

    神社全景と

  • 莫越山全景。<br />刈り入れの終わった田んぼ。のどかです。<br />

    莫越山全景。
    刈り入れの終わった田んぼ。のどかです。

  • しかしこの神社は奥が深いのです。<br />由緒によれば、創建は養老2年(718年)。<br />千葉県神社庁HPによれば、近くで6,7世紀ごろの屋根瓦などが出土しているそうです。創建はもっと遡ります。実際の創建が文献上の創建より古いと想像される稀な例です。<br />前述のように近くの永野台古墳は5世紀末のものだそうです。その古墳を造ったこの地方の小豪族が、氏神を祀るために創建した神社ではないか。かなり根拠のある想像だと思います。<br />ではその小豪族とは。<br />近くの丸城址。その城主丸氏の祖先ではないか。<br /><br />源頼朝が伊豆の合戦で敗れて房総に逃げたとき、房総の豪族を頼りました。その一人が丸氏でした。もともと丸氏は源氏の家人で、この地域一帯の在地豪族でした。<br />このあたりの地名は丸本郷です。<br />国道410号にそって丸山川が流れ、太平洋に注ぎます。古代は地名を一族の名乗りにするのが普通ですから、丸氏はこの地域のいわば生え抜きでしょう。永野台古墳の主を丸氏と考えるのは無理がないと思います。<br /><br />私たちはこの房総の旅で、旅のヤマトタケルを迎えたであろう人を、初めて具体的にイメージできました。丸氏のだれかが、この莫越山神社の近くで、ヤマトタケルを迎えたのです。<br /><br />この原稿を書いている時点、2018年12月、スポーツ新聞を賑わしているのは、プロ野球の丸佳浩選手です。丸選手は千葉県勝浦出身。6世紀ごろ、時を遡ること1400年、丸選手のご先祖が、この地で最初のヤマトタケルを出迎えたと、想像させて頂きます。<br />「丸」は古代、「わに」と発音しました。ヤマトタケルはしたがって、「やあ、わにさん」と古代日本語で、丸選手のご先祖に話しかけたのでした。<br />

    しかしこの神社は奥が深いのです。
    由緒によれば、創建は養老2年(718年)。
    千葉県神社庁HPによれば、近くで6,7世紀ごろの屋根瓦などが出土しているそうです。創建はもっと遡ります。実際の創建が文献上の創建より古いと想像される稀な例です。
    前述のように近くの永野台古墳は5世紀末のものだそうです。その古墳を造ったこの地方の小豪族が、氏神を祀るために創建した神社ではないか。かなり根拠のある想像だと思います。
    ではその小豪族とは。
    近くの丸城址。その城主丸氏の祖先ではないか。

    源頼朝が伊豆の合戦で敗れて房総に逃げたとき、房総の豪族を頼りました。その一人が丸氏でした。もともと丸氏は源氏の家人で、この地域一帯の在地豪族でした。
    このあたりの地名は丸本郷です。
    国道410号にそって丸山川が流れ、太平洋に注ぎます。古代は地名を一族の名乗りにするのが普通ですから、丸氏はこの地域のいわば生え抜きでしょう。永野台古墳の主を丸氏と考えるのは無理がないと思います。

    私たちはこの房総の旅で、旅のヤマトタケルを迎えたであろう人を、初めて具体的にイメージできました。丸氏のだれかが、この莫越山神社の近くで、ヤマトタケルを迎えたのです。

    この原稿を書いている時点、2018年12月、スポーツ新聞を賑わしているのは、プロ野球の丸佳浩選手です。丸選手は千葉県勝浦出身。6世紀ごろ、時を遡ること1400年、丸選手のご先祖が、この地で最初のヤマトタケルを出迎えたと、想像させて頂きます。
    「丸」は古代、「わに」と発音しました。ヤマトタケルはしたがって、「やあ、わにさん」と古代日本語で、丸選手のご先祖に話しかけたのでした。

  • 妻がおもしろい写真をとりました。神社の境内の木立の間でした。<br />ヤマトタケルと丸選手のご先祖の周りでも、こうして蜘蛛がのんびり巣を張っていたかもしれない。<br />

    妻がおもしろい写真をとりました。神社の境内の木立の間でした。
    ヤマトタケルと丸選手のご先祖の周りでも、こうして蜘蛛がのんびり巣を張っていたかもしれない。

  • 季節が今頃であれば、何十代も前のこのサザンカが咲いていたかもしれない。

    季節が今頃であれば、何十代も前のこのサザンカが咲いていたかもしれない。

  • 410号をさらに南下し、沓見の莫越山神社にやってきました。

    410号をさらに南下し、沓見の莫越山神社にやってきました。

  • 延喜式内社です。<br />ご祭神は宮下の莫越山神社と同じ、<br />手置帆負命(たおきほおいのみこと)<br />彦狭知命(ひこさしりのみこと)<br />共に工匠の神様です。<br />

    延喜式内社です。
    ご祭神は宮下の莫越山神社と同じ、
    手置帆負命(たおきほおいのみこと)
    彦狭知命(ひこさしりのみこと)
    共に工匠の神様です。

  • 参道正面階段。

    参道正面階段。

  • 階段右の女坂を登ります。

    階段右の女坂を登ります。

  • 木立の間に美しい神社が。

    木立の間に美しい神社が。

  • 樹齢数百年のスタジイに迎えられて、

    樹齢数百年のスタジイに迎えられて、

  • 厳かな拝殿にやってきました。

    厳かな拝殿にやってきました。

  • この神社もお参りしていたのは私たちだけでした。

    この神社もお参りしていたのは私たちだけでした。

  • チリ一つなく、静かでした。またひとつ、私たちだけの「いいね」の神社にお参りできました。

    チリ一つなく、静かでした。またひとつ、私たちだけの「いいね」の神社にお参りできました。

  • 拝殿奥の本殿ですが、

    拝殿奥の本殿ですが、

  • 棟持柱(むなもちばしら)です。外削ぎ(外宮)の正当な神明造りです。関東大震災で崩壊後の再建だそうです。

    棟持柱(むなもちばしら)です。外削ぎ(外宮)の正当な神明造りです。関東大震災で崩壊後の再建だそうです。

  • 拝殿右隣の若宮神社。<br />ご祭神には、<br />

    拝殿右隣の若宮神社。
    ご祭神には、

  • 日本武尊(やまとたけるのみこと)が。<br />明治時代の建立のようですが、またひとつヤマトタケルの足跡がありました。<br /><br />☆☆☆<br /><br />私たちが気になったのは、「莫越山」という地名です。<br />この神社が祀られている丘そのものを莫越山というそうですが、「莫」とは「なかれ」、禁止の意味です。「莫越」とは「越すなかれ」。<br />宮下の莫越山神社も背後の奥宮は莫越山にありました。<br />「山を越すなかれ」<br />だれが、だれに対し言ったのでしょう。<br />得意の空想を働かせてみました。<br /><br />前述のようにこのあたりは古代の豪族丸氏の勢力範囲でした。古代では丸は「わに」とよみました。「和珥」とも表記します。「わに」氏は海人族(あまぞく)であるという説もあります。<br />ここから得意の学説のつまみ食いです。<br />安房は、千葉県では珍しく古墳の少ない地域です。ということは、6世紀くらいまで、古墳を造らない文化の民族が住んでいたのではないか。黒潮にのって南からやってきた海人族です。<br /><br />丸山川の上流から古墳を造るヤマトの部族が南下してきました。<br />海人族は丸山川にそって北上します。そして莫越山神社の近くでヤマト部族と境を接します。<br />「この山を越すなかれ」つまり国境ということです。<br />莫越山神社とは、10世紀初めの延喜式に書かれている神社名です。それ以前に創建されたことが確実な神社です。<br />つまり「莫越山」は遙か昔から存在する地名です。<br />その後二つの部族は融合し、海人族はヤマト文化を受け入れ永野台古墳を造り、今の丸城址に本拠を構え、後年丸(わに)氏となる。<br />こういう空想はいかがでしょうか。<br /><br />肝心のヤマトタケルがどっかにいってしまいました。<br />いまでも異民族間の結婚によるハーフには美人が多いと言われます。<br />6世紀ころここにやってきたヤマトタケルは、ハーフの美女に心を引かれながらも、葦浦に向かって旅立ったと、とんでもなく強引に落ちをつけさせていただきます。<br /><br />次回はいよいよ、「浦横渡玉浦至蝦夷境」(玉浦を横切って蝦夷の支配地に入った)という、日本書紀の語る、ヤマトタケルの房総の旅後半に入ります。「玉浦」とは現在の九十九里浜と言われています。<br />

    日本武尊(やまとたけるのみこと)が。
    明治時代の建立のようですが、またひとつヤマトタケルの足跡がありました。

    ☆☆☆

    私たちが気になったのは、「莫越山」という地名です。
    この神社が祀られている丘そのものを莫越山というそうですが、「莫」とは「なかれ」、禁止の意味です。「莫越」とは「越すなかれ」。
    宮下の莫越山神社も背後の奥宮は莫越山にありました。
    「山を越すなかれ」
    だれが、だれに対し言ったのでしょう。
    得意の空想を働かせてみました。

    前述のようにこのあたりは古代の豪族丸氏の勢力範囲でした。古代では丸は「わに」とよみました。「和珥」とも表記します。「わに」氏は海人族(あまぞく)であるという説もあります。
    ここから得意の学説のつまみ食いです。
    安房は、千葉県では珍しく古墳の少ない地域です。ということは、6世紀くらいまで、古墳を造らない文化の民族が住んでいたのではないか。黒潮にのって南からやってきた海人族です。

    丸山川の上流から古墳を造るヤマトの部族が南下してきました。
    海人族は丸山川にそって北上します。そして莫越山神社の近くでヤマト部族と境を接します。
    「この山を越すなかれ」つまり国境ということです。
    莫越山神社とは、10世紀初めの延喜式に書かれている神社名です。それ以前に創建されたことが確実な神社です。
    つまり「莫越山」は遙か昔から存在する地名です。
    その後二つの部族は融合し、海人族はヤマト文化を受け入れ永野台古墳を造り、今の丸城址に本拠を構え、後年丸(わに)氏となる。
    こういう空想はいかがでしょうか。

    肝心のヤマトタケルがどっかにいってしまいました。
    いまでも異民族間の結婚によるハーフには美人が多いと言われます。
    6世紀ころここにやってきたヤマトタケルは、ハーフの美女に心を引かれながらも、葦浦に向かって旅立ったと、とんでもなく強引に落ちをつけさせていただきます。

    次回はいよいよ、「浦横渡玉浦至蝦夷境」(玉浦を横切って蝦夷の支配地に入った)という、日本書紀の語る、ヤマトタケルの房総の旅後半に入ります。「玉浦」とは現在の九十九里浜と言われています。

40いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP