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午前中朝一番に革命広場から赤の広場を観光しました。赤の広場は2018年サッカーワールドカップのイベント会場となっていたため広場の半分が立入禁止になっていました。<br />赤の広場の本来の広さは実感できませんでしたが、クレムリンの赤い城壁や塔、石畳やロシア国立博物館などの建物、軍事パレード時の戦車の行進の目標となる黄線などを見ることができて満足でした。<br />赤の広場を後にしてアレクサンドロフスキー公園に進んでいよいよクレムリンの観光です。<br />クレムリンの入口はクタフィア塔です。ここで手荷物検査と保安検査を受けて入場しました。<br />

嬉しい誤算続きのロシア旅行 5 快晴のモスクワ観光② (憧れのクレムリン)

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2018/05/27 - 2018/06/01

417位(同エリア1489件中)

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午前中朝一番に革命広場から赤の広場を観光しました。赤の広場は2018年サッカーワールドカップのイベント会場となっていたため広場の半分が立入禁止になっていました。
赤の広場の本来の広さは実感できませんでしたが、クレムリンの赤い城壁や塔、石畳やロシア国立博物館などの建物、軍事パレード時の戦車の行進の目標となる黄線などを見ることができて満足でした。
赤の広場を後にしてアレクサンドロフスキー公園に進んでいよいよクレムリンの観光です。
クレムリンの入口はクタフィア塔です。ここで手荷物検査と保安検査を受けて入場しました。

同行者
一人旅
交通手段
観光バス 徒歩
利用旅行会社
ツアー(添乗員同行あり)
旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
5.0

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  • 赤の広場の次はクレムリンの観光です。<br />クレムリンの入口に行くにはアレクサンドロフスキー公園をクレムリンの城壁沿いにトロイツカヤ塔を目指して行きます。

    赤の広場の次はクレムリンの観光です。
    クレムリンの入口に行くにはアレクサンドロフスキー公園をクレムリンの城壁沿いにトロイツカヤ塔を目指して行きます。

    アレクサンドロフスキー公園 広場・公園

    クレムリン入場時に通過する公園by ポポポさん
  • そして、写真に写っているトロイツカヤ塔へ向かう通路の下を潜ってクレムリンの入口であるクタフィア塔に向かいます。

    そして、写真に写っているトロイツカヤ塔へ向かう通路の下を潜ってクレムリンの入口であるクタフィア塔に向かいます。

    トロイツカヤ塔 建造物

  • ここがクタフィア塔、クレムリンの入口です。<br />クタフィア塔の手前にある建物で保安検査を受けてクタフィア塔に入ります。<br />クレムリンに持ち込めるカバンや手荷物はA4サイズ以下に限られますので、大きなカバンは塔の下の荷物預かり所に預けます。<br />保安検査は空港並みに厳しく、カバンを開けて検査されることもあるそうです。<br />そのため検査する兵士や警備する兵士を刺激しないように、保安検査場からクレムリンの中に入るまでは写真を撮らないようにしてほしいとガイドさんから注意がありました。<br />そのためクタフィア塔やクレムリン入場までの写真はクレムリンに観光を終えて帰る時に写したものです。<br />写真が無いと分かり難いので、帰りに写した写真で順路を説明したいと思います。<br />クタフィア塔の奥に見えるのがトロイツカヤ塔で、ここからクレムリンに入ります。<br />

    ここがクタフィア塔、クレムリンの入口です。
    クタフィア塔の手前にある建物で保安検査を受けてクタフィア塔に入ります。
    クレムリンに持ち込めるカバンや手荷物はA4サイズ以下に限られますので、大きなカバンは塔の下の荷物預かり所に預けます。
    保安検査は空港並みに厳しく、カバンを開けて検査されることもあるそうです。
    そのため検査する兵士や警備する兵士を刺激しないように、保安検査場からクレムリンの中に入るまでは写真を撮らないようにしてほしいとガイドさんから注意がありました。
    そのためクタフィア塔やクレムリン入場までの写真はクレムリンに観光を終えて帰る時に写したものです。
    写真が無いと分かり難いので、帰りに写した写真で順路を説明したいと思います。
    クタフィア塔の奥に見えるのがトロイツカヤ塔で、ここからクレムリンに入ります。

    クタフィヤ塔下の荷物預かり所 観光名所

  • クタフィア塔からトロイツカヤ塔に向かう途中の様子です。<br />写真は帰る時に写したため、見える景色は逆になってしまいました。

    クタフィア塔からトロイツカヤ塔に向かう途中の様子です。
    写真は帰る時に写したため、見える景色は逆になってしまいました。

    クタフィヤ塔 建造物

  • トロイツカヤ塔に向かう途中の様子。<br />クレムリンの入口であるトロツカヤ塔の前には衛兵が直立不動の姿勢で立っていました。<br />ガイドさんお話では、衛兵他クレムリン警備隊の兵士は身長180センチ以上、容姿端麗のイケメンの若い兵士(年齢が何歳までだったかは忘れましたが)が選抜されているそうです。<br />確かにトロツカヤ塔の衛兵は端正な顔立ちの若い兵士(20歳そこそこのような感じに見受けられました。)でした。肌も透き通ったような綺麗な顔で、同行したおば様たちは熱い視線を投げかけていました。<br />皆さん写真を撮りたそうでしたが、ガイドさんから写真を撮るのを止められていたため残念そうな様子でした。<br />本当に端正な顔立ちだったので私も写真を撮りたかったです。中国人観光客はスマホでバチバチ撮っていたため問題ないと思うんですが、ガイドさんは慎重でしたね。<br /><br /><br />

    トロイツカヤ塔に向かう途中の様子。
    クレムリンの入口であるトロツカヤ塔の前には衛兵が直立不動の姿勢で立っていました。
    ガイドさんお話では、衛兵他クレムリン警備隊の兵士は身長180センチ以上、容姿端麗のイケメンの若い兵士(年齢が何歳までだったかは忘れましたが)が選抜されているそうです。
    確かにトロツカヤ塔の衛兵は端正な顔立ちの若い兵士(20歳そこそこのような感じに見受けられました。)でした。肌も透き通ったような綺麗な顔で、同行したおば様たちは熱い視線を投げかけていました。
    皆さん写真を撮りたそうでしたが、ガイドさんから写真を撮るのを止められていたため残念そうな様子でした。
    本当に端正な顔立ちだったので私も写真を撮りたかったです。中国人観光客はスマホでバチバチ撮っていたため問題ないと思うんですが、ガイドさんは慎重でしたね。


  • トロツカヤ塔からクレムリンの中に入ってすぐ右に見えて来るのが国立クレムリン宮殿(写真では左の建物)です。<br />1961年に建てられた建物で、ソ連時代は共産党大会や中央委員会総会などがこの建物で行われました。現在はオペラやバレエの劇場として使用されているそうです。<br />この写真もクレムリンを出るときに写したものです。<br />と言うのもクレムリンで最初に観光するのが武器庫でした。武器庫の観光は入場時間が決められていて我々は団体の時間予約になっていたため時間に遅れないようにガイドさんが急いでいたのです。<br />時間が過ぎると観光できなくなるそうです。さらに武器庫では専門ガイドが付きますので、その方との打ち合わせもあったようです。<br />そういう事でガイドさんからは「皆さん、写真は後からいくらでも撮れますから、今は私の後をしっかりついてきてください。写真を撮ると遅れるので今は取らないでくださいね。」と言われました。<br />そのため武器庫に行くまでは写真がありません。帰りに写した写真で説明します。<br />さて、ここでクレムリンについて簡単に説明しておきましょう。<br />まずクレムリンとは「城塞」のこと。12世紀に木造の城塞が築かれ、1366年にモスクワ大公ドミトリイ・ドンスコイによって石造りの城塞に改修されました。<br />15世紀後半にイタリアの築城技術を導入して現在の城壁が築かれました。<br />この時期にウスペンスキー大聖堂など三大聖堂やイワン大帝の鐘楼が建てられ現在とほぼ同じ外観になりました。<br />クレムリンはロシアの政治、軍事、宗教の拠点として繁栄しました。ピョートル大帝のサンクトペテルブルグの遷都によって活気を失ったもののロシア革命後再びっ首都に返り咲いてソ連政府の中心となり現在に至っています。<br />

    トロツカヤ塔からクレムリンの中に入ってすぐ右に見えて来るのが国立クレムリン宮殿(写真では左の建物)です。
    1961年に建てられた建物で、ソ連時代は共産党大会や中央委員会総会などがこの建物で行われました。現在はオペラやバレエの劇場として使用されているそうです。
    この写真もクレムリンを出るときに写したものです。
    と言うのもクレムリンで最初に観光するのが武器庫でした。武器庫の観光は入場時間が決められていて我々は団体の時間予約になっていたため時間に遅れないようにガイドさんが急いでいたのです。
    時間が過ぎると観光できなくなるそうです。さらに武器庫では専門ガイドが付きますので、その方との打ち合わせもあったようです。
    そういう事でガイドさんからは「皆さん、写真は後からいくらでも撮れますから、今は私の後をしっかりついてきてください。写真を撮ると遅れるので今は取らないでくださいね。」と言われました。
    そのため武器庫に行くまでは写真がありません。帰りに写した写真で説明します。
    さて、ここでクレムリンについて簡単に説明しておきましょう。
    まずクレムリンとは「城塞」のこと。12世紀に木造の城塞が築かれ、1366年にモスクワ大公ドミトリイ・ドンスコイによって石造りの城塞に改修されました。
    15世紀後半にイタリアの築城技術を導入して現在の城壁が築かれました。
    この時期にウスペンスキー大聖堂など三大聖堂やイワン大帝の鐘楼が建てられ現在とほぼ同じ外観になりました。
    クレムリンはロシアの政治、軍事、宗教の拠点として繁栄しました。ピョートル大帝のサンクトペテルブルグの遷都によって活気を失ったもののロシア革命後再びっ首都に返り咲いてソ連政府の中心となり現在に至っています。

    国立クレムリン宮殿(旧クレムリン大会宮殿) 現代・近代建築

  • トロイツカヤ塔と写真右の建物は兵器庫です。兵器庫はクレムリン警備隊の兵舎として使用されています。<br />兵器庫の隣にあるのが元老院(ロシア連邦大統領府)ですが、行きは木立ちに隠れてわかりませんでした。<br />元老院の全貌は帰りに分かりますよ。<br />

    トロイツカヤ塔と写真右の建物は兵器庫です。兵器庫はクレムリン警備隊の兵舎として使用されています。
    兵器庫の隣にあるのが元老院(ロシア連邦大統領府)ですが、行きは木立ちに隠れてわかりませんでした。
    元老院の全貌は帰りに分かりますよ。

    トロイツカヤ塔 建造物

  • 聖堂広場を抜けて武器庫の近くまで来ました。<br />右側に見えるのがボロヴィツカヤ塔。左の塔の名前は不明。

    聖堂広場を抜けて武器庫の近くまで来ました。
    右側に見えるのがボロヴィツカヤ塔。左の塔の名前は不明。

    ボロビツカヤ塔 建造物

  • ボロヴィツカヤ塔と武器庫、ダイヤモンド庫の入場口です。<br />塔の右の建物が武器庫、写真左森の上に金のドームを覗かせているのが救世主キリスト聖堂です。

    ボロヴィツカヤ塔と武器庫、ダイヤモンド庫の入場口です。
    塔の右の建物が武器庫、写真左森の上に金のドームを覗かせているのが救世主キリスト聖堂です。

    ボロビツカヤ塔 建造物

  • 救世主キリスト聖堂と、ボロヴィツカヤ塔に武器庫。<br />塔の上には「クレムリンの赤い星」という飾りが取り付けられていました。

    救世主キリスト聖堂と、ボロヴィツカヤ塔に武器庫。
    塔の上には「クレムリンの赤い星」という飾りが取り付けられていました。

    ボロビツカヤ塔 建造物

  • 武器庫の入口は建物の一番手前です。<br />武器庫と言う名称ですが実際は博物館です。元々武器庫であった建物をそのまま歴史博物館として使用したので、武器庫の名称のみがそのまま残ったそうです。<br />武器庫の中にはダイヤモンド庫があります。ここにはエカテリーナ女帝(2世)の愛人オルノフ伯爵から送られた世界最大のダイヤモンド「オルノフ」がります。そのダイヤモンドはエカテリーナ女帝(2世)の笏に取り付けられていました。<br />他には5000個のダイヤモンドと75個の真珠、大きなルビーがあしらわれたエカテリーナ女帝の王冠、ダイヤモンドで作られた世界一高価なロシア地図、イエローダイヤモンドやピンク・ブルーのダイヤモンドなど珍しいダイヤモンドが多数展示されているんだとか。<br />我々のツアーは格安ツアーなのでダイヤモンド庫の見学はツアーに組み込まれていません。ロシアに来るまではダイヤモンドは見なくてもいいかと思っていましたが、再びロシアへ訪れる機会があるかどうか分からないのでやはりダイヤモンドの見学が含まれたツアーにすべきだったと今では後悔しています。<br />建物に入るとすぐに厳重な保安検査があります。武器庫は保安検査場から先の建物内部全てが写真撮影禁止でした。<br />入場して左にトイレがあり右が博物館の入場口方向です。通路の右側に土産物店が並んでいて左は荷物などを預けるクロークがあります。<br />通路を進んで階段を上がり1階(日本では2階)に上がると踊り場がありここが博物館の入口でした。<br />ここで博物館の専任ガイドさんを待ちました。武器庫まで写真を撮る時間も惜しんで急いで来ましたが、0階のクローク前や1階の踊り場でかなり待たされました。<br />0階で待たされるのは土産物店で買い物の品定めができるので良しとしても、1階で待たされるのは立ちっぱなしなので疲れました。<br />ロシア時間とでもいうのでしょうか、かなり時間にはルーズでした。<br />そうこうするうちに専任ガイドさんがやって来て、いよいよ武器庫の見学開始です。<br /><br />

    武器庫の入口は建物の一番手前です。
    武器庫と言う名称ですが実際は博物館です。元々武器庫であった建物をそのまま歴史博物館として使用したので、武器庫の名称のみがそのまま残ったそうです。
    武器庫の中にはダイヤモンド庫があります。ここにはエカテリーナ女帝(2世)の愛人オルノフ伯爵から送られた世界最大のダイヤモンド「オルノフ」がります。そのダイヤモンドはエカテリーナ女帝(2世)の笏に取り付けられていました。
    他には5000個のダイヤモンドと75個の真珠、大きなルビーがあしらわれたエカテリーナ女帝の王冠、ダイヤモンドで作られた世界一高価なロシア地図、イエローダイヤモンドやピンク・ブルーのダイヤモンドなど珍しいダイヤモンドが多数展示されているんだとか。
    我々のツアーは格安ツアーなのでダイヤモンド庫の見学はツアーに組み込まれていません。ロシアに来るまではダイヤモンドは見なくてもいいかと思っていましたが、再びロシアへ訪れる機会があるかどうか分からないのでやはりダイヤモンドの見学が含まれたツアーにすべきだったと今では後悔しています。
    建物に入るとすぐに厳重な保安検査があります。武器庫は保安検査場から先の建物内部全てが写真撮影禁止でした。
    入場して左にトイレがあり右が博物館の入場口方向です。通路の右側に土産物店が並んでいて左は荷物などを預けるクロークがあります。
    通路を進んで階段を上がり1階(日本では2階)に上がると踊り場がありここが博物館の入口でした。
    ここで博物館の専任ガイドさんを待ちました。武器庫まで写真を撮る時間も惜しんで急いで来ましたが、0階のクローク前や1階の踊り場でかなり待たされました。
    0階で待たされるのは土産物店で買い物の品定めができるので良しとしても、1階で待たされるのは立ちっぱなしなので疲れました。
    ロシア時間とでもいうのでしょうか、かなり時間にはルーズでした。
    そうこうするうちに専任ガイドさんがやって来て、いよいよ武器庫の見学開始です。

    武器庫 博物館・美術館・ギャラリー

  • 写真が無く、数ある展示品の内いくつかをピックアップしながら忙しく見学したので正直あまり覚えていません。<br />印象強く残った展示品のみ記述します。博物館は2階建てで1階は戴冠式などの衣装や王冠、玉座、馬車、騎乗時の服など、2階は金・銀器、欧州の諸王国から送られた金・銀器、武器、インペリアル・イースターエッグなどがありました。<br />1階はエカテリーナ女帝のドレス(確か戴冠式の時の礼服と記憶していますが間違いかもしれません。)や他の皇帝・王妃の衣装があり、いずれも豪華なものでした。王冠は歴代皇帝が被ったモノマフの帽子ははっきり覚えていますが、他は誰の物か覚えていません。でも宝石が散りばめられた豪華な物ばかりでせした。<br />この階で一番印象深かったのはピョートル大帝の衣装でした。<br />ピヨートル大帝は身長が2m13㎝もある大男だったそうですが、彼の履いたブーツや身に着けた衣服を見るにつけ、なるほどと思うような巨大な物でした。<br />乗馬用のブーツは巨大なもので驚きました。また手にした鞭も長大です。果たしてこんな巨人を乗せる馬がいただろうかと疑問に思いました。<br />帽子も服も靴も何もかも兎に角すべてが規格外の王様です。本当にビックリしました。一見の価値大いに有りです。<br />2階は金器・銀器の数々ですが食器や水差し葬祭用の祭器が多かったです。武器もかなりの数がありました。<br />中でもピカイチなのがファベルジェのインペリアル・イースターエッグです。<br />皇帝アレクサンドル3世が結婚30年記念として妻である皇后マリアに贈るために金細工師ファベルジェに特注で作らせたものです。このプレゼントは大変喜ばれたので次の年から毎年皇后に贈られました。<br />アレクサンドル3世が亡くなると息子のニコライ2世が注文主となり母マリアや妻のアレクサンドラに贈られました。一般的には皇后マリアと皇后アレクサンドラに贈り続けられたとされていますが、武器庫の専任ガイドさんの説明によりますとニコライ2世は娘や息子にも送ったそうです。確かに武器庫に残されたイースターエッグの中には子供に贈られたであろうと思われるデザインのものがありました。<br />インペリアル・イースターエッグは総数50点、その内44点の存在が確認されていますが未だ6点の所在が不明です。<br />その内武器庫に10点、サンクトペテルブルグのファベルジェ美術館に9店が所蔵されており大多数は国外に流出しました。<br />ロシア革命時にレーニンは皇帝ニコライ2世を始め家族全員、皇帝の侍医、女中、料理人など合計11名を殺害しました。混乱の最中宮殿が荒らされ皇帝の持ち物は略奪されて流出した物もあったそうですが、皇帝の宝物はレーニンによって国有化され武器庫に移されました。<br />その後スターリンは外貨獲得の手段としてインペリアル・イースターエッグを競売にかけたため14点が国外に流出しました。<br />この様に革命の混乱の最中に略奪されたりスターリンによって売却され、多くのイースターエッグが国外に流出したそうです。<br />館内の見学は約60分、とても4000点に上る展示品を漏れなく見ることはできませんでしたが、一応エキスに触れることはできました。<br />こうして館内の観光を終えて0階の店で買い物です。ロシアの店では商札が付いていないことが多いのですが、ここでは付いていました。<br />ガイドブックがありましたがどの店も日本語版がありません。また価格もセルギエフポサードの方がはるかに安かったです。そういう事でここではガイドブックが一冊も売れませんでした。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

    写真が無く、数ある展示品の内いくつかをピックアップしながら忙しく見学したので正直あまり覚えていません。
    印象強く残った展示品のみ記述します。博物館は2階建てで1階は戴冠式などの衣装や王冠、玉座、馬車、騎乗時の服など、2階は金・銀器、欧州の諸王国から送られた金・銀器、武器、インペリアル・イースターエッグなどがありました。
    1階はエカテリーナ女帝のドレス(確か戴冠式の時の礼服と記憶していますが間違いかもしれません。)や他の皇帝・王妃の衣装があり、いずれも豪華なものでした。王冠は歴代皇帝が被ったモノマフの帽子ははっきり覚えていますが、他は誰の物か覚えていません。でも宝石が散りばめられた豪華な物ばかりでせした。
    この階で一番印象深かったのはピョートル大帝の衣装でした。
    ピヨートル大帝は身長が2m13㎝もある大男だったそうですが、彼の履いたブーツや身に着けた衣服を見るにつけ、なるほどと思うような巨大な物でした。
    乗馬用のブーツは巨大なもので驚きました。また手にした鞭も長大です。果たしてこんな巨人を乗せる馬がいただろうかと疑問に思いました。
    帽子も服も靴も何もかも兎に角すべてが規格外の王様です。本当にビックリしました。一見の価値大いに有りです。
    2階は金器・銀器の数々ですが食器や水差し葬祭用の祭器が多かったです。武器もかなりの数がありました。
    中でもピカイチなのがファベルジェのインペリアル・イースターエッグです。
    皇帝アレクサンドル3世が結婚30年記念として妻である皇后マリアに贈るために金細工師ファベルジェに特注で作らせたものです。このプレゼントは大変喜ばれたので次の年から毎年皇后に贈られました。
    アレクサンドル3世が亡くなると息子のニコライ2世が注文主となり母マリアや妻のアレクサンドラに贈られました。一般的には皇后マリアと皇后アレクサンドラに贈り続けられたとされていますが、武器庫の専任ガイドさんの説明によりますとニコライ2世は娘や息子にも送ったそうです。確かに武器庫に残されたイースターエッグの中には子供に贈られたであろうと思われるデザインのものがありました。
    インペリアル・イースターエッグは総数50点、その内44点の存在が確認されていますが未だ6点の所在が不明です。
    その内武器庫に10点、サンクトペテルブルグのファベルジェ美術館に9店が所蔵されており大多数は国外に流出しました。
    ロシア革命時にレーニンは皇帝ニコライ2世を始め家族全員、皇帝の侍医、女中、料理人など合計11名を殺害しました。混乱の最中宮殿が荒らされ皇帝の持ち物は略奪されて流出した物もあったそうですが、皇帝の宝物はレーニンによって国有化され武器庫に移されました。
    その後スターリンは外貨獲得の手段としてインペリアル・イースターエッグを競売にかけたため14点が国外に流出しました。
    この様に革命の混乱の最中に略奪されたりスターリンによって売却され、多くのイースターエッグが国外に流出したそうです。
    館内の見学は約60分、とても4000点に上る展示品を漏れなく見ることはできませんでしたが、一応エキスに触れることはできました。
    こうして館内の観光を終えて0階の店で買い物です。ロシアの店では商札が付いていないことが多いのですが、ここでは付いていました。
    ガイドブックがありましたがどの店も日本語版がありません。また価格もセルギエフポサードの方がはるかに安かったです。そういう事でここではガイドブックが一冊も売れませんでした。







    武器庫 博物館・美術館・ギャラリー

  • 武器庫の全景。武器庫を出て聖堂広場に向かう途中から写したものです。

    武器庫の全景。武器庫を出て聖堂広場に向かう途中から写したものです。

    武器庫 博物館・美術館・ギャラリー

  • クレムリンの側を流れるモスクワ川。

    クレムリンの側を流れるモスクワ川。

  • 大クレムリン宮殿。1階が皇帝の私邸で2階は国家行事に使用された大ホールの間がいくつもあり現在は迎賓館として使用されています。<br />

    大クレムリン宮殿。1階が皇帝の私邸で2階は国家行事に使用された大ホールの間がいくつもあり現在は迎賓館として使用されています。

    大クレムリン宮殿 城・宮殿

  • 大クレムリン宮殿の壁面の様子。

    大クレムリン宮殿の壁面の様子。

    大クレムリン宮殿 城・宮殿

  • 大クレムリン宮殿はとてつもなく大きいのです。

    大クレムリン宮殿はとてつもなく大きいのです。

    大クレムリン宮殿 城・宮殿

  • 武器庫方向はこんな感じでした。

    武器庫方向はこんな感じでした。

    大クレムリン宮殿 城・宮殿

  • 大クレムリン宮殿の次に見えてきたのはブラゴヴェシチェンスキー聖堂(写真左)とアルハンゲルスキー聖堂(写真右)です。

    大クレムリン宮殿の次に見えてきたのはブラゴヴェシチェンスキー聖堂(写真左)とアルハンゲルスキー聖堂(写真右)です。

    ブラゴヴェシチェンスキー聖堂 寺院・教会

  • ブラゴヴェシチェンスキー聖堂。

    ブラゴヴェシチェンスキー聖堂。

    ブラゴヴェシチェンスキー聖堂 寺院・教会

  • アルハンゲルスキー聖堂。<br />イワン大帝の遺命により建てられた教会で歴代のモスクワ大公と皇帝の墓所です。ピュートル大帝以降はサンクトペテルブルグの聖堂に安置されていますが例外的にピョートル2世のみがここに埋葬されています。<br />それはピョートル2世がモスクワを訪問中にこの地で亡くなったからです。<br />

    アルハンゲルスキー聖堂。
    イワン大帝の遺命により建てられた教会で歴代のモスクワ大公と皇帝の墓所です。ピュートル大帝以降はサンクトペテルブルグの聖堂に安置されていますが例外的にピョートル2世のみがここに埋葬されています。
    それはピョートル2世がモスクワを訪問中にこの地で亡くなったからです。

    アルハンゲルスキー聖堂 寺院・教会

  • ブラゴヴェシチェンスキー聖堂と大クレムリン宮殿。<br />この辺りは聖堂広場ではないんですが緑が多く大変美しい所でした。

    ブラゴヴェシチェンスキー聖堂と大クレムリン宮殿。
    この辺りは聖堂広場ではないんですが緑が多く大変美しい所でした。

    ブラゴヴェシチェンスキー聖堂 寺院・教会

  • アルハンゲルスキー聖堂。<br />ここから聖堂広場に入ります。

    アルハンゲルスキー聖堂。
    ここから聖堂広場に入ります。

    アルハンゲルスキー聖堂 寺院・教会

  • ここは聖堂広場、見えているのがブラゴヴェシチェンスキー聖堂の入口側の姿。<br />この教会は正面の景色よりも側面の方が綺麗です。<br />ブラゴヴェシチェンスキー聖堂は三聖堂の内唯一ロシア人の手によって建てられた教会で、皇帝や皇后の私的な礼拝所として使用されました。聖堂内の壁はフレスコ画で埋め尽くされ有名なイコンもあるそうですがツアーでは内部の観光はしませんでした。<br />三大聖堂で内部の観光をしたのはウスペンスキー大聖堂だけでしたのでちょっぴり残念でした。<br />

    ここは聖堂広場、見えているのがブラゴヴェシチェンスキー聖堂の入口側の姿。
    この教会は正面の景色よりも側面の方が綺麗です。
    ブラゴヴェシチェンスキー聖堂は三聖堂の内唯一ロシア人の手によって建てられた教会で、皇帝や皇后の私的な礼拝所として使用されました。聖堂内の壁はフレスコ画で埋め尽くされ有名なイコンもあるそうですがツアーでは内部の観光はしませんでした。
    三大聖堂で内部の観光をしたのはウスペンスキー大聖堂だけでしたのでちょっぴり残念でした。

    ブラゴヴェシチェンスキー聖堂 寺院・教会

  • 聖堂広場とブラゴヴェシチェンスキー聖堂。

    聖堂広場とブラゴヴェシチェンスキー聖堂。

    ブラゴヴェシチェンスキー聖堂 寺院・教会

  • ブラゴヴェシチェンスキー聖堂の隣にあるのがグラノヴィータヤ宮殿です。

    ブラゴヴェシチェンスキー聖堂の隣にあるのがグラノヴィータヤ宮殿です。

    グラノヴィータヤ宮殿 城・宮殿

  • こちらがグラノヴィータヤ宮殿。<br />イタリア人マルコ・ルッフォイとピエトロ・ソラーリの設計により建てられた宮殿で白い多面体の石で覆われていることが名前の由来になりました。<br />帝政ロシア時代には公式行事の会場として使用されたそうです。

    こちらがグラノヴィータヤ宮殿。
    イタリア人マルコ・ルッフォイとピエトロ・ソラーリの設計により建てられた宮殿で白い多面体の石で覆われていることが名前の由来になりました。
    帝政ロシア時代には公式行事の会場として使用されたそうです。

    グラノヴィータヤ宮殿 城・宮殿

  • グラノヴィータヤ宮殿の階段。<br />ここはプーチン大統領が大統領就任式の時に降りてきた階段です。

    グラノヴィータヤ宮殿の階段。
    ここはプーチン大統領が大統領就任式の時に降りてきた階段です。

    グラノヴィータヤ宮殿 城・宮殿

  • ウスペンスキー大聖堂(生神女就寝大聖堂)。14世紀に建てられた聖堂が1474年の地震で倒壊したため、イワン大帝(イワン3世)の時代にイタリア人建築家アリストートル・フィオラヴァンティの設計で建てられた聖堂で、現存するクレムリンの建物の中で最も古い建物です。<br />ロシアで最も重要な聖堂で、ロシア帝国の国教大聖堂として様々な儀式が執り行われてきました。<br />

    ウスペンスキー大聖堂(生神女就寝大聖堂)。14世紀に建てられた聖堂が1474年の地震で倒壊したため、イワン大帝(イワン3世)の時代にイタリア人建築家アリストートル・フィオラヴァンティの設計で建てられた聖堂で、現存するクレムリンの建物の中で最も古い建物です。
    ロシアで最も重要な聖堂で、ロシア帝国の国教大聖堂として様々な儀式が執り行われてきました。

    ウスペンスキー大聖堂 寺院・教会

  • 聖堂広場のウスペンスキー大聖堂とイワン大帝の鐘楼。

    聖堂広場のウスペンスキー大聖堂とイワン大帝の鐘楼。

    聖堂広場 広場・公園

  • イワン大帝の鐘楼です。<br />聖堂広場の中心にあり1508年イタリア人建築家ポノ・フリアツィンによって建築され、1532年に鐘楼が増築されました。<br />鐘楼の高さは81メートルで当時はモスクワで一番高い建物でした。

    イワン大帝の鐘楼です。
    聖堂広場の中心にあり1508年イタリア人建築家ポノ・フリアツィンによって建築され、1532年に鐘楼が増築されました。
    鐘楼の高さは81メートルで当時はモスクワで一番高い建物でした。

    イワン大帝の鐘楼 寺院・教会

  • 聖堂広場とイワン大帝の鐘楼。

    聖堂広場とイワン大帝の鐘楼。

    イワン大帝の鐘楼 寺院・教会

  • 次はウスペンスキー大聖堂に入場します。<br />聖堂の入口は写真に向かって左側から入りますが、聖堂内の写真撮影は禁止でした。<br />

    次はウスペンスキー大聖堂に入場します。
    聖堂の入口は写真に向かって左側から入りますが、聖堂内の写真撮影は禁止でした。

    ウスペンスキー大聖堂 寺院・教会

  • 大聖堂の入口。聖堂入り口の前には欧州主要国及び英語版のパンフレットがありました。アジアは中国語と韓国語のみで日本語はありません。観光客が多い中国は分かるとして何で韓国語があって日本語がないのでしょうか。日本人観光客の方が多いと思うんですけど。仕方無いので英語と中国語のパンフレットを取って中に入りました。<br />写真が無いので正直聖堂内の記憶がほとんどありません。記憶にあるのは大聖堂の内部が中国人観光客でごった返していたことくらい。どこを見ても中国人なんです。西欧諸国の観光客の人もいましたが中国人の団体にかき消されたような感じで存在感が薄いのです。<br />聖堂内の印象はセルギエフポサードのウスペンスキー大聖堂とほとんど変りがありませんでした。そのため聖堂内のフレスコ画やイコン、イコノはどの聖堂も同じだなという先入観があって集中して見ていなかったんだと思います。ただ、豪華なシャンデリアや金色のイコノスタシスは朧気ながら記憶に残っていました。<br />パンフレットによると内部にはイワン雷帝の玉座や皇后の祈祷座位が表示されていますが、「これ見たかな?」てな具合でこれも全く記憶にありません。<br />ガイドさんの説明があったかどうかも覚えていないのです。こちらの方が本家本元のウスペンスキー大聖堂なのに記憶ないとはお恥ずかしい。イコンにも飽きてきた頃だったのかもしれません。<br />こんな有様で大聖堂の観光を終わりました。<br /><br /><br />

    大聖堂の入口。聖堂入り口の前には欧州主要国及び英語版のパンフレットがありました。アジアは中国語と韓国語のみで日本語はありません。観光客が多い中国は分かるとして何で韓国語があって日本語がないのでしょうか。日本人観光客の方が多いと思うんですけど。仕方無いので英語と中国語のパンフレットを取って中に入りました。
    写真が無いので正直聖堂内の記憶がほとんどありません。記憶にあるのは大聖堂の内部が中国人観光客でごった返していたことくらい。どこを見ても中国人なんです。西欧諸国の観光客の人もいましたが中国人の団体にかき消されたような感じで存在感が薄いのです。
    聖堂内の印象はセルギエフポサードのウスペンスキー大聖堂とほとんど変りがありませんでした。そのため聖堂内のフレスコ画やイコン、イコノはどの聖堂も同じだなという先入観があって集中して見ていなかったんだと思います。ただ、豪華なシャンデリアや金色のイコノスタシスは朧気ながら記憶に残っていました。
    パンフレットによると内部にはイワン雷帝の玉座や皇后の祈祷座位が表示されていますが、「これ見たかな?」てな具合でこれも全く記憶にありません。
    ガイドさんの説明があったかどうかも覚えていないのです。こちらの方が本家本元のウスペンスキー大聖堂なのに記憶ないとはお恥ずかしい。イコンにも飽きてきた頃だったのかもしれません。
    こんな有様で大聖堂の観光を終わりました。


    ウスペンスキー大聖堂 寺院・教会

  • 再び聖堂広場に戻って目を引いたのはイワン大帝の鐘楼でした。

    再び聖堂広場に戻って目を引いたのはイワン大帝の鐘楼でした。

    イワン大帝の鐘楼 寺院・教会

  • 聖堂広場。左がアルゲンハルスキー聖堂で右がブラゴベシチェンスキー聖堂。

    聖堂広場。左がアルゲンハルスキー聖堂で右がブラゴベシチェンスキー聖堂。

    聖堂広場 広場・公園

  • 聖堂広場。右がウスペンスキー大聖堂、奥がブラゴベシチェンスキー聖堂。

    聖堂広場。右がウスペンスキー大聖堂、奥がブラゴベシチェンスキー聖堂。

    聖堂広場 広場・公園

  • 同じく聖堂広場の様子。

    同じく聖堂広場の様子。

    聖堂広場 広場・公園

  • 聖堂広場を出た所にあるのが大砲の皇帝。<br />1586年に鋳造されたものですが、当時としては世界最大の青銅砲です。クレムリンのスパスカヤ塔防御のために設置された大砲で口径89センチ、重量40トンでしたが一度も使用されたことはありません。<br />

    聖堂広場を出た所にあるのが大砲の皇帝。
    1586年に鋳造されたものですが、当時としては世界最大の青銅砲です。クレムリンのスパスカヤ塔防御のために設置された大砲で口径89センチ、重量40トンでしたが一度も使用されたことはありません。

    大砲の皇帝 モニュメント・記念碑

  • 砲身と大砲の台車の装飾が魅力的でしたよ。

    砲身と大砲の台車の装飾が魅力的でしたよ。

    大砲の皇帝 モニュメント・記念碑

  • 砲弾は三発、でもこれはレプリカで砲弾の方が大きすぎて大砲に装填できないそうです。前から見ると迫力がありました。<br />背後の建物はパトリアーシュ宮殿の十二使徒教会です。パトリアーシュ宮殿はロシア正教の総主教の宮殿だそうです。

    砲弾は三発、でもこれはレプリカで砲弾の方が大きすぎて大砲に装填できないそうです。前から見ると迫力がありました。
    背後の建物はパトリアーシュ宮殿の十二使徒教会です。パトリアーシュ宮殿はロシア正教の総主教の宮殿だそうです。

    大砲の皇帝 モニュメント・記念碑

  • こちらは鐘の皇帝。後ろ側から写したので鐘の欠けた部分が写っていません。<br />1735年に造られた重さ200トンの巨大な鐘です。鐘の前に立っている人の身長と比べるとその大きさが分かると思います。<br />この鐘は一部分にひびが入り欠け落ちてしまったのですが、それは鋳造中に火災が発生したため消化のために水を掛けたからだそうです。ちょっと残念ですね。

    こちらは鐘の皇帝。後ろ側から写したので鐘の欠けた部分が写っていません。
    1735年に造られた重さ200トンの巨大な鐘です。鐘の前に立っている人の身長と比べるとその大きさが分かると思います。
    この鐘は一部分にひびが入り欠け落ちてしまったのですが、それは鋳造中に火災が発生したため消化のために水を掛けたからだそうです。ちょっと残念ですね。

    鐘の皇帝 モニュメント・記念碑

  • 聖堂広場の向かい側に見えるのは元老院(ロシア連邦大統領府)とスパスカヤ塔。<br />こちら側からあちら側には近寄ってはいけません。警備兵士に見つかると激しく警笛を鳴らされるそうです。<br />以前読んだある方の旅行記では知らずに近くを歩いていたら、拘束されるようにして引き戻されたそうです。<br />君主危うきに近寄らず。クワバラ、クワバラ。如何に民主国家に転換したとしても、ロシアはやはりソ連時代の陰が付きまといますから。

    聖堂広場の向かい側に見えるのは元老院(ロシア連邦大統領府)とスパスカヤ塔。
    こちら側からあちら側には近寄ってはいけません。警備兵士に見つかると激しく警笛を鳴らされるそうです。
    以前読んだある方の旅行記では知らずに近くを歩いていたら、拘束されるようにして引き戻されたそうです。
    君主危うきに近寄らず。クワバラ、クワバラ。如何に民主国家に転換したとしても、ロシアはやはりソ連時代の陰が付きまといますから。

    クレムリン 城・宮殿

  • 元老院(ロシア連邦大統領府)です。ガイドさんはプーチン大統領の執務室と説明されていました。<br />

    元老院(ロシア連邦大統領府)です。ガイドさんはプーチン大統領の執務室と説明されていました。

    元老院(ロシア連邦大統領府) 観光名所

  • 元老院を眺めながら出口に向かって進んで行きましたが、うかつにもこの時右の景色ばかりに気を取られていて、パトリアーシュ宮殿やリザパラジェーニヤ教会の写真を撮ることを忘れていました。<br />聖堂広場に入るまで写真が撮れなかったので帰る時に写しておこうと思っていたのですがこの時はすっかり忘れていました。<br />最近この様なことが多くなりました。やはり年かな。

    元老院を眺めながら出口に向かって進んで行きましたが、うかつにもこの時右の景色ばかりに気を取られていて、パトリアーシュ宮殿やリザパラジェーニヤ教会の写真を撮ることを忘れていました。
    聖堂広場に入るまで写真が撮れなかったので帰る時に写しておこうと思っていたのですがこの時はすっかり忘れていました。
    最近この様なことが多くなりました。やはり年かな。

    元老院(ロシア連邦大統領府) 観光名所

  • クレムリンの入口トロイツカヤ塔と国立クレムリン宮殿。<br />国立クレムリン宮殿は新しい建物なので世界遺産「クレムリンと赤の広場」には含まれていません。<br />塔の先は「クレムリンの赤い星」です。

    クレムリンの入口トロイツカヤ塔と国立クレムリン宮殿。
    国立クレムリン宮殿は新しい建物なので世界遺産「クレムリンと赤の広場」には含まれていません。
    塔の先は「クレムリンの赤い星」です。

    国立クレムリン宮殿(旧クレムリン大会宮殿) 現代・近代建築

  • 向かって右が兵器庫。通路側に向かって砲口が向けられています。さらに多数の青銅砲の砲身が通路に向けて並べてありました。

    向かって右が兵器庫。通路側に向かって砲口が向けられています。さらに多数の青銅砲の砲身が通路に向けて並べてありました。

  • 砲身の形から想像するに青銅のカノン砲と思われます。

    砲身の形から想像するに青銅のカノン砲と思われます。

  • 兵器庫とニコリスカヤ塔。この塔も塔の先端は「クレムリンの赤い星」です。

    兵器庫とニコリスカヤ塔。この塔も塔の先端は「クレムリンの赤い星」です。

    クレムリン 城・宮殿

  • ニコリスカヤ塔と「クレムリンの赤い星」。

    ニコリスカヤ塔と「クレムリンの赤い星」。

  • 兵器庫正面入り口。

    兵器庫正面入り口。

  • 中央の金色の塔のある建物はKratochvile宮殿です。グーグルマップで調べると博物館になっていました。(グーグルマップでの表示はポテシュニ・ドヴォレツ。)<br />左のアーチの渡り廊下の奥には大クレムリン宮殿があります。

    中央の金色の塔のある建物はKratochvile宮殿です。グーグルマップで調べると博物館になっていました。(グーグルマップでの表示はポテシュニ・ドヴォレツ。)
    左のアーチの渡り廊下の奥には大クレムリン宮殿があります。

    クレムリン 城・宮殿

  • トロイツカヤ塔を通ってクレムリンの観光は終了しました。<br />通路の先に見えているのはクレムリンに入場する時の通ってきたクタフィア塔です。<br />

    トロイツカヤ塔を通ってクレムリンの観光は終了しました。
    通路の先に見えているのはクレムリンに入場する時の通ってきたクタフィア塔です。

    クタフィヤ塔 建造物

  • クタフィア塔前の広場の様子です。

    クタフィア塔前の広場の様子です。

  • マホーヴァヤ通りでバスに乗るため移動中のツアーメンバー。

    マホーヴァヤ通りでバスに乗るため移動中のツアーメンバー。

  • 振り返ってクレムリンを眺めてみました。<br />左からクタフィア塔、その奥がトロイツカヤ塔。クタフィア塔のすぐ右が保安検査場。その後ろに見える建物が国立クレムリン宮殿、その屋根の上にみえる金色のネギ坊主はイワン大帝の鐘楼。<br />国立クレムリン宮殿の右端の赤い建物がKratochvile宮殿で、そのさらに右の建物が大クレムリン宮殿です。

    振り返ってクレムリンを眺めてみました。
    左からクタフィア塔、その奥がトロイツカヤ塔。クタフィア塔のすぐ右が保安検査場。その後ろに見える建物が国立クレムリン宮殿、その屋根の上にみえる金色のネギ坊主はイワン大帝の鐘楼。
    国立クレムリン宮殿の右端の赤い建物がKratochvile宮殿で、そのさらに右の建物が大クレムリン宮殿です。

    クレムリン 城・宮殿

  • マホーヴァヤ通りでバスに乗り、今から昼食を取るレストランに向かいます。<br />右車窓にはクレムリンのニコリスカヤ塔とロシア国立歴史博物館が見えてきました。

    マホーヴァヤ通りでバスに乗り、今から昼食を取るレストランに向かいます。
    右車窓にはクレムリンのニコリスカヤ塔とロシア国立歴史博物館が見えてきました。

    ロシア国立歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー

    建物が美しい博物館by ポポポさん
  • クレムリンとロシア国立歴史博物館で、その手前がマネージ広場。バスの窓ガラスに光が映り込んで景色が見難いですが暫し車窓の景色をお楽しみ下さい。<br />

    クレムリンとロシア国立歴史博物館で、その手前がマネージ広場。バスの窓ガラスに光が映り込んで景色が見難いですが暫し車窓の景色をお楽しみ下さい。

  • 右はクレムリンの塔。左はロシア国立歴史博物館。<br />ここからなら博物館正面入り口前にあるジューコフ将軍像がはっきり見えますよ。

    右はクレムリンの塔。左はロシア国立歴史博物館。
    ここからなら博物館正面入り口前にあるジューコフ将軍像がはっきり見えますよ。

    ロシア国立歴史博物館 博物館・美術館・ギャラリー

    建物が美しい博物館by ポポポさん
  • 同じ構図でもう一枚。

    同じ構図でもう一枚。

    クレムリン 城・宮殿

  • マネージ広場の噴水も見えました。これでクレムリンと赤の広場前の景色ともお別れです。

    マネージ広場の噴水も見えました。これでクレムリンと赤の広場前の景色ともお別れです。

    マネージ広場 広場・公園

    赤の広場入口にある大きな広場by ポポポさん
  • 大通りでバスを降り、坂道を下って右に折れてレストランにやってきました。<br />何処をどう走ってどう曲がったのかさっぱり分かりません。ガイドさんの後ろをただひたすら歩くと、とあるレストランに到着しました。

