2013/09/06 - 2013/09/11
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コタ(Kota)1号さん
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キューバの違和感....
社会主義国家で、米国から経済制裁を受け続け 経済疲弊している国家。しかもまだ革命を起こした将軍様が生きている国...。
状況からは......北朝鮮とそっくりじゃん!?
でも.......
なんか イメージと全然違うんです....。
古い建物が なんか重厚なんです....。
街に音楽や色が溢れかえり....。
米国の50'sの古い映画でしか見たことが無い
50年近く前のアメ車が....走り回っている世界って.いったい...
もしかして、この国 昔 栄華を誇った時代があるんじゃなの....?
ハバナには、
その過去の栄華の足跡の一つ....トロピカーナという劇場式のキャバレーが残っています...。
1959年キューバ革命の20年も前にOPENしたお店です。
フランクシナトラなどの米国の著名人が舞台に上ったという当時の記録も残っているんです....。
- 旅行の満足度
- 5.0
PR
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キューバという国は かつてはスペインの植民地時代が約400年続きました。
スペインからの独立後、隣国 米国によって1902年?59年キューバ革命までの約60年間 統治されていました(表面上は独立国家です)。
その時以来、キューバの南東に位置する「グァンタナモ湾」を米国の永久租借地とし、そこに基地を建設今なおキューバの中に米国の飛び地がある状態となっています。
あのイラク戦争の時に捕虜を収容する場所として有名になった「グァンタナモ基地」は なんと...キューバにあるんです....。
知らんかったぁ....というか 意識した事なかったぁぁ,,,.。
写真:ハバナのモロ要塞。モロ要塞 史跡・遺跡
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トロピカーナ入口~!
開始前には、お客で溢れます.....革命広場 広場・公園
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元々のこの土地の収入源は、スペイン植民地時代の砂糖産業と葉巻の専売。
この二本立てにより莫大な富を得てきた歴史があります。
その時代に大規模な奴隷制度が敷かれ、その子孫が現在のキューバ系黒人のルーツと思われます。
写真:
トロピカーナのオープニングはこのような形で始まります...。
キューバでは他の店でも、黒人の女性がバイオリンを弾く場面によく遭遇します。失礼ですが、私にとってはこの珍しい光景についマジマジと見入ってしまします。皆様非常に品が良い感じです。キャバレー トロピカーナ ナイトライフ
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さて、
60年間近く(1902-1959)の米国統治下時代において、2度政権に就いたバチスタという大統領が この国の混沌とした雰囲気の原型を作る上で....良い意味でも悪い意味でも 大きな役割を担ったようです。
実はこの大統領は最初1936年-44年の第二次世界大戦中に大統領を務めた後、しこたま溜め込んだ財産を丸抱え米国のフロリダに亡命(逃亡)します。
その後 10年間近くを米国のフロリダで過ごし、その間にこの元大統領は米国本土で な...なんと「カジノ経営」に乗り出しました。
ええっ...ど...どうして.......!?......元大統領がカジノ経営....?
