2015/12/21 - 2015/12/21
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kojikojiさん
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宝物館の見学の後は入り口を挟んで反対側の入り口からレジデンツの見学に移ります。音声ガイドもそれぞれ違うので宝物館のものを返して、レジデンツのものを借りるのですが、全部聞いていたら時間が足りなくなりそうなので借りずに入りました。でも途中で説明を聞きたい場面もあったのでちょっと失敗したなと思いました。最初のホールを過ぎると右に矢印があり、扉を開けるとグロッタがありました。これを見た瞬間に澁澤龍彦モードにスイッチが入ってしまいました。すぐに思い出したのは「ヨーロッパの乳房」の「狂王の城」でルードヴィッヒ2世について書いていたことです。また同著の「洞窟について」でこのグロッタについて何か書いていただろうかということです。フィレンツェのピッティ宮殿とマジョーレ湖のイゾラ・ベラの宮殿の部屋についてはすぐに思い出せましたが…。帰国後に読み返してみましたがここについては何も記載がありませんでした。澁澤龍彦はここへは訪れていないのかもしれません。続く緻密な装飾が施された奥行き69メートルもある大ホール「アンティクヴァリウム」も素晴らしかったです。写真や4トラの旅行記で存在は知っていましたが、生で見る迫力にはかなわないと思いました。その後も部屋が果てしなく続いているようで迷宮に迷い込んだようです。観光客はそれなりにいたのですが、あまりに広いので散逸してしまうと妻と2人だけになってしまう時間も多々ありました。あまりの部屋数に途中飽きてくることもあるのですが、そうすると伊万里などの陶器コレクションが出てきたり、うまい具合にできているなと思わせました。途中ロングコースとショートコースに分かれますが、あまりに面白いので迷わずロングコースに進みました。結果速足で見学したつもりでしたが2時間以上宮殿を彷徨っていました。たった1日の自由時間でしたので、見学できるところも限られていたのですがこのレジデンツを選んでよかったと思いました。昔読んだ森鴎外の「うたたかの記」はミュンヘンが舞台だったことと花売り娘のマリイ・ハンスルを思い出しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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最初のホールを過ぎると順路が右側にそれます。後で分かりましたが正面の通路からまた戻ってくるルートになっているようです。矢印の先には扉があり一瞬こっちで良いのかと思いますが、中庭のような場所に出て正面にこのグロッタがありました。グロテスクの語源でもあるグロッタ(洞窟)には非常に思いれがあり、初めてイタリアとスイスとオーストリアを2か月かけて旅行した際も、澁澤龍彦の「ヨーロッパの乳房」を読んで行き先を決めたほどでした。
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特にフィレンツェのピッティ宮殿の庭園への入り口にあるグロッタやローマ北方のヴィテルボ郊外のボマルツォ、ミラノからスイスへ移動する前に行ったストレーザのマジョーレ湖に浮かぶイゾラ・ベッラの竜宮城が頭に浮かびます。その後の旅でもグロテスクなものを探すのは旅の1つのポイントでありました。水盤の置かれた鍾乳石のような部分は粘土である程度の形を造ってその場で焼成するはずですが、この場所で焼いたのか焼いた物を持ってきたにしては大きいななどと考えてしまいました。
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金メッキされた像はギリシャ神話のマーキュリー(ヘルメス)で、天空を駆ける様な姿です。壁際の2人はムーア人のような姿です。細かい石や貝殻で良く表現されていると思います。中央に掲げられるのはバイエルンの紋章のようです。
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柱を支える花を携えた女性像は郵便配達夫シュバルの理想宮を思い出させました。もしかすると彼は誰かが出したこのグロットの絵葉書を見たのかもしれないなんて想像を膨らませて1人笑ってしまいました。このグロッタは第2次世界大戦の爆撃で損傷を受けましたが、バイエルンの人たちの寄付によって修復されたそうです。
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ガラス張りでありながら半分表のようなグロットから建物の中に戻ると緻密な装飾が施された奥行き69メートルもある大ホール「アンティクヴァリウム」に出ました。このエリアは宮殿の中でも16世紀のアルプレヒト5世の時代に建造され、現存するレジデンツの中でも最も古い部分だそうです。
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イチオシ
ルネサンス様式の美しい半円天井には色鮮やかで美しいフレスコ画が幾つも描かれています。さらにアンティクヴァリウムの側面には、アルプレヒト5世のコレクションだった古代の彫像が並んでいます。
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この部屋はアルプス山脈の北側でで最も大きくて最も贅沢なルネッサンスの内装と言われるそうです。アルブレヒト5世は彼の彫刻コレクションのために1568年から1571年までに造り上げさせました。
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色大理石で精工に造られた立体的なヴィッテルスバッハ家の紋章が見事です。
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ここに置かれた彫刻は古代のオリジナルとルネッサンス時代のコピーが含まれています。 いくつかはアルブレヒト5世のコレクションですが、残りは17世紀から18世紀に加えられたものだそうです。
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1581年から1600年にかけてアルブレヒト5世の息子で後継者のマキシミリアン1世はこの部屋を宴会ホールに改装します。床を低くしたり手すりで壇を築いたり暖炉を設けます。壁と天井絵もリモデリングされることになり、ミュンヘンの宮廷画家ピーター・カンディドの作品は女性の姿で名声と美徳を寓意しています。
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1つ1つ読み解いていたら日本に帰れなくなりそうです。時間を掛けらないのが残念ですが先を急ぎます。
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黒いホール(展望ルーム)
ウィルヘルム7世の統治時代の1623年に黒い大理石の正面入り口を設けたので黒いホールと呼ばれたそうですが、天井画のデザインから展望ルームとも呼ばれるそうです。天井画はトロンプ・ルイユ(騙し絵)になっていますが、平面なのは一目瞭然です。遠近法がきちんと機能するのは部屋の中央のシャンデリアの下から眺めるときだけです。 -
ウィッテルスバッハ家の東洋コレクションは、500以上の陶器と若干の漆器から成るそうです。 展示されている大部分はマキシミリアン・エマニュエルによって1700年ごろにコレクションされました。明王朝時代に中国で造られた陶器をヨーロッパに持ち込んで時計をつけたり装飾を施したようです。
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象も当時としては珍しかったと思うので、エキゾチックなものだったのでしょうね。
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明(1386-1644)から清朝(1644-1911)に移行する動乱の間に中国から輸出が困難な時期がありました。そこで欧州の貿易商は日本の方へ目を向けられ、日本の磁器は1600年ころから輸出されるようになります。
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1700年頃の有田や伊万里の磁器は特に人気があって、伊万里の港から輸出されました。柿右衛門の磁器の青華の青と色絵の赤と金の贅沢な装飾はバロック時代にマッチしたこともあり欧州の王侯の間でもてはやされました。
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こうやってドイツの博物館で日本の磁器を眺めると日本人として誇らしく思えます。
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中国の康熙年製の西湖十景を描いた色絵沈香壺(1662年から1722年)
杭州の西湖には何度も行って十景を1つ1つ見て回ったことがあるので懐かしく思いました。 -
一対の小さな壺の上の花の装飾はヨーロッパで造られた物でしょうか。
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一番ほっとしたのはこの小さな部屋ですね。中央のニッチ(壁龕)に置かれた陶器製の暖炉もかわいらしいです。大きな部屋はどうも落ち着きません。
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ベッドと椅子とコンソールテーブルは1781年頃にカール2世によってパリで注文されたそうです。元々はホンブルグ近くのカールスベルグ宮殿で使う物だったそうです。
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天蓋や各部屋に置かれた陶器製の暖炉が冬のミュンヘンの寒さを感じさせます。陶器製の暖炉は表側に扉が付いていないという事は壁の裏側で使用人が操作するのでしょうね。ヨーロッパの宮殿には表から見えない使用人の廊下があるのではと感じさせます。
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音楽室
この辺りの部屋はずいぶん新しいと思ったら第2次世界大戦時の爆撃で破壊された物を直したようです。置かれている家具はバイエルン国王と家族が所有していた家具が置かれてあります。それらの家具は王族がどのように19世紀前半に生活していたかを想像させてくれます。 -
戦争の場面のタペストリーは迫力がありました。このタペストリーもヨーロッパの寒い地方に多く見られますよね。壁面からの冷気を遮断できるのだと思います。「アンティクヴァリウム」の天井画を描いたピーター・カンディドはデューク・マクシミリアンによって設立されたタペストリー工房のデザイナーでもあり、これらのタペストリーのカルトンも描いています。
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この家具は素晴らしかったです。ガラスで覆われているのが残念でした。
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正義の部屋
法律と正義の寓意を表している天井画からこの部屋の名前になったそうです。
宮殿だった時代には謁見室として使われました。 -
助言の部屋
この部屋も天井画の寓意から部屋の名前が摂られています。17世紀には食堂として使われました。 -
皇帝の階段
ゆるやかなステップと見事に飾られた階段です。壁のニッチ(壁龕)の彫刻はバイエルンの歴史(ウィッテルスバッハ家の)を表しています。階下には降りることは出来ませんのでそのまま皇帝のホールへ進みます。 -
皇帝のホール
17世紀前半にマキシミリアン1世により皇帝のホールが造られたとき、レジデンツの最も大きくて最も重要な部屋でした。 天井には画家ピーター・カンディドとその工房の手による絵画がはめ込まれています。絵は美徳について3つの主要なイメージを表しているそうです。オリジナルは1944年に爆撃により破壊され再現されたそうです。 -
大理石の種類の違う石を象嵌した見事な枠に、扉まで象嵌された見事な扉です。ドイツというよりイタリアのルネサンス様式を感じさせるデザインです。
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この部屋は石の部屋の上部に位置していて、皇帝がレジデンツに滞在した時に食事をとったところです。位の高いメンバーが一緒に食事することもあったそうです。 1614年に造られた部屋の天井画にはアポロンが乗る4頭立ての二輪戦車が描かれています。中央に描かれた太陽の周りには6つの惑星が描かれ、惑星は古代の神の象徴なのでこの部屋が神の保護を享受していることを意味しています。天井画はフランドルの画家パオロ・フィアミンゴによって描かれました。
