2017/01/26 - 2017/01/29
3680位(同エリア6948件中)
三峯霧美さん
今回の京都の旅は王道の観光地を組込むだけじゃなく、観光協会主催の「京の冬の旅」を活用して、特別公開の寺社やイベントにも参加しました。
二日目の午後はすごすご退散した竹中稲荷神社から宗岡神社、吉田神社を参拝して、特別公開中の金戒光明寺とその塔頭の西翁院を訪問しました。
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11:30 竹中稲荷神社の参道を吉田神社に向かって歩ていくと左手に宗忠神社の裏参道の石段がありました。
吉田神社の後に参拝する予定でしたが、吉田山は結構な高さがあって、もう一度坂を登るのはちょっと辛いので、先にお参りします。
神楽岡忠宗神社
祭神 天照大御神 宗忠大明神
江戸時代末期に開かれた黒住教の神社です。
参道の上にあるニの鳥居は「宗忠鳥居」と呼ばれる形式。宗忠神社 寺・神社・教会
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創建は1862年 吉田神社から社地の一部を譲り受けて創建されました。
黒住教の教祖、黒住宗忠は岡山の禰宜の家に生まれ、天照大神と一体になるという宗教体験をして、病気平癒や生活に苦しむ人のため祈り教え導き、布教活動を行いました。
没後朝廷から「宗忠大明神」の神号が与えられます。
参道の先には真如堂の本堂の瓦屋根が見えます。参道は桜の名所です。
暖かい陽射しがとても気持ち良い午後、参拝者は他に無く、静かな境内でゆっくりお参り。 -
とても大きな拝殿 その奥に本殿(宗忠大明神)と 神明宮(天照大御神)があります。
通ってきた裏側の参道は勅使門で創建当時の正参道でした。 -
忠春社 本殿の隣に鎮座しています。
赤木忠春は22歳で失明し、30歳の時に黒住忠宗の講席を拝聴すると目が見えるようになりました。忠春は忠宗に弟子入りし、京都で布教活動を行い教えは広まり、神社創建などに貢献しました。
眼病平癒のご利益があります。 -
社務所で御朱印を頂きました。300円納めました。
HPに乗っている白いワンコには、残念ながら会えず。
御朱印には備前焼の逆立ち狛犬の印が押されています、参道の石段の途中にあるらしく、気がつきませんでした。
また裏参道から失礼して、吉田神社に向かいます。 -
11:40 吉田神社に向かっていくと大きな朱色の鳥居が立っています。通り抜けて扁額を見ると竹中稲荷神社の鳥居でした。
画像の右手が宗忠神社です。 -
切通の坂を下っていくと急に明るくなり、右手の開けた場所に大元宮がありました。
吉田神社 末社 斎場所 大元宮
境内のあちこちに白いテントが準備されています。 -
吉田神社の吉田神道の教義によるお宮で、全国の式内神と、八百万の神を祀っています。
お正月の三が日と節分、毎月1日は本殿などの特別参拝ができるそうです。(無料です)
ここにお参りすると、日本全国の神社にお参りしたことになるのかな? -
御朱印は吉田神社の授与所で頂きました。竹中稲荷神社の御朱印も頂きました。
二つで600円納めました。 -
山蔭神社
大元宮から山の中腹を巻いている参道を歩いて行くと山蔭神社がありました。
包丁の神、料理飲食の神様。 -
祭神 藤原山蔭
藤原山蔭は吉田神社を奈良の春日大社から勧請し創建しました。また。四条流包丁式の創始者です。
創建は1959年 全国の料理関係者が協賛して造られました。
ここもテントが張ってあり、中で何か工事をしている。 -
さらに参道を歩いて行くと右手に石段。
菓祖神社
祭神 田道間守命 林浄因命
1957年に京都の菓子業界によって奉賛会が結成されて創建されました。 -
お菓子の神様 盛大にのぼりが立っています。
田道間守 たじまもり は日本書紀によれば、垂仁天皇の命により非時香菓(たちばな)を求めて常世国に派遣されますが、たちばなの枝を持って帰ってくると、天皇は崩御されていて、嘆き悲しみ天皇陵の前で自殺してしまいます。 -
林浄因 りんじょういん は 1349年に中国より来日、奈良で初めて餡入りの饅頭を作って売り出します。
この日の午後、両足院の特別参拝に行き、そこでも林浄因のお話が聞けました。
何しろ、和菓子屋さんの「塩瀬」の祖先です! -
吉田神社 ここが正参道。
境内はあちこちテントだらけです。授与所で伺うと、節分祭の準備だそうで、大きなお祭なんですね。
境内はテントのほかに、御祭り関連の作業をする人、工事をする人で何となく落ち着かない。吉田神社 寺・神社・教会
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拝殿の中も作業場になってます。照明のカサが積んである。
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摂社 神楽岡社
吉田神社創設以前から祀られたという地主神で 延喜式に「霹靂神(はたた)神 神楽岡に坐す」と記載されているそうです。
修造中みたいなので、遠くから。 -
中門の周囲もテントで覆われています。
859年に藤原山蔭が一門の氏神として春日大社の4柱を勧請し、平安京の藤原氏の氏神様となりました。延喜式神名帳には記載のない式外社。 -
祭神 建御賀豆智命 たけみかづちのみこと
伊波比主命 いわいぬしのみこと
天之子八根命 あまのこやねのみこと
比売神 ひめのかみ
中門でお参り始めたら、いきなり祝詞奏上・・。きっといいことがあるね! -
室町時代の末期に吉田神道を創始し、江戸時代は吉田家が全国の神社の神職の任命権を持つなど、明治までは大きな権威を持っていました。
職人さんがずらりと並んだカサに名前を記入中。 -
授与所で御朱印を頂きました。
山蔭神社は朱印はありませんが墨書きしていただきました。
自分の他に御朱印を待っている方がいないので、お願いしました。
このほかに、菓祖神社、正参道下の今宮社の御朱印もあったようですが、オーダー忘れてしまいました。 -
とても大きな神社で、摂社末社も多いのですが、あちこち工事中なので、これで終了。
正参道の石段を降りました。
降りたところにあるのが今宮社 拝殿のある、規模の大きい末社です。 -
12:08 正参道はこっち。
これから向かう金戒光明寺は参道の方向じゃないので、脇道の住宅街に入ります。
この辺りは道が山を迂回したり、大きなお墓を迂回していたり、スマホのマップを何度もチェックしながら歩きます。 -
12:22 やっと黒谷さんの脇の参道に到着。歩いた距離は短く時間にして10分くらいなのに、すごく長く歩いた感じがします。
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12:24 紫雲山 金戒光明寺 黒谷さん
西側からの参道は山門と石段の間に出ました。石段を上がっていきます。左手に鐘楼。
ご本尊は阿弥陀如来
1175年に法然上人比叡山の黒谷を下り、丘の上の大きな石に腰かけると、石から紫の雲が立ち、大空を覆い、西の空に金色の光が放たれので、ここに草庵を結んだというのが寺の始まり・・・まさにお寺の名前の由来です。 -
石段を上がると正面に御影堂。
観光協会の「京の冬の旅・大政奉還150年記念」企画で特別公開中。
金戒光明寺は幕末に会津藩が本陣を構え、近藤勇が藩主松平容保に謁見し新選組が誕生した場所です。金戒光明寺(黒谷さん) 寺・神社・教会
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とても大きな御影堂(大殿) 特別拝観料は600円。
拝観者が数人集まると、ガイドの方が説明をしてくださいます。
正面に法然75歳の時の座像が安置され、吉備観音と中山文珠も安置されています。 -
吉備観音の御朱印 洛陽三十三所観音霊場 第六番
奈良時代、吉備真備が遣唐使として帰国の際に、船が遭難しそうになります。真備は「南無観世音菩薩」と唱えると、難を逃れることができたので、唐より持ち帰った香木で行基に頼んで観音様を刻んでもらったという観音様です。以前は吉田寺にありましたが、江戸時代に廃寺となり、幕府の命により移されました。 -
御影堂には 運慶作かも??と伝えられる文殊菩薩と脇侍の尊像も安置されています。
応仁の乱の兵火で廃寺となった中山法幢寺の本尊でした。その後最近まで徳川秀忠の菩提を弔うために建立した三重塔に安置されていました。
平成二十年に数年がかりの修復が終わり、欠落していた善財童子を造り、御影堂に須彌壇を作り安置されています。 -
大方丈 1934年に火災により焼失 1944年に再建されました。
特別拝観では、大方丈の謁見の間、仕掛けのある虎の襖絵、会津藩士の鎧兜、伊藤若冲の「宝珠に槌図」を見ることができました。 -
紫雲の庭は法然上人の生涯を枯山水で表現しています。
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紫雲の庭の奥はご縁の庭という遊歩道がありました。最近作られたようです。
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ご縁の庭の遊歩道はところどころで亀と出合います。
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13:15 阿弥陀堂
1605年 豊臣秀頼により再建 最も古い堂宇で、本尊の阿弥陀如来像が安置されています。 -
阿弥陀堂のご本尊の御朱印。
御影堂で全部の御朱印を頂きました。
御影堂から塔頭の西翁院に向かいます。 -
この石畳の道の奥が西翁院
京の冬の旅、13年ぶりの公開。 -
お寺の手前の空き地に小さなブースがあり、ここが受付 拝観料600円
1584年藤村庸軒の祖父によって創建されます。藤村家は裕福な呉服商でした。
藤村庸軒は千宗旦の四天王の一人で江戸時代の茶人。
茶室「淀看席」が拝観できます。 -
写真撮影はここまで。
先客がお一人待っていて、荷物を預けてガイドさんの説明を聞きながら拝観。
茶室は小高い丘の上で、淀や山崎方面が遠望できたそうです。
正式な名前は「紫雲庵」
茶道とは縁が無いですが、茶室と庭は、シンプルで無駄がない贅沢を感じます。
普段一般公開していないので、説明書きはPCで作成した文書と見取り図。
御朱印の対応もありませんでした。 -
西翁院から黒谷さんの本坊にもどり御影堂の脇にあるのが、、
熊谷直実鎧掛けの松 三代目です。
直実は平安時代末期の武将で、源平合戦の折、17歳の平敦盛を討ち取り、それをそれをきっかけにして、切腹するか出家するかと模索しており、法然に出会い、切腹を思いとどまり出家します。 -
大政奉還150年記念御朱印 紫色の和紙の書置き。
達筆ですが、黒本尊と書いてありまして、葵の紋の朱印。
1865年に会津家の祈願のために黒本尊(徳川家康念持仏で江戸の増上寺の秘仏)の真影を描かせたからだそうです。 -
この後は、岡崎神社前からバスに乗って祇園へ出て、建仁寺に行く予定。
山門をくぐって帰りましょう。 -
13:46 山門の扁額は後小松天皇の「浄土真宗最初門」の扁額がかかっています。
応仁の乱で焼失し、1860年に再建されたものです。
近所の小学生が遊んでいました。 -
山門の御朱印。
そろそろ2時、ランチはこの近くのカフェでと思ってましたが、一日目同様に時間がなく、バス停に急ぎます。 -
と、そこで気が付きました、「アフロさん」見てない!!
御朱印貰っているのに、お参りしないわけには行きません。
墓地まで足早に歩いて行く。奥は以前文殊菩薩が安置されていた三重塔。 -
お!いたいた。五劫思惟阿弥陀如来石像 通称アフロ地蔵
ごこうしゆいあみだにょらいせきぞう
無量寿経によると、阿弥陀仏が長い間修行されている姿で、落語の「寿限無寿限無、五劫のすり切れ」の元になりました。 -
御朱印はこちら。
さあ、これでお参りは済みましたが、すでに予定時間を大幅に過ぎています。
近くのカフェでランチはきっぱり諦めました。 -
13:59 高霊門をくぐり、バス停に向かいます。
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金戒光明寺なんて、地元の方は言わないのでしょう。黒谷さんと呼ばれるようです。
くろ谷という石碑がありました。
ランチ抜き、清水寺で食べたコンビニおむすび2個で、結構持っている。
さあ、もうひと頑張り建仁寺へ!
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