当然...裏の世界、つまり当時のアメリカンマフィアとの繋がりの中でのビジネスを行なっていた事になります...。
時代背景的には、まさに映画「ゴッドファーザー」全盛期の時代に当たります。アルマス広場(リマ) 広場・公園
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そしてこの人はアメリカンマフィアの支援を受ける事により、突然1952年にキューバで軍事クーデターを起こし、成功してしまいます。
そこからキューバ革命が起こる59年までの間に、マフィア資本をバックに歓楽の都キューバ(ハバナ)が築かれて行きました。
このクーデターは、米国本国国内で締め付けが厳しくなっていたカジノ資本を150km離れたキューバという別の国、つまり米国司法の手が届かない土地につぎ込むため画策された「悪いやつら」の国家転覆クーデターと歴史上は語られています...。La Girardilla 地元の料理
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バチスタはクーデターで政権を奪取後、憲法を停止した上で独裁政治を始めます。
この政権下、米国のキューバ支配は頂点に達し、
『バチスタ政権』・『米国政府』・『米国企業』・『マフィア』が
四つ巴となりキューバの富を独占し、その富が米国本土に流れるような社会構造が形成されていったという時代背景だったようです....。オビスポ通り その他の店舗
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このバチスタ政権の返り咲き劇の裏には米国本土で犯罪の帝王と呼ばれていたマフィアのランスキーという人物が深く絡んでいた事までが現代歴史上では明らかになっています。
で....最初にこの人物がハバナに足を踏み入れたのは1939年。
つまりこのトロピカーナというキャバレーがOPENした年に当たります...。エル・パティオ その他の料理
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マフィアたちは、キューバにおける利権のほとんど統べてを握り、カジノ/売春/ヘロインと、まさに米国の法律が通用しないキューバの地ですき放題に今で言うブラック資本の帝国を作っていったというのが、今も残るキューバという国に放たれている不思議さの土台と思われます。
アジアで言うと...少し前カオス時代の「香港やマカオ」という感じでしょうか....。
ということで、当時キューバは米国にとって、表ではカリブ海での戦略的同盟国、陰ではマフィアの暗躍地だった時代があったんです..。
その時代の面影が.....今は社会主義であるはずのこの国家に似つかわしくない建造物やクラシックカー、そして派手なショーダンスや音楽、モヒートやダイキリといった世界的有名なカクテルといった形でその足跡を残しているんです..。カバーニャ要塞 史跡・遺跡
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59年のキューバ革命とは.....
この米国資本(裏社会を含む)が常識や度を越えた、本国では違法でできないような事も好き放題に行っている現状にウンザリしたキューバ人たちが起こした革命だったとも言えるんですね.....。
し...知らんかった...。モロ要塞 史跡・遺跡
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当時、大学を出て9年しか経っていない弁護士カストロとその同胞たち、またアルゼンチン人の医師ゲバラが立ち上がりキューバ革命が実現する事になります(ゲバラは軍医として参加)。
革命軍は、米国に牛耳られていた土地や産業をすべてキューバ人の手に戻すべく国有化を実施し、国内産業の発達に力を入れ始めました。
※
ところで外国資本の国有化というのは一見異常なようですが、現代社会でも未だ実際に起こりえる事です。
昨年2012年、(社会主義国家でもない)アルゼンチン政府が突然当地のスペイン資本の資源会社を接収(国有化)する事件がありました....。
余談までに...。サンクリストバル大聖堂 寺院・教会
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キューバ革命によってカストロ政権が成立すると、キューバから追い出された米国(当時アイゼンハワー大統領)は猛反発。キューバを敵視するに至りました。
そりゃそーです。良いやつも悪いやつも、当時資金をこの国に投下していた資本家(時の権力者たち)は多いでしょうから、そりゃ、この国のやり方に対する恨み節はすごかったのではと想像できます。
そして当時の政治背景として、まさに米国とソ連は冷戦の真っ最中。(翌年60年からアジアでは15年間にも及ぶベトナム戦争が勃発しています...)ハバナ大聖堂 寺院・教会
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米国に冷たくされたカストロは必然的にソ連に接近。当時のフルシチョフはキューバに中距離核ミサイルの配備を進めました。
※
後日談として、この時カストロの本心は、米国とは仲良くしたままでいたかったと述べています 笑。プンタ要塞 史跡・遺跡
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1962年ケネディ大統領はキューバとの輸出入を全面禁止し、キューバの経済封鎖を開始...
