2013/09/21 - 2013/09/22
83位(同エリア145件中)
YAMAJIさん
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メルヴについて
メルヴは、ムルガーブ川のデルタに発達したオアシス都市で、シルクロードの重要な隊商都市でした。紀元前6世紀〜紀元後12世紀までの、5つの異なる時代(紀元前6〜4世紀のアケメネス朝、紀元前4〜3世紀のセレウコス朝、紀元前3世紀〜紀元後3世紀のパルティア帝国、3〜7世紀のササン朝、11〜12世紀のセルジューク朝)の町の跡を同時に見ることが出来ます。メルヴは中央アジア最大の遺跡で、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。
1、大キズカラと小キズカラ
6〜7世紀のササン朝時代の建物跡で、豪族の居城だったとか、メドレセ(神学校)だったとか、スルタンのハーレムだったとか、諸説あるようです。大キズカラは、別名「乙女の城」と呼ばれています。これは、モンゴル軍の襲来の時に、乙女達がここに立て籠もり、モンゴルの手に落ちる前に自決したからだと伝わっています。小キズカラは、別名「男の城」と呼ばれています。「男の城」からリンゴを投げ、「乙女の城」に届いたら、結婚出来るという伝説が伝わっています。
2、アスハブ廟
7世紀にイスラム教を広めた聖人、ジファリとブライダの廟で、15世紀のティムール帝国時代に建てられました。ここは聖地になっており、霊廟の周囲にはお墓が沢山あります。また、霊廟のそばには、15世紀に造られた地下貯水池があります。
3、グヤウル・カラ
グヤウルとは「不信心な」という意味で、ササン朝(3〜7世紀)には、ゾロアスター教、キリスト教、仏教、イスラム教が混在していました。発掘のため城壁をスライスした場所からは、セレウコス朝(紀元前4〜3世紀)、パルティア帝国(紀元前3世紀〜紀元後3世紀)、ササン朝(3〜7世紀)などの都市遺構が確認されました。 グヤウル・カラは、一辺1.2kmのほぼ正方形に近い城壁に囲まれており、100以上の見張り塔がありました。ここからは、仏教寺院跡(5〜6世紀)や仏像が発掘され、ここが仏教遺跡の最西端の地でした。また、中央アジア最古のモスク(7世紀)も発掘されています。
4、エルク・カラ
エルク・カラは、紀元前6〜4世紀のアケメネス朝時代の城跡で、メルヴで最も古い場所です。エルク・カラは、丸い城壁に囲まれており、中央にゾロアスター教の神殿があり、平らなところに邸宅がありました。 高さ34mの見張り塔跡に上ると、右側にドーナッ型の城壁が残るエルク・カラが、左側にグヤウル・カラが続いています。正面左側のグアウル・カラの城壁の向こうにスルタン・カラが見えます。
5、ホジャ・ユスフ・ハメダニモスク
12世紀のセルジューク朝時代の創建で、1998年に大幅改修されたばかりです。手前にモスクがあり、奥にイスラム教神秘主義の聖人、ホジャ・ユスフ・ハメダニの霊廟があります。ここは、多くの信仰を集める巡礼の地で、接待料理を作る台所にお邪魔しました。大きな鍋が並び、プロフやスープを作っていました。
6、スルタン・カラとスルタン・サンジャール廟
スルタン・カラは、トルコ系民族のセルジューク朝(11〜12世紀)の都があった所です。スルタン・カラは、楕円形の城壁に囲まれており、その中央にスルタン・サンジャール廟が建っています。1218年にチンギス・ハーンの軍が攻め込み、100万人に及ぶ住民を大虐殺する。メルヴは廃墟と化し、二度と復興することはありませんでした。
スルタン・サンジャール廟は、12世紀セルジューク朝時代の最盛期の王の霊廟です。この廟はモンゴル軍の襲来や地震にも耐え抜きました。廟の中は、白いアラバスター(雪花石膏)とタイルで装飾されています。天井に空いた窓は、王と天使との恋愛物語がありました。この廟は、27m×27mの四角形で、高さ38mあり、砂漠では良く目立ち、キャラバン達の道しるべになっていました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 1.0
- グルメ
- 3.0
- 交通
- 4.0
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イチオシ
アシハバード空港からマリィ空港へ、早朝便で移動です。定刻出発、定刻到着です。カラクム運河を渡り、メルヴへ向かいます。
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メルヴ遺跡の入口にある、小さな博物館に寄ります。メルブ遺跡の写真撮影料は2ドルでした。
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メルヴ遺跡の模型があります。メルヴは、ムルガーブ川のデルタのオアシス都市でした。紀元前6世紀〜紀元後12世紀までの、5つの異なる時代の町の跡を同時に見ることが出来ます。国立歴史文化公園「古代メルヴ」は、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。
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メルヴはシルクロードの重要な隊商都市で、中央アジア最大の遺跡です。展示されている壺です。
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動物が描かれている土器の破片です。
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メルヴ遺跡で良く見かけた、赤紫の花はテスメスと言うそうです。
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大キズカラです。6世紀〜7世紀のササン朝時代の建物跡です。1階部分は砂に埋もれ2階部分だけが見えます。
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日干しレンガで造られているため、太陽光、風雨、塩害、野鳥などで破壊が進んでいます。立ち入り禁止でした。
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ここは、豪族の居城だったとか、メドレセ(神学校)だったとか、スルタンのハーレムだったとか・・・。別名「乙女の城」と呼ばれるのは、モンゴル軍の襲来の時に、乙女がここに立て篭もり、モンゴルの手に落ちる前に自決したからだと伝わっています。
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小キズカラです。6世紀〜7世紀のササン朝時代の建物跡です。大キズカラより破壊が進んでいます。
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別名「男の城」と呼ばれています。
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「男の城」からリンゴを投げ、「乙女の城」届くと結婚が出来るという伝説が残っています。
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イチオシ
小キズカラから大キズカラが綺麗に見えます。
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スルタン・カラの城壁とスルタン・サンジャール廟が見えています。
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アスハブ廟です。7世紀にイスラム教を広めた聖人、ジファリ(左側の廟)とブライダ(右側の廟)の廟です。15世紀のティムール帝国時代に建てられました。
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修復用のレンガが積まれていました。すぐ後ろにスルタン・カラの城壁が見えます。
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左の霊廟手前の小さな建物の中に、メルヴで最初のイマーム(指導者)になった、ジファリの棺があります。
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墓の内部の装飾タイルです。この装飾模様は、これから行くサマルカンドで良く見かけました。
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ここは聖地になっており、霊廟の周囲にはお墓が沢山ありました。お墓の形も様々でした。
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新しいお墓も有ります。
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霊廟そばの15世紀に造られた、貯水池に寄りました。
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この貯水池の水は、人が運び溜めていたようです。
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今でも水が溜まっています。
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グヤウル・カラに向かいます。
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グヤウル・カラの入口の左の城壁に上ります。グヤウルとは「不信心な」という意味で、ササン朝時代(3世紀〜7世紀)には、ゾロアスター教、キリスト教、仏教、イスラム教が混在していました。
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イチオシ
右に有名な発掘跡(発掘のため城壁をスライスしています)と城壁が続いています。セレウコス朝(紀元前4世紀〜紀元前3世紀)、パルティア帝国(紀元前3世紀〜紀元後3世紀)、ササン朝(3世紀〜7世紀)などの都市遺跡が眠っていました。
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グヤウル・カラは、一辺1.2kmのほぼ正方形に近い城壁に囲まれており、100以上の見張り塔があったという。ここからは、仏教寺院跡(5〜6世紀)や仏像が発掘され、中央アジア最古のモスク(7世紀)も発掘されています。ここは仏教遺跡の最西端の地でした。
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城壁の中は、赤紫の花テスメスが綺麗です。
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スルタン・カラは、すご隣にあります。スルタン・カラは、トルコ系民族のセルジューク朝(11〜12世紀)の都があった所です。
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スルタン・カラは楕円形の城壁に囲まれており、その中央にスルタン・サンジャール廟が建っています。1218年にチンギス・ハーン軍が攻め込み、100万人に及ぶ住民を大虐殺する。メルヴは廃墟と化し、二度と復興することはなかった。
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スルタン・カラの城壁と大キズカラ、小キズカラが見えます。
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エルク・カラに向かいます。メルヴ遺跡で最も古い場所です。
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エルク・カラの1番高い城壁(高さ34mの見張り台跡)に上ります。エルク・カラは紀元前6世紀〜紀元前4世紀のアケメネス朝時代の城跡です。
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見張り台跡からの風景です。右側にド−ナッ型の城壁が残るエルク・カラが、左側にグヤウル・カラが続いています。正面左側のグヤウル・カラの城壁の向こうにスルタン・カラが見えます。
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イチオシ
エルク・カラは、丸い城壁に囲まれており、中央にゾロアスター教の神殿があり、平らなところに邸宅があったという。当時メルヴは「マルギアナ」という名で知られています。
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グヤウル・カラを見下ろしています。
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グヤウル・カラの城壁の向こうにスルタン・カラが見えます。
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スルタン・カラの城壁や貯蔵庫が見えます。
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ホジャ・ユスフ・ハメダニモスクです。12世紀のセルジューク朝時代の創建で、1998年に大幅改修されたばかりです。
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奥に信仰を集める聖人の霊廟があります。
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イスラム神秘主義の聖人、ホジャ・ユスフ・ハメダニの墓です。
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ここは巡礼の地で、接待料理を作る台所にお邪魔しました。大きな鍋が並んでいました。プロフやスープを作っていました。
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野菜をむく女性達です。ワンピースにスカーフの伝統的な衣装です。
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スルタン・サンジャール廟です。12世紀セルジューク朝時代の最盛期の王の墓です。この廟はモンゴル軍の襲来や地震にも耐え抜きました。
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近年の修復(2002年〜2004年)には、トルコ政府の協力がありました。ここはトルコ民族の故郷の地です。
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廟の中は白いアラバスター(雪花石膏)とタイルで装飾されています。この廟は、27m×27mの四角形で、高さ38mあります。砂漠では良く目立ち、キャラバン達の道しるべになっていたそうです。
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天井に空いた窓には、天使との恋愛物語がありました。
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中央にスルタン・サンジャールの墓があります。
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今日の昼食のレストランです。
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今日の昼食のナン、前菜、デザートです。
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野菜スープには赤カブや人参が入っています。
