2014/10/15 - 2014/10/18
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道教寺院の響水寺紹介の続きです。お寺がある山は、既に黄葉が始まっていました。道教は、仏教、儒教と並ぶ中国の三大宗教です。
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右手に見えるのは、すでに紹介した鐘楼です。飛騨の方には、黄金色のお金をモデルにしたような飾りがありました。縦に読んで『招財』の文字がありました。
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黒地に金文字の揮毫は、『文経殿』と記された扁額です。『文』の文字は簡体字なのか、読み間違っているかも知れません。入口右の柱には、『至経無域澤天下』らしい文字がありました。
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二つ並んだ石碑と、その左の線香立、左の背後には、『財神殿』がありました。『財神殿』では、商売繁盛の神様を祀っているようです。
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台座が一緒になった、相似形の石碑の右側には、『万古流芳』の文字が上に記されていました。その下に20万元以上などの金額が記されていましたので、寄進者の芳名簿です。その左の碑には『響水観修復文殿碑記』のタイトルの趣意書が刻まれていました。
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響水寺の一番奥になる区域の光景です。瓢箪
型の門を潜って、その区域も見学できました。その門には、『玄妙』の扁額がありました。『趣が深く、優れていること』などを意味します。 -
見事な黄葉の樹かと思いましたが、違っていました。樹も葉も造りものでした。以前にも中国では見たことがありました。
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『玄妙』の扁額があった瓢箪門を潜った場所の光景です。ここに無赤い紐が渡され、おびただしい赤い布が結び付けられていました。その赤い紐を支えているのは、縁結びの願い事ができる神様のようです。
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イチオシ
『城隍殿』の扁額があった建物光景です。入口右側には、『城隍主宰掌握万民之禍福』の文字がありました。なぜか幸、不幸を全部取り仕切っているようです。
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『城隍殿』の扁額のアップ光景です。『壬辰年中秋月』の日付が記されていました。真新しい建物と扁額ですから、文革(1966〜1977年)以後と仮定しますと、2012年となります。その前ですと60年前の1952年になります。100年(1世紀)の間に2度以内で、3回以上現れることはありません。
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右手の建物がすでに紹介した『城隍殿』、左端に見えるのが『玄妙』の扁額があった瓢箪門の裏側の光景です。
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大黒山響水寺の一番奥まった場所にあった、『大仙堂』の建物光景です。『道教』と『大仙』を組み合わせると、最初に思い浮かぶのが香港の『黄大仙』ですが、ここに祀られている神は分かりませんでした。
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丸い形をした、『瑶琴洞』への入口門です。『瑶琴洞』を表す『琴韵泉聲』の四文字が記されていました。
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大黒山響水寺の見どころの一つとされている、『瑶琴洞』です。崖の下に深さ42メートルの天然洞穴があり、底に流れる泉水の音が喩えられた命名です。
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『瑶琴洞』の入口付近の光景です。赤い布があちこちに取り付けられていました。『瑶琴洞』はかなり狭そうでしたから、入口を覗いただけです。中には入りませんでした。
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左手に見えるのは、『響水観』の扁額があった石門の背面光景です。『慈生万物』の四文字が記されていました。
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背の高い香炉の光景です。この香炉にも赤い布がありました。鉄製らしい香炉の下部に、『響水観』の文字が鋳てありました。
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イチオシ
ブロンズではなく、鉄製らしい背の高い香炉の先端部分のアップ光景です。周りを銀杏の黄葉が飾っていました。
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池の周りにあった龍の作り物の光景です。『響水観』の境内からは、頭の上から眺める光景になりました。青竜を表しているようです。
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銀杏の黄葉の光景です。境内にあった大黒山の説明看板には、大黒山は半島にあり、隋、唐の時代から、戦略上の要地として争われたことが記されていました。
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響水寺の境内には、色々と趣向を凝らした石門がありました。これもその一つです。上が半円になった、アーチ風の門です。
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銀杏の黄葉の木々のアップ光景です。剪定されることもなく、自由に枝を伸ばしていました。
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銀杏の大木の黄葉に彩られた、『響水観』の境内光景です。これからさらに見頃を迎えそうでした。
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『瑶琴洞』への入口門と同じように丸い形の石門です。こちらには、『弦撫泉清』の四文字でした。こちらも『瑶琴洞』を称えた表現です。
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イチオシ
赤と黄金の衣を着せられた石像です。足元に『白衣滴水観音』と紹介されていました。道教ではなく仏教の範疇になるようです。
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自然の岩石に刻まれた赤い文字です。七言絶句の漢詩でした。『金州城外百果美』で始まり、『留遺殿耐人尋』で締め括られていました。唐王がこの地で逗留したことなどが詠われているようです。
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簡体字で記された、『響水観』のタイトルがあった説明プレートです。日本語解説も一番下にありました。唐の時代から建設がはじめられた道教のお寺であることなどが記されていました。この地の景色の『響泉避暑』は、金州八景に数えられています。
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『三清殿』の扁額が懸った建物光景です。道教の神様、元始天尊、霊宝天尊と道徳天尊が祀られています。例えば、元始天尊は、『太元』を神格化した道教神学中の最高神です。『太元』は、全ての物事よりも先に誕生した常住不滅の存在と信じられています。
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『后土殿』の扁額があった建物光景です。祀られているのは、『后土娘娘』です。『后土』とは、四御の唯一の女神です。中国道教の全ての土地を統括する地母神とされます。
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青空をバックにした、冬木立と銀杏の黄葉のコラボレーション(共演)です。銀杏は雌の樹らしく、ギンナンが生っていました。
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今回の旅行では、随分と狛犬をカメラに収めましたが、その締め括りです。山門の右側にあった。雄の獅子です。
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同じく、山門の左側にあった雌獅子の石像です。足元では黄色の小菊が咲いていました。
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山門近くから眺めた黄葉の始まった山の光景です。これで、大黒山響水寺の見学はおしまいです。
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旅行の最後に訪れた、日露戦争時代の激戦地の南山です。1904年5月25日から26日にかけて行われました。ロシア軍は、南山に野戦砲114門と機関銃を据え付け、塹壕と鉄条網、地雷を備えた近代的陣地を構築していました。日本陸軍が、当時の近代的な陣地に攻撃をしかけたのは、これが初めてとされます。
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日露戦争ではなく、第二次大戦の慰霊碑です。1945年、戦勝国のソビエト連邦によって建設された慰霊碑です。一番上に☆、次に槌と鎌のソビエト連邦のマーク、その下に中国語とロシア語の碑文があったようです。
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『南山日露戦争遺址』の文字が刻まれた石碑です。大連市人民政府名で1993年3月に設置されたものです。市級の文物保存単位の遺址です。
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真っ赤なアサガオ(朝顔)の花です。夕方近くまで咲いていましたから、ヒルガオ(昼顔)の方かも知れません。南山の激戦地の丘に登る途中に咲いていました。
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南山の丘の上からの眺望です。日露戦争時の南山の戦いでは、日本軍は38500人の戦力のうち約4300名の死傷者、ロシア軍は約17000人の戦力の内、約1400名の死傷者を出しました。(ウィキペディア)比率としては日本軍に多くの損害が出ました。
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表札は確認できませんでしたが、ロシア関係の施設のようでした。先に紹介した第二次大戦の慰霊碑は、この近くに設けられている日露戦争時の戦死者の墓などと関連があるようです。
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最後の夕食は、大連に戻って『大地春餅店』でした。日本のタレントが激賞したお店とのことでしたが、感激するほどの料理ではありませんでした。ただし、値段によって皮に包む素材が代わるかも知れませんから、評価は保留にします。
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夕食のレストラン、『大地春餅店』の周りの市街光景です。東北路に面したお店でした。
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