2016/07/13 - 2016/07/17
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binchanさん
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7月13日水曜日、旅行1日目。
午後、やっと基隆に到着です。
16:41、基隆客運と淡水客運が共同運行する862路バスで2時間かかりました。終点の降車場は海洋廣場前。基隆駅の手前です。
海洋廣場の目の前にある「華帥海景飯店」を予約していたのでまずはチェックイン(ホテルについては04の旅行記で書きます。)荷物を置いたら早速街歩きへ。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
17:00、散策へ出発。
最初の目的地は許梓桑古厝という廃墟。ホテルから孝二路、忠二路と歩いて孝一路との交差点へ出ました。
孝一路や愛二路のあたりは独特の雰囲気があります。高度成長期的なコンクリートの建物。 -
孝一路は、かなりの圧迫感。
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大通りの喧騒を避けて路地へ。
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提灯がいっぱい。
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基隆福徳宮の提灯でした。
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仁四路に出て許梓桑古厝への入口へ。許梓桑は人名で、古厝というのは年代ものの建物とか古民家って意味です。
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古厝は高台にあるので階段を上っていきます。
基隆の見どころはほとんどが高台にあるので、今回の旅行ではものすごい数の階段を上ったと思う。 -
階段の途中に猫ちゃんたちがおとなしく寝てました。
上の写真で階段の上に小さく写っているおじさんが飼ってるんです。たぶん保護猫。 -
ほかにも5〜6匹はいましたが、みんな毛並みがきれいでかわいかった。
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坂の途中には絵が描かれたコンクリートの障壁が並んでいます。
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壁の裏には防空壕の入口。
ほんの20年ほど前まではリアルに空襲に備えてたんですよね。それぞれに番地のようなものがついていて、ちゃんと管理されているみたいです。さすがに現在は使われていないですよね。 -
細い一本坂なんですけど、途中にめちゃくちゃ怖い犬を飼っている家が…。
一応鎖でつながれているのですが、鎖の長さがわからないので怖い。咬み殺す気まんまんで吠えまくってます。往復とも、飼い主さんが出てきて犬を制止してくれたのですが、だったら最初からこっち側に犬を置いておかなければいいのでは?
ここは古厝への一本道なので、よからぬ人が通るのかな?古厝ってつまりは廃墟だもんね。犯罪防止なのかも。
この写真は帰りに撮ったのですが、その時は飼い主さんに口輪されてました(でもスゴイ迫力。)恐怖のあまり写真がブレブレ…
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これが最後の階段。
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上りきったところでとりあえず眺望を。う〜ん、期待したほどではないなあ。
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最初に見える建物は、これが邸宅跡かと疑うほど質素な壁。
閩南三合院式二階建ての邸宅で「慶餘堂」と名付けられていたそうですが、今は見る影もない。 -
1931年(昭和6年)に建てられた邸宅なのですが、このとおりすっかり廃墟です。中に入るのは怖いですね。
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館を建てた許梓桑は、基隆街長や台北州協議会員などを務めたこの地の名士で、詩壇でも名のあった人です。戦後、当主がなくなったあとも1960年頃までは子孫が住んでいたとのこと。
現在基隆市の歴史建築として文化財のリストに載っています。許梓桑古厝 史跡・遺跡
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こういった部分に当時の面影がす。
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竹の装飾は石でしょうか?
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良く見ると細かい飾りもあってじっくり見ると面白そうなのですが、誰もいない廃墟ですからね。よからぬものが出て来たら怖いので早々に退散します(よからぬものの例:蛇、野犬、変質者、霊。)
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隣に太乙宮というものがあったのでのぞいてみましたが、入口に鍵がかかってました。スタンプラリーのチェックポイントになっている?