サンクチュアリ アット グランド メモリーズ バラデロ - アダルト オンリー - オールインクルーシブ ホテル
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イチオシ
そして誰もが知っているあの有名なキューバ危機(1962年10月)に至ります。
これにより、米国とキューバの関係は修復不可能な状況となって行きました。ラ・フロリダ 地元の料理
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米国の激しい経済制裁に晒される中、
1965年にはキューバカストロ政府は、なぜかキューバ人の米国移住を認めることで合意し、1973年までに26万人以上がキューバを去ったとのこと....。その中にはカストロの娘も含まれているようです..。(WIKIより)
※
この辺りもある日突然国境を設け閉鎖してしまう北朝鮮や東欧(旧ベルリン)とはなんか..ちょっと..違います...。カバーニャ要塞 史跡・遺跡
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イチオシ
写真:
そのころにソ連から持ち込まれたミサイルの残骸がカバーニャ要塞の丘に今でも飾られています(場所はゲバラ私邸の近くです)。
何故か余りガイド本には載っていないのですが、ここはなかなか見ごたえがあります。第一ゲバラ邸宅 史跡・遺跡
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イチオシ
す....すごい...。
当時の時代背景を知った上で見ますと...ここにある展示物は..す..すごい..大迫力...です..。革命博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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その時の撃墜された米国の爆撃機の残骸も飾られています...。
ガルシア ロルカ劇場 劇場・ホール・ショー
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ところで冷戦後に公表され明らかになった事は....
キューバ危機の時点では既にソ連はキューバに核ミサイルを42基(核弾頭は150発)配備済みであり、グアンタナモ米軍基地への核攻撃も準備済みであったというのが事実だったようです....。
全く 恐ろしい話です..。
写真:街中にある革命博物館。El Malecon 散歩・街歩き
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その後 キューバは、最大の支援国ソ連の崩壊が原因で、90年代の超貧困に陥りますが、その時期をなんとか乗り切り、カストロ政権の一党制体制は維持されました。
他方で土地の私的所有や(ヨハネパウロの訪問により)宗教信仰の自由などを認める等各種の自由化が徐々に進められているようです。ラム酒ハバナ クラブ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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写真:
このモニュメントは街中にあるのですが、今は「ピアノ(あるいはオルガンか?)の鍵盤」に見えますが、
実はその昔、「機関銃の弾を込めるカートリッジ」であったのではないか...と勝手に想像してしまいます....。
平和や自由が徐々に浸透し始めているのでないでしょうか...。Irma y Roly 地元の料理
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今や米国から一部の農産物が輸出されており、その量が少しづつ毎年着実に伸びているそうです。
また、かつては世界で有数の砂糖生産国であったキューバも、現在さとうきび畑の大部分を転作化しており、米国への輸出も検討されているような噂もでています。
表向きは経済制裁を継続していたはずの旧クリントン政権時代にはハバナにある米国利益代表部は大改築を行ない、現在は巨大なビルへと変貌しています。
写真:
街中に貼ってあるカストロ(フィデル)とラウルは、幸せそーな好々爺のように手を振っています。ビエハ広場 広場・公園
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2008年2月にフィデル・カストロは国家元首兼首相兼軍最高司令官の退任を正式に表明しその後任に 弟のラウルが選出されています。
ラウルは就任早々、規制緩和を次々打ち出し、一般国民の携帯電話所持やホテル宿泊、家電製品購入などが自由にできるようになり現在に至っています。。
写真:
描かれている絵も....社会主義国家にありがちのガチ拳・トンカチ系ではなく、なんだか..ポップで 漫画チックで... 実にほのぼのしています..。エル・コロニアル その他の料理
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写真は、1930年に建てられた「Nasional de Cuba」ホテルです。
米国統治下において、毎晩 著名人やお金持ちが集まり、パーティが開かれていたであろう場所です。
マフィアのゴッドファーザー達の出入りもあった一方で、
過去の宿泊者には、
ウォルトディズニー/マーロンブランド/ジョンウェィン/ウィンザー公爵/ヘミングウェイ/ウィンストンチャーチル/ロックフェラー/サルトル/プリンスウェールズ/ガガーリン(宇宙飛行士)...等々
すごい面々の名前が。ホテル ナショナル デ キューバ ホテル
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ナットキングコール(ナタリーコールの親父)がショーでキューバを訪れたところ、オーナーの米国人が本国の人種差別制度を引きずり、キングの宿泊を一度は拒否したという逸話も残っています..。
ホテル ナショナル デ キューバ ホテル
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中庭に面したバーには、過去に宿泊した有名人達の写真が飾られています。
かなり往年の面々が多いようです。
80歳代の私の両親が泣いて喜びそうな往年のスターがたくさんいます。
※
最近の面々もあり各国首脳の顔写真もあります。前イラン大統領(アフマデイネジャド氏)の写真も...ホテル ナショナル デ キューバ ホテル
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このカウンターは、超VIPばかりが集ったと言われる有名カウンター。
メリア サンティアゴ デ キューバ ホテル
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ところで....
ダンスに興味が無い...いや、そんな事をしたら体が壊れてしまう年齢の私でも....
誰もが一度は名前を聞いたことがある
『ルンバ (←掃除機じゃないですよ!)』 も
『マンボ』 も
『チャチャチャ』 も
『サルサ』 も
なんとすべてが キューバが発祥のダンスだそうです。Pp's 鉄板焼き 和食
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知らんかった....。
オールド・ハバナとその要塞群 旧市街・古い町並み
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キューバの伝統的な『ルンバ』は、
キューバに奴隷として連れられてきたアフリカ系民によって成立した音楽及び踊り。サン ホセ民芸品市場 市場
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黒人宗教音楽から派生したキューバの郷土娯楽音楽だそうです。
コロニアルアート博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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一方で
『マンボ』という言葉は、
隣の島ハイチの土着宗教ヴードゥーの女司祭の名前で「神との対話」の意味を持つそうです。ホテル アンボス ムンドス 511号室 建造物
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それがキューバに渡り、キューバ式のダンススタイルとして確立され世界に知られるようになったそうです。
パルタガス葉巻工場 建造物
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『チャチャチャ』もキューバ起源だそうです。
また
『サルサ』も諸説がいろいろあるようですが、
1930年代にカリブの島キューバのソンやルンバから発展したものをサルサの発祥とする説が有力であり、どうもこれも少なからずキューバに関係が有るようです。プラネタリウム 博物館・美術館・ギャラリー
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私には その違いがさっぱりわかりませんが....
それでも確かに一度は耳にした事のある名前ばかりです。
これはキューバが、米国に支配されている時代、快楽のカオスの時代1920年頃からこの国に根付いていた土着の音楽が発掘され、レコード化され、世界に発信され流行していったという流れのようです.....。パルケ・セントラル、NHホテル 地元の料理
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そういう意味では、世界的なキューバ発信の音楽や文化が意外にたくさんあることを改めて知る次第...
すげぇ.......。コロンブスのお墓 史跡・遺跡
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イチオシ
モヒート。
ハバナクラブのラム酒カクテル。アルコール度数25度。
葉っぱは ミントの葉です。香菜(パクチー)ではないのでご安心を。カサブランカ その他の料理
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ついでに、ビールも飲んでおきます~
.....つづく。ホテル フロリダ ホテル
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この旅行記へのコメント (12)
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- ドロミティさん 2017/08/05 08:50:32
- キューバの魅力100%です♪
- コタ(Kota)1号さん、おはようございます^^
こちらは今、午前9時前です。
朝から楽しい旅行記を拝見させていただきありがとうございました。
キレイなお姉さんの形の良いお尻、、その楽しそうな表情!
