2016/05/05 - 2016/05/05
443位(同エリア1163件中)
susuさん
去年のGW旅行で春のヨーロッパに魅了されて、個人的には過去最速の出発10ヶ月前に航空券を手配しました。初めはバルト三国+フィンランドくらいを予定していたんですが、今年のGWは少し多めに有給をとれば半月休める日程だったので、ここぞとばかりに欲張りまくりました。
スカンジナビア航空 コペンハーゲン経由ヘルシンキINワルシャワOUT…91,930円
元々はヘルシンキ深夜到着ワルシャワ早朝出発の予定だったんですが、11月に旅行会社からコペンハーゲン以遠の2便運休の連絡があり、都合良くマイルドな時間帯の便に変更になりました。
しかし喜んだのも束の間、1月にはさらにワルシャワ→コペンハーゲンの土曜便が運休となり日程が1日短くなってしまいました。日付指定のベラルーシビザを取得した後だったので、ワルシャワ滞在を1泊減らすはめに。
4/23(土) 成田→ヘルシンキ
4/24(日) ヘルシンキ→タリン
4/25(月) タリン
4/26(火) タリン→リガ
4/27(水) リガ
4/28(木) リガ→シャウレイ
4/29(金) シャウレイ→カウナス
4/30(土) カウナス→ヴィリニュス→トゥラカイ→ヴィリニュス
5/01(日) ヴィリニュス
5/02(月) ヴィリニュス→ミンスク→キエフへ
5/03(火) キエフ
5/04(水) キエフ→ワルシャワへ
5/05(木) ワルシャワ
5/06(金) ワルシャワ→コペンハーゲン→成田へ
5/07(土) 成田
フェリーと国際バスは事前に手配しましたが、国内バスと国際列車は出来なかったので現地で手配します。
ヘルシンキ→タリン(TALLINK SILJA LINE)…36EUR(4,698円)
タリン→リガ(ECOLINES)…7EUR(904円)
リガ→シャウレイ(ollex)…11.50EUR(1,489円)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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8時半頃に起床。歯磨きと洗顔がコンパートメント内で済ませられるのはとても便利ですが、洗面台の蓋=テーブルの天板の蝶番が進行方向に付いているので、揺れる車内で開いた状態をキープできない。戸棚の扉と同じく蓋にも壁にもそれっぽい金具が付いているんですが、どちらも何故か嵌らず固定できない。開いて壁に立て掛けておいても、すぐに重い一枚板の天板がバーン!!と倒れてしまいます。洗顔時は手で押さえられないので頭で押さえようとしたら思いっきり倒れてきて頭を直撃、目の前に火花が散りました。頑丈ないい木材使ってるね~これ。
昨日に続いて今日もいい天気。朝日が差し込むコンパートメント内を、キエフからくっ付いてきた綿毛が1つ舞っていました。
前の旅行記の最後の写真を見て頂ければ分かる通り、扉を閉めると完全に密室なので、日が昇るとどんどん室内が暑くなってきました。貴重な列車内一人部屋が惜しくて暫くは我慢していましたが、堪らずドアを全開に。わあ涼しい!コンパートメント内と違って廊下は窓が開くんだ。
8:40頃に車掌が来て切符を返してくれ、昨日の紅茶のカップを回収してくれました。ベラルーシ→キエフの移動時と違い、シーツとかタオルの回収は無し。
ワルシャワ近郊はタンポポが満開!季節が戻った!この写真はワルシャワ東駅とヴィスワ川の間の辺り。 -
9:10に終点の1駅手前、ワルシャワ中央駅で下車。終点はワルシャワ西駅ですが、大抵の乗客は中央駅で降りるようでした。
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ワルシャワ中央駅のコンコースにはお店が沢山!あちこちのお店からいい匂いがします。お腹空いた!キエフ?ワルシャワ間の夜行列車には朝食が付くという口コミを読んでいましたが、私が買ったチケットには付いていなかったようです。
地下道の途中で両替所を発見。60EUR(約7,680円)両替して261.60ポーランドズロチ(以下PLN)、1PLN=30円弱か。旅行中に円高が進んだのもあって、日本円から直で両替した方が得だったかも。 -
両替所(写真左端)の手前の券売機で市内交通1日(24時間)券を購入、15PLN(429円)。これで明日の空港への移動まで賄えます。
券売機は英語表示も選べて簡単。しかし手持ちの札が高額だったせいか使えず、カードで支払いました。ワルシャワでも大抵の所でカードが使えたので、結果的には両替する必要があんまり無かったかも。 -
駅の地下道のサンドイッチ屋さん、美味しそうだなあ。しかしどうしてかここには入りませんでした。どうして入らなかったんだっけ…「この時どう感じていたか」というのは、「この時何があったか」と違ってチラッとでも日記に書き残しておかないと結構忘れてしまうんですよね。快か不快かでさえも。
でもそう考えてたら思い出してきた。入れなかった理由は「度胸が無くて入店する決心がつかなかった」が9割、「せっかくだからもっとポーランドらしいものが食べたい」という気持ちが1割だったと思います。 -
お洒落なスイーツ屋さん、お土産にも良さそう。
ポーランド語の「コーヒー」の綴りってリトアニア語とかベラルーシ語のと似てるな、やっぱり。 -
階段を上って駅前に出たら、目の前がバス乗り場でした。
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中央分離帯にトラムが停まっているのが見えたので、地下を通って乗り場へ。
バスと同じカラーのトラム! -
ワルシャワ中央駅の建物。見える範囲には駅名等が書いてありませんでした。周囲の四面の壁のうち、書いてある面とない面があるようです。
右の方に見えているのは、スターリンが贈ったという文化科学宮殿。今旅ですっかりお馴染みになったスターリン様式の高層建築です。当然というか何というか、ワルシャワ市民にはめっちゃ嫌われているらしい。 -
トラムの車内。現在地の停留所にランプが付いたり、モニターに次に停まる停留所名が表示されたりするのでとても分かり易い。
1日券には、買った時点では日時が印字されていません。使用開始時期は『最初に乗った乗り物で改札した時から』になるようです。改札機は写真左端の黄色いやつ。
言うまでもありませんが、未改札の切符を持っているだけでは無賃乗車になるので注意。 -
新世界通りの入口でトラムを降りました。予約している宿は新世界通りに入って1つ目の路地、Foksal通りにあります。
新世界通りを歩いていたら、正面から175番バスがやって来ました。ワルシャワ・ショパン国際空港行きの路線バス!やっぱりこの道を通るんだ、狙い通り!
歩き方には『175番バスは中央駅を経由して旧市街まで行く』としか書いていなかったので、具体的に旧市街のどこを通ってどこが終点になるのかまでは分かりませんでした。地図アプリにはバス停の位置は表示されるけど、そのバス停に何番のバスが停まるかまでは分からないし。
色々検索して調べてみると、どうやらサスキ公園の無名戦士の墓の近くにあるバス停が始発らしい。地図を見て、無名戦士の墓の前から中央駅へ向かうとしたらバスは新世界通りを通るに違いないと推測し、新世界通りのバス停に近い宿を選んで予約したのでした。
…いや、実際はその西のマルシャウコフスカ通りを通る可能性も十分考えられたんですが、その辺りのホテルは高くて選択肢に入れられなかったのでした。 -
予約している宿は、こんな立派な建物の最上階に入っていました。
1Fのエレベーターの手前にデスクがあって常駐らしいスタッフがおり、宿名が書かれたボードが置いてあったので声を掛けたらどうも違うらしい。よく見たらボードには「受付はここではありません。3Fにあります」的なことが英語で書いてありました。 -
ムーンホステル。
廊下の途中にあるレセプションに行き、女性スタッフに予約確認書を見せて「今晩予約しているんですが何時にチェックイン出来ますか?」と尋ねると、カウンターに並んでいる鍵を見てちょっと考えながら、「1人よね?ツインで予約が入っているけど、シングルでいいなら今すぐチェックイン出来るわ」とのこと。えっ!まだ10時前なのに良いんですか?!荷物だけ預かって貰えたらと思ったんだけど、思いがけない幸運。勿論OK! -
部屋の準備が出来るまでここで待ってて、コーヒーもご自由にどうぞと廊下の突き当たりにあるキッチンに案内されました。わー可愛いキッチン!その手前には男女1個室ずつのシャワールームもあります。部屋数多いのにこれで足りるのかと思いましたが、後になって長い廊下の途中にも、男女共同の3個室くらいのシャワールームがあることが分かりました。
テンフィフティには準備が出来ると言われたので10:50かと思って待っていたら、思いがけずすぐに迎えが来ました。10:15だった!素晴らしい。 -
案内された10号室にはベッドが2つありました。あれ?と思ったけど、片方はベッドメイクされてない。シングルってこういう意味か!むしろ心置きなく荷物が置けるので大歓迎。
窓が大きくて天井が高くて明るい、とっても良い部屋!テレビもあります。
Hotels.comで予約して、バストイレ共同朝食無し1泊で165PLN(約4950円)。部屋にバストイレが無いのは今旅ではここだけ。しかも私が泊まったバストイレ共同の部屋としては宿泊費が過去最高額。でも満足な滞在でした。スタッフも皆さんとても感じが良いですし。
宿泊費はHotels.comにしては珍しく、現地払いのみ。カードが使えるか分からなかったのでさっき多めに両替していたんですが、カード払いも可でした。 -
バルコニーまであってFoksal通りが見下ろせました。この先が新世界通り。
早速シャワーを浴びてさっぱりしました。
キッチン近くのシャワールームは、個室内に荷物を置けるところが全くありませんでしたが、服とかを床に直接置いても全く抵抗がないくらいピカピカに綺麗でした。 -
暫く部屋でのんびりして、12時頃に漸く出掛けました。
ワルシャワはキエフ並みに暖かい。新世界通りを北へ。 -
北上しながらランチを食べるお店を探します。
フリーダ・カーロの看板がインパクト満点のレストラン。度胸がなくて入れなかったけど、今写真を見直したら19PLN(600円弱)のランチセットがあるじゃないか。ラップサンドとスープとレモネード、良いねえ。 -
通り沿いに沢山のレストランがあったもののチキン野郎すぎて入れず、新世界通りの延長であるクラクフ郊外通りまで来てしまいました。
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新世界通りとクラクフ郊外通りとの間にある広場には、コペルニクス像が建っていました。コペルニクスの足元には太陽系が描かれています。後ろの建物はスタシッツ宮殿、現在はポーランド科学アカデミー。午前中は逆光だったので、写真は午後に撮ったもの。
コペルニクスは言わずと知れた中世の天文学者。天文学史上最も重要な発見といわれる、地動説を唱えた人物です。
ワルシャワ市内の、ショパンゆかりの15か所には曲が流れるベンチが設置されています。そのうちの1つが建物前道路寄りの辺りにあるんですが、この時は全く気付かずスルーしてしまいました。私がワルシャワ滞在中に見つけられたベンチは一か所だけ。 -
ショパンの心臓が納められていることで有名な、聖十字教会。
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通りのあちこちにパンジーが植わっていましたが、この展示の仕方は凄い!!
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ワルシャワ大学の正門。敷地内には中・高等学校と音楽学校もあり、1823~1829年にはショパンも在籍していたそうです。ショパンは1810年生まれだから13~19歳の頃か。音楽一家に生まれて7歳になる頃には作曲を始めていたショパンは、入学前から既に国内外に名前を轟かせる有名人でした。普通の子供と同じように育てたいという両親の願いがあったそうです。
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イチオシ
ワルシャワ大学のすぐ北にあるヴィジトキ教会。18世紀に建てられた後期バロック様式の建物で、市街が徹底的に破壊されたワルシャワ蜂起を経ても、奇跡的に壊されずに残っていたそうです。
正面から撮った写真もあるけど、この花壇が綺麗すぎて! -
ワルシャワ大学に在籍していたショパンが、日曜のミサでオルガンを担当していたという凄い歴史を持つ教会です。
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天気が素晴らしいからどこを撮っても絵になる。
それにしても立派なこの建物はヨーロッパでも有数だという高級ホテル、ブリストル・ワルシャワ。ジョン・F・ケネディやピカソも泊まったそう。ヨーロッパ有数ってどれだけ高級なんだろうと思って調べてみたら意外にお手頃で、安い部屋なら1万円ちょっと。と思ったら部屋のグレートが10段階くらいあって、一番高いスイートルームは1泊15万円ですってよ! -
その隣は大統領官邸。正面に建っているのはポーランドの英雄、ナポレオン軍の元帥にまで上り詰めたユゼフ・ポニャトフスキ像。私が通りかかった時は偶々、ツアー客で大賑わいでした。
現在は大統領官邸ですが、元々は大貴族ラジヴィウ家の屋敷だったそうです。ラジヴィウ家はリトアニア大公国~ポーランド・リトアニア共和国の時代に5世紀以上に渡って権力の中枢にあった名家。現在でもポーランド、リトアニア、ベラルーシを中心に、一族の居館や所領がいくつも残っています。なんとベラルーシの世界遺産、ミール城もその一つ!
1765年に館の一部が劇場として開放され、ポーランド初のオペラが上演されました。ショパンの初めてのピアノ演奏会もここで開催されたそう。 -
大統領官邸の隣の教会も凄い造形。これも元宮殿なのかな?
クラクフ郊外通りに入ってからは通りの左右に見所が目白押しで、レストランやお店が一切無くなりました。お腹空いた…レストランがある新世界通りまでバスで戻ろうか? -
と思いながら歩いていたら、前方にオープンテラスのレストランがいくつも見えてきました。
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アダム・ミツキェヴィチ像。ロマン派の詩人で、ポーランドの象徴的存在。ポーランド独立のために政治活動をした愛国者としても有名で、パリに滞在している時にショパンとも交流があったそう。ショパンはパリに来て間もない頃にミツキェヴィチの詩に旋律を付けたことがあり、後に病気になったミツキェヴィチを訪ねてピアノを演奏し、彼の心を癒したそうです。
ミツキェヴィチの母語はポーランド語で、創作活動も主にポーランド語で行われましたが、元々の家系はリトアニアで住んでいたのはベラルーシだったので、リトアニアでも敬意を払われており、ベラルーシやウクライナ等かつてのポーランド・リトアニア領の各地に銅像が残っていて、長年住んでいたパリや没したイスタンブールには博物館まである、世界的に知名度の高い詩人だそうです。 -
おお、INDIA MARKETですと。エスニック料理のレストランはどこにでもあるけど、特定の国専門の雑貨屋があるのは珍しい気がする。ワルシャワではもう一か所くらいインド雑貨専門店を見かけました。
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ワルシャワ大学の学生さんかな?と思ったけど、現在のワルシャワ大学に音楽学科は無いらしい。
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とても賑わっているレストランを発見、もうここに入る!怖気づかないうちにサクサク入店。
このZapiecekというレストランは新世界通りにも店舗があって、お店の前でチラシを配っていました。チラシによるとワルシャワ市内の結構狭い範囲に集中して展開しているチェーン店で、駅前の大通りから旧市街にかけてで6店舗もあるようです。ステラおばさんのような女性たちが笑顔でコック帽を被っている写真からして、ポーランドの家庭料理を出すお店のよう。この後何か所かの店舗を見かけましたが、お店の前ではやたらと元気のないお年寄りがチラシを配っていて、もう持っているから…とスルーするのに心が痛む感じでした。なんだか凄く悲しい気持ちになる。お年寄りのチラシ配り…いや、元気のないチラシ配りって初めて見たかも。チラシ配りにはある程度の活気が必要だという事が初めて分かりました。元気がなさすぎると受け取りづらいし、お店にも行く気にもなりづらい。 -
日本のファミレスのように写真が沢山のメニューを見て悩み、ラージポテトパンケーキ withマッシュルーム&クリームソース(29.99PLN≒900円)とドライフルーツコンポート(6.99PLN≒210円)を注文しました。
ドライフルーツコンポートはカップの他に4杯分くらい入ったポットもあり、ホットかコールドが選べます。丁寧な英語の説明文が付いているメニューによると、リンゴ、ナシ、プラムの他シナモンやクローブ、蜂蜜、レモンピール等が入ったポーランドの伝統的な飲み物らしい。コールドを頼んだら、氷が入っている訳ではないので若干ぬるめでした。フルーティーでスパイスが効いていて美味しい。でもどこかで味わったことがあるような…考えながらちびちび飲んでいて気が付きました。ブルドックソースだ!!水で薄めたブルドックソース!確かにフルーティーなソースだもんなあ、スパイスも効いてて。美味しいんだけど、そう気付いたらそれからはどうも進まなくなってしまいました。世の中には気付かない方が幸せなことがあるもんだ。
このポテトパンケーキは700gもあるそう。ポテトパンケーキにはクリームソースかかけられたものとグラーシュがかけられたものの2種類があって、後者は同じ値段で800gもありました。グラーシュの方が重いのは具材の分かな、メニューの写真を見ると肉と野菜がたっぷり!これが1人前とは…700gってつけ麺で言ったら特盛以上のサイズじゃん。日本では選ばれし者しか完食できない量を、ポーランドでは皆普通に平らげるんだろうか。
クリームソースがたっぷりかかったポテトパンケーキはいつまで経っても熱々!見た目の通り結構こってりしていて、ソースがかかっていない部分のパンケーキはカリカリサクサクで箸休め(?)に良い感じ。味や食感はハッシュドポテトに近い。ジャガイモの他に玉ねぎ等も入っているので、ちょっとお好み焼きのようにも感じられました。別添のハーブは癖が無く、降り掛けて食べると程良くさっぱりして美味しかったです。
しかし700gも食べきれる訳が無いのだった…。 -
満腹になって観光再開。
この建物は聖アンナ教会。内部すら見ずにスルーしてしまいましたが、帰国後に塔からの眺めが絶景だと知ってショック!天気良いし最高の景色だったろうなあ。 -
今日は日差しが強いけど、日陰はちょっと肌寒い爽やかな天気。アイス日和。
そこかしこにアイスクリーム屋さんがありました。どこも屋台じゃなくてこんな感じの店構え。冬もアイスを売ってるんだろうか? -
イチオシ
ワルシャワといえばここ!な王宮広場。なんて綺麗なんだろう!
1944年のワルシャワ蜂起の報復として、ナチスドイツに徹底的に破壊されたワルシャワ市街。戦後に「ひびの一本まで」以前の街並みが再現され、1980年に世界遺産に登録されました。
右の茶色い建物が旧王宮。王の住居だっただけでなく、国会や大統領執務室、士官学校や国立劇場が置かれたこともあり、文化、政治、経済の舞台でした。ポーランドの首都をクラクフからワルシャワに遷都したジグムント3世の居城だった頃は、『ヨーロッパで最も美しい宮殿の1つ』といわれていたそうです。 -
広場の真ん中に建っている彼がジグムント3世(1566~1632年)。
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市内観光バスが停まっていました。
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旧王宮と聖アンナ教会との間には、立体交差で道路が通っていました。
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ワルシャワ国立競技場が見えました。サッカー専用の競技場で、ポーランド・ウクライナ共催のUEFA EURO 2012や、2015年のUEFAヨーロッパリーグ決勝戦の会場です。
全く見えないけど、手前の住宅街と競技場との間にはヴィスワ川が流れています。 -
Piwna通りという路地に入ったら、何やら化学的なアイス屋さんがありました。流石キュリー夫人の国。
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土産物屋さんの前に停まってる車、何かおかしいなと思ったらナンバープレートが無い!ハッチに付いてるのか、新鮮!
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このお店のように、ワルシャワのシンボル人魚像をモチーフにした看板をよく見かけました。
昔々、ワルスとサワという漁師の夫婦がヴィスワ川で漁をしていると、人魚が網にかかりました。夫婦は美しい人魚を家に連れて帰りましたが、人魚がヴィスワ川に戻して欲しいとあまりに懇願するのでその通りにしました。するとその日から魚が大量に獲れるようになり、2人が獲った魚のお陰で人が集まって町が栄えました。
ワルシャワの町が栄えたのはこの人魚のお陰であり、町の名前はワルスとサワ2人の名前からきているそうです。 -
レトロで素敵な街並みです。古く見えるように造られた新しい町、凄い。
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なんて可愛らしいレストラン!
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道なりに歩いていたら、旧市街広場に西から入りました。
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建物が凄い!綺麗!芸術的!
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特にこのお店凄ーい!!と思っていたら、ウ・フキエラという老舗レストランでした!300年以上の歴史があるそうです。
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遠足っぽい子供達で、土産物屋やアイス屋さんが大混雑していました。
私もポストカード(1PLN≒30円)を購入。 -
広場に出ているレストランも大賑わい。
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旧市街広場と王宮広場を結ぶ通りにある、洗礼者ヨハネ大聖堂。14世紀に建てられたワルシャワ最古の教会で、ポーランド王スタニワフ1世と2世の戴冠式がここで行われました。
何やらコンサートが行われるようで、中には入れませんでした。後から調べてみるとオルガンコンサートが毎日?行われているようで、それ以外で入場できる時間帯は限られているようです。 -
どこかでアイスを買おうと通りを行ったり来たり。アイス屋さんはいくつもあるんだけど、度胸が無かったり混んでいたりできっかけを掴めずうろうろ。
うろうろしていたらこんなTシャツを発見しました!スターウォーズ風ロゴのWARSAW!!素晴らしくぴったり、私が(WARSAWの綴りを知る誰もが?)ぼんやり頭に思い描いていたものを具現化してくれた感じ。スターウォーズを1作も見たことないけどこれは欲しいと思うくらいツボに嵌りました。
でもダメなのかなこれ。然るべき所に知られたら怒られるのかな? -
逡巡の末に漸く、近所の子供達で賑わう駄菓子屋のような雰囲気のアイス屋さんに入れました。
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お腹が空いている訳ではないので一番小さいアイス(4PLN≒120円)を注文、それでも結構大きい。
王宮広場に戻り、木陰に座って食べました。濃厚で美味しい!流石酪農大国! -
座っている所の目の前にあった、キャッスルインというホテル。窓に何かいるー!
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旅行者の爺さんが窓から逃げようとしてる?
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同じ木陰には馬車乗り場もありました。
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子供とペット連れのパフォーマーは珍しい。
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イチオシ
人魚像を見ていなかったことに気が付いて、再び旧市街広場へ。
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イチオシ
剣と盾を構えた勇ましい人魚像。ワルシャワの人魚伝説にはいくつか種類があるそう。
バルト海からヴィスワ川を遡ってこの辺りに棲みついた人魚が、漁師の網を破って魚を逃がしては人間をからかっていました。怒った漁師達が人魚をとっちめようとしても、つい許してしまうくらい美しい歌声を持っていたそうです。彼女の歌声を利用して一儲けしてやろうと企んだ商人が人魚を捕まえましたが、悲嘆にくれる美しい歌声を聴いた若い漁師が人魚を助け出して川に逃がしました。
自由になった人魚は人間の恩に感謝して、ワルシャワが危機に直面した時は必ず馳せ参じて守ると誓い、海に帰っていったそうです。
ワルシャワ蜂起やそれまでのポーランドの歴史を思うと、切ない気持ちになる話です。 -
旧市街広場の南の角にある郵便局。最初に見た時は中が観光客で一杯だったので出直しました。
観光客が多い立地だけに局員の男性は英語が達者で、切手は5PLNだと船便、6PLNだと航空便ですと説明してくれました。明確に航空便を勧める言葉はありませんでしたが(ここがポイント)、早くて正確ですよと言うので思わずそちらにしてしまいました。英語だけじゃなくてセールストークも達者だ、郵便局員でそういう人は珍しい。基本的に倹約家な上に、船便でのんびり旅をしてくるハガキというものにロマンを感じる私を相手に、高い方の切手を買わせてしまうとは。
6PLN(約180円)の切手はイースターエッグがデザインされていてとても可愛らしく、こちらにして良かったと思えるもので、1週間もしないうちに届きました。 -
旧市街広場からバルバカンの方へ。
途中にあったビアバー、ビールそこから出てくるの?!いやまさか…。
ところでこのお店、店内に通じる入口とか店の前にテーブルとかが無いんだけど、この場で立ち飲みなのかな?グラスで出てくるみたいだから持ち帰りじゃないだろうし。それともお客さんがここで注文するんじゃなくて、旧市街広場にテーブルがあってお店の人がここから運んでくるとか?ここには値段が書いてないし…。 -
バルバカンは、15世紀から16世紀にかけて造られた円形の砦。旧市街と新市街との境目でもあります。
火薬庫や牢獄としても使われていたそうですが、第2次世界大戦で破壊されて後に復元されました。 -
そこら中で絵画や小物が売られていました。作者が作りながら売っています。
真ん中辺りの数枚、こんなに縦長の油絵は初めて見た。新鮮、お洒落~! -
新市街のはずなんだけど、旧市街とあまり変わらないような…
と思ったら、新市街といっても16世紀からの歴史があるそうです。旧市街と100年も違わないのに新市街と呼んでいいものなのか?いずれにしろここも再建された街並みです。 -
お目当てのキュリー夫人博物館は、この通り全面修復中でした。マジかー!!前の歩道も封鎖されていてかなり大規模な工事。
外観が覆われているので最初は見つけられませんでした。よーく見るとシートの向こうに、外壁の不思議な絵が透けています。
それにしてもポーランドにはショパン、コペルニクス、キュリー夫人といった、各ジャンルのトップと言っても過言じゃないくらい超優秀な偉人がいるのに、どうしてエスニックジョークでは愚か者呼ばわりされてるんだろう?
と思って調べてみたら、どうも反ポーランド主義の外国人が流した意図的な印象操作だったといわれているらしいですね。 -
イチオシ
サスキ公園はこっちかな?とDtuga通りを南へ。
あの雲めっちゃ綺麗、雲好きにはたまらん! -
途中にポーリッシュフォークアート(手工芸品)を扱う土産物屋さんが。建物といい雑貨といい、精緻でカラフルな花柄がポーランドの特徴なんですね。
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なんか物凄く大きくて立派な建物が!地図アプリによると教会らしい。
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その向かいにはワルシャワ蜂起記念碑がありました。
ワルシャワ蜂起とは、第二次世界大戦下の1944年8月1日~10月2日に渡って、ナチスドイツ占領下のワルシャワで起こった武装蜂起です。
ミンスクを中心に赤軍(ソ連軍)とドイツ軍が激突し、ギネスブック級の戦死者を出したバグラチオン作戦によって弱体化し敗走するドイツ軍を挟み撃ちにする作戦を、赤軍がポーランド国内軍に持ち掛けました。8月1日17時に、赤軍との打ち合わせ通り約5万人のポーランド国内軍は蜂起を開始。しかし赤軍は追撃していたドイツ軍の反撃により数日前に甚大な被害を被って行軍を停止しており、その情報は一切ポーランド側に知らされなかった上に「予定通りに到着する」という嘘の情報を伝えられていました。ワルシャワ市内に駐屯するドイツ軍は数では劣っていましたが、装備が圧倒的でした。ヒトラーは赤軍の援軍は来ないと確信し、蜂起した国内軍の制圧とワルシャワの徹底破壊を指示。蜂起の最中に赤軍はヴィスワ川の対岸まで来ていましたが、国内軍を支援することなく状況を静観した上に、国内軍への各国からの支援までも妨害しました。ワルシャワ市民も蜂起に加わり、士気が高く団結した国内軍はドイツ軍を圧倒することもありましたが、次第に劣勢に傾き蜂起は失敗。10月2日に国内軍は降伏しました。
ワルシャワ市民の死者は20万人以上と推定され、70万人の市民は鎮圧後に町から追放されました。そして蜂起への報復として、ワルシャワ市街は徹底的に破壊されました。その後赤軍は数か月後に進撃を再開し、何食わぬ顔でワルシャワを占領。生き残った少数の国内軍は郊外の森に逃げ込み、裏切った赤軍に攻撃目標を変更したそうです。
ポーランド亡命政府(1939?1990年)は「敵の敵は味方」の理論でソ連と共闘することに同意しましたが、そもそもワルシャワ蜂起はポーランドに共産主義の傀儡政権を作りたかったソ連の意図的な陰謀だったという説があります。確かに赤軍はバグラチオン作戦によって消耗し、補給路が伸びきって進撃が出来なかったのは事実ですが、ワルシャワ国内軍に対して嘘の情報を流したり、国外からの支援を妨害したのも事実でした。
現在でも毎年、8月1日17時になるとワルシャワ市内にはサイレンが鳴り響き、市民は動きを止めて1分間の黙祷をするそうです。
つらい…。今旅で廻った国の歴史は、どこを調べても物凄く酷い。去年行った旧ユーゴスラビアも酷かったけど。第一次世界大戦はサラエボ事件をきっかけに勃発しましたが、第二次世界大戦はポーランド侵攻が引金でした。ヨーロッパはどこもかしこも占領・征服・支配・戦争戦争の歴史なんだなと改めて思いました。ヨーロッパで二度と大きな戦争を起こすまいと作られたEUは、これからどうなるんだろう。ちなみに欧州統合を初めに呼びかけたのは1942年、ロンドンに亡命していたポーランド首相のヴワディスワフ・シコルスキだったそうです。 -
ワルシャワのレンタサイクルシステム。ヴィリニュスと同じく前籠があるけど、普通のママチャリみたいな金属製だから結構凹んでる。
サスキ公園のどこかに出ましたが、無名戦士の墓がある辺りではなさそう。諦めてバスに乗り、クラクフ郊外通りまで戻りました。水が尽きたから買いたいけどお店が全然ない。かなり探しましたが、ワルシャワでは結局スーパーを1軒も見かけませんでした。 -
ショパンの心臓が納められている聖十字教会へ。納められているのは入って左手の柱です。
ショパンが1830年にウィーンへ演奏旅行に出掛けた折にワルシャワで11月蜂起(ロシア帝国の支配に対する反乱)が起こり、結果的にショパンは生涯ポーランドに戻ることが出来なくなってしまいました。ショパンは1849年、39歳で亡くなる前に姉のルドヴィカを住んでいたパリに呼び寄せ、「心臓をポーランドに持ち帰って欲しい」と頼みました。
心臓は下の四角い部分に納められているらしい。英語でそう書いてあります。
上の方には『あなたの宝がある所に、あなたの心もある』という聖書の一節が書いてあるそうです。この旅行の前後でこの言葉を目にする機会が長いスパンで数回あって、毎回「いい言葉!」とハッとしてからアレっとなりました。個人的には、宝と心の位置を入れ替えた方がしっくりくる。
この教会で、ヴィリニュス以来の日本人旅行者を見かけました。 -
聖十字教会の前には、十字架を背負ったキリスト像が建っています。
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クラクフ郊外通りと新世界通りとの間で地下鉄駅を発見。分かりやすい見た目!
しかし結局乗る機会はありませんでした。 -
それから180番バスに乗ってワジェンキ公園へ。
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遠足らしい子供が凄い集まってると思ったら、
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ショパンの曲が流れるベンチ!人だかりが無かったら、もしかしたら気付かなかったかも。
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ベンチが設置されている場所を示した地図が描いてあるようです。西が上かな…太い通りはクラクフ郊外通りのようだけど、どこがどこなのか全く分からん。
右下のボタンを押すと、予想以上にクリアな音楽が流れました。 -
ショパン像は大通りからすぐの広場にあり、バスの車窓からも見えました。
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アールヌーヴォー様式の柳の木の下に座り、故郷の自然を眺めるショパン像。柳の木なのか…ハープかと思ってた。
この像も第二次世界大戦中にナチスドイツに破壊され、戦後に復元されました。 -
ショパン像のある広場はワジェンキ公園のほんの一部ですが、疲れたので像だけ見て帰ります。公園周辺は緑が多く、歩道もこんなに広々!左はバス停。
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宿の近くまで戻り、漸くコンビニのような店を発見。本当に全然水を買える場所が見つからなかった。クラクフ郊外通りでキオスクは見たけど閉まってたし。ちなみにワルシャワのキオスクもキエフと同じで、小さい窓からやり取りするシステムでした。
カルフールの系列のコンビニらしく、マークが同じですね。ガス無しのミネラルウォーター(1.39PLN≒41円)を購入。 -
イチオシ
トラムに乗って中央駅方向へ。文化科学宮殿を見に来ました。
建物が見えた所ででトラムを降り、地下道を通って近くへ。 -
文化科学宮殿は緑の多い公園に囲まれており、その一部のデフィラト広場では何やらCMの撮影?をしていました。何の数字だろう。
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イチオシ
文化科学宮殿の一部は劇場になっているようでした。他にも科学技術博物館、進化博物館、各種研究所、ポーランドTV、映画館、コンサートホール等が入っているらしい。
1952年から1955年にかけて建てられ、42階建てで高さは234m。塔の高さが目立ちますが敷地面積自体も広く、全部で3,288部屋もあるそうです。
高さ114mの所に展望台があります。私は新市街の景色にあまり興味が湧かなかったので上りませんでした。ワルシャワには「文化科学宮殿を見たくないから文化科学宮殿に行く」というエッフェル塔の亜種のようなジョークがあるそうですが、辛い記憶とセットになっているこの建物をワルシャワの人達が嫌うのは当然で、私が外観だけ見て気軽に好きだとか言えるのは部外者だからこそです。 -
また地下道を通ってトラム乗り場に戻ろうとして階段を降りたら、すぐ1フロア下くらいの深さにホームがありました。地下鉄?丁度良い、一度乗っておきたかったんだ。
と気軽に考えたことを後悔するくらい、ホームも車内も激混みでした。 -
ホームに入って来た車両の両側のドアが開いて乗降出来たり、自転車を持ち込める車両があったりと変わっているなと思っていたら、次の駅に着く前に地上に出ました。あれ?!
次の駅で降りてベンチに座り、何本か電車を見送って気が付きました。これ地下鉄じゃなくて都市高速鉄道か!
ちなみに私が降りたのはワルシャワ・ポヴィシレ駅。新世界通りの近くの筈なんだけど、駅周辺は静かで郊外の住宅街の雰囲気。宿からも距離的には近い筈なんですが、景色に見覚えが無さ過ぎて方向が分からず道に迷いそうだったので歩いて帰るのはやめ、反対側のホームから元いた駅に戻ることにしました。 -
反対方向行きの電車は空いてる。たまたま目の前に停まった自転車持ち込み可の車両に乗ったら、本当に自転車を持った乗客が乗り込んできました。面白い、素晴らしいシステム!
この後駅のホームや階段でも、自転車を持って歩いている人を何人も見かけました。自転車持ち込み可なのにエレベーターとかエスカレーターが無いのが不思議なところですが(スロープは駅によってはある様子)、皆さん慣れた手つきで自転車を持ち上げてヒョイヒョイ階段を上っていました。もしかするとポーランドの自転車は日本の物より軽い…訳ではないでしょう、見るからに! -
これが地下道と間違えてうっかり入った入口。ワルシャワ・シルドミエシチェ駅か。
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再び宿の近くまで戻りました。
その辺にあったスシバー。この写真じゃ小さくて見えないと思うけど、左の黒いポスター他数か所に日本で見ない漢字が書かれています。魚へんに作るの右側。こんな字あるのかな…私が知らないだけだったら恥ずかしいけど、多分『鮨』か『鮮』と書きたかったんだろうと思います。 -
もうクタクタでしたがスーパーを探して、Foksal通りのと新世界通りを挟んで反対側のChmielna通りをうろうろ。
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宇宙飛行士が飛び出してるレストラン!
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通りの端の方まで行きましたが結局スーパーは無く、さっき行ったのと同じカルフール系列のコンビニはあったので飲み物を買って帰りました。右は先に買ったやつ、残りの2本で3.48PLN(約104円)。
会計後にお店のおじさんに笑顔で何やら話し掛けられたけど、ポーランド語なので全く分からん…!苦し紛れに出たのは「ヂャンクゥイェン(ポーランド語のありがとう)」。訳わからん、不甲斐なくてすみません。
ところでヂャンクゥイェンは発音がなんとなく中国語っぽくて、今回廻った8か国の中では異質に感じました。ポーランド語の他の単語や熟語と比べても異質。「こんにちは」だってヂェインドブリィで、中欧~旧ユーゴ辺りの挨拶と似てて普通(だと個人的には勝手に感じる)ですし。
真ん中の水、「ノンガス」的なポーランド語が書いてあるのを選んで買ったのに、微炭酸でした!!そんなのアリか!!(爆笑)だってほら、先に買ったガス無しと全く同じ単語が書いてあるのに!微炭酸は炭酸のうちに入らないってか?まあ確かに、炭酸水嫌いな私でも飲めなくはありませんでした。でもやっぱり普通の水の方が美味しいよ。 -
宿に戻って一休み。21時くらいに起きて夜景を見に行くつもりでしたが、起きたのは23時でした。しかも自力で起きたのではなく、突然猛烈にドアをノックされて飛び起きました。耳栓をしていても目が覚めるくらい猛烈でしかも止まないので、何かあったのかと這うようにしてドアへ行き、呻くように返事をしながら開けたら、小学校高学年くらいのクソガキがピューッと逃げていく後ろ姿が見えました。野郎…。「他のゲストへのリスペクトを持つように」って部屋の注意書きにも書いてあるぞこの野郎。それにしても宿泊先で子供のゲストを見るなんて珍しいな。
物凄く眠かったけど、少し開けた窓の外からの酔客の笑い声を聞いていたら眠気が覚めてきました。Foksal通りの入口の辺りには飲み屋が沢山あります。今からでもご飯食べられるかなー…迷ったけど出掛けることにしました。ズロチが1,200円分ちょい余ってるから使いたい。 -
ミニオンズのケーキ、可愛い!見た目はボブなんだけど毛が生えてるな、誰だこれは。
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新世界通りや駅前のイェロゾリムスキェ通りをうろつきましたが、あんまりお店が開いていませんでした。飲み屋は開いてるけどレストラン系は全然、コンビニも閉まってる。ワルシャワの夜は結構早いんだな、まあもう日付変わるけど…。
新世界通りを走るバスを見かけたので、王宮広場まで行ってみようかとも思いましたが、行きは良くても帰りにバスが無くなりそうだと思ってやめておきました。
というかワルシャワの深夜の治安ってどうなんだろう?凄く悪くはなさそうだけど酔客がうろついてるからあんまり出歩かない方が良いのかも。
そしてこの写真のように、通りのあちこちに雨でもないのに白や黄色の傘を差した女性が立っていて、道行く男性に声を掛けていました。こういうの海外では初めて見たかも、私は旅先で深夜にあんまり出歩かないからなあ。夜でも目立つ色の傘が目印のようなので、ポーランドに行く女性旅行者は持っていく傘の色に注意が必要かも。まあ海外旅行に長い傘を持っていく人はあんまりいないと思うけど…でも不可能じゃないらしいんですよね。前に成田でビニ傘を機内持ち込みにしている人を見たことがあります。 -
新世界通りとイェロゾリムスキェ通りが交わる角の辺りで、開いているピザ屋さんを発見。こんな時間なのにお客さんが結構入ってる。Mommo Pizzaというグルテンフリーのお店でした。グルテンフリーは今旅で時々見かけたな、レストランだけじゃなくスーパーの商品でも。
ショーケースに焼く前のピザが並んでいて、注文すると焼いてくれます。 -
短い方のピザを購入、10PLN(約300円)。ピザというかザピエカンカというポーランド料理のようです。
苦手なオリーブや苦手かもしれない香草を避けて、選んだトッピングはタンドリーチキン。薄黄色いのはジャガイモかと思ったらパイナップルでした。パンは滅茶苦茶サクッとしていて軽い食感。美味しいけど、どうやって食べても服が半端ない量のパン粉まみれになりました。元々ザピエカンカはサクッとしているのが特徴らしいけど、この軽さはグルテンフリーも影響してるのかも?
持ち帰りにしたら紙のトレイに乗せただけで出てきたので、体の前に掲げながら宿に帰りました。ウィーンでもこんなことしてたな私。
室内履きにしているビーサンがだいぶボロくなっていたので、ここで捨てていこうかと思っていたら、そう思って数十分も経たないうちに鼻緒がすっぽ抜けて壊れました。うおー、せめて明日朝のシャワーまでもって欲しかった…!けど旅の前半で壊れるくらいならこのタイミングは神。特に夕べの夜行列車で使えたのは大きい。このビーサンには2011年の中国・ネパール旅行以降大変お世話になりました。
そういえば私にはカウナスで買った木工用ボンドがあるじゃないかと気が付いて、修理。水に弱そうだけど明日の朝だけなんとかもつといいな。明日は遂に帰国日です。
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