    大通りでバスを降り、坂道を下って右に折れてレストランにやってきました。
    何処をどう走ってどう曲がったのかさっぱり分かりません。ガイドさんの後ろをただひたすら歩くと、とあるレストランに到着しました。

  • レストランの店名です。何と読むんでしょうか?キリル文字なのでさっぱり分かりません。

    レストランの店名です。何と読むんでしょうか?キリル文字なのでさっぱり分かりません。

  • 同じく入口に表示されていた店名の表示板です。

    同じく入口に表示されていた店名の表示板です。

  • レストラン入り口。

    レストラン入り口。

  • レストランの中の様子です。我々のグループは店舗の奥の席で貸切状態でした。

    レストランの中の様子です。我々のグループは店舗の奥の席で貸切状態でした。

  • 前菜はサラダ。

    前菜はサラダ。

  • そしてスープ。どんなスープだったか覚えていませんが美味しかったです。<br />ロシアに旅行したことがある先輩諸氏からは、ロシアの料理は美味しくないと散々良くない情報を聞いていたので食事は全く期待していませんでしたが、豈図らんや美味しいではないですか。<br />しかもミネラルウォーターと珈琲、紅茶は無料で付いてきます。ロシアって食事も美味しいし、いい国やん。<br /><br />

    そしてスープ。どんなスープだったか覚えていませんが美味しかったです。
    ロシアに旅行したことがある先輩諸氏からは、ロシアの料理は美味しくないと散々良くない情報を聞いていたので食事は全く期待していませんでしたが、豈図らんや美味しいではないですか。
    しかもミネラルウォーターと珈琲、紅茶は無料で付いてきます。ロシアって食事も美味しいし、いい国やん。

  • メインはビーフストロガノフ。これも美味しいよ。<br />ロシア料理美味しい、満足満足。ってここのレストランが美味しいのだろうか。

    メインはビーフストロガノフ。これも美味しいよ。
    ロシア料理美味しい、満足満足。ってここのレストランが美味しいのだろうか。

  • デザートはアイスクリーム。美味しゅうございました。

    デザートはアイスクリーム。美味しゅうございました。

  • バスを降りて下ってきた坂道。場所は分かりませんが雰囲気の良い場所でした。<br />金色のネギ坊主は多分ロシア正教の教会でしょう。

    バスを降りて下ってきた坂道。場所は分かりませんが雰囲気の良い場所でした。
    金色のネギ坊主は多分ロシア正教の教会でしょう。

  • 赤い建物も素敵でした。

    赤い建物も素敵でした。

  • 昼食が終わるとレニングラード駅へ。<br />ロシア版新幹線のサプサン号でサンクトペテルブルグへ向かいます。<br />モスクワの道路は渋滞するのですが、幸い酷い渋滞に遭わずにすみました。

    昼食が終わるとレニングラード駅へ。
    ロシア版新幹線のサプサン号でサンクトペテルブルグへ向かいます。
    モスクワの道路は渋滞するのですが、幸い酷い渋滞に遭わずにすみました。

  • 写真はカザン駅。この駅の反対側にレニングラード駅があります。

    写真はカザン駅。この駅の反対側にレニングラード駅があります。

    カザン駅 鉄道系(地下鉄・モノレールなど)

  • 左の建物がレニングラード駅です。そして右の建物がヤロスラベリ駅と思っていましたが実は地下鉄の出口で、ヤロスラベリ駅はさらに右の駅舎(写真には写っていません)です。<br />レニングラード駅周辺は3本の長距離列車の駅舎が集まっている所だったのです。<br />

    左の建物がレニングラード駅です。そして右の建物がヤロスラベリ駅と思っていましたが実は地下鉄の出口で、ヤロスラベリ駅はさらに右の駅舎(写真には写っていません)です。
    レニングラード駅周辺は3本の長距離列車の駅舎が集まっている所だったのです。

    レニングラード駅 鉄道系(地下鉄・モノレールなど)

  • レニングラード駅に到着。車線変更して駅の駐車場に駐車します。<br />ところで行き先がサンクトペテルブルグなのにどうして出発する駅名がモスクワ駅じゃないんでしょうか?<br />それはですね、ロシアでは到着駅を出発駅名にしているそうです。そう言う訳でサンクトペテルブルグ行きはレニングラード駅(レニングラードはサンクトペテルブルグの旧名です。)と言う訳です。<br />

    レニングラード駅に到着。車線変更して駅の駐車場に駐車します。
    ところで行き先がサンクトペテルブルグなのにどうして出発する駅名がモスクワ駅じゃないんでしょうか?
    それはですね、ロシアでは到着駅を出発駅名にしているそうです。そう言う訳でサンクトペテルブルグ行きはレニングラード駅(レニングラードはサンクトペテルブルグの旧名です。)と言う訳です。

    レニングラード駅 鉄道系(地下鉄・モノレールなど)

  • サンクトペテルブルグ行きの新幹線サプサン号。これに乗車してサンクトペテルブルグへ行きます。<br />15時5分出発でサンクトペテルブルグに到着は19時10分、約4時間の汽車の旅です。<br />サンクトペテルブルグに到着は夕方のため夕食はお弁当。日本食の弁当が駅に入る前に配られました。駅構内に入る前に保安検査と手荷物検査がありました。スーツケース、手荷物、お弁当などすべての荷物が検査されます。この検査に時間がかかるためサプサン号に乗るには時間に余裕を持ってきた方がいいと思います。

    サンクトペテルブルグ行きの新幹線サプサン号。これに乗車してサンクトペテルブルグへ行きます。
    15時5分出発でサンクトペテルブルグに到着は19時10分、約4時間の汽車の旅です。
    サンクトペテルブルグに到着は夕方のため夕食はお弁当。日本食の弁当が駅に入る前に配られました。駅構内に入る前に保安検査と手荷物検査がありました。スーツケース、手荷物、お弁当などすべての荷物が検査されます。この検査に時間がかかるためサプサン号に乗るには時間に余裕を持ってきた方がいいと思います。

  • サプサン号の先頭車両。車両の横には「サプサン」の文字。これでサプサンと読むんですね。とても無理です、読めません。<br /><br />これでモスクワ編は終了、次はサンクトペテルブルグの旅行記です。投稿までしばらくお待ちいただきますようお願いいたします。<br />

    サプサン号の先頭車両。車両の横には「サプサン」の文字。これでサプサンと読むんですね。とても無理です、読めません。

    これでモスクワ編は終了、次はサンクトペテルブルグの旅行記です。投稿までしばらくお待ちいただきますようお願いいたします。

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