2016/04/27 - 2016/04/27
210位(同エリア839件中)
susuさん
去年のGW旅行で春のヨーロッパに魅了されて、個人的には過去最速の出発10ヶ月前に航空券を手配しました。初めはバルト三国+フィンランドくらいを予定していたんですが、今年のGWは少し多めに有給をとれば半月休める日程だったので、ここぞとばかりに欲張りまくりました。
スカンジナビア航空 コペンハーゲン経由ヘルシンキINワルシャワOUT…91,930円
元々はヘルシンキ深夜到着ワルシャワ早朝出発の予定だったんですが、11月に旅行会社からコペンハーゲン以遠の2便運休の連絡があり、都合良くマイルドな時間帯の便に変更になりました。
しかし喜んだのも束の間、1月にはさらにワルシャワ→コペンハーゲンの土曜便が運休となり日程が1日短くなってしまいました。日付指定のベラルーシビザを取得した後だったので、ワルシャワ滞在を1泊減らすはめに。
4/23(土) 成田→ヘルシンキ
4/24(日) ヘルシンキ→タリン
4/25(月) タリン
4/26(火) タリン→リガ
4/27(水) リガ
4/28(木) リガ→シャウレイ
4/29(金) シャウレイ→カウナス
4/30(土) カウナス→ヴィリニュス→トゥラカイ→ヴィリニュス
5/01(日) ヴィリニュス
5/02(月) ヴィリニュス→ミンスク→キエフへ
5/03(火) キエフ
5/04(水) キエフ→ワルシャワへ
5/05(木) ワルシャワ
5/06(金) ワルシャワ→コペンハーゲン→成田へ
5/07(土) 成田
フェリーと国際バスは事前に手配しましたが、国内バスと国際列車は出来なかったので現地で手配します。
ヘルシンキ→タリン(TALLINK SILJA LINE)…36EUR(4,698円)
タリン→リガ(ECOLINES)…7EUR(904円)
リガ→シャウレイ(ollex)…11.50EUR(1,489円)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
自分には朝から晩まで観光し続ける体力は無いということがタリンで分かったので、早起きしないでのんびり9時頃に朝食を食べに行きました。すると1Fの朝食会場は西洋人中高年で満席!ツアーかな?まだ寒くテラス席を使えない時期のせいか、席が足りていないようです。皿に取り分けてから席がないことに気付いて困っていたら、ホテルのスタッフが「席がない?じゃあ○○で食べる?」とどこかに案内してくれました。着いて行くと、ロビーを挟んで反対側にあるバー。座れればどこでもいいや。何度も往復して皿やコップを運びましたが、忘れた物を取りに一々戻るのが面倒臭かったのでソーセージにマスタードは諦めよう。
あぶれた他の客も案内されてくるかと思いましたが、私が行った時が丁度ピークだったのか最後まで1人でした。明るいバーの低いテーブルでゆったり朝食。 -
嬉しいことに今日はいい天気、雲一つない青空。
真っ先にブラックヘッドの会館を見ようと思いましたが、正面まで行かなくても明らかに逆光だと分かるので後回しにしよう。 -
市庁舎広場手前の車止め、面白い。
-
市庁舎広場から北に延びるTirgonu通りで見つけたパン屋さん、素敵!
-
インパクト満点のショーウィンドウ!
-
宿から遠い旧市街の北側から散策するべく北上。ドゥァマ広場を通り過ぎて、
-
昨夜と同じくピルス通りを歩きます。
今日も路地の向こうにチラッと見るだけの英国教会。交易でリガに来たイギリス商人のために、19世紀に造られた教会らしい。 -
聖母受難教会と、その向こうのリガ城。
-
川沿いの11月11日通りから見たリガ城。壁を塗り直されたばかりなのか白くてツルッとしています。国旗が無かったら…いやあってもとても城には見えない。
1297年から1330年にかけて、リヴォニア地域(エストニア南部からラトビア東北部)を植民地化しカトリックに改宗させたリヴォニア騎士団とリガ市民の間に激しい衝突が起こりました。その抗争に勝利したリヴォニア騎士団がリガ市民に造らせた城です。その後も騎士団とリガ市民との対立は続き、16世紀後半に騎士団が消滅するまで城は破壊と再建を繰り返しました。
その後はポーランド、スウェーデン、帝政ロシアとそれぞれの時代の支配者がこの城に住み、第一次世界大戦後の1918年にラトビアが独立してからは大統領官邸になりました。
しかし2013年に火災に遭ったため大統領官邸は移転。現在はなんとあのブラックヘッドの会館に入っているそうです。そしてそのせいで、ブラックヘッドの会館の豪華な内部は現在非公開なんですと。 -
旧市街の西を流れるダウガヴァ川とヴァンシュ橋。ダウガヴァ川はロシア、ベラルーシ、ラトビアと流れてリガ湾でバルト海に注いでいます。
『11月11日通り』の名前は、独立宣言後に勃発したロシアとの戦争をラトビアが制し、真の意味での独立を果たした1919年11月11日に因んでいるそう。この記念すべき日はラトビアの民族叙事詩の主人公の名前をとって『ラーチュプレーシスの日』と呼ばれ、毎年各地で記念行事が行われているそうです。 -
対岸にすんごい色のロシア教会が!(笑)
口があんぐり開いてしまうカラーリングですが…私は結構好きだなあ。多分リガ市民は好いてないと思うけど。 -
イチオシ
ヴァンシュ橋の下を潜って北へ。ダウガヴァ川の中州、チープサラ島のとても綺麗な住宅街が見えました。川の水もなんて青いんだろう!
