2018/08/08 - 2018/08/15
4位(同エリア148件中)
noelさん
この旅行記のスケジュール
2018/08/11
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車での移動
リバプール13時00頃→ストラトフォード・アポン・エイボン16時30分頃
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車での移動
ホーリー・トリニティ教会17時頃→ヘンリーストリート17時10分頃
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エドワード6世スクール(車窓)
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ヘンリーストリート17時10分
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シェイクスピア・センター(徒歩)
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シェイクスピアの生家(徒歩)
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ギルドストリート(徒歩)
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ユニオンストリート(徒歩)
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ヘンリーストリート17時45分→ホテル18時30分頃(車)
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この旅行記スケジュールを元に
「ストラトフォード・アポン・エイボン」はシェイクスピア生誕の地です。
でもシェイクスピアの所縁の地の中で一番先に頭に浮かぶのは、
「ロミオとジュリエット」のイタリアのヴェローナにある「ジュリエットの家」でしょうか。
またイタリアついでに、「ヴェニスの商人」や「オセロ」の舞台の「ヴェネツィア」があります。
あとは、「ハムレット」ではデンマークのコペンハーゲンから北に行ったヘルシンゲルの世界遺産でもある「クロンボー城」でしょうか。
そして、「マクベス」ではスコットランドのハイランド地方にあるスカイ島・・・・。色々あります。
でも、彼の生誕の地であるストラトフォード・アポン・エイボンは、ファンの方にとっては格別な地であるかと思います。
【旅程】
8月8日(水)1日目
羽田空港(HND)8:50発→ロンドン・ヒースロー空港(LHR)13:10着
ブリティッシュエアウェイズBA0008便にて(約12時間20分)
ロンドン・ヒースロー空港(LHR)16:20発→グラスゴー(GLW)17:45着
ブリティッシュエアウェイズBA1488便にて(約1時間25分)
8月9日(木)2日目
グラスゴー
↓(約1時間30分)
エジンバラ観光(ロイヤルマイル~エジンバラ城~カールトンヒル等)
↓
ペンケイトランド(ウイスキー蒸溜所)
↓
グラスゴー
市内観光(グラスゴー大聖堂~グラスゴー大学)
8月10日(金)3日目
グラスゴー
↓(約1時間40分)
グレトナグリーン
買い物等
↓
湖水地方(レイクサイド~ボウネス)
遊覧船~ボウネス散策~オレストヘッド~クロスウェイト(ホテル)
8月11日(土)4日目
クロスウェイト
↓
リバプール
(マシューストリート、キャバンクラブ、アルバートドック等)
↓
ストラトフォード・アポン・エイボン●
(ホーリートリニティ教会~ヘンリーストリート~シェイクスピアの生家)
↓
コッツウォルズ地方・チッピング・ノートン(ホテル)
8月12日(日)5日目
チッピング・ノートン
↓
コッツウォルズ・バイブリー
↓
コッツウォルズ・バートン・オン・ザ・ウォーター
↓
ストーンヘンジ
↓
ロンドン・ドックランズ(ホテル)
8月13日(月)6日目
ロンドン観光(セントポール大聖堂~ビックベン~ウェストミンスター寺院~バッキンガム宮殿等)
↓
大英博物館
↓
フリータイム
(キングスクロス駅~シャーロックホームズ博物館~ピカデリー広場等)
8月14日(火)7日目
ヒースロー空港(LHW)11:40→羽田空港(HND)翌7:10分
ブリティッシュエアウェイズBA0007便にて(約11時間30分
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
-
Holy Trinity Stratford-Upon-Avon
Welcome
ホーリートリニティ ストラトフォード・アポン・エイボンへようこそ!
リバプールから移動して、16時30分頃に到着しました。 -
教会への道
木々でファサードが見えないのですが、その分期待が膨らみます。
イスラエルの十二部族と十二人の使徒たちを代表すると言われている
ライム(石灰岩)の並木道に沿って向かいます。 -
周囲にはお墓があります。
木々が迫ってきていて、夜はちょっと怖いかも・・・。 -
木々の間から教会が見えます。
現在の石灰岩の建物は1210年に始まり、十字架の形に建てられました。
シェイクスピアが洗礼を受け、そしてシェイクスピアが埋葬されている教会です。 -
この教会は、イングランド教会の教区教会です。
こちらは北側の側廊です。
ベンチがあります。
右側は身廊です。
今ではどこの教会にも身廊に座席がありますが、中世の時代にはなかったようです。
つまりは信者たちは立ったまま、もしくは跪いてお祈りをしたようです。
教会は当時の人たちにとっては、唯一の公共の場であり、裁判やバザーなどが行われる事もあったようです。
そして内陣との間にルード・スクリーン(磔刑像障壁)があって、仕切られていたようです。
内陣が見えない事によって、人々には神秘的に思えたことでしょう。
これについては、イングランドの教会全般的にです。 -
ステンドグラス
キリストの磔刑が描かれています。
この内陣にはシェイクスピアのお墓があります。
有料です。 -
主祭壇
中世に作られた上部石版(メンサ(mensa))
聖餐台上部石版はパーペック半島産の大理石からできています。 -
見えにくいのですが、左横の下にシェイクスピアの胸像がありあす。
そしてこの像が一番シェイクスピアらしいということです。
これは、彼の死後7年以内(彼の妻Anne)と多くの友達が生きている間に作られたそうです。 -
Register of Baptisms 1564
ホーリートリニティ教会の教区登録には、1564年4月26日のウィリアム・シェイクスピアの洗礼の記録があります。(誕生した日を特定する記録はありません)
登録には、同じ期間の結婚と死亡の記録もあります。
1564年のシェイクスピアの出生と同じ時期の埋葬記録を見ると、 "hic incepit pestis"というフレーズを見ることができます。
この言葉が出る前は、比較的埋葬の数は少ないのですが、この言葉が出てきた後には、その数は急速に加速します。
ラテン語で、「ここにペストが始まった」という意味です。
疫病は1564年に英国を荒廃させました。
そのような時代にシェイクスピアが生まれました。
彼が生き残ることができたことは幸いです。
このペストによって、ストラットフォードの 人口の約1/6の200人以上が死亡しました。
本当にペストは恐ろしいものでした。 -
James Aldborough Dennis 殿の神聖なる記念碑
彼の優しき未亡人によって作られました。 -
左の上のあたりにはキリストが、十字架を背負い、ゴルゴダの丘を登る場面などが描かれているようです。
-
内陣方向から身廊方向を臨んでます。
このクロッシング(交差部)は、1210年に作られていて、この教会の建物の中でも最古の部分です。巨大な柱が塔を支えています。 -
シェイクスピアの墓の碑文を読むと、色々な事が書かれていますが、気になった事は次の一文です。
「彼の骨を動かす者は呪われる。」
ちなみにシェイクスピアは1616年4月23日に亡くなりましたが、没後400年にあたる2016年のこと。
ドキュメンタリー番組の制作のため、お墓をレーダーでスキャンしたところ、なんとお墓の中の頭蓋骨がないことが発覚しました。
1794年に墓荒らしが盗んだという言い伝えがあったようですが、どうもそのようです。
実はシェイクスピアのみならず、イタリアのムッソリーニの脳も数年前に、インターネトオークションサイトのEbayで販売されていたそうです。
(この管理者のEbayは即刻出品を取り消しました)
また、モーツァルトの頭蓋骨も、他にもベートーベンやハイドンも・・・。
そしてナポレオンの言いにくい大事な部分も・・・。
この前に行ったエジンバラでも墓泥棒がいました。
本当に罰があたりそうです。
そういえば、エジプトのファラオの呪いを思い出しました。 -
シェイクスピアはこの内陣に埋葬されました。
ただ著名な劇作家であったからではなく、高額納税者であったため、この栄誉を授かったのだそうです。
(十分の一税の440ポンドも納められました)
妻のアン・ハサウェイ、長女のスザンナも埋葬されています。 -
ステンドグラスが美しいです。
聖人を描いているようです。 -
左:St.Etheldreda(聖エセルドレダ)
中:St.Margaret(聖マーガレット)
右:St.Bride(聖ブライド)
トレーサリーの頂部には聖母子が描かれているようです。 -
東側の窓のステンドグラスには、St Andrew(聖アンドリュース)が描かれているようです。
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Duncan Flower Cunnincham 陸軍中尉の記念碑
輝かしい栄光を残したのでしょうか・・剣も描かれています。 -
St. Peters Chapel(聖ピーター(ペテロ)礼拝堂)
こちらの窓は100年前に、 'The Gift of America to Shakespeare's Church'
シェイクスピアの教会へアメリカから贈られました。
南壁に埋め込まれているのはアメリカ窓です。
この礼拝堂は静かな祈りのために、個人が祈祷する場として一般に公開されています。 -
聖母子のステンドグラス
これがアメリカ窓のようです。 -
祭壇
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パイプオルガン
1841年にWilliam Hill(ウィリアム・ヒル)によって作られた3つの大きなパイプオルガンがあります。
大きなSwell(増音器)1つとペダル1つは、塔のクロッシング(交差部)と西に面したアーチ上の壁面に、そして聖歌隊席と増音器2つとペダル2つは、聖ペテロ(ピーター)礼拝堂と南の通路にあります。
この特別なオルガンは、ナショナルパイプオルガン名簿に載っています。 -
この教会は内部の撮影も許可されています。
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右側の側廊部分に展示物がありました。
これが何を意味してるのか・・ひょっとしてシェイクスピアの劇場の人物を示唆してるのでしょか。 -
RSC(Royal Shakespeare Company)王立シェイクスピア財団
RSCの衣装のワークショップを復活と再構築の支援と、世界中の観客が楽しめるように魅力的な衣装の創造を続けるための協力をお願いします・・・。とのこと。 -
壁がひび割れてしまっています。
そこから微かに奥の方にステンドグラスがあります。 -
天上に突き刺さるような尖塔です。
-
教会の入口のノッカーで扉を叩けば、罪人でも裁判にかけられる前に、37日間の保護を受けられたそうです。
このドアのノッカーのことを
「The Sanctuary Knocker(サンクチュアリー・ノッカー)」と言うそうです。
顔になっています。口の部分で丸い持ち手を加えているようになっています。
ちなみにドアの扉は15世紀の物で、ノッカーは13世紀の物だそうです。
私が入る前はドアが開いていたので、全然気づきもしませんでした。残念。
ドアの写真を改めて見ると、かなり古いことがわかります。
(人が写っているため掲載しませんでした) -
この教会は、身廊と内陣の全ての窓が、ステンドガラスと輝かしい光で満たされるようになっています。
-
William George Moris(ウィリアム・ジョージ・モリス)は1822年5月23日に62歳で死亡。そして妻のMaryは1834年5月1日に62歳で死亡。
と壁に刻まれています。 -
イチオシ
そばには静かに流れている小川があります。
これがエイポン川です。 -
川幅は広くはありませんが、船も通っています。
とても穏やかな流れです。
シェイクスピアは、こんな素敵な所に生まれたんですね。
しかも近くには彼が通った学校もあります。 -
さて、教会を後にします。
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大きな十字架です。
-
シェイクスピアの晩年について
最後の月はシェイクスピアの人生において、とても困難なものでした。
それは彼の家族のスキャンダルに巻き込まれていまったのです。
娘のJudith(ジュディス)の夫(トマス)が、この聖トリニティ教会堂において、教会の法廷で裁かれたのです。
彼は別の女性を妊娠させてしまい、その母子とも死亡し、懺悔させられました。
このような醜聞からか、シェイクスピアは、すぐに遺言状を書き換えました。
このジュディスの夫を締め出す遺言状を手書きしました。
シェイクスピアは既に死の床にあって、亡くなる数週間の事でした。 -
イチオシ
かつての建物は1210年に建てられました。(ストラットフォードで最も古い建物です。)
サクソン修道院の敷地内に建てられました。
1331年、ウィンチェスターの聖ヨハネ司教は、南の通路にあるトーマス・ベケットチャペルに5人の司祭のために礼拝堂を創設しました。
'Good stone house' (良い石造りの家)は教会をクローズし、聖職者の大学を提供しました。
1451年、ヘンリー5世はこの大学の特権を確認し、教会は大学図書館になりました。
1480年から1520年にかけての40年間で、大学は大きな身廊(新しい西の窓を含む)、身廊のの塔、北のポーチを再建しました。 -
痛々しい十字架です。
-
確かこれはシェイクスピアが通っていたグラマー・スクールです。
King Edward VI School(エドワード6世スクール)
シェイクスピアは6~7歳頃通っていました。
とても厳しく、午前6~7時頃には学校に到着して、朝食と昼食の休憩時間をはさんで午後5時まで机に向かっていたそうです。
そして週6日制で、休日はなく教会の礼拝には必ず参加しなければなりませんでした。
ラテン語の文法の暗記や「イソップ物語」から始まって、キケロやウェルギウスの作品に至るまで各種古典の翻訳が日課でした。
そのような中で古典古代のラテン詩人のオウィディウスは、心に残ったようです。
数多くの芝居のプロットに利用されました。 -
シェイクスピアセンターです。
シェイクスピアの生家は、シェイクスピア・バースプレイス・トラストが所有、管理しています。 -
シェイクスピアの生家への入場は、こちらからです。
-
Shakespeare Birthplace(シェイクスピア生誕の地)
世界一有名な作家ウィリアム・シェイクスピアの誕生の地、そして家族についてなど探求してみましょう。 -
シェイクスピアの実家です。
ヘンリーストリートに面しています。 -
シェイクスピア(ウィリアム)の父のジョンは、小作農の出ですが、白皮のなめし業、特に手袋を中心とした革製品の製造と販売をして立派な商人となりました。
鷹狩用の皮手袋なども作っていたようです。
また羊毛販売も行っていたようです。
やがてストラトフォードのエリート市民に出世して、町の参議会員になり、その後は町長にまでなりました。(1568年)
シェイクスピアはこのように、裕福な家庭で育ったようです。
ただ、息子のシェイクスピアが13歳になった頃から、借金などなど・・・名声は徐々に傾き始めてしまいました。 -
母のメアリー・アーデンは地元の裕福な農家の生まれでした。
シェイクスピアは、妖精や小人や幽霊や魔女や魔法の森・・・などの地方の民話を聞いて育ったようです。
1582年11月シェイクスピアは、18歳の時に、妊娠中であったアン・ハサウェイと結婚しました。
ただし未成年であったため父親の許可が必要でした。
結婚相手のアンは、シェイクスピアよりも8歳年上で、旧家の出でした。 -
中には入りませんでしたが、窓が開いていて、ちらりと見えました。
窓のそばに動物の毛皮のような物が見えました。
皮製品でしょうか? -
この通りにはお店が並んでいます。
この街には、15世紀のチューダー朝時代の建物が残ってます。
この建物もそうです。
木材と白壁で作られているハーフ・ティンバーと呼ばれる物です。
白と黒のコントラストが特徴です。 -
こちらはシェイクスピアのお家を後ろから見た所です。
お庭になっています。
こちらは、ギルド・ストリートです。 -
門の間から写真を撮ってみました。
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ユニオン・ストリートだったでしょうか・・・?
ちなみにストラトフォード・アポン・エイヴォンとは
ストラト: 道路、街道
フォード: 川を渡る浅瀬
街道と川が交わる場所です。
そんなわけで宿場町として、人々が集まるようになって、13世紀頃のローマ占領時代から、交通の要として発展してきた町でもあります。 -
ヘンリー・ストリートを眺めて(五差路の方向から)
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素敵なお庭とカフェ
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シェイクスピア関連のお店
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シェイクスピアの像が飾っています。
-
クリスマスグッズのお店
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絵葉書やサンタや聖人などが並んでます。
-
ユニオンジャックが目立ってます。
街並みが落ち着いているだけに、ちょっと目立ちました。
改めてイングランドにいた事を思い起こしました。 -
やはりピーターラビットもいます。
-
これは、先日湖水地方のオレストヘッドのハイキング途中の道でも見ました。
それにしても、何だったか思い出せません。 -
赤い電話ボックスとポスト。
英国の電話ボックスは、King George V(ジョージ5世)の在位25周年の記念に作られてからとても有名です。
最近では携帯電話・スマホの普及で寂しい思いをしていました・・・が、でもここのところ、新たな活用のされ方で、ミニ図書館などなど・・・の別の活用のされ方をしているようです。
赤い郵便ポストは日本にもありますが、英国が発祥の地です。
どちらも可愛いです。 -
中世の道化師の像
THE JESTER(シェイクスピアの劇の中に登場する道化師です) -
拡大しました。
-
The fool doth thank he is wise.
But the wise man knows himself to be a fool.
(As you like it)
ばかな人間は自分のことを賢いと思っている。
しかし賢明な人間は自分が愚か者であることを知っている 。
( お気に召すまま) -
Alas! poor Yorick.
I knew him.
Horatio: A fellow of infinite Jest.
(Hamlet)
ああ、悲しや!哀れなヨリック(道化のヨリック)。
私は彼を知っている。
ホレーショウ(ハムレットの親友の名前):
いつも冗談をいっている男だったのに・・。
(ハムレット)
通りかかった墓場で、昔懐かしい道化のヨリックの髑髏を見、この世の儚さを思っているハムレットです。 -
Foolery , sir. does walk about the orb like the sun;
it shines everywhere.
(Twelfth night)
愚かさとは、まるで太陽のように地上の至るところを歩き回る。
おかげでそこらじゅう全てが明るくなるのだ。
(十二夜) -
O Noble fool !
A worthy fool !
(As you like it)
愚者は自分を賢いと思っているが、賢者は自分が馬鹿なことを知っている。
(お気に召すまま) -
午前中リバプールに行った際には、とてもいい天気だったのですが、ここでは雨でした。
まるでシェイクスピアの劇のようです。
そして今夜はお楽しみのマナーハウスに宿泊です。
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この旅行記へのコメント (4)
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- jijidarumaさん 2018/12/16 19:07:36
- シェイクスピアの頭蓋骨
- noelさん、
こんばんは。
久しぶりにコメントをします。
<シェイクスピアの没後400年にあたる2016年にお墓をレーダーでスキャンしたところ、なんとお墓の中の頭蓋骨がないことが発覚しました。>
この種の話は様々にありますね。
とりわけ貴人・偉人の頭蓋骨は尊ばれたのでしょう。
私の旅では、二、三の例を知りましたが、2015年にはこんな例も。
【ドイツの文豪ゲーテとシラーの関係に奇妙な話(Wiki)が残る。】
1805年5月9日、シラーは結核のため、ワイマールの自宅で死去した。45歳であった。1805年8月10日にシラー葬送祭がおこなわれた。遺骨はHerzogin Anna Amalia Bibliothekアンナ・アマーリア図書館に保存された。
1826年、ゲーテは秘密裏にシラーの骸骨をアンナ・アマーリア図書館から借り出し、それを眺めながら『シラーの骸骨に寄す』という詩を詠んだ。
1827年12月16日にはシラーの遺骨がアマーリア図書館からワイマールの王家のWeimarer Fuerstengruft地下墓地に移されたと言われている。(シラーが埋葬されたのはワイマール市のヤコブスにある集団墓地という話もあるが)
2008年5月3日、シラーのものと伝来がある2つの頭蓋骨のDNA検査の結果、この2つの頭蓋骨のどちらもシラーのものではない可能性が高いことが、この頭蓋骨を保管してきたWeimar Foundationドイツ古典主義財団から発表された。
調査が実施された2つの頭蓋骨とは、
1つが1826年にシラーが埋葬されたワイマール市のヤコブスにある集団墓地で発見されたもので、ゲーテが所有していたことでも知られているもの。
もう1つの方は1911年にシラー研究家であるアウグスト・フロリエプが同じ集団墓地から発見したものだ。
しかし、シラーのデスマスクと頭蓋骨が真実のものであると、現在も信じられていて、今も2つの頭蓋骨ともワイマールの古典主義財団が保管しているという。
(聖人の遺骨も首と胴体が別になって、それぞれが恭しく安置されているケースは多くいですね。墓の中の貴人・偉人達も現代のレーダーによるスキャンとか、DNA鑑定といったもので、調べられるとは思いもしなかったでしょう)
・・・・・・・・・・・・
jijidaruma
- noelさん からの返信 2018/12/17 21:16:11
- RE: シェイクスピアの頭蓋骨
- jijidarumaさん
こんばんは。
ゲーテとシラーの奇妙なお話、知りませんでした。
お互いよき友であり、よきライバルであったのは知っていましたが・・・。
ちょっと吃驚です。
でも現実に本当にあったのかもしれませんね。
> (聖人の遺骨も首と胴体が別になって、それぞれが恭しく安置されているケースは多くいですね。墓の中の貴人・偉人達も現代のレーダーによるスキャンとか、DNA鑑定といったもので、調べられるとは思いもしなかったでしょう)
まさにそうですね。
当時の人は想像もできなかったでしょう。
それにしても類似の出来事があるのは興味深いです。
ここのところ急に寒さが厳しくなってきました。
どうぞご自愛ください。
noel
-
- sanaboさん 2018/12/15 01:28:37
- シェイクスピア生誕の地
- noelさん、こんばんは
ストラトフォード・アポン・エイボンへは大昔にロンドンから日帰りしたことがありますが、記憶もかなりあやふやで『シェイクスピアの生家』しか行かなかったような気がします。
今回、noelさんの旅行記でシェイクスピア一家が眠る教会の様子を拝見することができ、美しいステンドグラスに魅かれました。 彼の生い立ちなども大変興味深かったです。(意外にもシェイクスピア自身については何も知りませんでした)
墓泥棒のお話は驚きました。 こんなにもたくさんの有名人の頭蓋骨が盗まれていたなんて知りませんでした。 おまけにナポレオンの大事な部分を、ってそれをどうしたのでしょうね? 変なところにツッコミを入れてスミマセン(^^ゞ
急に寒くなりましたのでご自愛下さいね。
sanabo
- noelさん からの返信 2018/12/15 19:47:00
- RE: シェイクスピア生誕の地
- sanaboさん、こんばんは
いつもありがとうございます。
sanaboさんも行かれていたんですね。
私自身行くまでは、それほど気にも留めていませんでした。
やはりシェイクスピア本人よりも、彼の作品の方が一人歩きしてしまっているような感じでした。
> 今回、noelさんの旅行記でシェイクスピア一家が眠る教会の様子を拝見することができ、美しいステンドグラスに魅かれました。
ありがとうございます。
確かにステンドグラス良かったです。
でもsanaboさんの方がたくさんのステンドグラスを見ていますよね〜。。
> 墓泥棒のお話は驚きました。 こんなにもたくさんの有名人の頭蓋骨が盗まれていたなんて知りませんでした。 おまけにナポレオンの大事な部分を、ってそれをどうしたのでしょうね? 変なところにツッコミを入れてスミマセン(^^ゞ
いえいえ。
確かに教会ではこれについては触れてませんでした。
ないと思ったら皆さんがっかりしますよね。
でもついでに調べたら、変なことまで発覚してしまいました。
今はどうなったのやら????
私も深追いしませんでした。
さてさて、sanaboさんの「サン・シル・ラポピー」全然知りませんでした。
なんて可愛らしい名前なんでしょうね。
勿論名前だけではありません。
確かにフランス人の人気ナンバー1なだけありますね。
ホテルも流石お目の高いsanaboさんが選んだだけあります。
ただそんな中にも急峻な崖とか、城壁、道の傍らにある痛々しい十字架が、この村の歴史をちょっと物語っているようにも思えました。
ミディピレネーというのは、あまり聞いたことがない呼び名だったのですが、オクシタニアだったのですね。
私も行きたいです。
でも今後はヨーロッパだけでなく、人気が出てきそうですね。
ところで貴腐ワインにつけた干葡萄のチョコですが、美味しそうですね〜。
ただしご主人様、お疲れ様でございました。
最近は本当に寒くなりました。
saaboさんもお気を付けください。
noel
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