2012/08/09 - 2012/08/10
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ぱんスキュさん
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2012年8月9日
セルビアからくるっと反時計回り、すでに行ったことのあるスロベニアを除く旧ユーゴの国すべて+ブルガリア、8カ国をめぐる旅。
---
セルビア・ベオグラードからバルカン入り。
ベオグラードでユーゴスラヴィアの建国者・チトー元帥のお墓詣りを済ませた後、バルカン半島が誇る映画監督エミール・クストリッツァがセルビア・モクラゴラに作った【ドルベングラード】、そしてヴィシェグラードに建設中の【アンドリッチグラード】という2つの映画村を訪ねました。
さて旅は続きます。
ヴィシェグラードからバスでサラエボに出発。
ここでは内戦を中心とした歴史をめぐる、というのが大きなテーマ。
サラエヴォ中心街から始まり、ラテン橋、スナイパー通り、ホリディイン、歴史博物館、ゼトラの墓地など。
多民族共生のモデルとなっていたBIHおよびサラエヴォが、内戦で文字通り骨肉の争いを行っていったのは、本当に悲劇でしかありません。
【民族】という概念とは何か、と深く考えさせられました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ヴィシェグラードからサラエヴォへと。
バスのタイムテーブルは前の旅行記参照。
よく見るとこのバス、ベオグラード始発。
走行距離長い!。 -
ヴィシェグラードをはじめ、ボスニア・ヘルツェゴビナ(以下BIH)内のセルビア人共和国側の各都市から、またはセルビア方面からのバスは、町の中心部から外れた東サラエボバスターミナル、通称【ルカヴィツァ】に着く。
ちなみにこの駅は周辺にかなりなにもなく、他国からこのバス停に着いたときは両替なども一骨折れますのでご注意を。
Autobuska Stanica Lukavica (Istočno Sarajevo)
時刻表です。
セルビア方面のほぼすべての主要都市へは、ここからの方が本数が圧倒的に多いです。 -
ルカヴィツァから町までの公共交通手段はトロリーバスのみ。
時間の都合もあり、タクシーで中心部まで移動。
10ユーロ。もう少し値切れたかも。 -
泊まった宿…Travellers Home Hostel
http://www.myhostel.ba/
アットホームなユースホステル。
気さくだけどルーズじゃない雰囲気です。
スタッフさんはみんな親切です◎ -
旧市街地の中心、バシチャルシァ。
古きオスマン・トルコの時代の家屋が並ぶ。
右手奥に見える水色ドームの建物が、水飲み場がある広場。たくさんの人のたまり場。 -
こんな感じでどこか中東の香りが漂う異空間。
右手のカフェなんか、まさにテテリア(中東風お茶屋) -
個人的にこの雰囲気は大スキです。
うん、アジア。 -
街の真ん中にはインフォセンターがある。
いろいろ聞くといろいろ教えてくれる。
-
旧市街のシンボル、時計塔。
残念ながら上ることはできない。
ここがバシチャルシヤ の中心地なので、
もし街で迷ったら上を見上げてみて。
時計台を探すとよいです。 -
全体的な雰囲気は、基本的にイスラムちっく。
モスクがチラホラみられる。 -
このときはラマダーン月だったため、
モスク前にこんな垂れ幕もかかっていた。 -
ガジ・フスレヴ・ベイ・ベジスタン。
ベジスタン=市場。
オスマン・トルコ時代のバザールが残っている。
歴史ある貴重な建物。 -
バザール内部。
もろに中近東のバザールそのまんまです。 -
昔のキャラバンサライ(隊商宿)を改装したカフェレストラン
良い雰囲気でした。
【モリチャ・ハン(Morića Han)】
http://en.wikipedia.org/wiki/Mori%C4%87a_Han -
夜の様子。
人がいっぱいで激混みです。 -
2階には無料のアートギャラリーがありました。
イスラム美術好き必見! -
こんな感じでイスラム書道とグラフィックを融合させたような、素晴らしい作品が並んでいました。
-
アラビア語が動物の形に!