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太乙宮から来た道を撮影。本当に狭い坂道なんです。
さて、またあの恐怖の犬の前を通って坂を下らなくては…。 -
17:30、基隆で最も有名な夜市「廟口夜市」にやってきました。
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まだ夜市タイム(18:00〜)ではありませんが賑わっています。
もっと遅い時間になると混雑が激しくなるので、人込みが苦手な人は早めに来るのがいいかも。お店やってますし。
この夜市の象徴でもある提灯。別の日にもっと暗くなってから来たのですが、やっぱり明かりがついてませんでした。ただの飾りなのかな?基隆夜市 (廟口夜市) 市場
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行列してまで食事をする情熱がないので、人気がなさそうに見えた店で魯肉飯を食べることに。
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筍絲も注文。「筍」の発音がわからなくて店主に教わったんですが、滑舌が悪かったらしく何度も訂正されちゃったよ。
魯肉飯もおいしかったのですが、この筍絲が絶品!「人気がなさそう」だと思ったのですが、奥にたくさんお客さんがいました。通り沿いに並んでなかっただけ。この味が忘れられず、後日また買いに来ました。冷めるとおいしくなくなるので、アツアツで食うべし!
二皿で35元。 -
おなかがいっぱいになったところで再び街歩き。
奠濟宮。廟口夜市はこの「廟」の門前夜市です。
中国閩南地方の英雄が祀られています。昔大陸から移住してきた人々が、故郷を想って建てた廟なのでしょう。奠濟宮 寺院・教会
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慶安宮。
基隆で最も古い媽祖廟だそうです。港町基隆ではさぞかし信仰を集めていることでしょう。ここが主となって旧暦7月に行われる中元祭は有名だそうです。慶安宮 寺院・教会
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訪問順は違うのですが、廟つながりで城隍廟。
城隍廟はこの土地で活躍した人が神格化されて「城隍爺」として祀られている廟です。ここの城隍爺は清代のお役人らしい。
基隆の城隍廟は海洋廣場の向かいにあるのですが、このように(写真は別の日に撮影)間口がとても狭いです。全体を撮ろうとするとこうして通りの反対側からでないと入りません。城隍廟 寺院・教会
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廟の入口。中には入りませんでした。
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基隆に来るにあたって、4トラの基隆関連旅行記を読んで予習しました。その中で「へけけさん」の旅行記にある踏切が気になったので見に行ってみることにしました。
メールで行き方を聞いたところ、孝三路から行くとわかりやすいとのことだったので、その通りに歩いてみることに。 -
線路沿いまで来たけれど、それらしい踏切はない。
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あるのは地下道だけ。
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踏切とは関係ないけど歩道にこんなものを発見。何でしょう?
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このガードをくぐった先には線路がありますが、踏切はありません。
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踏切は後日列車に乗って探すことにして、とりあえず水分を補給。
冬瓜茶を購入。街角のジュース屋さん、糖分などの栄養も補給できていいですよね。 -
忠一路に戻って中正公園方面を目指します。
孝二路との交差点は、地下道でないと渡れないようになっていました。
その地下道にあった観光案内写真。あさって訪問する予定の古蹟が紹介されていました。地下道ってめんどくさいけど、展示が面白いとけっこう楽しい。 -
忠一路と愛一路の交差点にある古い建物。
基隆鬼屋(お化け屋敷)の名前で通っているようですが、正式名称は「林開群洋樓」といいます。
林開群(林開郡と書かれている場合もあり)は、大正から昭和にかけて新北市三峡区で炭鉱を経営し成功した人物です。
