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シャフリサブスについて<br /><br />「緑の街」という意味を持つシャフリサブスは、遠くにザラフシャン山脈が見える谷間の小さな町で、かっては緑豊かなオアシス都市でした。古くから「ケシュ」という名で知られており、7世紀には玄奘三蔵も訪れています。<br /><br />シャフリサブスは、ゾグディアナの古都で、ティムールの生まれた場所として有名です。ティムールは、サマルカンドにも劣らない壮大な建築物を建てました。16世紀後半に、嫉妬に駆られたブハラ・ハーンにより、ほとんどの建物が破壊されてしまいました。<br /><br />現在のシャフルサブスは、昔日の華やかな面影はないが、その静かなたたずまいには、大いなる歴史が秘められていました。シャフリサブス歴史地区は、2000年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。<br /><br />1、アク・サライ宮殿跡<br /><br />アク・サライとは、「白い宮殿」という意味ですが、実際には青と金色のタイルで装飾された宮殿だったといいます。アク・サライ宮殿は、1380〜1405年に建築された、ティムールが残した最大の建造物で、現在は宮殿の入口部分だけが残っています。宮殿跡の公園には、ウズベキスタンの英雄、アミール・ティムールの像が立っています。1336年この地を治める豪族の家に生まれ、世界の支配者の道を歩んでいきました。<br /><br />2、ドルッサオダット建築群<br /><br />ドルッサオダットとは、「大いなる力の座」という意味です。まず、ハズラティ・イマーム・モスクに寄ります。このモスクは15世紀に建設され、19世紀に大修理が行われています。次に、シャハンギール廟です。22歳で戦死したティムールの長男の廟で、14世紀に建築されました。そして最後は、ティムール自身が自分のために用意した、地下墓室です。ティムールは、1405年に中国遠征中に亡くなり、遺体はサマルカンドに埋葬されたため、ここに用意された石棺は使われませんでした。<br /><br />3、ドルッティロヴァット建築群<br /><br />ドルッティロヴァットとは、「瞑想の家」という意味です。コク・グンバス・モスクは、ウルグベクによって、1435〜1437年に建てられ、モスク内部はタイル張りではなく、フレスコ画のような、落ち着いた内装になっています。モスクと同時期に建てられた、グンバズィ・サイーダン廟は、ウルグベクが自分の子孫のために建てたもので、内部には4つの墓石が並んでいます。シャムスッディン・クラル廟は、1374年にティムールにより建てられたもので、ティムールの父とその指導者シャムスッディン・クラルが葬られています。<br /><br /><br />綿花栽培について<br /><br />世界で生産されている繊維の、約40%が綿製品です。ウズベキスタンの綿花生産量は、中国、インド、アメリカ、パキスタン、ブラジルについで、世界第6位です。綿花摘みは、9〜11月上旬に行われ、小さい子供から大学生まで動員され、学校も休みになります。綿花摘みは、子供達でも1日30kg、ベテランで1日100kgも摘むそうです。綿花摘みにおける児童労働が問題になっており、ヨーロッパでは不買運動も起こっています。又、綿花栽培には、大量の殺虫剤や農薬、除草剤が使われており、従事する人々の健康にも大きな問題です。<br /><br />旧ソ連時代に、ウズベキスタンやトルクメニスタンで「自然改造計画」が実施され、綿花栽培のため灌漑やカラクム運河が建設され、それが原因でアムダリヤ川とシルダリヤ川から流れ込む水量が激減し、世界で4番目の面積を誇ったアラル海の面積が大幅に縮小し、6〜8割以上も干上がっているといわれています。綿花の輸出は、この国の経済をささえており、その利権は一部の権力者に支配されています。綿花栽培における、様々な問題をどのように解決していくのか、注視していきたと思います。<br /><br /><br /><br />

ウズベキスタンの旅(3)・・ティムールの生まれ故郷シャフリサブスを訪ねて

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2013/09/24 - 2013/09/24

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旅行記グループ 中央アジアの旅

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YAMAJI

YAMAJIさん

シャフリサブスについて

「緑の街」という意味を持つシャフリサブスは、遠くにザラフシャン山脈が見える谷間の小さな町で、かっては緑豊かなオアシス都市でした。古くから「ケシュ」という名で知られており、7世紀には玄奘三蔵も訪れています。

シャフリサブスは、ゾグディアナの古都で、ティムールの生まれた場所として有名です。ティムールは、サマルカンドにも劣らない壮大な建築物を建てました。16世紀後半に、嫉妬に駆られたブハラ・ハーンにより、ほとんどの建物が破壊されてしまいました。

現在のシャフルサブスは、昔日の華やかな面影はないが、その静かなたたずまいには、大いなる歴史が秘められていました。シャフリサブス歴史地区は、2000年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。

1、アク・サライ宮殿跡

アク・サライとは、「白い宮殿」という意味ですが、実際には青と金色のタイルで装飾された宮殿だったといいます。アク・サライ宮殿は、1380〜1405年に建築された、ティムールが残した最大の建造物で、現在は宮殿の入口部分だけが残っています。宮殿跡の公園には、ウズベキスタンの英雄、アミール・ティムールの像が立っています。1336年この地を治める豪族の家に生まれ、世界の支配者の道を歩んでいきました。

2、ドルッサオダット建築群

ドルッサオダットとは、「大いなる力の座」という意味です。まず、ハズラティ・イマーム・モスクに寄ります。このモスクは15世紀に建設され、19世紀に大修理が行われています。次に、シャハンギール廟です。22歳で戦死したティムールの長男の廟で、14世紀に建築されました。そして最後は、ティムール自身が自分のために用意した、地下墓室です。ティムールは、1405年に中国遠征中に亡くなり、遺体はサマルカンドに埋葬されたため、ここに用意された石棺は使われませんでした。

3、ドルッティロヴァット建築群

ドルッティロヴァットとは、「瞑想の家」という意味です。コク・グンバス・モスクは、ウルグベクによって、1435〜1437年に建てられ、モスク内部はタイル張りではなく、フレスコ画のような、落ち着いた内装になっています。モスクと同時期に建てられた、グンバズィ・サイーダン廟は、ウルグベクが自分の子孫のために建てたもので、内部には4つの墓石が並んでいます。シャムスッディン・クラル廟は、1374年にティムールにより建てられたもので、ティムールの父とその指導者シャムスッディン・クラルが葬られています。


綿花栽培について

世界で生産されている繊維の、約40%が綿製品です。ウズベキスタンの綿花生産量は、中国、インド、アメリカ、パキスタン、ブラジルについで、世界第6位です。綿花摘みは、9〜11月上旬に行われ、小さい子供から大学生まで動員され、学校も休みになります。綿花摘みは、子供達でも1日30kg、ベテランで1日100kgも摘むそうです。綿花摘みにおける児童労働が問題になっており、ヨーロッパでは不買運動も起こっています。又、綿花栽培には、大量の殺虫剤や農薬、除草剤が使われており、従事する人々の健康にも大きな問題です。

旧ソ連時代に、ウズベキスタンやトルクメニスタンで「自然改造計画」が実施され、綿花栽培のため灌漑やカラクム運河が建設され、それが原因でアムダリヤ川とシルダリヤ川から流れ込む水量が激減し、世界で4番目の面積を誇ったアラル海の面積が大幅に縮小し、6〜8割以上も干上がっているといわれています。綿花の輸出は、この国の経済をささえており、その利権は一部の権力者に支配されています。綿花栽培における、様々な問題をどのように解決していくのか、注視していきたと思います。



旅行の満足度
3.0
観光
3.5
ホテル
3.0
グルメ
3.0
ショッピング
3.0
交通
1.0

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  • ブハラを出発し、ティムールの生まれ故郷のシャフリサブスを観光し、サマルカンドに向かいます。今日は東へ470kmの移動です。

    ブハラを出発し、ティムールの生まれ故郷のシャフリサブスを観光し、サマルカンドに向かいます。今日は東へ470kmの移動です。

  • 羊の放牧です。奥に貨物列車が走っています。

    羊の放牧です。奥に貨物列車が走っています。

  • 天然ガスの工場が見えてきました。

    天然ガスの工場が見えてきました。

  • 天然ガスの採掘も行われています。

    天然ガスの採掘も行われています。

  • トイレ休憩中です。外観は綺麗いですが年期の入った大型バスで、エンジン音に閉口、エアコンの吹き出し口も調節できずです。

    トイレ休憩中です。外観は綺麗いですが年期の入った大型バスで、エンジン音に閉口、エアコンの吹き出し口も調節できずです。

  • レンガ工場です。

    レンガ工場です。

  • 昼食はシャフリサブスの民家で頂きます。

    昼食はシャフリサブスの民家で頂きます。

  • 前菜、トマト・キュウルが丸ごと、ピーナツや砂糖菓子が並びます。

    前菜、トマト・キュウルが丸ごと、ピーナツや砂糖菓子が並びます。

  • ナンです。ふっくら部分だけ出ました。

    ナンです。ふっくら部分だけ出ました。

  • 野菜と卵のスープです。

    野菜と卵のスープです。

  • メインのマントゥイです。

    メインのマントゥイです。

  • 庭には柿の木が植えてあります。

    庭には柿の木が植えてあります。

  • 柿がたわわに実っていました。

    柿がたわわに実っていました。

  • アク・サライ宮殿跡は、広場に成っています。シャフリサブス歴史地区は、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。

