フィレンツェ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
フィレンツェで外せないのがチェントロ地区。<br />ドゥオーモ・洗礼堂・ヴェッキオ宮殿です。<br />ちょっとボケた写真もありますがご容赦を。<br /><br />追記<br />2016年にも行ったので、一部写真を入れ替えました。

2015年 祝 イタリア美術館写真撮影解禁 フィレンツェ ドゥオーモ・洗礼堂・ヴェッキオ宮殿 追記 2016年秋の写真を追加しました

75いいね!

2015/07/27 - 2015/08/02

117位(同エリア3873件中)

旅行記グループ 中部イタリア旅行

2

120

ken-ken

ken-kenさん

フィレンツェで外せないのがチェントロ地区。
ドゥオーモ・洗礼堂・ヴェッキオ宮殿です。
ちょっとボケた写真もありますがご容赦を。

追記
2016年にも行ったので、一部写真を入れ替えました。

  • まずはフィレンツェの要、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂です。<br /><br />この建物をサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂と言うのかと思いましたが、実はこの建物(ドゥオーモ)とそのそばのジョットの鐘楼、洗礼堂の3つの建築物を称して呼ぶそうです。<br /><br />クーポラの設計はブルネッレスキ。<br />もともとは彫刻家で洗礼堂の門の浮彫のコンクールに出品しています。(「イサクの犠牲」です)<br />その時にギベルティに最終選考で敗れ、建築の勉強を始めました。<br /><br />このクーポラの建築工事にはギベルティも参加しています。<br />その時ブルネッレスキはコンクールの時の恨みもあってか、仮病を使って工事を休み、建築知識のなかったギベルティに大失敗させたといいます。<br />おかげでギベルティはパートタイムに降格。<br />ブルネッレスキが年棒100フィオリーノ(1フィオリーノはおよそ10万円)だったの対し、ギベルティの年棒は3フィオリーノだったと言われています。

    イチオシ

    まずはフィレンツェの要、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂です。

    この建物をサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂と言うのかと思いましたが、実はこの建物(ドゥオーモ)とそのそばのジョットの鐘楼、洗礼堂の3つの建築物を称して呼ぶそうです。

    クーポラの設計はブルネッレスキ。
    もともとは彫刻家で洗礼堂の門の浮彫のコンクールに出品しています。(「イサクの犠牲」です)
    その時にギベルティに最終選考で敗れ、建築の勉強を始めました。

    このクーポラの建築工事にはギベルティも参加しています。
    その時ブルネッレスキはコンクールの時の恨みもあってか、仮病を使って工事を休み、建築知識のなかったギベルティに大失敗させたといいます。
    おかげでギベルティはパートタイムに降格。
    ブルネッレスキが年棒100フィオリーノ(1フィオリーノはおよそ10万円)だったの対し、ギベルティの年棒は3フィオリーノだったと言われています。

  • ドゥオーモとジョットの鐘楼です。<br /><br />ミケランジェロは先輩たちに敬意を表してか、<br />ギベルティの作った洗礼堂の門を「天国の門」<br />ブルネッレスキのクーポラを「自分の設計したサン・ピエトロ寺院のクーポラもブルネッレスキのクーポラにはかなわない」<br />と称賛しました。<br /><br />ドゥオーモは修復がほぼ終わりましたが、洗礼堂は修復真っ最中で、カバーが掛かっています。

    ドゥオーモとジョットの鐘楼です。

    ミケランジェロは先輩たちに敬意を表してか、
    ギベルティの作った洗礼堂の門を「天国の門」
    ブルネッレスキのクーポラを「自分の設計したサン・ピエトロ寺院のクーポラもブルネッレスキのクーポラにはかなわない」
    と称賛しました。

    ドゥオーモは修復がほぼ終わりましたが、洗礼堂は修復真っ最中で、カバーが掛かっています。

  • これはサンタ・マリア・ノヴェッラ教会のポナイウォート(アンドレア・ダ・フィレンツェ)の壁画。<br />1367年頃の作品です。<br /><br />この壁画の左側にまだ完成前だった大聖堂の完成予想図が描かれています。<br />クーポラが完成したのはこの画が描かれて70年ほどたった1434年です。(クーポラの上にあるランターンまで完成されたのはさらに30年ほど後の1461年)

    これはサンタ・マリア・ノヴェッラ教会のポナイウォート(アンドレア・ダ・フィレンツェ)の壁画。
    1367年頃の作品です。

    この壁画の左側にまだ完成前だった大聖堂の完成予想図が描かれています。
    クーポラが完成したのはこの画が描かれて70年ほどたった1434年です。(クーポラの上にあるランターンまで完成されたのはさらに30年ほど後の1461年)

  • ドゥオーモ外部の壁画です。<br /><br />ドゥオーモは無料と言うこともあって結構な行列が出来ています。<br />ここは神聖な場所なので、肩出し、膝出しは禁止です。<br />アジア人の人たちが肩や足を隠すショールを行列の中のタンクトップや短パンの人たちに売ろうとしていますが、大半が買っていませんでした。<br />大丈夫だろうとたかをくくっていたのでしょうが、入る段になって入場を拒否されていました。<br />

    ドゥオーモ外部の壁画です。

    ドゥオーモは無料と言うこともあって結構な行列が出来ています。
    ここは神聖な場所なので、肩出し、膝出しは禁止です。
    アジア人の人たちが肩や足を隠すショールを行列の中のタンクトップや短パンの人たちに売ろうとしていますが、大半が買っていませんでした。
    大丈夫だろうとたかをくくっていたのでしょうが、入る段になって入場を拒否されていました。

  • ドゥオーモの内部です。<br />あまり装飾物はありません。<br />塩野七生さんの「銀色のフィレンツェ」では、<br /><br />ヴェネチアのサンマルコ寺院は誰もいなくても美しいが、人でいっぱいになると息苦しい。<br />フィレンツェのドゥオーモは人が少ないとがらんどうだが、ミサで人が一杯になると美しい。<br />教会の内部が人で埋まることを計算して作られた建物なのだ。<br /><br />的なことが書いてありました。<br />

    ドゥオーモの内部です。
    あまり装飾物はありません。
    塩野七生さんの「銀色のフィレンツェ」では、

    ヴェネチアのサンマルコ寺院は誰もいなくても美しいが、人でいっぱいになると息苦しい。
    フィレンツェのドゥオーモは人が少ないとがらんどうだが、ミサで人が一杯になると美しい。
    教会の内部が人で埋まることを計算して作られた建物なのだ。

    的なことが書いてありました。

  • でも壁に多少の絵も飾られています。

    でも壁に多少の絵も飾られています。

  • ドゥオーモの壁に描かれたダンテの絵。

    ドゥオーモの壁に描かれたダンテの絵。

  • ドゥオーモで唯一華々しい装飾がクーポラを飾る天井画です。<br />ヴァザーリが描いた「最後の審判」です。<br /><br />天井画の写真はは2016年秋に行ったものです。

    イチオシ

    ドゥオーモで唯一華々しい装飾がクーポラを飾る天井画です。
    ヴァザーリが描いた「最後の審判」です。

    天井画の写真はは2016年秋に行ったものです。

  • こちらは2019年に行った時のもの。<br />カメラをさらにいいものにしました。

    こちらは2019年に行った時のもの。
    カメラをさらにいいものにしました。

  • 天井画のアップです。<br />キリストが最後の審判を行っています。

    天井画のアップです。
    キリストが最後の審判を行っています。

  • 天井画のアップです。<br />カメラを変えたおかげでひび割れまで映っています。<br />改めてカメラの凄さに驚きました。(しかもコンデジです。)

    天井画のアップです。
    カメラを変えたおかげでひび割れまで映っています。
    改めてカメラの凄さに驚きました。(しかもコンデジです。)

  • クーポラのアップです。

    クーポラのアップです。

  • フレスコ画のテーマは「最後の審判」<br /><br />なので最下層は地獄が描かれています。

    フレスコ画のテーマは「最後の審判」

    なので最下層は地獄が描かれています。

  • 地獄部分のアップです。

    地獄部分のアップです。

  • 1478年4月26日、こともあろうにこのドゥオーモのミサの最中にロレンツォ豪華王とその弟のジュリアーノ・メディチを亡きものにしようとした事件がパッツィ家の陰謀です。<br /><br />この逸話については塩野七生さんの「わが友マキアヴェッリ」に詳しいですが、なんと言っても藤本ひとみさんの小説「逆光のメディチ」(今は「ダ・ヴィンチの愛人」に改題)がめちゃくちゃ面白かったです。<br />実際はロレンツォ豪華王とシクトゥス4世の戦いなのですが、この小説は両方の裏に架空の人物の参謀がいると言うところが面白かったです。<br />その二人、ロレンツォ側のアントニーナとシクトゥス4世側のレオーネが非常に魅力的で、フィレンツェを歩いているとこの二人に出会えそうな気がしたくらいです。

    1478年4月26日、こともあろうにこのドゥオーモのミサの最中にロレンツォ豪華王とその弟のジュリアーノ・メディチを亡きものにしようとした事件がパッツィ家の陰謀です。

    この逸話については塩野七生さんの「わが友マキアヴェッリ」に詳しいですが、なんと言っても藤本ひとみさんの小説「逆光のメディチ」(今は「ダ・ヴィンチの愛人」に改題)がめちゃくちゃ面白かったです。
    実際はロレンツォ豪華王とシクトゥス4世の戦いなのですが、この小説は両方の裏に架空の人物の参謀がいると言うところが面白かったです。
    その二人、ロレンツォ側のアントニーナとシクトゥス4世側のレオーネが非常に魅力的で、フィレンツェを歩いているとこの二人に出会えそうな気がしたくらいです。

  • 暗殺者からロレンツォが命からがら逃げたのがこの聖具室です。<br /><br />その時にロレンツォを体をはってかばったのが詩人のポリツィアーノだったとか。<br /><br />パッツィ側とすれば、二人同時に殺さなければ、このクーデターは不完全なものになってしまいます。<br />なんとしてもロレンツォを殺したかったのでしょうが、この中に逃げ込まれては手も足も出ません。

    暗殺者からロレンツォが命からがら逃げたのがこの聖具室です。

    その時にロレンツォを体をはってかばったのが詩人のポリツィアーノだったとか。

    パッツィ側とすれば、二人同時に殺さなければ、このクーデターは不完全なものになってしまいます。
    なんとしてもロレンツォを殺したかったのでしょうが、この中に逃げ込まれては手も足も出ません。

  • パッツィ側は3つのグループに分かれていました。<br /><br />ひとつがドゥオーモでロレンツォたちを暗殺しようとしたグループ。<br />もうひとつは市民を先導して反メディチのシュプレヒコールを上げたグループ。<br />そして最後が政庁であるこのヴェッキオ宮を占領しようとしたグループ。<br /><br />ところがそのいずれも失敗に終わります。<br />神聖なミサ中に起こした暗殺と言うことが市民の反感を買ったようです。

    パッツィ側は3つのグループに分かれていました。

    ひとつがドゥオーモでロレンツォたちを暗殺しようとしたグループ。
    もうひとつは市民を先導して反メディチのシュプレヒコールを上げたグループ。
    そして最後が政庁であるこのヴェッキオ宮を占領しようとしたグループ。

    ところがそのいずれも失敗に終わります。
    神聖なミサ中に起こした暗殺と言うことが市民の反感を買ったようです。

  • そして暗殺に関連した全員がこの政庁(ヴェッキオ宮)の窓から首を吊るされることになってしまいます。<br /><br />ヴェッキオ宮の前の広場はシニョーリア広場と言ってフィレンツェの中でも一番観光客で賑わう場所ですが、後にサヴォナローラもこの広場で絞首刑の後、火刑にあってますし、かなり凄惨な場所と言えます。

    そして暗殺に関連した全員がこの政庁(ヴェッキオ宮)の窓から首を吊るされることになってしまいます。

    ヴェッキオ宮の前の広場はシニョーリア広場と言ってフィレンツェの中でも一番観光客で賑わう場所ですが、後にサヴォナローラもこの広場で絞首刑の後、火刑にあってますし、かなり凄惨な場所と言えます。

  • そのヴェッキオ宮の内部です。<br />シニョーリア広場に面した入口を入ると、内庭に出ます。

    そのヴェッキオ宮の内部です。
    シニョーリア広場に面した入口を入ると、内庭に出ます。

  • 非常にセンスのいい内庭です。<br />中心にヴェロッキオの彫刻「イルカを抱くキューピッド」があります。<br />ただしこれはコピーです。

    非常にセンスのいい内庭です。
    中心にヴェロッキオの彫刻「イルカを抱くキューピッド」があります。
    ただしこれはコピーです。

  • 回廊に施されたフレスコ画も素晴らしいです。

    回廊に施されたフレスコ画も素晴らしいです。

  • ヴェッキオ宮から見たダヴィデ像。

    ヴェッキオ宮から見たダヴィデ像。

  • 宮殿内部に入ります。<br /><br />まずは500人大広間です。<br />500人と言うだけあって非常に大きな部屋です。<br />天井画はヴァザーリが描いたそうです。

    宮殿内部に入ります。

    まずは500人大広間です。
    500人と言うだけあって非常に大きな部屋です。
    天井画はヴァザーリが描いたそうです。

  • 500人広間です。

    500人広間です。

  • そして壁の絵画もヴァザーリ作。<br /><br />けれども当初はミケランジェロとレオナルド・ダ・ヴィンチのフレスコ画の競作になるはずでした。<br /><br />片方にミケランジェロの「カッシーナの戦い」<br />片方にダ・ヴィンチの「アンギアーリの戦い」<br />が描かれるはずでした。<br /><br />ところがまずダ・ヴィンチは「最後の晩餐」がすぐ色落ちすると言う失敗した経験から新しい手法に挑戦しましたが、絵の具が流れ落ち色が混じり合うと言う技術的問題で挫折。<br />ミケランジェロも下絵を描いた段階で、教皇ユリウス2世にローマに呼びもどされて、そのままになってしまいました。(後にミケランジェロを妬んだ彫刻家バンディネッリにびりびりに破かれてしまいます)

    そして壁の絵画もヴァザーリ作。

    けれども当初はミケランジェロとレオナルド・ダ・ヴィンチのフレスコ画の競作になるはずでした。

    片方にミケランジェロの「カッシーナの戦い」
    片方にダ・ヴィンチの「アンギアーリの戦い」
    が描かれるはずでした。

    ところがまずダ・ヴィンチは「最後の晩餐」がすぐ色落ちすると言う失敗した経験から新しい手法に挑戦しましたが、絵の具が流れ落ち色が混じり合うと言う技術的問題で挫折。
    ミケランジェロも下絵を描いた段階で、教皇ユリウス2世にローマに呼びもどされて、そのままになってしまいました。(後にミケランジェロを妬んだ彫刻家バンディネッリにびりびりに破かれてしまいます)

  • ところが、2009年、このフレスコ画「マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い」の下に2~3センチの隙間があることが判明。<br />この下にダ・ヴィンチの「アンギアーリの戦い」のフレスコ画があるみたいです。<br /><br />でもそれから5年以上も経っているのに何の進展もないと言うことは、もしかしてダ・ヴィンチのフレスコ画、色落ちが激しいのかもしれません。<br />こんなんだったらヴァザーリの絵のままにしておいたほうがミステリアスで却っていいと考えているのかも・・・

    ところが、2009年、このフレスコ画「マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い」の下に2~3センチの隙間があることが判明。
    この下にダ・ヴィンチの「アンギアーリの戦い」のフレスコ画があるみたいです。

    でもそれから5年以上も経っているのに何の進展もないと言うことは、もしかしてダ・ヴィンチのフレスコ画、色落ちが激しいのかもしれません。
    こんなんだったらヴァザーリの絵のままにしておいたほうがミステリアスで却っていいと考えているのかも・・・

  • こちらにはシエナ攻略の絵が描かれています。<br />そのなかのひとつに「マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い」の絵が入っています。

    こちらにはシエナ攻略の絵が描かれています。
    そのなかのひとつに「マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い」の絵が入っています。

  • そしてこちらにはピサ攻略の絵が。

    そしてこちらにはピサ攻略の絵が。

  • シエナ攻略の絵です。

    シエナ攻略の絵です。

  • こちらはピサ攻略の絵です。

    こちらはピサ攻略の絵です。

  • 500人大広間の天井画です。

    500人大広間の天井画です。

  • 二階から見た500人大広間の天井画。

    二階から見た500人大広間の天井画。

  • 2階から見た500人大広間です。

    2階から見た500人大広間です。

  • そして階段を昇っていきます。<br /><br />階段にはいかにもルネサンス式の天井画が描かれています。

    そして階段を昇っていきます。

    階段にはいかにもルネサンス式の天井画が描かれています。

  • この階にレオ10世の部屋があります。<br />レオ10世はメディチ家の出身です。<br />彼が教皇になったおかげでメディチ家はフィレンツェの君主として返り咲くことが出来ました。

    この階にレオ10世の部屋があります。
    レオ10世はメディチ家の出身です。
    彼が教皇になったおかげでメディチ家はフィレンツェの君主として返り咲くことが出来ました。

  • レオ10世の間。<br />壁画がルネッサンス風でセンスがいいと思います。

    レオ10世の間。
    壁画がルネッサンス風でセンスがいいと思います。

  • レオ10世の間。

    レオ10世の間。

  • レオ10世の間の天井画。

    レオ10世の間の天井画。

  • やはりレオ10世の間の天井画です。

    やはりレオ10世の間の天井画です。

  • レオ10世の間。

    レオ10世の間。

  • レオ10世の間。<br />天井画の真ん中にロレンツォ豪華王が描かれています。<br />大勢の人間にかしずかれています。

    レオ10世の間。
    天井画の真ん中にロレンツォ豪華王が描かれています。
    大勢の人間にかしずかれています。

  • ロレンツォ豪華王のアップです。<br />ヴァザーリ画だと思います。<br />ただし描かれたのは息子のレオ10世もとうに亡くなった1556年。<br />コジモ一世の時代です。<br />御先祖を持ちあげてメディチの神格化を図ろうとした絵画ですね。<br />ロレンツォの存命中は市民感情を気にして、こんな王様風の絵を描くことはなかったのに・・・・<br />時折この画を見て誤解した人が、こんな絵を描かせたロレンツォはとんでもない俗物だと書いていらっしゃいます。<br />ロレンツォの名誉のために、この画が描かれたのはロレンツォの死後60年以上経っていることを声を大にして言いたいと思います。<br /><br />ただ王様風ではあるものの、酷く病的な顔立ちをしています。<br />顔は晩年の絵の模写なのでしょうね。

    ロレンツォ豪華王のアップです。
    ヴァザーリ画だと思います。
    ただし描かれたのは息子のレオ10世もとうに亡くなった1556年。
    コジモ一世の時代です。
    御先祖を持ちあげてメディチの神格化を図ろうとした絵画ですね。
    ロレンツォの存命中は市民感情を気にして、こんな王様風の絵を描くことはなかったのに・・・・
    時折この画を見て誤解した人が、こんな絵を描かせたロレンツォはとんでもない俗物だと書いていらっしゃいます。
    ロレンツォの名誉のために、この画が描かれたのはロレンツォの死後60年以上経っていることを声を大にして言いたいと思います。