1931年(昭和6年)、波止場の目の前にこの館を建築しました。設計士、技師を高額で雇い、資材も輸入品を使ったそうです。林氏本人はここには住まず、完成後数年は空き家だったとか。住むための家ではなく、故郷に錦を飾る記念碑的建築だったのでしょう。その後著名な画家が住んだことでも有名になりました。
戦後になると、港の目の前という立地に目をつけてバー(酒吧)が入居します。朝鮮戦争やベトナム戦争時に台湾に駐留していたアメリカ軍相手のバーで、たいへんな賑わいだったとのこと。
美琪酒吧(Maggie Bar)という名前で営業していたこの建物は、当時のアメリカ映画にも登場しているそうですよ。
林開群洋樓 建造物
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現在は目の前に高速道路の下り口があるのでなかなか全景を撮影することができません。
林開群さんは基隆のどこからでも目立つ場所を選んで建てたそうですが、これでは台無しです。 -
私のせいいっぱいがこのアングル。
かつてはもっと大きな建物だったのですが、現在では特徴的なドームがある角の部分しか残っていません。屋上には空中庭園があったとのことなので、屋上に生えている草木は往時の面影といえるのかもしれません。 -
ここは「台湾四大鬼屋」の一つとされているんですが、「鬼屋(お化け屋敷)」というからにはやっぱり「出る」というイワクがあるんです。
美琪酒吧の最盛期、米兵と良い仲になったホステス娜娜は妊娠し、恋人である米兵に一緒にアメリカに行きたいと言います。しかし恋人は嘲笑し、彼女は捨てられました。
その米兵がアメリカに帰る前夜の送別パーティーでのこと、皆に酔いがまわった頃を見計らい、娜娜は米兵にガソリンをかけ、燭台をなぎ倒して火を放ちます。米兵も娜娜も焼死し、店にいた客やホステスらが多数死傷しました。
その後廃墟となったこのビルには、夜な夜なダンスに興じる人々の影が見えたり、窓越しの声に振り向くと焼けただれた女性がそこに見えたり、という怪談話が語られるようになりました。
その後ビルを解体しようとするも、工事関係者が次々と亡くなり頓挫。現在に至っている。
鬼屋のイワクはざっとこんな感じ。しかし、これは全くのデタラメだそうです。そもそもこの建物が火災にあったという証拠はないそうです。
ただ元ネタになった話はあります。
1966年の台北が舞台。米兵と娼婦がよく利用したある7階建の大型ホテルで、実際に多数の死傷者を出す火災がありました。出火原因は米兵の寝煙草ですが、その本人は助かっています。
犠牲者の中に別の階でコトに及んでいた米兵と娼婦がいました。米兵は娼婦を助けながらベランダ伝いに階下へと逃げようとしたのですが、途中で力尽き、二人ともに転落し亡くなったそうです。屈強な兵士なら一人で簡単に逃げられたであろうに、女性を助けようとして亡くなったという話は、当時の人々の涙をさそったのだそう。
この話をどう脚色すると鬼屋のストーリーになるのか、人間の想像力って怖いですね〜。
史蹟指定もされていないこの建物が廃墟のまま放置されているのも、林家の財産問題が原因とのこと。真実は味気ないものです。
ところで、これで私は四大鬼屋のうち2つに訪問したことになります。怪談もオカルトも大っ嫌いなのに、今回は知らずに行ったら鬼屋だったなんて…。
http://4travel.jp/travelogue/11036690
↑これが昨年行った民雄の鬼屋です。ほかの2つは台南杏林醫院と台中烏日鬼屋ですが、台南の方はマジで怖そうです。絶対行きません。 -
仁二路バスターミナルのところにあるショッピングモールの屋上(といっても平屋の屋上ですが)から見た基隆港。
真ん中奥の方に「KEELUNG」の地標が見えます。
基隆の英語表記は「Keelung」ですが、これはかなり変則的な英語表記です。台湾でよく使われているウェード式ならChilungとなり、最近台湾でも使われている大陸のピンイン方式ならJilongとなるはずなんですね。何百年も前から外国との交渉があった基隆は、現在台湾で「國語」とされている台湾華語の発音になる前の読み方で英語化され、現在も慣用的に使われ続けているのです。
台湾にもとから住んでいた原住民族(ここではケタガラン族)は漢字を使っていませんでした。そこで移住してきた漢民族は「ケタガラン」の音から地名を「ケーラン」と呼び、「鶏籠」と言う字をあてたそうです。当時の読み方ではそうなるんですね。それを西洋人(おそらくイギリス人)がKeelungと綴ったというのが経緯だそう。(所説あるとも)
日本でも基隆のカタカナ表記は「キールン」なので、現地で「きーるん」と言ってみましたが、「ああ基隆(ジーロン)ね」と言い直されました。通じないわけではないけれど一般的ではないようです。 -
港には大型客船が入港してました。かっこいい!
