2016/06/26 - 2016/06/26
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kojikojiさん
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天姥寺(ティエンムー寺)からはフィイ君の運転する車に乗って皇帝廟の見学に移ります。やっぱり専用車はいいですね。クーラーは効いているので快適です。1人1,000円くらいの追加で天国のようです。今回の旅でも小さいアイスボックスを持って行ったので車に置いておけるので便利でした。14年前の皇帝廟巡りはボートツアーが基本でした。ツアー自体は3ドルで昼食付きと格安でしたが、船着き場から各皇帝廟まではバイクタクシーで行くしか方法が無く、いちいち値段交渉が面倒でした。往復1ドルって相場はあるのですが…。入場料も別途でそれぞれ50,000VNDでベトナムの人の10倍の値段設定でした。今回は涼しい専用車で移動できるので楽ですが、着いてしまえば暑い中を歩くのは同じです。最初にミンマン帝廟と続いてカイディン帝廟と見学しました。今回2回目でしたが陰陽五行思想に基づく配置など改めて興味深く見学することが出来ました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス 船 レンタカー 自転車 タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ベトナム航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
天姥寺(ティエンムー寺)から冷房の効いた車で涼みながら車で20分くらい走ったでしょうか。途中アジアハイウェイ1号線でもある国道1号線を走ったのですが、思い出したのは「水曜どうでしょう」のことです。ミスターと大泉洋がスーパーカブでハノイからサイゴンまで走り抜けたあの道です。本当は沢木耕太郎の「1号線を北上せよ」の方がカッコイイのですが。「深夜特急」のインパクトも無く面白くなかったです。
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初代皇帝である嘉隆帝(ザーロン帝)を継いだ阮朝の第2代皇帝明命帝(ミンマン帝)の陵墓です。阮朝建国の際の国号「越南」(ベトナム)を「大南」(ダイナム)と改めます。中国の南方という含みのある越南という国号を、清を宗主国としながらも自らを主体とした小中華思想を取り入れた方です。
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上の写真の左紅門から敷地に入ります。陵墓から一直線に伸びる参道を囲むように蓮の花咲く池があります。
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この池は人口の池で3,000人の人が3年かけて掘り上げたそうです。
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今はただ美しいだけの池です。
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陵前石像生は中国の皇帝廟に倣ったもので、権力と儀衛の象徴のようです。フエの王宮の午門も北京の故宮の3/4で造られたように人物もかなり小柄に造られてあります。トゥドック帝廟の石像生はまた違った意味で小さいです。
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皇帝の棺が通って以来この門扉は閉じられたままだそうです。でも扉は新しいようでした。
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中国の瀋陽の皇帝陵や北京郊外の清東陵や明十三陵を思い出させるような配置です。フランスを排除して中国寄りだった皇帝の人柄が反映されているようです。
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碑亭に納めらた明命帝を讃えた石碑は中国だと龍生九子のひとつの贔屓の上に建っていますが、こちらでは普通に石の台に乗っています。ハノイではスッポンのような姿でした。
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建物は一直線に並んでいるのですが、中央の扉は閉じていますし、高低差がかなりあるので進むのに時間がかかります。
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一般的なバスツアーのスケジュールと違うので比較的空いている状態で見学出来ました。顕徳門も以前来たときから修復が進んでとても綺麗です。
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崇恩殿は典型的なベトナムの伝統建築の美しさを感じさせます。
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黄色い交趾釉の屋根瓦が美しいです。
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屋根上のタイル装飾は魔よけの意味があります。そして同じデザインの御簾に描かれた龍の姿があります。
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崇恩殿に中には皇帝と皇后の位牌が納められています。皇帝には500人以上の側室がいましたが、位牌が置かれているのは正室である皇后ただ1人です。
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建物内の柱はどれも朱漆が施され、金銀で龍が描かれていますが、オリジナルの柱は数本だけで、残りはコピーされたものです。
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赤塚不二夫がデザインしたのでしょうか?