-
いちばん大作だったのがこれ。
馬の形のアラビア語書道。
すごい発想! -
ガジ・フスレヴ・ベゴヴァ・イスラム関連施設。
モスクの内部に資料が売っている。 -
ここからがサラエヴォの真骨頂。
このモスクの隣、なんとシナゴーグが建っている。
シナゴーグ=ユダヤ教寺院
異宗教同士のモスクとシナゴーグが並ぶなんて。
他の都市では考えられない。
多民族都市サラエボならではの光景。 -
内部は綺麗に整備されています。
これは礼拝堂。
とても静かで厳か。
muzej Jevreja
http://www.city.ba/en/art-culture/museums/4284-jewish-museum-of-bosnia-herzegovina-new-temple -
中には展示物がたくさんあった。
昔の写真などもあります。 -
そうかと思えばすぐ近くにこんな建物も。
カトリック大聖堂(イエスの聖心大聖堂)
Rimokatokicka katedrala
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%81%96%E5%BF%83%E5%A4%A7%E8%81%96%E5%A0%82
おお、カトリックの教会が。。。
それはクロアチア人がこの地にもいることを証明している。 -
そしてそのまたすぐそばにあったのが、
セルビア大聖堂(生神女誕生大聖堂)
Srpsko-pravoslavra crkva
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E7%A5%9E%E5%A5%B3%E8%AA%95%E7%94%9F%E5%A4%A7%E8%81%96%E5%A0%82_%28%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%B4%E3%82%A9%29
西方のローマ・カトリックと東方正教会とがこんなに近くにあり、しかもすぐ傍にモスクとシナゴークもあり…
なんという多宗教多民族な地域だったんだろう。
だからこそ、サラエボ内戦は悲惨なものになっていった。その違いを煽られることでお互いに憎しみ合いエスカレートしていった。
まさに悲劇としか言えない歴史。 -
少しずつ歴史を近代に進めます。
これは【ラテン橋 Latinska cuprija】
オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディナンド夫妻が、セルビア人青年のガブリロ・プリンツィプによって狙撃・暗殺された、あの有名な、第一次世界大戦の引き金となった事件。
その歴史的ドラマはこの橋のたもとで起こった。 -
橋からバシュチャルシヤ方面を振り向くと、
右手に博物館が見えます。
サラエヴォ博物館
muzej Sarajeva -
内部は、暗殺に使われたピストルや帝国の制服など事件ゆかりの物が展示されています。
-
当日の皇太子夫妻のパレードの道順や、青年ボスニア党の狙撃犯たちの構成員と狙撃場所など、検証されたものが並んでいる。
一番左の写真が実行犯ガブリロ・プリンツィプ。 -
あとこの博物館一番の脱力コーナー。
皇太子夫妻の等身大模型。
なんかその…。
多分真面目に作ってあるんだろうけど…。
でも、かなりへなちょこな脱力系。。。
皇太子がインド人みたい。ぷぷぷ。
あっすみません…。でもおもろい。 -
気を取り直して…
さて舞台は現代史へ。
狙撃といえば、もう一つの悲劇。
それがユーゴスラヴィア分裂とサラエヴォ内戦。
そしてスナイパー通り。
トラムの3番に乗って西へと向かいます。
1.2KM(60円) -
バシチャルシヤから、町中心部を流れるミリャツカ川に沿ってまっすぐ西へ。
するとこの道に辿り着きます。
Zmaya od Bosne 通称【スナイパー通り】。
ここは先の内戦の際、この通りをゆくありとあらゆるものがセルビア軍兵によって狙撃されたため、このような名前が付けられました。
今はいたって普通の道。 -
そして通りの北側に見えるのが【ホリディ・イン】。
かつて内戦時にジャーナリストのたまり場だったホテルです。今でも普通に宿泊できます。 -
カフェを利用。
さすが高そうな雰囲気ですが、実はそうでもない。 -