こちらも思わず体が動き出してしみそうです(*^_^*)
しばらくキューバから目が離せません。
アマゾンまでなかなか行き着けませんが、順番に一編一編拝見するの
楽しみです。
それではまたお邪魔しま〜す☆ ドロミティ
- コタ(Kota)1号さん からの返信 2017/08/06 18:39:57
- RE: キューバの魅力100%です♪
ドロミティ 様
おはようございます。
そーなんです。
そこの写真と共にキューバ―の歴史を沢山書きだしてみたですが、北朝鮮と同じ社会主義体制下のキューバのイメージで近づきますと、イメージが全然、異なるんです。
やっぱり、「ラテン」と「政治体制)、どちらが強いのか?....となると....自然に彼らの実に着いたラテンが滲み出ているんです。
こんな大昔のUSA仕込みのショーだけを見ていますと、私がいるブラジルとなんの変りもございません。
ラテンの血、恐るべし.....です。
コタ@
-
- ちどり OYAJIさん 2017/04/22 07:33:50
- お邪魔します
- ありがとうございます 勉強になりました
- コタ(Kota)1号さん からの返信 2017/04/24 07:14:46
- RE: お邪魔します
- ちどりOYAJI 様
どういたしまして。
コタ@ 今後とも宜しくお願いします。
-
- わんぱく大将さん 2014/02/17 08:31:55
- う〜ん、いいケツ
- コタ1号さん
いいケツ撮ってますねえ、とそういうことではなく、解説の通り、スペインはというかカタルニア人じゃないかな、キューバでも膨大な富を得て、カタルニアに帰って事業を興した人、いくらでもおりまっせえ。 1900年の初めの時代でしょかね。 それまでカタルニア人はアメリカ貿易には参加させてもらえず、それが溶けた暁には、もう、どえらい富になってしまったようで。今更ですがカタルニア、早くスペインから独立したいようで。
昔の夢をもう一度、と言うことなんでしょうかね。
大将
- コタ(Kota)1号さん からの返信 2014/02/19 10:03:46
- RE: う〜ん、いいケツ
- 別のおケツをどうぞ。
http://4travel.jp/travelogue/10791490
実は、私 スペインの歴史の変遷....全然知りません。
....カタルニア....。
確かに 以前 マラガで仕事していた方も色々スペインの奥深さを語っていましたが、こればっかは....
まったく....私には よくわかりません....ぜ.。
こんなことを本物のカタルニア人の前で言えば....ぶん殴られますね..笑..。
歴史を良く勉強してから、そのうち覘きに行きますわ。
いずれにしても 私が働いているところでは、スペインが一番人気ではあります。
コタ@
-
- yunさん 2013/11/18 22:39:31
- 笑顔
- コタ1号さん
はじめまして、yunと申します。
先日は我が旅行記へお立ち寄りありがとうございました。
さて… キューバ!
ムムムッと勉強しながらゆっくり拝見しました。
知らない事のオンパレードでした。
自分だって生きてた部分さえも全然知らない… 不勉強の限り…
でも不勉強を改め、猛勉強しても行ってみたいな!と強く感じました。
英雄は男性なれど、現代を生きるこの女性達が負けずカッコいい♪
美しいその笑顔に、心地よい「強さ」を感じます。
刺激を受ける旅行記でした。またお邪魔させてください。
yun
- コタ(Kota)1号さん からの返信 2013/11/19 06:13:17
- 御礼
- yun 様
初めまして。
yunさんのイタリア旅行記、写真もの凄く綺麗です。写真を見ながら想像を膨らまさせて頂きました。上品な映画を観ているようです。
やはりラテンは 色彩鮮やかですね(逆に上海ひとり大負け..はどんよりしておりますが...笑)。
イタリアやスペインが元祖ラテンと分かっていながら、ヨーロッパは敷居が高くなかなか近づけないコタでございます。
中南米も含めてラテン国家は総じて女性を大切にする文化ですね。
女性が生き生きしている国は、国力や経済力に関わらず、国全体が非常に明るく・元気で、余裕が無いはずなのに余裕を感じます。
どこへ行っても滞在中も本当に居心地がいいんです。人が人として人に対して やさしいんだと思います。
さてキューバという国。良い意味で予想を覆してくれます。
なかなか侮れません。これから本当に良い方向に飛び立ち発展して頂きたい国だと思います。現状 未だ ちょっとカオスなところはありますが 治安は良好。
時間に余裕があれば、是非 お勧めですよぉ!
では では。
コタ@
-
- pedaruさん 2013/10/07 06:33:22
- キューバ
- コタ1号さん お早うございます。
し、知らんかったー 大変勉強になりました。コタ1号さんの解説に釘付けです。 踊り子にも・・・
pedaru
- コタ(Kota)1号さん からの返信 2013/10/07 08:58:53
- いつも有難う御座います。
- Pedaruさん
お早う御座います。
ご連絡有難う御座います。
・・・でしょう〜?
私も全く知りませんでした...やはり旅行っていうのは、いい勉強のきっかけになります。
常に勉強不足な私なので、今回も でたとこ勝負で短期間のキューバ滞在でしたが、なんだか余りにも不思議感漂うハバナに、断然興味が湧いてしまい、帰国後、過去の歴史を調べてみました(旅行前に調べておけばいいのに...といつも後悔している私です 苦笑)。
社会主義・キューバ危機・カストロ・ゲバラに、野球・大道芸・キャバレーそして50年代のクラシックカー....このアンバランスが本当に不思議です。
まったくカオスなキューバでした。
コタ@私も踊り子に仰け反りました....
-
- 鯨の味噌汁さん 2013/10/03 08:28:37
- そんな歴史があったんですねぇ。。。
- カリブ海の島って、日本からは遠い遠いイメージがあります。キューバもドミニカもハイチもジャマイカもみんないっしょくたで、位置関係もイマイチわからんです。(ワシが頭が弱いだけかもしれませんが)
キューバがアメリカから「ならず者国家」扱いされて制裁を食らってた、くらいの知識しかありませんが。。。マフィアがずんずんと入り込んで、一大帝国を築いていたとは、知らなかったよ空がこんなにあお〜いとは、でございます。
お姫さまたちのチチとかケツを鑑賞するばかりが観光ではないのですね(←反省)。
「テルマエロマエ」のヤマザキマリさんが、20代でキューバを訪れた時のことを「世界の果てでも漫画描き」とゆう本の中で描いておられました。多分、90年代の話だと思います。食事は配給制で国民は貧しく、それでも歌と踊りが街にあふれて、停電の夜、人々は暗い通りに出て歌い踊っていたそうです。
なんだかその漫画の後日談を読ませていただいた気分です。
- コタ(Kota)1号さん からの返信 2013/10/04 01:45:16
- いつもありがとうございます。
- 鯨の味噌汁 様
毎度です。
そーなんです。
カリブ、カリブと日本では頻繁に耳にする割には、意外と日本人にとってカリブ海は 遠い存在なんです。
ところで お金に汚い...いや失礼..お金に目敏い方々が税金逃れで悪い金を飛ばす事で有名な「ケイマン諸島(イギリスの飛び地)」も実はキューバの真下にあるんですよぉ...。私は知らんかったぁなぁぁ...
貧乏暇なしジャパニーズサラリーマンの私にはこれまでもそしてこれからも1000%無関係な場所です.......................とほほ...。
話を戻しますと、
あったんです。ならず者国家キューバにも.....桃色吐息とお姫様たちのおケツが...しかも たくさん...。
社会主義で、怖い国扱い、ひどい国だ!ひどい国だ!という喧伝は実は米国の策略。
本当は お姫様達を全部取られて一番怒っているのが彼らなんです。
その彼女達を取り戻す為に、ネチネチとしつこく いつまでも、新しい彼氏に元彼が50年間も嫌がらせを続けてきた....というまるで痴話ゲンカのような社会構造が ここには存在する....という事を 私なりに今回の旅で理解できました...勝手にそう理解することにしました。
いずれにしましても、カストロもラウルも歳には勝てないはずですので、良くなるにしても、悪くなるにしても社会構造がガラリと変わる可能性はすぐそこまで来ているようです。
コタ@
追伸)
ところ変わりまして、東アジア。
私は今の米国資本カジノで埋め尽くされ、観光客で溢れ、朝も昼も夜も大陸中国人観光客で溢れる「歓楽の都マカオ」よりも、いつもしっぽりしてコソコソって感じを醸し出していた昔の「しなびたマカオ」を心から愛しておりました。
今のキューバはまさにその変化の前夜に置かれている..感じとでも言いましょうか....。
わからんですよね..この事例......笑...。
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