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ミンマン帝はベトナムの発展や文化や教育にもっとも力を注いだ皇帝として、今も尊敬されているそうです。また500人以上の側室と104人だったか108人だったかの子供がいたそうです。
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近くの線香村を先に見学していれば線香あげられたのに。残念です。陵墓内では先行などは売っていませんでした。
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柱に設けられた台座は正面から見ると花に見えますが、横から見ると顔に見えます。
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味のある古いタイルが床に敷き詰めてあります。ここに寝転んだら冷たくて気持ちいいだろうなと…。
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皇帝陵への参道はまだまだ続きます。
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ここで一旦階段を下りて蓮池を渡ります。
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基本的に左右対称に造られています。トラン・ダオ橋の欄干も交趾釉が美しいです。
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橋の先にまた階段があって、その先に明楼が建っています。
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フックさんに促がされて記念写真を撮ってもらいます。2人旅だと後になって一緒に写った写真が少ないことに気付くのですがガイドさんが一緒だと助かります。
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ベトナムの龍は頭が平らで鼻が大きいのが特徴なのでしょうか。手摺の龍はユーモラスな顔をしています。花喰龍とは正にこんな感じでしょうか。
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明楼まで登ってきました。朱漆と縁の金が綺麗です。
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見返してみるとここが一番高い所のようです。風通しも良いです。
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正面にミンマン帝の墳墓がありますが、ここには埋葬されていないそうです。
埋葬場所はまだ見つかっていないそうです。手前には牌坊が建っています。 -
日本の天皇陵のようにも見えます。
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陵墓に向かって左側の石組は龍を表していますが、木が茂りすぎて分かりにくくなっています。右側には虎を模した石組があったそうですが、壊れてしまっていてイメージできません。
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この植え込みは天から見ると文字になって読めるそうです。漢字文化から離れてしまったベトナムの人に何て字と聞いても話が長くなりそうなのでやめました。
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牌楼は中国の伝統的建築様式の門の1つで、屋根や斗拱(ときょう:木組み)のあるものが牌楼で、無いものが牌坊と呼ばれます。
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屋根が無いのでこれは牌坊という訳です。
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地元の人は陵墓の解放中は自由に牛を放しているそうです。何とも長閑な景色です。
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最後の牌坊の先に陵墓が築かれています。
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ここまでは南から北に向かって一直線に参道が続いています。つまり皇帝は南に向かって埋葬されていることになります。これは中国の皇帝が南面して政治を執ることから来ています。「天子南面」は天から統治者として認められた天子や皇帝や天帝が、北を背にして南を向くという意味です。 つまり北を背にしていているので「左」が優位になります。 太陽が昇る東が「左」になるからです。
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階段の上まで登ることが出来ますが2人ともここで充分です。前月に四川省成都の劉備玄徳の墓にも参りましたが、こちらの方がはるかに大きいです。
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ここが終点です。
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空に黒雲が湧いてきました。
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パラパラ雨が降って来たので戻ることにします。
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復路は忠明湖に沿って歩きますが、同じ距離を歩かなければなりません。
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小雨の中に蓮が美しく咲いています。現在もベトナムの人に人気のある明命帝の陵墓から一番人気の無い啓定帝廟へ移動します。
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すっかり晴れたところで啓定帝廟(カイディン帝廟)に到着です。ここは宿泊しているピルグリミッジ・リゾートからかなり近いところです。
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啓定帝は阮朝末期の皇帝で王朝の威信回復を目指しますがフランスによって擁立されたという経緯もあり、統治はうまくいかなかったようです。またフランスによって科挙が廃止されて反仏勢力となりやすい知識人の影響力を弱められ、公文書の表記方法も漢文からクオック・グーに改められます。「クオック・グー」とは「國語」のベトナム語読みです。
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陵墓はチャウ・チュ山の起伏に沿って造営されています。
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地図で観ると全体像が分かりやすいです。
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階段の龍が出迎えてくれているようです。
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今日は階段の昇り降りが多く、昨年の夏の四国の金毘羅さんを思い出します。
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ここにも陵前石像生が並んでいますが、全体の造りが中国風ではないので違和感があります。
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暑い中何年ここに立っているのでしょう。
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啓定帝はフランスの搾取に苦しむ国民から「フランスの保護下で贅沢な暮らしをしている傀儡皇帝」と見られ、その評判は悪かったようです。胡志明(ホーチミン)は啓定帝を風刺する戯曲「竹の龍」を書いています。この陵墓を造営するのに11年の歳月と莫大な費用を掛けたのも評判の悪さに繋がっているようです。
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石碑を納める牌亭もこのようなデザインです。啓定帝はマルセイユ殖民博覧会に出席するためにフランスを訪問しますが、その際に見た大型建造物に影響を受け、この陵墓もバロック風にデザインされています。
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左右一対のオベリスクは上部の彫刻にヒンズーの影響を見ることが出来ます。
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牌亭に収められた碑文です。
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皇帝を讃える碑文を書いたのは息子の保大帝(バオダイ帝)で、彼は阮朝(グエン朝)最後の皇帝になります。
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牌坊もどこか西洋風の匂いを感じます。
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この陵墓の龍はとてもかわいいデザインです。
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牌亭の彫刻は余白を残さない意志を感じさせます。
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ヒンズー風のオベリスクです。
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牌亭を上の段から望みます。
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天定宮(ティエン・ディン宮)を正面から望みます。
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コンクリート造の建物に漆喰の鏝絵が施されています。
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レリーフの見事さはフエでも一番というかベトナム一番と言っても良いでしょう。
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バロック宮殿のような陵墓ですがここでも陰陽五行思想も取り入れられています。チャウ・チュウ山を背に盆地になった南面に陵墓を築き、正面左の山を龍に右を虎に見立てています。
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表のレリーフを見ていたら日が暮れそうです。以前来たときは宮殿の左手から入った記憶がありますが、現在は右側が入り口になっています。
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といって中に入っても装飾が洪水のように襲ってきます。陶器やガラスの破片を使った壁のレリーフ。右から春、夏、秋を表わしています。妻の横に冬を表わしたものが折り返してあります。
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皇帝の銅像は1920年にフランスで鋳造されたものです。
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ため息の出そうな装飾で覆われた啓成殿の室内です。
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装飾の無いフラットな面に対する恐怖感でもあったのでしょうか。皇帝であり100人を超える側室がありながら子供はただ1人だったそうです。この啓定帝の狂気の一端をこの陵墓に見ることが出来る気がします。
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フランスからの圧力と国民からは疎まれ、すべてが思い通りにならない孤独な皇帝は銅像になって、自分の思い通りになったこの部屋に座り、その視線は何を視ているのでしょう。
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ため息の出るようなレリーフで覆われた円柱もコンクリートで造られた上にガラスや陶器の破片で覆われたものです。
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このガラスと陶器の破片から出来たレリーフは魔除けの意味もあるそうです。何から逃れたかったのでしょう。彼にとっての幸せはこの陵墓に納まることだったのではないでしょうか。
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啓成殿の扁額の前に遺影が飾られています。
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遺影は写真ではなく描かれたものだそうです。
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その視線は左右正面どこから見ても合うように描かれています。ガイドのフックさんは「モナリザと一緒だよ。」と説明していました。
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吉祥を表わすレリーフ。
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こちらは啓定帝(カイディン帝)の御真影です。
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御真影なんて死語ですかね。
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執務中の皇帝の姿。
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フランスの大統領ジュール・グレヴィから贈られたマンサード形の陶器です。
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1924年の皇帝の40歳の誕生日に記念に造られたブロンズ製の香炉です。西洋を現すユニコーンと東洋を現すリスをモチーフにした20世紀初頭の珍しいデザインです。
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皇帝の執務机。以前ここに皇帝のブロンズ製の立像があったと思っていたのですが…。この記憶に誤りはなく、後日フエ市内の安定宮(アン・ディエン宮)の中庭の東屋に移されていました。
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ビール瓶の破片を使った樹木にはTOKYOの文字が読み取れます。
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こちらには商の文字とSAKURAの文字。
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こちらはもっと分かり易くビールの文字が読めます。
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簡単に見つかるので行かれる方は探してみてください。
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細かいガラスで「萬」の文字と「寿」の文字が描かれています。
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見事な技術に時の経つのを忘れて見入ってしまいます。
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萬壽の文字と左右に龍が配されています。
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このブロンズ像の下9メートルに棺が置かれているそうです。
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視線の先には何があるのでしょう。
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陵墓の奇抜さだけではなく阮朝の皇帝の内面まで見ることが出来るように思えるこの陵墓は、フエの皇帝廟の中でも一番好きです。
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牌亭のフロアまで降ります。
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陵前石像生を少し見てみます。後列は身分の低い兵隊で元々は槍などの武器を持っていたのでしょうか、組んだ手の間に穴が開いています。
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西安の兵馬俑の兵士の視線も気になりましたが、この兵士にも同じものを感じました。
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前列は文官の姿があります。対峙する姿はチェスの盤面のようでもあります。
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夜になったら動き出しそうな気がします。服の袖の質感まで良く表しています。
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こちらは武官像です。
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日陰の無いこの皇帝廟でいつまで立ち続けるのだろう。
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もうここへ来ることは無いのだろうなと思うと何度も振り返ってしまいます。
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ここでも1枚記念に写真を撮ってもらいます。
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この門扉でさえフランスで鋳造され、船で1年かけて運んだそうです。
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さあ次の皇帝廟と近隣の村を廻りましょう。階段下まで車を回してくれるフィイ君は気が利きます。
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