2016/01/29 - 2016/01/29
767位(同エリア1890件中)
まりも母さん
仙台在住の友人に、「都内で、建物見物したいから行かない?」と誘われ、
どこに行こう~?? 今回は 新幹線到着駅の東京駅~日本橋界隈を、という事になりました。
久々に いつものマダム旅行のメンバー4人で 日本橋の老舗デパート2つを中心に、のんびりゆっくりの建物見物&お買い物の一日となりました。
寒い みぞれの降りそうな日でしたが、暖かいおもてなしとおいしいランチで大満足。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- JRローカル
-
仙台の友人は新幹線でやってくるので、10時半に八重洲北口で待ち合わせ。
そこから、まずは、高島屋日本橋店へ向かいました。
「建物見物」と言われ、まりも母、都内はいつでも見られるから・・・と 実は ほとんど見ていない事から候補がありすぎて困っちゃったけど、
移動時間が無駄だし、建物見物大好きと言う訳でもない友人も居るから 日本橋界隈だけを歩く事にしたのです。
その時、「そうだ、高島屋も重要文化財の建物だったなぁ・・・」という事で、ある筋からお願いして、特別に案内付きの見学が実現したのです。 -
約束の時間の前に外観の写真を撮ります。
さすが、日本橋は車と人が多くて写真が取りにくい・・・。
今日は、天気も悪く、小雨が降り出し とても寒いのです。
あちこち歩くのは大変そうだから、のんびり行こうね、と4人で話しました。 -
高島屋東京店 (高島屋日本橋店)昭和8年(1933)高橋貞太郎設計 村野藤吾設計による増築 国指定重要文化財
創建当初は日本生命館で、高島屋が建物を借りての営業。
その後、昭和38年(1963)日本生命転出。昭和40年 1街区を占める店舗にまで拡大。
後で、聞きましたが、この店名看板のある石の入り口
左の角あたりは、昔、油が塗られていたそうです。
当時は和服だったので、通るお客様がここに着物をこすると、絹などが石のざらざらにひっかかって生地を傷めてしまうからですって。 -
中央通りに面した正面口。
沢山の装飾がきれいです。 -
こちらでお客様をお迎えされているのは、高島屋の名物コンシェルジュの敷田さん。
なんでも相談できる頼もしいお方だと聞いた事が・・・。 -
アーケードと言うか、前室にあたる、鉄扉と中のガラス戸の間の天井部分 漆喰仕上げの格天井。
周りの壁は大理石。
子供の頃から何度も来た事のあるデパートですが、実は大人になってからはかなり久しぶり。
子供心にも、デパートの格式をこの入り口で感じていたと思います。 -
格天井のクロス部分にも豪華な飾りが。
入っていきなり、天井萌え。
照明はシンプルですが、その分、天井のレリーフの美しさが際立ちます。 -
扉の上部にも素敵な飾りがありますが、
なんとなく、東洋的なデザインを感じます。 -
店内入り口脇には大理石の天使の彫像。
-
店内に入ると、1・2階吹き抜けの大空間。
大理石の柱に白い格天井が続きます。
お〜こんな立派だったのか〜?と改めて感動。
まずは、お約束の時間だから・・・とインフォメーションに行きます。
名前を告げると、なんと、今日の案内人は、先ほど入り口におられたコンシェルジュの敷田さん。
これから、私たち4人を館内案内ツアーに連れて行って下さいます。
まずは、ご挨拶。そしてパンフレットなどを頂きます。
最初に、1階の店内装飾を見ながら、高島屋の歴史などを伺います。
高島屋の創業は天保2年(1831)京都で です。
高島屋の名前は、初代飯田新七の義父で、京都へ出て商売を初めた飯田義兵衛の出身地 滋賀県高島郡からの名付けです。
元治元年(1864)の蛤御門の変の時には、京都の大火を予測して、高島屋では着物を入れた蔵を堀で守り 焼け出された人たちに着物を安く提供し、大変喜ばれたそうです。
ここには、近江商人の心構えである「三方よし」(買い手よし、売り手よし、世間よし)の精神があったそうです。
この頃から、お客様に喜ばれる百貨店としても姿勢が出来ていたのですね。 -
東京日本橋に開店したのが昭和8年(1933)
コンペで一等になった高橋貞太郎の設計で、この建物が建てられました。
「東洋趣味ヲ基調トスル現代建築」という様式で、見れば、随所に「東洋趣味」が認められます。
漆喰レリーフのある「格天井」柱頭飾りには、いわゆるラーメン模様の「雷文」
建物は日本生命が建設し、高島屋が間借りする形での開業でしたが、
当初から、日本生命は脇の別入り口を使い、全館のうち6.7階だけを東京支店として使っていたそうです。 -
1階中央部分は広い吹き抜けで、2階部分は、1階ホールを囲む回廊の形になっています。
1階から見る2階の手すりの下、大理石のつなぎ目には、和館に使われる「釘隠し」が。 -
高島屋の歴史中心にお話を伺った次に、正面口から外に出て、外観を見学します。
前室にあたる表の鉄扉と内側のガラス戸の間、左右の大理石の壁には、この楕円形の窪みが。
今は、ただの窪みだけですが、ここには、かつて、水飲み場があったのだそう。
コンビニも自販機もない時代、水飲み場はありがたいサービスだったでしょうね。
下の部分が蓮華座のような形になっている所が、東洋趣味ですね。 -
前室の床・モザイク状になった石です。
格天井の四角いパターンと合わせてあるのではないでしょうか? -
立派な鉄扉は今も現役で、閉店後にはちゃんと閉めているそうです。
これは、上の部分。
やはり、装飾が東洋趣味。 -
柄の説明をして下さる、敷田さん。
本当にわかりやすく、丁寧に教えて下さいます。 -
通りを渡って、外観を見ます。
高島屋は、現在の形になるまで、4回の増築を行っています。
この脇の部分から見ると、手前から奥へ 時代を経て 増築された部分の違いが判るそうです。 -
小雨が降っているので、向かいの 郵便局のあった建物の入口だったらしい窪んだ場所から眺めます。(濡れずに良く見える場所を ちゃんと敷田さんが案内してくれます)
一番上の方、窓が左右で違います。
昔は、道路の幅に対して、建てられる建物の高さに決まりがあったという事で、
中央通りに面しての建物は、8階建てですが
脇の方は、階数が削られていたのです。
(1952)の第一期増築工事で、同じ階まで増やされたそうですが、
昭和8年(1933)の竣工当時は、右のちょっと色の濃い部分は無かったようです。 -
この曲面から右側が最初に増築された部分。
以後、増築部分の設計は、村野藤吾
左側は一番古い部分ですが、違和感なく、カーブで接続されています。
震災より前ですが、左側の古いタイルが剥がれて落下するのを防ぐ為、打診検査が行われた事があるそうです。
日中はまわりも騒がしく、お客様や通行人も多い為、夜間に 一枚一枚調べたそうです。
劣化や怪しいタイルは交換の予定で、古い物だから相当な枚数のタイルが張替えになると覚悟し、色を合わせて特注するなど用意もされたそうですが、
結局、交換が必要なタイルは10%以下だったという事です。
いかに、昔の仕事がきっちりと職人の手で行われていたか、という事ですね。
東日本大震災では、1枚も落ちなかったそうです。
ちなみに 震災時は一晩中扉を開けて、帰宅困難者を館内に受け入れたそうです。
館内に備蓄してあった乾パンや飲料水を配るなどが行われましたが、
お客様商売としては当然の事、とニュースの取材は断ったとか。 -
国指定の重要文化財の建物は、
(1)意匠的に優秀なもの
(2)技術的に優秀なもの
(3)歴史的価値の高いもの
(4)学術的価値の高いもの
(5)流派的または地方的特色において顕著なもの
という点のうち1点が満たされている、という基準がありますが、
高島屋の建物は、(1)意匠的に優秀なもの に該当するのが評価です。
しかし、「建築当初の姿が維持されている」という予備項目のようなものがあり、増改築されている場合、ダメな事が多いそうです。
高島屋は、バッチリ増築されていますが、
元々の建物を壊しているのではなく、その意匠を変える事なく、増築部分も既存のデザインを引用するなど一体性と近代建築としての創造的な表現 が認められたからだという事です。
ここで、引き合いに出されたのは、では、なぜ三越本店は重文にならないか?
三越は、改装によって、建築当初の姿から失われた物があるからだそうですよ。
いつか、基準に変更が加われば、重要文化財に登録される事もあるのかもしれませんが。
高島屋の場合、 増築部分のガラスブロック壁面と既存の壁面がカーブで一体化されている所にかなりのポイントがあるのですね。
ガラスブロックの採用は、店内を明るくし、かつ暑さ対策もそれなりにできたそう(ただの板ガラスじゃ暑い・寒いでしょうね)
友人と、「昔はガラスブロック。高かったからねぇ。お金かかっただろうなぁ」と。
5階部分には、笠置季男の塑像が飾られています。
その先に見える壁のカーブの先は、更に後から増築された部分です。 -
最初に建てられた部分、増築部分のとの境あたりには、今は使われていない入り口があります。
正面口とほぼ同じ装飾があり、この下は入り口だと判るのですが、今は、パネルで塞がれています。
実は、ここは、竣工時の日本生命の入り口でした。
百貨店部分とは別に、ここから上階の日本生命に続く専用入り口があったそうです。
伺ったお話から、最終的に全ての不動産が高島屋に移ったのは なんと 平成12年(2000年)。
建物から日本生命が転出した後も、永い間、持ち主は日本生命のままだったそう。
建てた当初からメインのフロアを高島屋に使わせるなど、
そもそもも、リース物件としての建築だったようですが、それにしても長い賃貸状態。
30年も増改築が続いたし、 日本生命は 高島屋のパトロン的な立場となる、何かがあったのでしょうかね?? -
正面入り口の上部。
鉄格子のはまった緩いカーブの窓の上には蛙股のレリーフ。
ランプの上 トップには擬宝珠のような飾りも。
東洋趣味は本当に、あちこちにあるのですが、違和感はなく、寺社仏閣のような格式の高さすら感じさせます。 -
今度は2階へ上がって、見学します。
エスカレーターの脇には高島屋のキャラクター「ローズちゃん」のお人形が。
昭和34年(1959)クリスマス装飾のマスコット人形として誕生したローズちゃん 当初はハッピーちゃんと言う名前だったそう。 -
階段は何箇所もあります。
どの階段も、腰壁までが大理石 -
2階のバルコニーのような廊下部分から、吹き抜けの天井を 真近で見ます。
手入れもいいのでしょうが、きれいな状態で見ごたえあります。 -
大理石の柱に続く、装飾部分。
古い建物ですから、スプリンクラーは白く塗られたパイプを張り巡らす事で、設置されているのですね。 -
手すりの透かし部分は、当初は真鍮製だったそうです。
が、戦時中の金属供出により、一度は外されてしまった物を、終戦後同じデザインの木製で再現したものです。
同じく、天井からは、豪華なシャンデリアも下がっていたのに、やはり供出され、現在ある四角いシャンデリアは、増築時に村野藤吾が、設置した意匠のものです。 -
高島屋と言えば、建物に使われている大理石に化石が含まれているのは有名ですね。
三越にもそんなのがあったと思います。
そこで、そんな化石のある場所も見せてもらいます。
ピンクがかった大理石はイタリアからの輸入品。 -
大きなアンモナイトの化石が手すりの壁にバッチリ!直径25cm位あったかな。
他に、白っぽい細長い物もあって、それはイカの化石だそう。コウイカの骨みたいな部分なんでしょうかね?
この後、エスカレーターで移動しましたが、エスカレーター脇の大理石壁にもひょいと見たら、アンモナイトの化石発見!
デパート中に沢山あるのでしょうねぇ。 -
2階のエレベーター前に来ました。茶色の木目の見えるきれいな壁・・・と思ったら、これも大理石でした!
木みたいな色と模様。きれいですねぇ。
6基あるエレベーター、機械は新しいものに変えてありますが、カゴ部分は創建時と変わらず、アメリカ オーチス社のものを改修しながら、ずっと使い続けているのです。 -
地下2階から乗った方が昔の雰囲気が判る、との事で、B2Fまで移動してここからエレベーターに乗ってみます。
-
ガラスの はまった扉の向こうにエレベーターが来るのを待ちます。
上の表示板のデザインもレトロですばらしい。 -
エレベーターガールのお姉さんが手動で操作するのは 昔と変わらず。
ボタンとハンドルのある操作盤を動かして、案内はライブですからね〜。
「上へまいりま〜す。ご利用階をお知らせ下さいませ〜」 -
カゴ内の扉は真鍮製の蛇腹扉。
これはかっこいいですね〜。
これに乗れるだけで、「百貨店良し!」って感じです。
ピカピカなのは、カゴ内にある手すりも同様。毎朝、開店前に磨かれるからだって。
地下2階から乗ったのは、写真を撮る私たちの為だと思う。
敷田さんは、ごくごく自然にそんな配慮してくださったのだと思います。 -
屋上へ到着。
屋上には グリーンショップ、ガーデン雑貨、庭園とカフェがあります。
今日は、天気が悪いけど、屋根のある場所の屋外チェアには、何人もの人が居ましたよ。
ひざ掛けがワゴンに置いてあって、借りる事もできます。
噴水は、建物が出来た当初からずっとあるものだって。 -
エレベーター前の屋上への扉前の廊下は こんな折上げ天井に お寺みたいな大理石の梁。
どこまでも格式を感じさせる内装なんですね。 -
飾り枠の入った大きなガラスは、とても素敵。
火災予防法上 今は、鉄線の入ったガラスでないとダメらしいですが、
一部、 貴重な昔の手すきガラスの入った窓があります。
この画像だと判らないけど、景色が波打って見える、レトロ建築ヲタには 感激のガラス越し風景が拝めるのです。 -
雨だけど、ちょっと屋上に出てみます。
丸い屋根は、従業員用のエレベーターの機械室の上だそうです。
屋上で飼われ、子供たちに大人気だった
象の高子をモチーフに作られた塔屋だそうです。
屋上には 台数は少ないなから、駐車場もあり、屋上駐車場は、日本初だったんだって。 -
象の高子は 昭和25年に来日。タイに出張していた高島屋社員によって、小象が、高島屋に来る事になったものです。
高子は、タイから船で、下関まで来て、そこからは列車に乗せられ汐留駅まで。
銀座をパレードしながら、高島屋まで運ばれ、最後は屋上までクレーンで吊り上げられました。
子供を背中に乗せたり、沢山の芸も仕込まれ大人気でした。
屋上についた時は8ヶ月の小象。体重は500kgちょっとだったとか。
それが、どんどん大きくなり、このままでは屋上で飼う事はできないと・・・。
体重は来た時の倍、1トンを超えていたそうです。
さて、では どうやって高子を下に降ろしたの???
エレベーターには入れない。もうクレーンでは降ろせない・・・。
なんと、高子は階段を使って、自力で屋上から降ろされたのです。
当時は、まだまだ着物のお客さんの多い時代。
館内には、今の基準より蹴上げの低い、傾斜の緩い階段があるのです。
その階段を使って、飼育員さんが降ろしたのだそうです。
途中で暴れて、ショーケースを壊した・・・という話も後で、見つけました。
高子は昭和29年上野動物園に移動し、その後、多摩動物園で余生を過ごしたそうです。
見せて頂いた、高子の写真は、当時飼育員さんだった方のご家族から提供された貴重なお写真のコピーでした。
子供を背中に乗せてポーズを取る高子。屋上の様子が 今で言う、パノラマ写真のように横長でプリントされたものは、どうやって撮ったのだろう??と不思議に思いましたよ。 -
屋上階の廊下にある両面から見る事のできるアクリルの時計。
館内 各所に設置されていたものです。
だんだんに、撤去され 今はもうこの1台しか残っていないそうです。
時間はちゃんとあっていましたよ。 -
ほぼ、館内見学を終えて、最後に1階までエレベーターで降り 東郷青児デザインの扉絵を見ます。
たっぷり1時間以上、説明を聞きながら楽しく館内を見せて頂きました。
ここで、敷田さんとはお別れです。ありがとうござました〜。楽しかった〜。 -
お昼も過ぎたので、今日は、特別食堂でランチする事にします。
特別食堂に入ると、受付で名前と人数を言って、待合室で順番を待ちます。
平日で、天気も悪い今日ですが、およそ25分待ち。
クロークにコートを預け、メニューブックを見て、おしゃべりして待ちます。
今日は、4人共、帝国ホテルのミックスグリルのセット。
スープは3種類から選べ、ライスかパン。パンは無くなるとおかわりを聞いてくれます。
次にサラダが来て、メインは 野菜と小さ目のビーフ、チキン、ベーコン巻きハンバーグ、ソーセージのグリル。デザートはオレンジムースとフルーツ。コーヒーか紅茶。コーヒーはおかわりもできます。
食堂内は撮影禁止なので、残念ながら写真はありません〜。
お値段は4000円でお釣りが数円だったと思う。おいしかったし、お腹もいっぱい。
一人で来られている奥様もわりと居ましたね。 -
食後は売り場を見ながら1階まで戻って。
本当に豪華な天井です。
今、ついているシャンデリアは、行灯をデザインしたようなデザインだと思うのです。元々のシャンデリアは金属供出で失われていますが、村野藤吾は、増築時にシャンデリアを東洋趣味に作り変えたのでしょう。
照明は 2階の吹き抜けの天井にありますから、かなり高い場所。
昔は蛍光灯が使われていました。その頃の電球交換は、足場を組んで、交換しなければならず、電球が切れた都度ではなく、定期的に全ての蛍光灯を新しく替えていたそうです。
東日本大震災以降 節電意識もあり、今は、館内全ての照明はLEDに交換されているので、年に1回、2年に1回のような定期的な交換はしなくて良くなったそうです。
LEDへの交換代は何千万だか億単位にもなったようですが、長い目で見れば、良しと言う所でしょうね。 -
エレベーターの並んだ前、2階バルコニー下の天井は、カーブが連続した素敵な空間。
-
3つ並んだ、円形のバルコニーも素敵です。
大理石の所の釘隠しデザインは良いアクセントになっています。
そういえば、これは、敷田さんに聞いたのではなく、別情報ですが、
国指定の重要文化財となると、固定資産税が免除になる 特典(?)があるのだそうです。
日本橋高島屋の場合、2億円位の固定資産税があるらしく、それが免除となれば、重文としての建物維持費より結果お得になるらしい・・・。
あれ?これ書いちゃってよかったのかな??
重文指定がされる前に日本生命から所有が移っていますけど、
ニッセイ的には、「しもた〜〜」とかないのでしょうかね??下衆な勘ぐり・・・。 -
高島屋を見終えて、食事をし 店内で買い物を と工芸品やキッチン用品を見ました。
さすが、「逸品」と言った上質なものがいっぱい。
南部鉄器のティーポットを探している友人は、熱心に見ていましたが、ここには気に入った品がありませんでした。
天気も良くないので、無理にあちこち歩かず、後は三越の建物にでも行ってみよう、という事に。
雨の日本橋を渡ります。 -
日本橋の脇には、
野村證券本社ビル 昭和2年(1930)安井武雄設計
今日は、時間も無いので、橋のたもとからの外観のみをちらっと見ただけです。
しかし、このビルを含めた一帯も再開発の予定があります。
野村本社ビルは、外観を保存しつつ、美術館などが入る高層ビルに建替えられるようで、一部は解体だとか・・・。
これから東京オリンピック開催までに、こういった再開発がどんどん進められるのでしょうね。
都内のレトロビルをしっかり見ておくのは今のうちだと、なんだかあせりを感じましたね。 -
日本橋 明治44年(1911)米本晋一設計 装飾製作 渡辺長男
国指定重要文化財
初代の木造橋は 慶長8年(1603)にかけられ、翌年五街道の起点となる。
現在の石橋は、19か20代目と言われている。
一番手前には獅子の像。獅子は左右で阿吽となっていて、狛犬のような守護を表しているものです。
獅子が足で抑えているのは、東京都の紋章 -
重厚な照明塔 しかし、上の首都高が邪魔です。
誰が見ても、ここに高速道路をかけちゃったのは 景観的には間違いだと思うのですが、
なんで、こうしちゃったんだろうねぇ。
都市計画のセンスのないお役人が決めちゃったのかなぁ?? -
大きな照明塔には麒麟像。
青銅製のこれらの装飾は日本の道の起点である日本橋の威厳を感じさせます。 -
彫刻の麒麟部分。
麒麟は反映を表し、
日本橋が日本の道路の起点であり 日本橋から飛び立つ、イメージとして、元々は麒麟には無い羽が加えられています。
ドラゴンのような迫力です。 -
首都高、上下線の間にある麒麟像の照明塔はこんな状態。
やっぱり、高速道路、いつか、移動して欲しい。 -
雨が降っているので、日本橋を渡った所で地下に入り、地下鉄の通路から三越内へ入ります。
なので、本館の外観は見ずに・・・これは新館建物です。 -
やはり、一番先に本館のホールを見なければ。
日本橋三越本店 本館 大正3年(1914)増築昭和2年(1927)東京都選定歴史的建造物
横河民輔設計
1階中央ホールの天女像は「まごころ」をシンボリックに表現した「まごころ像」とも言われ、佐藤玄々により10年の歳月をかけて作られたものです。昭和35年(1960)製作 -
天井きれいですね〜。
大正3年(1914)の建設時から中央ホールのある造りで、採光天井はその時から採用されていましたが、
現在の形になったのは、昭和10年(1935)の増築改修で。
ステンドグラスの美しいドーム天井。 -
天井のアーチ下に並ぶ組子細工のような窓が超〜気になります。
三越の意匠にも和を感じる物があり、和洋折衷だと思うのです。 -
照明の飾りもきれいです。
こちらも高島屋同様、大理石をふんだんに使った、豪華な内装。 -
三越は、1〜5階までの吹き抜けの大ホール。
まりも母は、高島屋より三越の方が 馴染みがあって、この大空間を見て、子供心に「このデパートって日本一のお店なんだ」と思ったものです。(すまん高島屋) -
3階のホールが見える通路では、NHKの朝ドラ 「あさが来た」の衣装や小物が展示されたスペースがありました。
ショーケース内には古いかんざしと櫛もあり、ドラマではアンティークの物が小道具として使われていたみたいですね。 -
上の階に上がって、気になる組子っぽい飾りを見てみました。
材質が金属なのか木製なのかは判りませんでしたが、
素敵ですね。 -
何種類ものちがった飾りがはまった高窓。
-
廊下の上に見える飾りも卍くずしの文様が。
東洋趣味はここにもありました。 -
5階から見下ろすホール。
天女像の後ろ、2階にはパイプオルガン。
昭和5年(1930)アメリカ製のものを購入。
7階のギャラリーから昭和10年(1935)に移され、今でも、金曜日〜日曜日は1日3回生演奏が行われるそうです。 -
店内の商品を見て、買い物もしながら1階まで降りました。
友人、こちらで、欲しかった南部鉄器のティーポットも購入(すまん高島屋)
売り場の照明や大理石の柱、その上にある装飾は、アールデコ様式のものが多く、
アールデコ大好きな まりも母には、かなりの見ごたえがあります。
金色の飾り部分も美しいのですが〜
写真だと良く撮れなかったけど、ガラス部分にも透かし模様が入っているのです。 -
こちらには、ゴ〜ジャスなシャンデリアがいくつも!
素敵ですねぇ〜。
店内でバシバシ写真を撮るのは、かなりためらわれるものではありますが、
今日は、高島屋でガイド付き見学をしてきた後なので、その流れで〜(そんな事三越さんには全く関係ないが・・・)上の方にカメラを向けて、「いかにも建物を撮ってますよ〜」的に撮影しちゃいました。まぁお店の方もそういう見学者多いのか、「お客様・・・」とか言われなかったのはよかった。
他のお客様や商品が写らないようには気をつけました。 -
柱の上の飾りもアールデコな感じで。
-
天井、いちいちきれいです。天井萌えの私は、ここでも大満足。
-
奥までずっと続く、大理石の柱とその上のアールデコな照明が、格を感じます。
-
三越の建物もかなり見ごたえのあるものですが、
高島屋が重要文化財で、三越はなぜ、登録されていない??
やはり、増改築で建築当初にはあった塔屋が撤去されているなど、外観の変更が影響しているそうです。だけど、充分見ごたえのあるすばらしい建物。(あ。外からはまだ良く見ていないけど) -
大理石の柱の角には彫刻も。
結構細かい彫り物が入っていますよ。 -
せっかくですから、ライオン口から出て、名物のライオン像を見ます。
左右に 一体づつ。
大正3年(1914)に設置されました。
ロンドンのトラファルガー広場のライオン像がモデルだとか、ライオンにまたがると受験に合格するなど有名な話が色々あるライオン像です。 -
ライオン口の百貨店入り口。
ここも豪華な装飾がいっぱい。
三越隣には三井本館の重要文化財の建物もあり、そっちも見たい所ですが、今日はのんびり2つのデパートを見たので、もうすっかり夕方に。
この後は、コレド室町に行って、お買い物。
時間をかけてゆっくりのんびり楽しんだ一日。
見どころのある日本橋界隈は改めて、歩きに来たいと思います。
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