    ただ王様風ではあるものの、酷く病的な顔立ちをしています。
    顔は晩年の絵の模写なのでしょうね。

  • コジモ一世の収集部屋。<br />こちらにコジモ一世の集めた貴重な宝物があったようです。

    コジモ一世の収集部屋。
    こちらにコジモ一世の集めた貴重な宝物があったようです。

  • ヴェッキオ宮のテラスから見たフィレンツェ市街。<br />テラスの天井にも美しい絵が描かれています。

    ヴェッキオ宮のテラスから見たフィレンツェ市街。
    テラスの天井にも美しい絵が描かれています。

  • テラスの天井画。<br />雨風に吹きさらされている場所なのに、贅沢に装飾されています。

    テラスの天井画。
    雨風に吹きさらされている場所なのに、贅沢に装飾されています。

  • ヴェロッキオ作イルカを抱くキューピッドのオリジナルが展示されています。

    ヴェロッキオ作イルカを抱くキューピッドのオリジナルが展示されています。

  • 4大元素の間のフレスコ画。<br />ヴァザーリが描きました。<br />ヴィーナスの誕生が描かれています。

    4大元素の間のフレスコ画。
    ヴァザーリが描きました。
    ヴィーナスの誕生が描かれています。

  • ヴィーナスのアップです。

    ヴィーナスのアップです。

  • これも四大元素の間の壁画です。<br />ヴァルカンです。

    これも四大元素の間の壁画です。
    ヴァルカンです。

  • これも四大元素の間の壁画です。<br />こちらは多分ネプチューン。

    これも四大元素の間の壁画です。
    こちらは多分ネプチューン。

  • ネプチューンのアップです。

    ネプチューンのアップです。

  • 四大元素の間です。<br />右がヴィーナスで左がヴァルカン。

    四大元素の間です。
    右がヴィーナスで左がヴァルカン。

  • 非常に美しい部屋です。

    非常に美しい部屋です。

  • 右がヴァルカンで左がネプチューンです。

    右がヴァルカンで左がネプチューンです。

  • 天井にも絵が描かれています。

    天井にも絵が描かれています。

  • 天井画にはヘリオスが描かれています。

    天井画にはヘリオスが描かれています。

  • ジュピターの間の天井画。

    ジュピターの間の天井画。

  • ペネロペの間の天井画。<br />真ん中にペネロペが糸車を回している絵が描かれています。

    ペネロペの間の天井画。
    真ん中にペネロペが糸車を回している絵が描かれています。

  • ペネロペの間の天井画。

    ペネロペの間の天井画。

  • ヘラクレスの間の天井画。<br /><br />赤ん坊のヘラクレスがヘラが送った二匹の蛇を握りつぶしている絵が描かれています。

    ヘラクレスの間の天井画。

    赤ん坊のヘラクレスがヘラが送った二匹の蛇を握りつぶしている絵が描かれています。

  • そして自分が一番楽しみにしていたのがこのエレオノーラ・トレドの礼拝堂です。<br />エレオノーラ・トレドはコジモ一世の妃です。<br />この絵画はブロンツィーノが描きました。<br />

    そして自分が一番楽しみにしていたのがこのエレオノーラ・トレドの礼拝堂です。
    エレオノーラ・トレドはコジモ一世の妃です。
    この絵画はブロンツィーノが描きました。

  • マニエリスムの傑作だと思います。

    イチオシ

    マニエリスムの傑作だと思います。

  • 非常に小さな礼拝堂ですが、絵画の素晴らしさに眩暈がしそうです。

    非常に小さな礼拝堂ですが、絵画の素晴らしさに眩暈がしそうです。

  • 礼拝堂の天井画です。

    礼拝堂の天井画です。

  • 色使いも素晴らしいです。

    色使いも素晴らしいです。

  • 右側のフレスコ画の一部が剥がれてしまっているのが残念です。

    右側のフレスコ画の一部が剥がれてしまっているのが残念です。

  • そしてもう一つの礼拝堂です。<br /><br />リンドルフォ・ギルランダイオ(ドメニコ・ギルランダイオの息子)が描きました。

    そしてもう一つの礼拝堂です。

    リンドルフォ・ギルランダイオ(ドメニコ・ギルランダイオの息子)が描きました。

  • やはり礼拝堂の天井画。

    やはり礼拝堂の天井画。

  • 礼拝堂です。

    礼拝堂です。

  • ヴェッキオ宮、謁見の間です。<br />非常に豪華な装飾です。

    ヴェッキオ宮、謁見の間です。
    非常に豪華な装飾です。

  • やはり謁見の間です。

    やはり謁見の間です。

  • フランチェスコ・サルヴィアーティが描きました。

    フランチェスコ・サルヴィアーティが描きました。

  • ただ真ん中にこんな現代アートが飾ってあるのが興ざめです。

    ただ真ん中にこんな現代アートが飾ってあるのが興ざめです。

  • ヴェッキオ宮、百合の間です。<br />ギルランダイオの壁画です。(もちろん父親のドメニコの方です)<br />ただこの画はあまりギルランダイオらしくないと思います。

    ヴェッキオ宮、百合の間です。
    ギルランダイオの壁画です。(もちろん父親のドメニコの方です)
    ただこの画はあまりギルランダイオらしくないと思います。