ボスニャックコーヒー
2KM(120円)
これ、トルココーヒーとかアラビックコーヒーかと呼ばれるものとほぼ同じで、コーヒーの粉を小鍋でスパイスと一緒に煮詰めて上澄みだけを飲むというもの。
お茶請けはロクム。トルコのお菓子です。 -
ホリディ・インの向かい側にある、旧共和国議会ビル。
内戦時はボロボロにされたのが、今はすっかり復興。 -
同じくホリディインの向かいにある博物館。
国立博物館と、歴史博物館が並んでいる。
時間の都合上、歴史博物館だけ見学。
内戦時のことも詳しく展示されていた。 -
博物館のエントランス。
ボスニア・ヘルツェゴビナ歴史博物館
http://www.muzej.ba/index.php?lang=ba -
内部は、主に内戦時の歴史に関することの展示。
-
当時使用されていた武器や。。。
-
内戦当時の写真もあります。
-
内戦の犠牲者のお墓。
圧倒的に民間人が多かったそうです。
あとでこのお墓に行くことに。 -
ただし歴史博物館なので、
もちろん内戦時の歴史だけではなく、
第2次世界大戦時の展示もありました。
ユーゴスラビアがナチスに包囲されてるの図。 -
在りし日のチトー元帥。
-
一階に下ります。
-
内戦時の写真や絵画などが展示。
-
敷地の庭には戦車や兵器の実物展示があった。
-
外にあったモニュメント。
戦争と冷戦の犠牲者の鎮魂を願って…。 -
最後に、ゼトラ(ZETRA)と呼ばれる旧オリンピック関連施設へと。
ここにも内戦の消せない跡が。
中心街からタクシーで5km(約250円)くらいです。
これはオリンピックタワー。
ゼトラ・アイスアリーナのすぐ近くにあり、1984年にサラエボで行われた冬季オリンピックのシンボルになっている。 -
ゼトラ・アイスアリーナ。
ここは1984年のサラエヴォ冬季オリンピック大会で使用されたスケートリンクでしたが、内戦時に砲撃を受け破損し、国連軍の基地として転用されていたりもした。
今ではオリンピック博物館になっている。 -
近くの外壁。
このときはちょうど2012年、ロンドンオリンピック開催真っ只中で、オリンピックのポスターが貼ってあった。 -
かつての屋外補助競技場の壁。
今ではグラフィティのキャンバスに。
この裏に広がるのが… -
不自然なほどに広がる、一面の墓地。
内戦時の犠牲者は埋葬する場所も余裕もなく、仕方なくこの補助グラウンドを墓地へと転用したそうです。…。
ゼトラ側から見える墓地は新しいものが多いため、内戦の犠牲者のお墓ではないと思われます。
ぐるっと、コシェヴォ通り側の墓地に回ってみる。 -
ゼトラの裏側から見た光景。
多くの墓碑が、1993年没になっている。。。 -
<1993>
もう20年近くたつのに、墓碑銘すらない卒塔婆。 -
内戦の犠牲者は死者だけで1万人超といわれている。
サラエボを追われて難民になったり、物損などをいれると当然もっと多くの方が犠牲となっている。
1993年。
遠いことのようで、まだ消え去らない記憶。 -
旧市街地の夜を歩く。
この日はサッカーの試合が行われており、市民は友達同士でカフェで応援に寝注していた。
きわめて平和な光景。
とても内戦があったとは思えない。 -
一方、モスクで夜のお祈りを捧げるムスリム人。
【イスラーム】という言葉は、【平和】を表すそうです。 -
イスラム教徒の断食期間(イフタール)
人間性の平等性をを思い起こさせるため・教徒同士の連帯感を深めるために行われている行事です。 -
自分は一介のの旅人だけど、
この国が、この町が、前を向いて、良い方向に進んでいきますようにと強く思わされました。
リメンバー、サラエヴォ。
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この旅行記へのコメント (5)
-
- ねいちゃさん 2013/06/23 14:23:35
- こんにちは。
- はじめまして、ぱんスキュさん。
この度は「インド旅行記」にご投票下さり感謝いたします。
旧ユーゴの旅行記を拝見いたしました。
特にサライエボは、第一次世界大戦勃発の地。
いつかは行ってみたいとも思っていましたが
コソヴォ紛争や内戦等で、危ない地域という印象を持ってます。
治安の点ではどうなんでしょう?