スーパースターアクエリアス号(寶瓶星號)。基隆が母港で沖縄へと向かうクルーズ船です。 -
台北方面への一号高速道路「中山高速公路」の接続路。
台湾西部を南北に走るこの道路も、北の起点は基隆なんですね。鉄道の「西部幹線」も起点は基隆だし、地理的には台湾東部に見えますが、西部都市とのつながりが深そうです。 -
ここがモールの屋上なんですが、日陰もなくて暑い。
中正公園へ行く予定でしたが、気持ちが折れそう…。 -
と思ったら、ビルの合間に中正公園にある建物が見えました。い、行かなくては…、あんなチラ見せされたら行かないと。
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公園方面へ行くには田寮河を渡らなくてはいけません。
最寄りの橋はキュートなワンコが橋のシンボル。 -
その名も富狗橋(狗は犬の意味)。
かわいくて縁起がよさそうな橋だわ、と渡ろうと思ったら… -
隣になんだか由緒正しそうな橋が。
田寮河には100メートル間隔ほどで橋があります。 -
こちらは金鶏橋。
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鶏の頭がシンボル。
ご想像どおり、上流から子牛虎順に十二支全部の橋があります。 -
金鶏橋から見た基隆港。
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金鶏橋を渡って義二路を中正公園方面へ歩くと、古そうな建物をリノベーションしたイタリア料理店があります。
義重町 散歩・街歩き
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昔呉服屋さんだった建物なんですね。
このあたりはかつて義重町という町だったようです。お店の前に説明看板がありました。商店が商店らしく使われていていいですねえ。 -
ほかにも古い建物が残っているようですが見つけられませんでした。
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イタリア料理店の前から信二路に入るとすぐ中正公園への入口がありました。
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ひえ〜、かなり急な階段が…。
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しぶしぶ階段を上りつつ、途中で振り向くと、レインボーカラーのビル。左側の上層階は立体駐車場。平地が貴重な基隆ならではですね。
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階段を登ったところにあったのは忠烈祠。
この後はスマホのグーグルマップを頼りに主普壇を目指す。忠烈祠(基隆市) 史跡・遺跡
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日が暮れた頃に主普壇に到着。
主普壇は伝統行事である中元祭が行われる舞台で、基隆を代表する建築物です。内部には中元祭の資料館になっているようですが、この時間はもう閉まってます。
祭の際のライトアップされた写真を見て、なんとなく夜見るものだと勘違いしていましたが、普段夜はひっそりとしているようです。主普壇 (中元祭祀文物館) 史跡・遺跡
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まあそれでも夜景はそこそこきれい。
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少し低いところにある慈安宮とその先のコンテナ埠頭。
あたりは暗くなり、照明も乏しく、ほかに誰もいません。ちょっと怖くなってきたので早々に戻ることに。
本当は観音像がある方まで行きたかったのですが、結構遠くて道も暗い。中正公園はそっちがメインなので、最初から観音像があるところを目指すべきだったかも。 -
公園の暗い道を急いで下っていたら、タクシーが流していたので乗りました。都会は便利ですね。
運転手さんに「廟口夜市へ行け」と言われ、「さっきもう行った」と答えたら、「昼と夜では全然違うから夜に行くべき」と返された。そうか、そんなにおすすめなら後日行くことにするよ。
ホテルに戻り、ビールを買いに出たついでに夜の海洋廣場を散策。基隆海洋廣場 広場・公園
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この旅行記へのコメント (4)
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- ハイペリオンさん 2016/08/18 13:35:53
- ここ行きたかったんです
- 今回の台湾では基隆に行ってこの廃墟も見たかったんですが、
結局どこにあるのか調べきれず、残念ながらあきらめました。
写真で見ると2階部分が廃墟で、下は店舗になっているよう
ですが、そうなんですか?
基隆は、桃園なんかとも違って、どんよりとしてグレーな感
じで独特の雰囲気ですね。
曇り空が多いということもあるんでしょうか。
それにしてもbinchanさんの情報収集力はすごいですね。
どういうところから情報を集めているんですか?
- binchanさん からの返信 2016/08/18 18:00:29
- RE: ここ行きたかったんです
- ハイペリオンさん、毎日暑いですね〜
林開群洋樓のことですよね?あれに目をつけてたなんて、ハイペリオンさんらしいですね。
1階も閉鎖されてます。アーケードみたいな部分に露店が出ているので一階が店舗に見えるだけなんです。
夏の台湾って、午後は雲が出ることが多いですよね。この日は夕方に基隆入りだったのでどんよりしてますが、午前中は青空でしたよ。一年のうち300日雨が降るという基隆で、今回は一度も降られずにすみました。ってことは夏にしか晴れた日はないってことなんでしょうか。雨をとるか酷暑をとるか…、厳しい町です。
情報は98%ネットです。史蹟については文化部のHPやウィキから。鬼屋のエピソードとかは台湾人のブログです。できるだけ複数のところから情報を得るように心がけてますが、なにせそれを翻訳しているのが自分自身なので、信用度は低いんです。嘘ではないはずですけど、素人の旅行記だからいいかなって…。
この後も史跡が続きます。調べるのが大変でちっとも進みません。でも一日1つはあげて行くつもりなのでよろしくお願いします。
binchan
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- へけけさん 2016/08/16 18:17:36
- 例の踏切、たどりつけなかったんですね(笑)
- binchanさん こんにちは。
桃園空港からいきなりタクシーで淡水方面へ。太っ腹!でも意外と安かったですね。早速地図で調べたら、桃園空港って海の近くにあるので高速で行けば結構近い。さすが。日本のタクシーは高いから滅多に乗りませんが、台湾に行ったら迷わずタクシーですね。金で解決!
淡水線、自分が始めて台湾に行った時、約30年前ですがまだ走ってました。もちろん台北駅は地上駅の時代。淡水線とほぼ同じルートでMRTが開通したんですね。
次回は深澳線方面ですね。自分もちょっと調べたんですが現在の海科館が深澳站で次が海濱站で終点が濂洞站では。暖暖站も行ったんですね、楽しみです。
へけけ
- binchanさん からの返信 2016/08/16 19:57:42
- RE: 例の踏切、たどりつけなかったんですね(笑)
- へけけさん、こんばんわ。
例の踏切は、へけけさんと合流した日の午前中に発見でしましたから、そちらで登場しますよ〜。
で、その(たどり着けた方の)旅行記に「へけけさんの旅行記はこちら」ってリンク貼りたいんですけどいいでしょうか?
深澳線はね、終点はあってますけど、もっとたくさん駅もあるし、もともとは海科館のところに駅はなかったんですよ。次の次の旅行記から深澳線の話に突入です。ご期待ください。
へけけさんって地上駅だった時の台北駅をご存知なんですね。さすが年上!台鐵時代の淡水線も乗りました?最近昔の北投が舞台のドラマ見て、なんかいいな〜って思ったんですよね。北投の駅舎はどっかの野外博物館に保存されていたのを、北投に再移築することになったってニュースも見ました。旧淡水線めぐりも楽しそうですね!
いかん、在来の路線だけでも持て余しているのに…。
では、これから連日旅行記UPとなりますのでよろしくお願いします。
binchan
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