  • 百合の間です。<br />ギルランダイオの壁画の右側は百合の文様が描かれています。

    百合の間です。
    ギルランダイオの壁画の右側は百合の文様が描かれています。

  • ギルランダイオの絵のアップ。

    ギルランダイオの絵のアップ。

  • もう一つの絵のアップ。

    もう一つの絵のアップ。

  • ヴェッキオ宮、地図の間。<br />真ん中に地球儀が置かれ、その回りの壁に世界の地図が描かれています。

    ヴェッキオ宮、地図の間。
    真ん中に地球儀が置かれ、その回りの壁に世界の地図が描かれています。

  • 2015年に行ったときは気付かなかったのですが、2016年に行ったときに地図の間の隣の部屋に、有名なマキアヴェッリの肖像画があることに気付きました。

    2015年に行ったときは気付かなかったのですが、2016年に行ったときに地図の間の隣の部屋に、有名なマキアヴェッリの肖像画があることに気付きました。

  • マキアヴェッリの彫像も飾られていました。

    マキアヴェッリの彫像も飾られていました。

  • こちらはダンテのデスマスク。<br />ダン・ブラウンの小説「インフェルノ」に出てきます。

    こちらはダンテのデスマスク。
    ダン・ブラウンの小説「インフェルノ」に出てきます。

  • ヴェッキオ宮の塔に登ってみました。<br />ここからだとドゥオーモもジョットの鐘楼も一望できます。<br />ただし、塔の上からだとこの眺めしか見えません。

    ヴェッキオ宮の塔に登ってみました。
    ここからだとドゥオーモもジョットの鐘楼も一望できます。
    ただし、塔の上からだとこの眺めしか見えません。

  • でも塔まで登らなくとも、屋上のテラスからの眺めだけでも素晴らしいと思いました。<br />ウフィッツィ美術館のテラスとシニョーリア広場を眼下にすることが出来ます。

    でも塔まで登らなくとも、屋上のテラスからの眺めだけでも素晴らしいと思いました。
    ウフィッツィ美術館のテラスとシニョーリア広場を眼下にすることが出来ます。

  • ヴェッキオ宮の屋上から見たドゥオーモ。

    ヴェッキオ宮の屋上から見たドゥオーモ。

  • ドゥオーモのアップです。

    ドゥオーモのアップです。

  • 鉄格子越しに見たドゥオーモ。

    鉄格子越しに見たドゥオーモ。

  • シニョーリア広場とドゥオーモ。

    イチオシ

    シニョーリア広場とドゥオーモ。

  • ヴェッキオ宮を後にしてサンジョヴァンニ洗礼堂に向かいました。<br />洗礼堂は残念ながら修復中でカバーが掛けられています。<br /><br />追記<br />2016年には修復が終わり、カバーが取られていました。