オリンピック会場が墓地になっているという話も
どこかで聞いていましたが、平和の祭典の地が
内戦犠牲者の墓地というのも、究極の皮肉みたいで悲しいですね。
素敵な旅行記でした。
これからもよろしくお願いいたします。 ねいちゃ
- ぱんスキュさん からの返信 2013/06/23 22:44:04
- RE: こんにちは。
- ねいちゃさま
はじめまして。
この夏にインド旅行に行くため予定を立てており、ねいちゃさまの旅行記を参考にさせていただいています。
こちらこそご訪問ありがとうございます!
旧ユーゴの治安のことですが、
現在では全く問題なく、安全に旅行することが出来ます:)
旅行前は心配でしたが、現地の友人から『Totally Safe!』といわれ、
実際にそうだったという・・・。
ただふとした所に内戦の跡が見えるときがあり、
今の平和な雰囲気とのギャップにいろいろと考えさせられます。
一部コソボとセルビアの国境の町が物騒な雰囲気もありますが、
普通に観光客が行くスポットは整備されており、
安心して旅行できます。
特にアドリア海側の地域はとても雰囲気もよく、
機会があれば是非訪れてみてください。
それでは、また。
-
- dubronikaさん 2012/12/08 20:45:11
- 博物館・・・
- こんばんは。
サラエボの旅行記拝見しています。
私がサラエボに行ったときは、なんと1週間、国立博物館が休館するとのことで大変ショックだったのですが、こちらの旅行記で行った気持ちにほんのりなることができました。
建物自体、大きいなと思っていましたが、やはり内部もそれなりに広いのですね♪あぁ入りたかった・・・(笑)
ほかの旅行記も順次拝見したいと思います☆
- ぱんスキュさん からの返信 2012/12/10 23:26:10
- RE: 博物館・・・
- dubronikaさま
はじめまして。
旅行記お読み頂き有難うございます。
またいろいろな旅行記への投票、うれしいです!
私もdubronikaさまの旅行記を読ませて頂いたのですが、ハウスオブフラワーなどと同じところに行かれているようで、とてもとてもうれしいです。日本からバルカンに行かれる方って少ないので…。
しかし国立博物館はショックですねー。少しでも現地の空気を感じて頂ければ幸いです。
またじっくり旅行記拝読させていただきます☆
PS.ステキなお名前ですね〜:)
- dubronikaさん からの返信 2012/12/12 13:04:02
- RE: RE: 博物館・・・
- ぱんスキュさま
お返事ありがとうございます。
そうですね・・クロアチアこそ数年前からブームになってますが、
サラエボやベオグラードなどはまだマイナーの域を超えないかも
しれませんね・・。
国立博物館は本当ショックすぎました。うらやましい限りです・・。
ハウスオブフラワーははずせませんよね〜!
ちょっと距離があるだけに躊躇しそうになりましたが、やはりユーゴの
旅には欠かせませんねwww
それにしても、たくさん旅行されていて素敵です。
名前は私の大好きなdubrovnikを適当に(女の子的に?)
もじってこうなりました(笑)
大学時代のゼミの教授には「バルカンの女」と言われました(汗)
ぱんスキュさまのお名前の由来、そしてなぜひらがなとカタカナの組み合わせなのか激しく気になりますが・・・私が気が付かないだけなのでしょうか(汗)
またおじゃましますね!
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