    アク・サライ宮殿跡は、広場に成っています。シャフリサブス歴史地区は、ユネスコの世界文化遺産に登録されています。

  • ティムール像と宮殿のアーチが迎えてくれます。1380〜1405年に建設された、ティムールが残した最大の建造物で、現在は宮殿の入口部分だけが残っています。

    イチオシ

    ティムール像と宮殿のアーチが迎えてくれます。1380〜1405年に建設された、ティムールが残した最大の建造物で、現在は宮殿の入口部分だけが残っています。

  • ウズベキスタンの英雄、アミール・ティムールの像です。1336年この地方を治める豪族の家に生まれ、世界の支配者の道を歩んでいきました。

    ウズベキスタンの英雄、アミール・ティムールの像です。1336年この地方を治める豪族の家に生まれ、世界の支配者の道を歩んでいきました。

  • 結婚式では必ずティムールの像を訪れるという。

    結婚式では必ずティムールの像を訪れるという。

  • 宮殿入口部分の、現在の高さは38mだが、当時は60mの高さがあったという。

    宮殿入口部分の、現在の高さは38mだが、当時は60mの高さがあったという。

  • 創建当時の宮殿入口(アーチ)の想像図です。青タイルを多用し、金色タイルで装飾された、壮大な建物でした。

    創建当時の宮殿入口(アーチ)の想像図です。青タイルを多用し、金色タイルで装飾された、壮大な建物でした。

  • 入口部分を裏側(こちら側が宮殿の正面)から見ています。裏側には青いタイルの装飾が良く残っています。

    入口部分を裏側(こちら側が宮殿の正面)から見ています。裏側には青いタイルの装飾が良く残っています。

  • アーチ下のタイルです。8種類以上の色を組み合わせた、幾何学模様や文字模様、植物模様が美しい壁面です。

    アーチ下のタイルです。8種類以上の色を組み合わせた、幾何学模様や文字模様、植物模様が美しい壁面です。

  • 入口の塔の幾何学模様です。

    入口の塔の幾何学模様です。

  • 入口の塔の文字模様です。

    入口の塔の文字模様です。

  • 入口の塔の上に登りました。登頂料は5000スム(約2.5ドル)です。

    入口の塔の上に登りました。登頂料は5000スム(約2.5ドル)です。

  • 塔の階段です。

    塔の階段です。

  • 屋上に到着です。

    屋上に到着です。

  • 南側の展望です。アク・サライ宮殿跡は公園に成っています。公園の中心にティムール像が見えます。

    南側の展望です。アク・サライ宮殿跡は公園に成っています。公園の中心にティムール像が見えます。

  • ドルッサオダット建築群にズームアップです。

    ドルッサオダット建築群にズームアップです。

  • ドルッティロヴァット建築群にズームアップです。

    ドルッティロヴァット建築群にズームアップです。

  • 北側の展望です。サマルカンドへは、遠くに見えるザラフシャン山脈を超えていきます。

    北側の展望です。サマルカンドへは、遠くに見えるザラフシャン山脈を超えていきます。

  • ドルッサオダット建築群です。ティムールの長男ジャハンギールと次男オマルジェイクの廟があります。ティムールもここに埋葬される予定でした。

    イチオシ

    ドルッサオダット建築群です。ティムールの長男ジャハンギールと次男オマルジェイクの廟があります。ティムールもここに埋葬される予定でした。

  • ハズラティ・イマーム・モスクです。15世紀に建設され、19世紀に大修理が行われています。

    ハズラティ・イマーム・モスクです。15世紀に建設され、19世紀に大修理が行われています。

  • ジャハンギール廟です。22歳で戦死したティムールの長男の廟で、14世紀に建設されました。

    ジャハンギール廟です。22歳で戦死したティムールの長男の廟で、14世紀に建設されました。

  • ジャハギールの墓が中にあります。

    ジャハギールの墓が中にあります。

  • ティムールが自分の為に用意した、地下墓室に向かいます。

    ティムールが自分の為に用意した、地下墓室に向かいます。

  • ティムールは、1405年に中国遠征中に亡くなり、遺体はサマルカンドに埋葬されました。

    イチオシ

    ティムールは、1405年に中国遠征中に亡くなり、遺体はサマルカンドに埋葬されました。

  • ティムールが入る予定だった石棺です。

    ティムールが入る予定だった石棺です。

  • ドルッティロヴァット建築群です。写真撮影料は3000スム(約1.5ドル)でした。

    イチオシ

    ドルッティロヴァット建築群です。写真撮影料は3000スム(約1.5ドル)でした。

  • 良く手入れされた中庭です。

    良く手入れされた中庭です。

  • 中庭に面して沢山の、お土産屋が並んでいます。

    中庭に面して沢山の、お土産屋が並んでいます。

  • 中庭のミイナレットです。

    中庭のミイナレットです。

  • コク・グンバス・モスクです。ウズルベクが建てた、15世紀のコク・グンバス・モスクです。

    コク・グンバス・モスクです。ウズルベクが建てた、15世紀のコク・グンバス・モスクです。

  • モスクの内部です。タイル張りではなく、フレスコ画のような内装で、正面に白いミフラーブがあります。

    モスクの内部です。タイル張りではなく、フレスコ画のような内装で、正面に白いミフラーブがあります。

  • モスクのドームの天井です。

    モスクのドームの天井です。

  • 右側の廟がグンバズィ・サイーダン廟で、左側の廟がシャムスッディン・クラル廟です。

    右側の廟がグンバズィ・サイーダン廟で、左側の廟がシャムスッディン・クラル廟です。

  • グンバズィ・サイーダン廟の内部です。この廟の内部もタイル張りではなく、フレスコ画のような内装です。

    グンバズィ・サイーダン廟の内部です。この廟の内部もタイル張りではなく、フレスコ画のような内装です。

  • 廟の中には、4つの墓石があります。ウルグベクが、自分の子孫のために建てたものです。

    廟の中には、4つの墓石があります。ウルグベクが、自分の子孫のために建てたものです。

  • 廟のドームの天井です。

    廟のドームの天井です。

  • シャムスッディン・クラル廟の内部です。ティムールの父とその指導者シャムスッディン・クラルが葬られています。

    シャムスッディン・クラル廟の内部です。ティムールの父とその指導者シャムスッディン・クラルが葬られています。

  • 廟のドームの天井です。

    廟のドームの天井です。

  • 綿花畑の見学です。

    イチオシ

    綿花畑の見学です。

  • 綿花摘みの人々です。

    イチオシ

    綿花摘みの人々です。

  • 赤色とクリーム色の花が、咲いています。

    赤色とクリーム色の花が、咲いています。

  • 白い綿毛が沢山ついています。

    白い綿毛が沢山ついています。

  • 綿毛は実に綺麗です。

    綿毛は実に綺麗です。

  • 上から花、実、綿毛です。

    上から花、実、綿毛です。

  • これからザラフシャン山脈を超えます。バスでは通れないタフタカラチャ峠を、迂回してサマルカンドに向かいます。

    これからザラフシャン山脈を超えます。バスでは通れないタフタカラチャ峠を、迂回してサマルカンドに向かいます。

  • 牛の放牧風景です。

    牛の放牧風景です。

  • ウマゴヤシの畑です。

    ウマゴヤシの畑です。

  • 家族で何の収穫でしょうか?画像を拡大すると、アスパラガスが生えているようにも見えますが。

    家族で何の収穫でしょうか?画像を拡大すると、アスパラガスが生えているようにも見えますが。

  • 途中の集落です。

    途中の集落です。

  • 羊の放牧風景です。

    羊の放牧風景です。

  • ガソリンスタンドです。中央アジアのガソリンスタンドは、売店が併設されていないので、トイレの利用が出来ません。

    ガソリンスタンドです。中央アジアのガソリンスタンドは、売店が併設されていないので、トイレの利用が出来ません。

  • ブドウ畑です。

    ブドウ畑です。

  • サマルカンドに入ってきました。2連泊のリーガルパレスホテルに向かいます。

    サマルカンドに入ってきました。2連泊のリーガルパレスホテルに向かいます。

  • 今日の夕食は、ホテルのレストランです。まずボルシチです。

    今日の夕食は、ホテルのレストランです。まずボルシチです。

  • メインの牛のカツレツです。ハンバーグのようです。

    メインの牛のカツレツです。ハンバーグのようです。

  • 今日はホテル、久しぶりのコーヒです。

    今日はホテル、久しぶりのコーヒです。

  • ホテルのベランダから飛行場が見えます。

    ホテルのベランダから飛行場が見えます。

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