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 7月15日金曜日、旅行三日目。<br /><br /> 基隆の見どころをタクシー観光しています。<br /> 歴史的なスポットを中心に、8つの訪問希望地を運転手さんに伝えて、まわる順番はお任せ。現在、2つの砲台と和平島公園の訪問を終えたところです。

2016-7月 歴史街・基隆からゆく旅 20 旧市長官邸、築港殉職者紀念碑、仙洞町官舎

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2016/07/13 - 2016/07/17

258位(同エリア562件中)

旅行記グループ 2016-07 基隆からゆく旅 前半

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37

binchanさん

 7月15日金曜日、旅行三日目。

 基隆の見どころをタクシー観光しています。
 歴史的なスポットを中心に、8つの訪問希望地を運転手さんに伝えて、まわる順番はお任せ。現在、2つの砲台と和平島公園の訪問を終えたところです。

旅行の満足度
5.0
同行者
一人旅
交通手段
タクシー 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  •  12:26、古蹟「基隆市長官邸」。<br /> リクエストした訪問地には入っていませんでしたが、運転手さんセレクトで連れてきてもらいました。<br /> ここ、朝、バスの経路を間違えて行くことができなかったところだ。待てば海路の日和ありってところですね。

     12:26、古蹟「基隆市長官邸」。
     リクエストした訪問地には入っていませんでしたが、運転手さんセレクトで連れてきてもらいました。
     ここ、朝、バスの経路を間違えて行くことができなかったところだ。待てば海路の日和ありってところですね。

    市長官邸 史跡・遺跡

  •  ちょうどお昼休憩のようで、開いていませんでした。

     ちょうどお昼休憩のようで、開いていませんでした。

  •  こちらが参観要領。

     こちらが参観要領。

  •  建築当時(1932年 昭和7年)は松浦社宅と呼ばれていました。戦後基隆市長官邸として使われた後、2010年に基隆市の古蹟に指定され、修復後2014年から一般に公開されています。<br /><br /> 運転手さん情報では、復元には4,000万元かかったそうですよ。<br /> 外壁に近づくとちゃんと檜の香りがするんです。現在台湾では檜の伐採が禁止されているそうなので、外国から調達したとのこと(運転手さん情報)。

     建築当時(1932年 昭和7年)は松浦社宅と呼ばれていました。戦後基隆市長官邸として使われた後、2010年に基隆市の古蹟に指定され、修復後2014年から一般に公開されています。

     運転手さん情報では、復元には4,000万元かかったそうですよ。
     外壁に近づくとちゃんと檜の香りがするんです。現在台湾では檜の伐採が禁止されているそうなので、外国から調達したとのこと(運転手さん情報)。

  •  外でそんな会話をしていたら、係員さんが窓から顔を出しました。運転手さんが声をかけてくれ、中も見学できることに。<br /> やった〜。すいませんねえ、お昼休みに。

     外でそんな会話をしていたら、係員さんが窓から顔を出しました。運転手さんが声をかけてくれ、中も見学できることに。
     やった〜。すいませんねえ、お昼休みに。

  •  入ってすぐにあるのがなぜか肥壺(ですよね?)。

     入ってすぐにあるのがなぜか肥壺(ですよね?)。

  •  内部撮影もOK。<br /> すごくきれいに復元されてます。

     内部撮影もOK。
     すごくきれいに復元されてます。

  •  こちらは現役のお手洗い。でも扉とか昔の作りですよね。

     こちらは現役のお手洗い。でも扉とか昔の作りですよね。

  •  戦後は要塞司令官邸として、大陸からやってきた軍人さんたちに利用されていたのだと思うのですが、当時はどうやって使っていたんでしょう。生活様式違いますよね?

     戦後は要塞司令官邸として、大陸からやってきた軍人さんたちに利用されていたのだと思うのですが、当時はどうやって使っていたんでしょう。生活様式違いますよね?

  •  こういったパネル展示に何か書いてあったかもしれないのに、良く見てこなかった…。

     こういったパネル展示に何か書いてあったかもしれないのに、良く見てこなかった…。

  •  構造模型。

     構造模型。

  •  この家が建てられたころの基隆の様子。<br /> 昔はこのあたりに大沙灣海水浴場があったそう。今では港全体がコンクリートの埠頭ですから、ちょっと想像ができませんね。

     この家が建てられたころの基隆の様子。
     昔はこのあたりに大沙灣海水浴場があったそう。今では港全体がコンクリートの埠頭ですから、ちょっと想像ができませんね。

  •  継手の模型でしょうか。復元にまつわる展示品もあります。

     継手の模型でしょうか。復元にまつわる展示品もあります。

  •  欄間の格子が涼し気。

     欄間の格子が涼し気。

  •  廊下。<br /> 廊下側の窓が出窓っぽくなっています。

     廊下。
     廊下側の窓が出窓っぽくなっています。

  •  テレビまである。誰か暮らしてるの?

     テレビまである。誰か暮らしてるの?

  •  こちらはプロジェクター。なるほど、研修とかに使えるようになっているんですね。

     こちらはプロジェクター。なるほど、研修とかに使えるようになっているんですね。

  •  電気の容量とかは建設当時とはぜんぜん違いますよね。見えないところで工夫されてるでしょう。

     電気の容量とかは建設当時とはぜんぜん違いますよね。見えないところで工夫されてるでしょう。

  •  洋室もありました。暖炉のようなものは装飾かな。台湾で暖炉が必要とも思えませんが。

     洋室もありました。暖炉のようなものは装飾かな。台湾で暖炉が必要とも思えませんが。

  •  洋室はすっかり研修会モードになってました。<br /><br /> 12:32、見学を終えて車へ。

     洋室はすっかり研修会モードになってました。

     12:32、見学を終えて車へ。

  •  タクシーは走りだしてすぐ、また停車しました。<br /> ここも日本家屋だそうです。<br /><br /> ここも基隆要塞司令部校官眷舍として古蹟指定されています。<br /> 戦後、日本人が引き揚げたあと、その空いた住宅は国民政府によって転用されていたわけですが、それらの建物が最近になって次々と修復されています。基隆には裕福な人が多かったのか、結構大きな家がいたるところに残されています。保存にも修復にも莫大な費用がかかりますね。<br /><br /> 続いて向かうのは「築港殉職者紀念碑」です。

     タクシーは走りだしてすぐ、また停車しました。
     ここも日本家屋だそうです。

     ここも基隆要塞司令部校官眷舍として古蹟指定されています。
     戦後、日本人が引き揚げたあと、その空いた住宅は国民政府によって転用されていたわけですが、それらの建物が最近になって次々と修復されています。基隆には裕福な人が多かったのか、結構大きな家がいたるところに残されています。保存にも修復にも莫大な費用がかかりますね。

     続いて向かうのは「築港殉職者紀念碑」です。

  •  築港殉職者紀念碑は基隆港西岸の小高い丘の上にあります。その丘のどてっぱらに日本時代の防空壕がありました。<br /> 紛らわしいですけど、この防空壕が紀念碑の入口なわけではありません。

     築港殉職者紀念碑は基隆港西岸の小高い丘の上にあります。その丘のどてっぱらに日本時代の防空壕がありました。
     紛らわしいですけど、この防空壕が紀念碑の入口なわけではありません。

  •  初日に許梓桑古厝で見かけた防空壕は戦後のものですが、これは日本時代のものだそうです。

     初日に許梓桑古厝で見かけた防空壕は戦後のものですが、これは日本時代のものだそうです。

  •  12:51、築港殉職者紀念碑に向かいます。

     12:51、築港殉職者紀念碑に向かいます。

  •  1924年(大正13)から1928年(昭和3年)にかけて、基隆港の大改新が行われました。天然の良港と言われた基隆ですが実際は岩礁が多く、近代的な大型船が利用するには危険だったそうです。<br /> 工事は難航を極め、特に西16埠頭付近では多くの死傷者を出したとのこと。1930年(昭和5)、その西16埠頭に近いこの丘の上に殉職者の慰霊碑が建てられました。

     1924年(大正13)から1928年(昭和3年)にかけて、基隆港の大改新が行われました。天然の良港と言われた基隆ですが実際は岩礁が多く、近代的な大型船が利用するには危険だったそうです。
     工事は難航を極め、特に西16埠頭付近では多くの死傷者を出したとのこと。1930年(昭和5)、その西16埠頭に近いこの丘の上に殉職者の慰霊碑が建てられました。

  •  この階段は紀念碑への「参道」とされています。

     この階段は紀念碑への「参道」とされています。

  •  歴史建築に認定されています。

     歴史建築に認定されています。

    築港殉職者紀念碑 史跡・遺跡

  •  やはり碑文は削り取られています。<br /> しかし、1972年頃までは石碑を整備したという記録もあるようなので、この姿になったのはけっこう最近なのかもしれませんね。

     やはり碑文は削り取られています。
     しかし、1972年頃までは石碑を整備したという記録もあるようなので、この姿になったのはけっこう最近なのかもしれませんね。