    ヴェッキオ宮を後にしてサンジョヴァンニ洗礼堂に向かいました。
    洗礼堂は残念ながら修復中でカバーが掛けられています。

    追記
    2016年には修復が終わり、カバーが取られていました。

  • 内部は黄金のモザイクで飾られ目もくらみそうです。

    内部は黄金のモザイクで飾られ目もくらみそうです。

  • このモザイクは13世紀の作品です。<br />ドゥオーモと同じく真ん中にキリストが描かれています。

    イチオシ

    このモザイクは13世紀の作品です。
    ドゥオーモと同じく真ん中にキリストが描かれています。

  • 内部は旧約と新約聖書の物語や最後の審判の絵が描かれています。<br /><br />こちらは旧約聖書の部分です。

    内部は旧約と新約聖書の物語や最後の審判の絵が描かれています。

    こちらは旧約聖書の部分です。

  • アダムとイブの物語ですね。<br /><br />原罪と楽園追放が描かれています。

    アダムとイブの物語ですね。

    原罪と楽園追放が描かれています。

  • 原罪のアップです。

    原罪のアップです。

  • 楽園追放のアップです。

    楽園追放のアップです。

  • こちらは新約聖書の物語です。<br /><br />受胎告知などが描かれています。

    こちらは新約聖書の物語です。

    受胎告知などが描かれています。

  • 受胎告知のアップです。

    受胎告知のアップです。

  • 天使と聖人たちが描かれています。

    天使と聖人たちが描かれています。

  • 上の段が旧約、下の段が新約のようです。<br /><br />中段左に最後の晩餐らしき絵が描かれています。

    上の段が旧約、下の段が新約のようです。

    中段左に最後の晩餐らしき絵が描かれています。

  • こちらは中段左にキリストの死、右にキリストの復活が描かれています。

    こちらは中段左にキリストの死、右にキリストの復活が描かれています。

  • こちらは上段にアダムとイブの誕生、下段に受胎告知が描かれています。

    こちらは上段にアダムとイブの誕生、下段に受胎告知が描かれています。

  • こちらは上段にカインとアベルの物語、下段はエジプトへの逃避行ではないかと思います。

    こちらは上段にカインとアベルの物語、下段はエジプトへの逃避行ではないかと思います。

  • これは最後の審判の絵ですね。<br /><br />上から天国に導かれる人々。<br />聖人たち。<br />そして地獄の絵です。

    これは最後の審判の絵ですね。

    上から天国に導かれる人々。
    聖人たち。
    そして地獄の絵です。

  • 地獄に堕ちて鬼に食べられる罪深き人々のアップです。<br /><br />こうしてチェントロ地区を堪能しました。<br />フィレンツェと言う場所は絵画、フレスコ画、彫刻、モザイク画のどれもが総てが素晴らしい芸術が楽しめる街ですね。

    地獄に堕ちて鬼に食べられる罪深き人々のアップです。

    こうしてチェントロ地区を堪能しました。
    フィレンツェと言う場所は絵画、フレスコ画、彫刻、モザイク画のどれもが総てが素晴らしい芸術が楽しめる街ですね。

この旅行記のタグ

75いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

中部イタリア旅行

この旅行記へのコメント (2)

開く

閉じる

  • belleduneさん 2015/09/15 08:48:47
    なるほど...うむうむ...
    ken-kenさん、おはようございます。
    ken-kenさんの影響を受けて、この夏はルネッサンス期のフィレンツェ貴族の本を読みました。神の代理人から、現在「ルネッサンスの女たち」、グィッチャルディーニの「フィレンツェ名門貴族の処世術」を読んでいます。歴史に疎い私も、年表を横に開いて読むと少しずつ頭に入って来ます。塩野七生さんの本は分厚いので、これまで敬遠していましたが、徐々に読み進めていこうかと思っています。藤本ひとみさんの本も次に読んでみます。
    フィレンツェの街にはまだ行ったことがありませんが、もっと知識を付けていった方が面白いでしょうね。次のアップを楽しみにしています。

    ken-ken

    ken-kenさん からの返信 2015/09/16 00:01:05
    RE: なるほど...うむうむ...
    belleduneさん、今晩は。
    投票とコメントをありがとうございました。

    > ken-kenさんの影響を受けて、この夏はルネッサンス期のフィレンツェ貴族の本を読みました。神の代理人から、現在「ルネッサンスの女たち」、グィッチャルディーニの「フィレンツェ名門貴族の処世術」を読んでいます。歴史に疎い私も、年表を横に開いて読むと少しずつ頭に入って来ます。塩野七生さんの本は分厚いので、これまで敬遠していましたが、徐々に読み進めていこうかと思っています。藤本ひとみさんの本も次に読んでみます。

    すごいですね。
    グィッチャルディーニまでお読みになっていらっしゃるのですか。

    塩野七生さんは、どちらかと言うと論文と言う感じで、藤本ひとみさんは完全に小説になっています。
    実は自分は藤本ひとみさんから入りました。
    「逆光のメディチ」はレオナルド・ダ・ヴィンチがフィレンツェ時代をアンジェラと言う名前の女性として語ると言う話で(当時男色の罪があったので、数々の男性との遍歴を女性として語ると言う構成です。ダ・ヴィンチ自体の話にするといわゆるBL本になってしまうので、その辺を気遣ったのかもしれません)読んだ時は完全にフィクションの話かと思いましたが、後に塩野氏の著作を読むと、事実に即した話で驚きました。
    事実と違っているのは、ロレンツォ豪華王の弟、ジュリアーノが絶世の美少年として描かれていることでしょうか。
    実際の肖像画を見ると、容貌もさることながら、すごく神経質で酷薄そうな感じがして、原作のイメージとはかなり違っています。

    > フィレンツェの街にはまだ行ったことがありませんが、もっと知識を付けていった方が面白いでしょうね。次のアップを楽しみにしています。

    ありがとうございます。
    またよろしくお願いいたします。

                            ken-ken

ken-kenさんのトラベラーページ

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

イタリアで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
イタリア最安 308円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

イタリアの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP