2014/10/15 - 2014/10/18
129位(同エリア1070件中)
旅人のくまさんさん
- 旅人のくまさんさんTOP
- 旅行記6398冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 5,504,784アクセス
- フォロワー204人
旅行3日目です。大連で旧満鉄本社の外観だけを見学した後、金州に向かいました。金州では昼食の後、金州老街の自由散策です。
-
石鹸を使った訳ではありません。蛇口をひねっただけです。この異様な泡には驚きました。沸かして絶対に飲む気にはなれません。旅行3日目の朝でこの状況でした。
-
泡の次には薄黄色の赤水です。泡もまだ出ています。最初は栓をしていませんでしたが、あまりに異様なので、栓をして溜めてからの撮影です。
-
泡が出続けた水は流しました。改めて蛇口をひねって溜めた水の色です。もっと濃い色の時もありました。タオルが赤く染まるレベルでした。見た目には、昨日は一旦収まっていました。歯磨きなどは封を切ってなかったことを確認して、ホテルやお店で買ったペットボトルを使用しました。
-
バイキング方式の朝食です。水道の変な泡と、赤水を見た後ですから、あまり食欲も湧きません。ある程度のことは覚悟していましたから、カップヌードル、ポテトチップスとミネラル・ウォーターなどを日本から持参しておきました。それが大いに役立ちました。摘みと日本酒も持参していました。
-
今日最初の見学地は大連市内の旧満鉄本社です。その満鉄本社に到着しました。私にとっては、2度目の見学となりました。
-
『大連車務段』の大きな文字が記されていた石碑の裏側の光景です。満鉄の歴史が記されていました。元々は帝政ロシア時代に、商業学校として建築された建物です。
-
1933年には地上8階建てへの建替えの計画も。しかし、結局は実現することなく雄部分に位置する建物光景です。1933年には地上8階建てへの建替え計画があったようですが、実現しないまま終戦となりました。
-
イチオシ
建物正面に向かって、左手にある建物光景です。現在は、全体が大連鉄道有限責任公司の建物として使用されています。
-
正面の建物と、左翼にある建物方面の光景です。満鉄の初代総裁は、明治39年に就任した後藤新平です。終戦の昭和20年(1945年)には17代の山崎元幹社長でした。社長制は、2代の理事長制を経た、大正8年(1919年)の第6代の野村竜太郎社長からです。
-
近くから見上げた満鉄本社址の正面建物の光景です。通称は満鉄の正式名称は南満州鉄道株式会社、日露戦争中の満州軍野戦鉄道提理部を母体に、日本政府が1906年(明治39年)に半官半民の特殊会社として設立しました。
-
満鉄本社址の正面建物の右手方面の光景です。初代総裁には、台湾総督府元民政長官の後藤新平が就任しました。彼は、満鉄の監督官庁である関東都督府の干渉を懸念し、総裁就任の条件として、満鉄総裁が関東都督府の最高顧問を兼任することを西園寺公望首相と合意しました。
-
満鉄本社址の正面建物のレリーフ飾りです。初代総裁の後藤新平は、その後に大臣にも就任し、しばしば総理大臣候補として名前が取り沙汰されながら、結局就任できませんでした。その理由を徳富蘇峰は、最後の元老となった西園寺公望に嫌われていたことが大きいと語っています。逓信大臣当時の第一次憲政擁護運動で、前首相で政友会総裁の西園寺公望の失脚を画策したようです。(ウィキペディア)
-
満鉄本社址の正面建物のアップ光景です。懸っていた2枚の表札は、鉄道業務が軍事業務と表裏一体と思わせるものでした。入口右の表札には、中国人民解放軍駐沈陽鉄路局の表記があり、左の表札の末尾は、軍事運輸管理委員会となっていました。
後藤新平のエピソードをもう一つ紹介しておきます。昭和4年(1929年)、遊説に列車で岡山に向かう途中に脳溢血で倒れ、京都の病院で4月13日に死去しました。ボーイスカウト運動を日本に広めた人物の一人として知られる子爵の三島通陽(1897〜1965年)は、後藤の最後の言葉を次のように伝えています。『よく聞け、金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ』後藤新平は、ボーイスカウト日本連盟の初代総長も勤めました。 -
同じく、満鉄本社址の正面建物の光景です。中を見学したい気持ちもありましたが、現在使用されている重要施設のようですから、それは出来ませんでした。後藤新平がボーイスカウト日本連盟の初代総長を勤めたのは、フリーメイソンとの関係があったようです。(ウィキペディア)
-
満鉄本社址の前から眺めた大連市街の光景です。大連市総人口は600万人超、市区人口は211万、周辺の人口は約325万人です。遼寧省では、省都の瀋陽市に次ぐ2番目の大都市です。
-
旧満鉄本社の見学を終え、次の見学地の金州区に到着しました。大連市の北部地域になります。旅順、大連が成立する以前は、金州がこの地域の中心地だった町です。東が黄海、西が渤海に面しています。
-
金州区の街並み光景です。冬季の金州区は、東の黄海側は不凍港ですが、西の渤海側は1月から2月にかけて凍結し、水運が利用できないとされます。
-
街路樹が立ち並ぶ、金州区の表通りの街並み光景です。以前は城郭都市でしたが、今はその城壁は撤去されています。
-
歴史地区の入口の中華門の光景です。かなり凝った造りの木製の門でした。この門を潜って旧市街を見学しました。金州老街の入口になる牌楼(門)です。
-
イチオシ
門を潜った後の旧市街の街並み光景です。思った以上に広い通りの両脇に、2階建ての旧市街が続いていました。『金州老街』と呼ばれています。
-
再集合場所と時間を決めての自由散策です。現在の金州区は、404年(元興3年)に高句麗に組み込まれました。唐朝が成立すると高句麗への軍事行動を起こし、645年(貞観19年)支配権を獲得しました。668年(総章元年)、唐朝はこの地に安東都護府を設置しました。
-
旧市街の街並み光景が続きます。女真族の王朝の金朝(1115〜1234年)は、契丹人の王朝の遼時代の呼び名の来蘇県を化成県と改称しました。1216年(貞佑4年)、化成県は金州に昇格され、金州の名称が初めて歴史に登場しました。
-
イチオシ
『金州古玩城』の赤い地の扁額があった建物です。ネット情報では、骨董品店と紹介されていました。
-
『雅居旅館』の大きな看板があった建物です。その横に、『標準客房』や『臨時休息』等の四字熟語のような文字が記されていました。
-
黒地に『銘玄閣』の金文字の扁額があったお店です。窓枠が赤く塗られ、歴史を感じさせる旅館のような雰囲気でした。
-
振り返って眺めた広い通りの金州老街の街並み光景です。私たち以外の観光客のグループの姿はほとんど見かけませんでした。これからの観光地のようです。
-
金州老街を真っ直ぐ進むとT字路に交差しました。金州老街と直角に交差する通りの光景です。新市街の街並み光景でした。道路に干してあるのは、旅館のシーツのようです。
-
牌楼を潜った金州老街の街並みが2階建てであったのに対し、こちらは概ね4階建ての街並みでした。
-
4階建ての街並み光景の紹介が続きます。金州老街は清朝時代の建物のようですが、こちらの街並みはずっと時代が新しいようでした。戦後の建設かも知れません。
-
赤い文字や赤い提灯など、賑やかな飾りがあったお店の光景です。『友誼公社』の看板がありました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
2014秋、中国旅行記24
-
前の旅行記
2014秋、中国旅行記24(10/18):10月16日(6):旅順、203高地、旧日本軍280ミリ砲、市電乗...
2014/10/15~
大連
-
次の旅行記
2014秋、中国旅行記24(12/18):10月17日(2):金州、金州老散策、金州副都統衛址、正岡子規の句...
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(1/18):10月15日(1):セントレア国際空港から大連国際空港へ
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(2/18):10月15日(2):大連、北大橋、老虎灘公園、虎の群像モニュメント
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(3/18):10月15日(3):大連、老虎灘公園、旧日本人街、大連港
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(4/18):10月15日(4):大連、大連港、大連の夜景観賞、大連観光塔、夜市、...
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(5/18):10月16日(1):大連、早朝散策、中山広場
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(6/18):10月16日(2):大連、中山広場、旧大連ヤマトホテル、旅順へ
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(7/18):10月16日(3):旅順、旅順博物館、関東軍司令部址
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(8/18):10月16日(4):旅順、水師営会見所、旅順刑務所、安重根収監の監房
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(9/18):10月16日(5):旅順、旅順刑務所、絞首台、203高地
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(10/18):10月16日(6):旅順、203高地、旧日本軍280ミリ砲、市電乗...
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(11/18):10月17日(1):大連、旧満鉄本社、金州、金州老街散策
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(12/18):10月17日(2):金州、金州老散策、金州副都統衛址、正岡子規の句...
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(13/18):10月17日(3):金州、金州提督府址、大黒山響水寺、山門、鐘楼
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(14/18):10月17日(4):金州、大黒山響水寺、瑤琴洞、南山日露戦争遺址
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(15/18:本文完):10月18日:帰国、大連国際空港からセントレア国際空港へ
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(16/18:補遺1):旅順博物館(1/2):古銭、仏像、書画
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(17/18:補遺1):旅順博物館(2/2):焼物、素三彩、五彩、斗彩、粉彩、玉製...
2014/10/15~
大連
-
2014秋、中国旅行記24(18/18:補遺2):金州提督府址展示品、セピア写真、絵、兵器類、軍服、馬具
2014/10/15~
大連
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2014秋、中国旅行記24
0
30