  •  碑文については当時の台湾総督石塚英藏によって揮毫されたということ以外わかっていないそうです。

     碑文については当時の台湾総督石塚英藏によって揮毫されたということ以外わかっていないそうです。

  •  これまでの訪問地では運転手さんは車で待っているだけだったのですが、ここは一緒に来て説明をしてくれました。<br /> <br /> この碑の前で、「一本の棒とそれをはさんで二つの玉があるだろう?だからナンションのためにバイバイするんだ。日本でもそういうのあるか?」って言うんです。一本の棒と2つの玉?下ネタ?<br /> さんざん考えてやっとわかった。ナンションは男生でバイバイは拝拝だ。男の子を授かりたい人がお参りに来るってことね。ああびっくりした。<br /> そういうの日本にもあるのかな?どうでしょう。<br />

     これまでの訪問地では運転手さんは車で待っているだけだったのですが、ここは一緒に来て説明をしてくれました。
     
     この碑の前で、「一本の棒とそれをはさんで二つの玉があるだろう?だからナンションのためにバイバイするんだ。日本でもそういうのあるか?」って言うんです。一本の棒と2つの玉?下ネタ?
     さんざん考えてやっとわかった。ナンションは男生でバイバイは拝拝だ。男の子を授かりたい人がお参りに来るってことね。ああびっくりした。
     そういうの日本にもあるのかな?どうでしょう。

  •  紀念碑からはこんな風に港が見えました。<br /> みなさんが造った港は、こんなに立派になりましたよ。

     紀念碑からはこんな風に港が見えました。
     みなさんが造った港は、こんなに立派になりましたよ。

  •  築港殉職者紀念碑のそばにも日本家屋が残されているとのこと。<br /> 運転手さんは日本建築推しなので、近辺の日本家屋はぜ〜んぶ紹介してくれるつもりのようです。<br /> <br /> こちらの建物はは木々にさえぎられてよく見えません。運転手さんによると、もう少し丘を上ったところに、もっといい物件があるそうです。

     築港殉職者紀念碑のそばにも日本家屋が残されているとのこと。
     運転手さんは日本建築推しなので、近辺の日本家屋はぜ〜んぶ紹介してくれるつもりのようです。
     
     こちらの建物はは木々にさえぎられてよく見えません。運転手さんによると、もう少し丘を上ったところに、もっといい物件があるそうです。

  •  こちらがその物件。<br /> 築港出張所仙洞町官舍として昭和初期に建てられ、戦後は港務局局長官舍として使われていた家です。やはり歴史建築認定されています。<br /><br /> 基隆って三方を山に囲まれ平地が少ないので、こういった高台の平地も貴重なんですよね。しかも津波や高潮の被害に遭いにくいから、住宅地にするにはもってこいでしょう。<br /> そういった貴重な土地なので、ただ保存するだけではなく利用できるようにしないともったいない気がします。

     こちらがその物件。
     築港出張所仙洞町官舍として昭和初期に建てられ、戦後は港務局局長官舍として使われていた家です。やはり歴史建築認定されています。

     基隆って三方を山に囲まれ平地が少ないので、こういった高台の平地も貴重なんですよね。しかも津波や高潮の被害に遭いにくいから、住宅地にするにはもってこいでしょう。
     そういった貴重な土地なので、ただ保存するだけではなく利用できるようにしないともったいない気がします。

  •  一緒に観光しているうちに、運転手さんは私の興味の対象を理解してくれるようになってきました。見どころの説明板なんかは、私より先に探し出して「こっちにあるよ」と教えてくれたりします。<br /> ここでも、よく見える場所を見つけては「ここから写真撮れるよ」と教えてくれます。おかげでよく撮れてるでしょ。

     一緒に観光しているうちに、運転手さんは私の興味の対象を理解してくれるようになってきました。見どころの説明板なんかは、私より先に探し出して「こっちにあるよ」と教えてくれたりします。
     ここでも、よく見える場所を見つけては「ここから写真撮れるよ」と教えてくれます。おかげでよく撮れてるでしょ。

  •  さらに高台へ上がる階段を見つけて、「じゃ次はあそこに上って」と指示されたので上って撮影。<br /> 運転手さんは塀の中を覗いて、さらなる撮影ポイントを探してくれてます。

     さらに高台へ上がる階段を見つけて、「じゃ次はあそこに上って」と指示されたので上って撮影。
     運転手さんは塀の中を覗いて、さらなる撮影ポイントを探してくれてます。

  •  トイレ跡を発見してくれました。なるほど、言われなくちゃ気付かないね。

     トイレ跡を発見してくれました。なるほど、言われなくちゃ気付かないね。

  •  この付近には新しいタイプの防空壕がありました。一壕ずつプレートがつけられていて、ちゃんと管理されているっぽい。今でも防空演習とかで使うのかな?

     この付近には新しいタイプの防空壕がありました。一壕ずつプレートがつけられていて、ちゃんと管理されているっぽい。今でも防空演習とかで使うのかな?

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