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タイタン族に支えられた大きな銀製の時計が鈍い輝きを放っています。
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石の部屋で最も重要ものはウィッテルスバッハ家のオットーの英雄的な行為を表している10枚のタペストリーのシリーズです。マキシミリアン1世によって発注されたタペストリーは宮廷画家のピーター・カンディッドによって下絵が描かれ、オランダのタペストリー織工のハンス・ファン・デル・ビーストによって1604年から1611年にかけて織られました。
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マキシミリアン1世は300以上のタペストリーを所有しましたが、その貴重な材料や主題とその芸術的な品質からオットーのタペストリーシリーズは宮廷の所有リストの常に最初に書かれました。
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アグネス・フォン・ルーンとの婚礼のシーンでしょうか。細かい説明文が無いので詳細は分かりません。
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イチオシ
見事なタペストリーです。
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紋章も見事なデザインで飾られています。
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季節の部屋
4つの季節を女性像によって表しています。 -
一体部屋は全部で幾つあるのか、この先に幾つ続いているのか…。迷路に迷い込んだ気分になってきました。
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聖遺物
聖者の骨だけでなく関連した物は神聖な遺物として崇拝されました。レジデンツの聖遺物のコレクションは、反宗教改革の頃に集められたそうです。1577年に法王はウィルヘルム5世に対し遺物を得る許可を与えました。 ウィルヘルムの息子マキシミリアン1世はコレクションを拡大して聖遺物箱を収納しました 。ライヘ宮廷礼拝堂に置かれ、宮殿で最も価値ある宝と考えられていました。 -
何となく形から分かると思いますが頭蓋骨の一部です。下あごが無い状態と言えば想像できるでしょうか。
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宮廷礼拝堂は17世紀の初期にマキシミリアン1世によってレジデンツの大規模なリモデリングと拡大の一部として設けられました。 クワイア(祭壇のあるサンクチュアリと身廊の間)は1630年まで完成されませんでした。マキシミリアンは毎日この礼拝堂でのミサに出席したそうです。 ヴェルサイユ宮殿の礼拝堂と同じく、王と王の家族が上階からミサに参列する時に家臣は下の階に参列したそうです。またこの礼拝堂は無原罪懐胎説の聖母マリアに捧げられています。 聖母マリアはウィッテルスバッハ家とバイエルンの守護聖人だったので、主祭壇(H・クルンパーによって設計)は聖母マリアが描かれています。主な絵は1600年にハンス・ウェールによって作成され、天使に囲まれる雲の中に即位する聖母マリアを表し、上の絵は三位一体を表します。
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ライヘ宮廷礼拝堂
この礼拝堂は1607年に造られましたが、マキシミリアン1世と彼の妻の個人的な礼拝堂でした。聖遺物の貴重なコレクションが保管されたのもここではありました。その一部は宝物館にも収蔵されています。 -
イチオシ
その特別な重要性により礼拝堂は家具を設え、 床は色のついた大理石と他の価値ある石を用いてます。ラピスラズリに似た青と金メッキされたレリーフで天井は覆われています。 イニシャルMとここに表示されるEは、マキシミリアンとエリザベスを表します。 壁は大理石のように見えるように磨かれた色のついた化粧漆喰パネルで覆われています。
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こういった装飾の無い廊下に差し掛かると逆にホッとします。
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謁見室の虚勢を張るような天蓋とポツンと置かれた椅子の対比が面白いです。
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天井の化粧漆喰はJ・B・ツィンメルマンによって製作されました。
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緑のギャラリー
建築家はフランソア・キュビエでした。当初ギャラリーの南側へ直角に走っている部屋もありましたが、国王が1826年に改装した際に取り払われました。 -
天井フレスコ画は1944年に破壊されたのでオリジナルではありません。このギャラリーは宮廷祝賀のための会場でした。名前の由来は緑色のダマスク織りの壁面のクロスから来ています。
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イチオシ
緑のギャラリー
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祖先画ギャラリー
ヴィッテルスバッハ家が支配を始める前のバイエルン地方を治めていた貴族の肖像も含め121人のヴィッテルスバッハ家当主とその一族の肖像画が壁にずらりと並んでいます。 -
イチオシ
祖先画ギャラリー
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祖先画ギャラリー
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祖先画ギャラリー
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壁一面に小さな絵画が嵌め込まれた部屋の精緻な造りが見事でした。宮殿の見学はここで終わり、美術館のコーナーに移ります。
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4人の中国人のうちの一体。1759年から1762年フランケンタール窯製。
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ポンパドール夫人が所有していた筆記用具です。1760年のセーブルで製作された物ですからインク壺になっているのでしょう。
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サイの時計はまるでデューラーの描いた銅版画のようです。1765年から1770年の製作ですからこの頃にはヨーロッパにサイは輸入されていたと思われます。1579年までヨーロッパの人はサイの形を知りませんでした。こちらもフランケンタール窯製です。
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中国風の家と中国人の置物も1770年から1775年にフランケンタール窯で焼かれたものです。
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この当時のヨーロッパの人が想像した中国の文化が想像できて面白いです。
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Toilette der Venus…、ヴィーナスのトイレって…。
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タイトルに目が行ってしまいましたがこれが一番精緻で素晴らしい作品でした。こちらもフランケンタール窯で造られたものです。こいうった美術品がたまに置かれているので飽きずに見学できます。部屋だけだとあまりに数が多くて疲れてしまいます。
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こちらも中国の家と中国人というタイトルがつけられています。磁器の中国人は18世紀に流行した題材でした。
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中国から伝わった染付の磁器のイメージを立体化してしまったような気がします。
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花瓶の鳥のフィギュアもまるで生きているようです。
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中国趣味の置時計も素晴らしいです。個人的にはこれが一番気に入りました。
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一対の孔雀と背に乗った女性と時計の上で笑っているのはフューチャーブッダと呼ばれる弥勒菩薩でしょうか。
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鹿の背に乗った僧侶は一対になっていました。これは道教の影響を感じさせます。
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これも面白いです。まるでイソップ童話か何かの寓意の場面でしょうか。
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フラワーボックス。
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精緻な造形と美しい色に驚かされます。横浜焼きの真葛香山などがヨーロッパで人気があったことがうかがえます。
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イチオシ
アンティクヴァリウムと並ぶレジデンツの見どころのひとつは王家の祖先のギャラリーです。ウィッテルスバッハ家の歴代の肖像画が飾られている回廊で、その数なんと約121枚以上だそうです。
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延々と肖像画が連なります。ウィッテルバッハ家についてはあまり詳しくないので1人1人は見ていきませんでした。ここまでたどり着くの宝物館に入ってから3時間近く経ってます。
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ウィッテルスバッハ家の系譜を描いた樹でしょうか。
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先祖のギャラリー
1726年にカール・アルブレヒトは彼の宮廷建築家J・エフナーに先祖のギャラリーを設計するよう指示します。内装の設計と金で仕上げたレリーフや化粧漆喰など専門の担当者がいたそうです。ウィッテルスバッハ家のメンバーの120枚以上の肖像は、ギャラリーの金で装飾されたフレームの中に収められているので部屋と一体になった印象を受けます。 -
王冠を被り宝剣と宝珠を持つ姿は戴冠式の姿でしょうか。金羊毛騎士団(ゴールデン・フリース)の首飾りも読み取れます。明治天皇以降の今生天皇も受賞していますね。
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入り口に置かれたこの像に非常に惹かれました。何でだろうと後で考えてみると、釈迦如来の眷属の八部衆に似ているのだと気づきました。奈良の興福寺に収められている五部浄(ごぶじょう)と乾闥婆(けんだつば)です。
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3時間くらいの駆け足の見学でしたが、制限のあるツアー旅の中で唯一自由に時間が使えたので大満足のレジデンツ見学でした。でも美術館はどこも見ていないし、ミュンヘンにはもう一度来なければならないなと実感しました。
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