-
川沿いから時計回りにぐるっと歩いてリガ城に戻ってきました。こっちから見て初めて、立派な建物だと分かりました。
-
リガ城前のピルス広場に慰霊碑のようなものがありました。
手前のプレートには、英語とキリル文字(ロシア語?)で『シベリアに追放された子供達に捧ぐ 1941-1949』と書いてあります。 -
トゥァルニャ通りをちょっと歩き、イェーカバ広場を横切ってヴァルデマーラ通りに出ました。目的地は旧市街の北東にあるユーゲントシュティール建築群。
ラトビア国立劇場。1902年に建設され、1917年からラトビア語の劇場になりました。1918年11月18日に、ここでラトビア独立が宣言されたそうです。 -
てっぺんにはリガの市章(ピンクと金の部分)と、えーと…オペラを歌う男女?この建物もユーゲントシュティール建築の一つなんだろうか?時代もちょうどその頃だし。
-
同じ通り沿いの交差点に、1993年に神戸市から寄贈された時計塔が建っていました。時計が2つ付いていて、一つは日本時間を指しています。
-
ユーゲントシュティール建築がある通りの一つ、エリザベテス通りは次の交差点を左に曲がった所。
-
角を曲がってエリザベテス通りに入り、少し進んだ辺りで郵便局を発見。行っとこう。
ヘルシンキの中央郵便局同様、整理券を取って呼ばれる方式でした。訪問国の殆どで郵便局に行っている私からしても珍しいシステムです。最初はちょっと「私がこれ(整理券)を取ってもいいのか…!」という謎の敷居の高さを感じたけど、一度経験したらひたすら並ばされるよりずっと良いと思いました。
ポストカード(0.50EUR)と切手(0.71EUR)を購入、計1.21EUR(155円)。旧市街のお店ではないので英語が通じるか心配だったけど大丈夫。バルト三国の人は観光客相手の仕事をしているからというより、教養として英語を話せる人が多そうな印象でした。局員の女性は親切で、ラトビア語で挨拶したら最高の笑顔を見せてくれました。 -
郵便局を出て奥へ進むと、明らかにデコラティブな建物が見えます。
ユーゲントシュティール建築群とは、アールヌーヴォー(ドイツ語でユーゲントシュティール)様式の建築が集まっているエリアです。20世紀初頭に次々と建てられたもので、デフォルメされた人の顔や動植物などをモチーフに使っていてとにかく装飾的なのが特徴。特にユダヤ系ロシア人の天才建築家、ミハイル・エイゼンシュテイン(1867-1922)の建築が有名です。 -
イチオシ
大きな顔が付いてる!エリザベテス通り10b番地、ミハイル・エイゼンシュテインの1903年の作品。
-
思った以上に凄い建物に感動していたのに、数軒隣にあった日本食レストランがツボにはまりました。ヤクザって!日本人の感覚だと放送禁止用語に近い気がするけど、外国人からするとマフィアとかギャングみたいな感覚なのかな。
-
エリザベテス通り沿いの並木も綺麗に整えられていました。ウッドチップが見るからにフカフカしていて、茶色と緑色がパッチワークみたいで綺麗。並木に葉が茂る時期になったらもっと素敵だろうな。
-
角を曲がってストレールニエク通りへ。
奥に見える赤い角が生えているような建物がユーゲントシュティール博物館で、その手前の角を右に曲がるとアルベルタ通りです。 -
ストレールニエク通り4番地(1905年)。
艶めかしい女性像が特徴的。青い外壁がとっても綺麗! -
アルベルタ通り13番地(1904年)。
-
何て立体感!!動植物や喜怒哀楽を表す人面の彫刻が散りばめられています。
-
ユーゲントシュティール建築の中心地、アルベルタ通り。
赤レンガが美しい6番地(1903年)は修復中でした。一帯の建物は頻繁にメンテナンスが行われていると見えて、どれもピカピカに綺麗! -
イチオシ
アルベルタ通り8番地(1903年)。
このゴテゴテした装飾過多なデザインが堪らない。私は美術館で絵を見ることには今のところ興味がないけど、建築物ならいくらでも眺めていられるな…。 -
アルベルタ通り4番地(1904年)。最も完成度の高いユーゲントシュティール建築の一つと言われているそうです。
シンメトリーのファサード、美しい曲線の窓。最上部には建物を守る2頭のライオン。 -
そして3体のメドゥーサ。ちゃんと一人一人顔立ちが違う!
-
アルベルタ通り2a番地(1906年)。タイルで出来た赤いラインが特徴的。
-
前に立つと、風の谷のナウシカに出てきそうな感じの人達に見下ろされている気分。
以上、特に有名なミハエル・エイゼンシュテインの建築でしたが、周辺の建物も全体的にゴージャスでした。満足して旧市街方向に戻ります。 -
少し離れると明らかに街並みが違う。実際はそこかしこにユーゲントシュティール建築が建っているんですが、アルベルタ通り周辺の密度はやはり桁違いなんだなあ。
…と思ったら、実はリガ市内の建造物の約40%はユーゲントシュティール建築なんだそうです。他のユーゲントシュティール建築とミハエル・エイゼンシュテインの建築とが段違いなのか…!
交差点で立ち止まった時に、右にも左にも突き当たりに教会が見えて思わず目移り。うわー、どっちに行こう!左右を何度も見て迷ってから、もう行く機会が無さそうな新市街方向へ。 -
バンに番号が表示されてる、あれも市バスなんだ。マルシュルートカ?
-
バンから降りてきたのは幼稚園か保育園の子供達でした。不審に思われてもアレなので近付かない方がいいかもと思いましたが、当然ながら歩くのがゆっくりなので追い付いてしまった。迷子防止と思われる綱を握って歩いています。
興味津々で見てくれたので写真を撮ったら、皆ニコニコして手を振ってくれました。天使! -
突き当たりにあったのは古聖ゲルトルード教会。15世紀に建てられたゴシック様式の教会で、聖ゲルトルードは旅人の守護聖人。リガを旅立つ前には皆ここに祈りに来たそうです。
外観を見ただけで引き返しましたが、途中で子供達に会えただけでもこっちの道を選んだ価値がありました。しかし引き返してまた擦れ違ったらちょっと気まずい(不審者に見られる的な意味でも)けど、どこかの建物に入ったらしくもう居ませんでした。安心した。 -
次は反対側に見えていたあの教会に行きます。遠目に見ても明らかにロシア正教会。
-
途中の中華料理屋の前に停まっていた配達の車。キッコーマン!!
-
イチオシ
ラディソンホテルの裏の建物、なんて綺麗なんだろう!普通のオフィスのようだけど。
-
トヨタ車とは思えないトヨタ車。このライトの形、いつの時代の車だ…?!
数年前に見た『ドイツでボロすぎて見るからに整備不良な車が職務質問されたけど、調べてみたら普通にラトビアから走ってきた車でした』というニュースを思い出しました。 -
見えていた教会は救世主生誕大聖堂。エスプラナーデ公園の敷地内に建っています。19世紀に建てられたロシア正教教会で、ソ連時代にはプラネタリウムとして使われていたそう。
内部は写真撮影不可ですがロシア教会の内部はどこも同じような感じ、とにかく煌びやか。 -
救世主生誕大聖堂からも見えていた自由記念碑。1935年にラトビアの独立を記念して、かつてロシア皇帝ピョートル大帝像があった跡地に建てられました。ラトビア独立戦争で犠牲になった兵士に奉げるモニュメントで、ラトビアの自由、独立、主権のシンボルです。
高さ42m。てっぺんの自由の女神ミルダが掲げているのはラトビアの地域(クルゼメ、ヴィゼメ、ラトガレ)の連合を表す3つの星。碑の基部には「祖国と自由に」という文字が刻まれ、その周りはラトビアの歴史や文化を象徴する13グループの彫刻で飾られています。
ソ連時代には反体制の象徴とされ、近付くだけでシベリア送りになると噂されたそう。ピルス広場にあったモニュメントを見ても分かるように、1940年代には実際にリガ市民の多くがシベリア送りにされていたので、市民の恐怖は相当なものだったと思います。
ソ連当局は、この像を解体してロシア皇帝ピョートル大帝像を再建するという計画を結局実現できなかった代わりに、像の解釈を『3つの星が象徴しているのは新しくソ連に加わったバルト三国であり、それを掲げるのは母なるロシアであり、記念碑が建てられたのは第二次世界大戦後バルト諸国を解放したソ連の指導者ヨシフ・スターリンに対する一般市民の感謝を表すため』と変えさせました。
しかしソ連の抑えつけにも拘わらず度々ここで集会や式典が行われ、1990年5月4日にラトビアは独立回復を宣言しました。 -
自由記念碑の前には衛兵が立っていました。
交代制で常時立っているのかと思っていたら、夕方に通りかかった時に無人だったので仰天しました。調べてみると休憩時間や定位置を離れてのパトロールもあり、さらに悪天候だったり気温が-10度以下、25度以上になったりすると立たないらしい。なんて人道的なんだ。そして低温に強いけど高温に弱い所が北国らしい。他の国のこういう所はどうしてるんだろう?