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牛、ラム、チキンのローストです。
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夜の予定の民族舞踊が昼食時に催されました。男性4人女性4人の舞踊団です。
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女性の踊りです。女性の踊り子達は、若く、顔が小さく、スタイルも抜群です。
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男性の踊りです。
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ホテルの前で出会った少年達と犬です。マリィのホテルでは、赤水と汚水漏れが。
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マリィを早朝出発し、トルクメンアバードで昼食、アムダリア川の浮き橋を徒歩で渡り国境へ向かいます。
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カラクム運河を利用した綿花畑が。
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ラクダの放牧も行われていた。
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カラクム砂漠を縦断中です。
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幹線道路沿いには、砂の流入を防ぐための囲いが続いています。
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トルクメンアバードの町が見えてきた。
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トルクメンアバードの町に入ってきました。
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この町の中心街でも、白い大理石の建物が続いています。
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トルクメンアバードのレストランの入っている、ホテル「Jeyhun Hotel」の建物も白い大理石でした。
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素敵なホテルのレストランです。
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新鮮な野菜が盛られたサラダです。
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カボチャのスープです。
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白身魚の素揚げです。今回の旅行で出た魚料理は、お醤油をかけてもいまいちでした。
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食後のデザート、ハミウリとスイカです。
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壁にはこの街で有名な画家の絵が、展示されていました。農作業の絵です。小麦畑が広がています。
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羊の放牧です。牧羊犬とティーポットが印象的で、のどかな時間が流れます。
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陶器の製作です、ロクロを使っています。
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柴刈りの帰りです、おじいさんとロバの表情が?
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楽器の演奏です、伝統的な民族楽器を弾いています。
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綿花摘みです、炎天下の重労働です。
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機織りです、後ろでは綿を紡いでいます。
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ナンを焼いています、各家庭にナンを焼く窯があります。
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水汲みです、貴重な水源は井戸端会議の場所でもありました。
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妊婦が編み物です、子供のための衣類を揃えます。
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アムダリヤ川の浮き橋、パントン橋です。重量制限があるため、大型バスの乗客は歩いて橋を渡ります。
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アムダリヤ川の流れです。トルクメンアバード側は、流れが穏やかです。
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牛も通ります。
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すぐ隣を鉄道が走っています。
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イチオシ
ソ連時代に作られた鉄製の浮き橋で、全長800mあり、舟形の台船に乗っているような橋です。
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アムダリヤ川は、パミール高原に源を発しアラル海に注ぐ、2400kmの大河でした。ソ連時代に作られたカラクーム運河にその水を奪われ、今はアラル海に到達する前に、砂漠の中で消えています。
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大きなトラックが通ると、足元がふわふわ揺れます。
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浮き橋を点検・補修する舟でしょうか、手を振ってくれました。
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この辺りは流れが激しい。
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アムダリヤ川の流れです。ウズベキスタンに近い側は、流れが激しくなっていました。
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この旅行記へのコメント (1)
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- hikotomiさん 2014/08/26 22:02:55
- 素晴らしい写真ですね
- 先週戻ってきました。私もたくさん写真撮りましたが、どれがどれだか、、、YAMAJIさんの写真で”復習”しました。
浮橋は、カメラ禁止でした。
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