衛兵の条件は身長6フィート(1.82m)、健康で、30分間直立不動ができることだそうです。 -
あと10分程で正午なので衛兵交代があるのかもしれませんが、まあ見なくてもいいか。ピルセータス運河沿いの公園が綺麗です。
-
遊覧船乗り場がありました。
-
花壇にカモがいるのが不思議な感じ。あんまり見ない組み合わせですよね。
奥に見えるのは、地球の歩き方の地図によると「稜堡(りょうほ)の丘」ですって。初めて知る言葉で読めなかった。『城壁や要塞の、外に向かって突き出した角の部分』だそうです。 -
丘の緩やかな坂や階段を登ると、中腹から火薬塔の頭が見えました。その手前の建物は他の方の旅行記で見たことがあるな。
-
自由記念碑の方向。
稜堡の丘のてっぺんには円形の広場があり、高さが色々な石のベンチが周囲を取り囲んでいます。 -
例の建物はKontaktsというレストランでした。壁に描かれているのは、1991年当時のラトビアの地方行政区画なのかな?
火薬塔はその名の通り火薬の保管庫として使われた塔で、14世紀に建てられ1650年に再建されたものです。高さ25.5m、外壁の厚さは3mもあるそう。
現在はラトビア軍事博物館になっています。 -
リーヴ広場へ。
今日は猫の家を発見できました。
かつてこの家に住んでいたラトビア人商人が、ドイツ人が支配的だった大ギルドに加入しようとして断られ、腹を立てて大ギルドの会館に尻を向けた猫の像を屋根に取り付けたそうです。その後大ギルドの会館はコンサートホールに変わったため、猫も向きを変えたとのこと。 -
イチオシ
右端の建物が、今は猫が顔を向けている大ギルド・コンサートホール。
-
ここはカリチュ通り、昨夜行ったXLペルメニの向かいの辺り。
どういう訳か、リガ旧市街にはこういうアメリカ文化をリスペクトしたお店が沢山あります。ラトビアとアメリカの繋がりって?反ロシアだとアメリカへの憧れが強くなるのかな。
ハーレーの看板があるこのお店、奥にエルビス・プレスリーがいる! -
聖ヨハネ教会。13世紀に創立され、16世紀に再建されたゴシック様式の教会です。
当時は生きた人間を壁に塗り込めれば建物を災いから守ることができると信じられていた時代で、この教会でも2人の修道士が志願して壁の中に入りました。しかし当時の法王はこの行為を利己的だと非難し、彼らを聖人とは認めなかったため、彼らの行いは人々の記憶から次第に消えていきました。時は流れて19世紀半ばの教会修理の際に、この話を覚えていた人が探してみたところ実際に壁の中に空洞が見つかり、2人の骨が発見されたそうです。
このエピソードを歩き方で読んでいたので、私はこの教会の壁に付いているという修道士の顔は低い位置に付いているものと思い込んでいました。壁の中にいる2人に施しを与えるために開けられた穴の名残だと思ったのです。しかしいくら探しても見つからない。
後になってから気が付きましたが、屋根の下に2ヶ所あるポツンと白い部分がそれなのかな?!高い!そして小さい!これは知ってなきゃ気が付かないな。 -
イチオシ
そろそろ聖ペテロ教会の展望台に行こうかな。しかし教会の入口がどこだか分からず、周りを一周。
結局正面入り口から入れましたが、周囲に案内表示的な物が何も無いので戸惑ってしまいました。教会の扉はとりあえずそっと引いて(押して)みて、鍵が開いてたら様子を伺いつつ入るというスタンスが良いのかも。 -
周囲を回っている時に教会の裏手にいた、しきりにゴロンゴロン寝返りをうっている大きな猫。思わずしゃがみこんで写真を撮っていたら、旅行者らしき西洋人ご夫婦がニコニコしながらやって来て一緒に写真を撮りだしました。旦那さんが「彼女のお腹には赤ちゃんがいるんだね」と言うまで全く気が付かなかったけど、本当だ!
-
イチオシ
聖ペテロ教会の展望台の入場料は9EUR(1,155円)。タリンの聖オラフ教会2EURと比べると格段に高額ですが、あっちと違ってこっちにはエレベーターが付いています。まあ乗り場が3階にあるのでどっちにしろ階段は登るんだけど。
私が行った時はエレベーター乗り場は空いていましたが、時間潰し用にか塔再建中の写真や、聖ペテロ教会を紹介するタッチパネルが設置されていました。展望台はかなり高い位置にあるようで、エレベーターに乗っている時間は結構長かったです。
その展望台からのこの眺め!72mの高さから、昨日今日で歩いた辺りを一望できました。
左下から上に向かって市庁舎、リガ大聖堂、ドゥァマ広場、リガ城。 -
市庁舎広場。ブラックヘッドの会館(左の建物、横向き)はまだ逆光だな。
-
展望台はこんな感じで柵がありますが、360度見渡せます。ガラスは無いので風が凄い!寒い!(笑)
どれくらいの強風かといえば、デジカメを構えていると手首に掛けているストラップが飛ばされて指先を外れ、ストラップの意味が無くなるくらいです。 -
バスターミナルがある南東方向。中央市場や科学アカデミーが見えます。
川の向こうに見えるのはリガラジオ&テレビタワー、高さはなんと368.5m! -
リーヴ広場、火薬塔の辺り。猫の家も見えました。
-
自由記念碑、救世主生誕大聖堂。
景色を眺めていたら、アジア人男性に「中国の方ですか?」と声を掛けられました。男性はシンガポール人で、ラディソンホテルで昨日あった会議に出席するためにリガを訪れて、今日は一日フリーなんだそう。ラディソンホテルってさっき前を通りましたよ!この写真奥の大きい黒っぽいビル!何の会議かは詳しく聞きませんでしたが、100カ国くらいから代表が集まったそうです。凄い!
男性は私が日本人だと分かると、熊本の地震について真剣にお悔やみの言葉をくれました。地震が2回あったことも「Kyushu(九州)」という地名も御存じで、さらには九州が元々地震の少ない地域だということまで把握されていました。世界中で報道されていて、世界中の人が心配してくれているんだなあ。
「日本は今綺麗な時期だよね、桜が満開で。私の娘が2週間前に日本に行ったよ」とも話していました。 -
元々空いていたけど、いつの間にか展望台にいるのは2人だけになっていました。滅茶苦茶寒いから長居できない感じ。一緒にエレベーターに乗って下で別れました。
聖ペテロ教会内では、油絵の展示が行われていました。市民が描いた作品らしく、荒いタッチの絵が多かったです。何らかの賞を獲得した作品のようですが、自分の描いた絵がこんな立派な教会に飾られて世界中の観光客に見て貰えるなんて最高だろうなあ。 -
この絵が好き。自分は絵画鑑賞には興味が無いと思っていたけど、意外と楽しく熱中して見て廻りました。素人の絵だから純粋な気持ちで楽しめるのかな?
-
この絵も好き。
しかしまあ美術館に行かないのは食わず嫌い程度のものなので、そのうちどこかで入ってみようかと思います。 -
時刻は既に13時半。お腹空いた!レストランを求めてうろうろ。『安価なランチセットが人気』と歩き方で紹介されているパブに行ってみましたが、ランチメニューの掲示もなく入り辛そうな雰囲気だったので素通り。根性無し。
あっ、T.G.I.フライデーズ(何回紹介するんだよ!我ながら)…いかんいかん、日本で行けるのに。
…ん? -
よく見たら建物のてっぺんに何かいる!こっち見てる!!(爆笑)
いや〜凄い建物に入ってるんですね。 -
もうそこら中にあるアメリカ料理のレストランでいいんじゃない?ある意味これもリガらしさなんだし。ということで、リーヴ広場にあるロカビリーハウスといういかにもなレストランに入りました。
周囲の他の店と違ってオープンテラスにもそこそこ客がいて(というかこの店はオープンテラスしか無さそう)、お店の人が客引きをしていて入りやすいというのも理由の一つです。 -
メニューもとにかくアメリカン、というか古き良きアメリカという感じ。
大いに迷った末に注文したのはソーセージ(8.70EUR)とガス無しの水(2.50EUR)、計11.20EUR(1,438円)。観光客向けの店はやっぱり高い。歩き方には『バルト三国の物価は安くない』と書かれていますが、実際は安くてびっくりすることが多かったです。特に食料品。レストランもよっぽど観光客向けでない限り安い。
ソーセージは皮が硬くて歯応えがあるのは良いけど、肝心の中身が柔らかくていまいち。ホテルの朝食や昨日のXLペルメニもそうでしたが、バルト三国のソーセージやハムはどうも柔らかい。かなり練られているうえに肉以外の何かが混ぜてある感じ。ソーセージは歯応えと肉感重視の私の口には合いませんでした。ポテトは周りがサクッと中はネットリで美味しかったです。
ちなみに右の黄色い包みはレモン汁かと思ったら、お手拭き。
+10EURを惜しんでステーキを頼めない私のみみっちさが敗因です。今旅はなかなかクリティカルヒットする料理に巡り会えないなあ。 -
その後は路地を散策。また聖ペテロ教会の前を通ったら、わざわざコートを脱いで荷物を置いて記念撮影している若者の集団がいました。先生らしき人もいるな。
右に写っているのは自転車タクシー。ヨーロッパにもこういう交通手段…と呼ぶには完全に観光客向けだけど、あるんですね。
珍しいので興味津々で見ていたら、乗客の男性がテンション高く「ヘーイ!」とニコニコ手を振ってくれました。 -
市庁舎広場へ。現在時刻は15時、ブラックヘッドの会館はまだ逆光です。
広場の中心にあるリガの守護聖人、聖ローランド像。
ローランド(彼の母国のフランス語だとローラン)は中世・ルネサンス期の数々の文学作品に登場する聖騎士で、伝説上の人物。右手に掲げているのは聖剣デュランダル。 -
聖ローランド像の台座には水飲み場が付いています。この生意気そうな顔の魚、昨夜から気になってたんだ。横からだとあんまり生意気そうに見えないけど、正面から見た時の尖がった口が可愛い。
下のセンサーに手を近付けたら水が出ました。 -
明日の朝の移動のために、ガーデンパレスホテルからバスターミナルまでの道順を確認しに行きました。昨日は賑やかなアウデーユ通りから来たけど、人通りの少ないクング通りの方が迷わなさそう。
トラムが走る1月13日通りを歩いていると、なんだか見覚えのある植木が。 -
桜…いや違う、梅だ!こんな所で梅が見られるなんて。
1月13日はラトビアにとってどういう日なんだろうと調べてみたら、ラトビア社会主義ソビエト共和国が滅亡したのが1920年1月13日でした。これか!ラトビア独立戦争中に結成された短命な社会主義共和国。 -
地下道の真上あたりの中央分離帯に、国旗が沢山立っていました。
-
バスターミナルまでの所要時間は、ゆっくり歩いても15分くらい。
そのまま通り過ぎて中央市場へ。 -
中央市場の外にもお店が並んでいます。野菜や果物、食料品、切り花など。
こちらのお店で売っているのは色々な花の蜂蜜。凄い種類!
手前のペットボトルは何だろう、水じゃないと思って調べてみたら、メープルジュース、カエデの樹液ですって!うわー面白い!ラトビアでは普通に飲んだり料理に使ったり、自宅で煮詰めてメープルシロップを作ったりするようです。 -
出店はそのまま商店街に繋がっていました。こういう建物が何棟も何棟も立ち並び、全てにお店が入っています。
奥に行くほどローカルな雰囲気。というか奥に行かなくても、中央市場周辺では全く観光客らしき姿を見かけませんでした。地元の人々の生活を支えている場所です。 -
建物の合間に見えた科学アカデミーを目指してどんどん奥へ。行っても行ってもお店が続いています。
-
ついに正面に見えた科学アカデミー!青空に映えています。この建物好きだな。これもやっぱりリガ市民は好きじゃないと思うけど。
地上65mの位置に展望台が付いており、夏季のみ上れるらしいですが、上から3段目の展望台らしき所に人の姿が見えました。4月ってもう夏季に入るのかな。 -
科学アカデミーの正面は芝生の広場。この辺りの建物や街並みは旧市街はもちろん、北東部の新市街(ユーゲントシュティール建築群がある辺り)とも違います。これが本来のラトビアらしい街並みなのかも。
ボロボロの建物も多く、街灯が少ないので日が暮れたら怖そう。しかし明るい今は長閑な雰囲気で、ベンチに座ってのんびり正面から、科学アカデミーと流れる雲を眺めました。 -
ゆっくり休んでから中央市場に戻りました。
あっこれは!一日の理想摂取量?!市場らしいモニュメント。 -
さて、ついに(私が)お待ちかねの中央市場内部ですよ!
バルト三国名物のライ麦パン! -
ケーキ美味しそう、たまらん!ここはホールというか大きいケーキですが、小さいケーキだと全品0.45EURで売ってたりします。安い!もうリガに住みたい!
-
元は飛行船の格納庫だったという4棟の建物が隣り合っていて、内部通路で繋がっています。大まかに棟ごとの商品が決まっているのかと思ったら意外とそうでもない感じ。しかし最後の4棟目(一番西)だけは別で、入った瞬間生臭さを感じました。魚だけは隔離しないとダメだな。
もう16時なので、お店が入っていないブースも多かったです。ここの営業時間は7:00~18:00くらいだそう。それでも良いよ、写真撮りきれないもん!(テンションMAX) -
ピザやパンをイートインできるお店もありました。パン安っす!安っっっす!!!もう住みたいとか贅沢言わないから、せめてもう数日滞在したかった。
-
お菓子の量り売り。
こういう量り売りは普通のスーパーの店内でもよく見かけました。 -
噂に聞いていた、立てて売られている魚。
ここは燻製のお店ですが、鮮魚を売るお店もあります。
はあ~…。何も買ってないけど大満足です。内部にも観光客が全然いなかったので気まずかったけど、写真が撮れて嬉しい。載せきれないけど他にも精肉、加工肉、ナッツやドライフルーツ、チーズ他乳製品、野菜など色々なお店がありました。それとスーパーも入っています。 -
外に出るとだいぶ曇ってきていました。
ここはリガ駅前。線路はあるけど駅舎がどこなのかいまいちよく分かりませんでした。地図によるとこの写真のすぐ右手にあったらしい。ああ〜、てっきりショッピングモールだと思っていたあの建物か?
地下道を通って旧市街の東、ピルセータス運河沿いのライニャ大通りに出て北上します。 -
イチオシ
ライニャ大通り沿いにも、ユーゲントシュティール建築らしき立派な建物が並んでいました。
通り沿いにあるラトビア大学。1862年設立の、ラトビア最古で最大の大学です。19世紀後半から建築専門学校だった時期があり、ラトビアにおけるユーゲントシュティール建築の発展に大いに寄与しました。
この建物はユーゲントシュティールとロマネスクの折衷様式で、旧バルト沿岸三国のクールラント公国、リヴォニア、エストニアの紋章(写真下)と、9つの教えを刻んだレリーフ(中央)で装飾されています。 -
ライニャ大通り沿いにはずらっと国旗が飾られています。新市街に殆ど行っていない私が言っても説得力皆無ですが、リガのメインストリートという感じ。
-
自由記念碑のある広場で左に折れて、旧市街へ。
-
上の写真の「ライマ」の時計って何だろうとずっと思っていましたが、近くにLaimaというお店があるのを見て初めて謎が解けました。ラトビアのお菓子メーカーか!日本でいうと「グリコの時計」とか「森永の時計」があるような感じですねきっと。
ライマの商品は気になるけど、まだ旅の前半なので買い物はしないつもり。この時は素通りしましたがこの後色々あって、もう来ないと思っていたここにまた戻ってくるはめになったので、結局買い物してしまいました。して良かったけど。 -
色々と言っても全然大した話じゃありません。もう今日は歩きまくって疲れていたのでどこかカフェに入りたかったんですが、何故かここぞというお店が見つからない。というか入り辛くてどうも入れない。チェーン店のカフェが山ほどあるのでこれはきっと私の問題、この時は自覚が無かったけどまた「アウェイ症候群(私が自分の症状に名付けた造語なので検索しても無駄です)」が出たようです。
足を引き摺りながらカフェを探して歩き回り、入れないままホテルの近くまで戻って来たのでもういいか、スーパーでドリンク買って部屋で飲むかと思っていたら、忘れ物をしたことに気が付きました。あ”ー!!自由記念碑の先にある中央郵便局に行ってポストカードを投函してくるつもりだったんだった!そもそもその為にライニャ大通りを通ったんだよ、すっかり忘れてたけど。
ここからまた戻るのか…。もう疲労度MAXなのに。私の足が可哀想だ。しかし明日のバスターミナルでポストが見つからなかったら投函しそびれてしまう。戻るしかない…。
疲れきってとぼとぼ歩いていたら、自由記念碑が見える辺りでこの足形を発見しました。これは一体…(説明書きを読む)!!! 人間の鎖、バルトの道の記念碑じゃないか!バルトの道とは1989年8月23日に、ソビエト連邦の統治下にあったバルト三国で独立運動の一環として行われたデモ活動です。200万人が参加して手を繋ぎ、600km以上の人間の鎖を作ってタリン、リガ、ヴィリニュスを結びました。
地域差があるものの、長い所では千年以上も前からどこかしらの国の支配を受け続けてきたバルト三国。20世紀初頭についに独立したと思ったら20年も経たないうちにまた支配されて半世紀。バルト三国の人々がどれだけ再独立したかったかが伝わる素晴らしい出来事だと思います。
下を向いてトボトボ歩いてみるものだ。これが見られて良かった。何度もこの道を歩いたのに全然気が付きませんでした。 -
イチオシ
郵便局に行った後、ライマに寄ってお菓子を買いました。
最後の力を絞り切ってブラックヘッドの会館へ。時刻は18時前、ついにファサードに日光が当たった! -
イチオシ
もう本当心底完全に疲れきっていたので、市庁舎広場の石畳に寝そべりながら眺めたいくらいです。というか崩れ落ちそうでした。
でも綺麗だー。やっと順光で見られたのが嬉しくて、細部の写真を沢山撮りました。 -
大時計の上に、最初の創建年と再建された年が書かれていました。
よーく見ないと解読出来ませんが、長めの2本の針で月日を、短めの2本の針で時間を指していますね。なんかでもあちこち英語なんだよな…。 -
入口を彩る聖母マリアと聖マリティウス。
私は旅行前に名所に関する予習はそこまでせず、旅行記を書く時に詳しく調べながら復習するタイプなので、実際旅している最中は知らないことも多いです。この建物を初めて見た時は「黒人?!」とびっくりしました。中世ヨーロッパと全く結び付かなかった。
ブラックヘッド友愛会の守護聖人マリティウス、エチオピア人。ブラックヘッドの名前の由来は彼の肌の色です。 -
まだ18時だけど、私の本日の営業は終了しました。スウェーデン門とか城壁とか聖ヤコブ教会とか見てないけどもう無理。リガ大聖堂の中にも入りそびれちゃったなあ。
スーパーに寄って飲み物を買い込み、ホテルに帰ってシャワーを浴び、今日着ていた服をほぼ全部洗濯しました。あーっさっぱりした!
スーパーで買った飲み物3種(1.87EUR≒240円)と、ライマで買ったお菓子5種(3.35EUR≒429円)。ああ、お菓子を1つ上下逆さまで並べてしまった。いかに疲れきっていたかが分かるでしょう。
ラズベリーヨーグルトドリンクと牛乳を交互に飲みながら、昨日買ったスィエリンシュを食べて(どんだけ乳製品オンリーよ)、フェイスマスクを付けて寛ぎました。去年ちょっとだけ行ったソウルをきっかけに、毎晩フェイスマスクを使うのが習慣になりました。旅行中はそんなの付けてる余裕ないかなと思いつつホテルでの泊数分持ってきてみましたが、これが一日の疲れをいい感じに癒してくれて最高。毎日欠かさず使いました。
この旅行記のタグ
関連タグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行
-
前の旅行記
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 4(タリン~リガ)
2016/04/26~
リガ
-
次の旅行記
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 6(リガ~シャウレイ)
2016/04/28~
シャウレイ
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 1(成田~ヘルシンキ)
2016/04/23~
ヘルシンキ
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 2(ヘルシンキ~タリン)
2016/04/24~
ヘルシンキ
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 3(タリン)
2016/04/25~
タリン
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 4(タリン~リガ)
2016/04/26~
リガ
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 5(リガ)
2016/04/27~
リガ
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 6(リガ~シャウレイ)
2016/04/28~
シャウレイ
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 7(シャウレイ~カウナス)
2016/04/29~
カウナス
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 8(カウナス~ヴィリニュス~トゥラカイ~ヴィリニュス)
2016/04/30~
その他の観光地
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 9(ヴィリニュス)
2016/05/01~
ビリニュス
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 10(ヴィリニュス~ミンスク~キエフへ)
2016/05/02~
ミンスク
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 11(キエフ)
2016/05/03~
キーウ (キエフ)
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 12(キエフ~ワルシャワへ)
2016/05/04~
キーウ (キエフ)
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 13(ワルシャワ)
2016/05/05~
ワルシャワ
-
バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行 14(ワルシャワ~コペンハーゲン~成田)
2016/05/06~
コペンハーゲン
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ バルト三国を中心に8ヶ国周遊GW個人旅行
0
99