2012/08/14 - 2012/08/14
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ぱんスキュさん
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2012年8月14日
セルビアからくるっと反時計回り、すでに行ったことのあるスロベニアを除く旧ユーゴの国すべて+アルバニア、ブルガリア、8カ国をめぐる旅。
---
セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナで映画監督クストリッツァの2つの映画村を訪ね、サラエボ→モスタル→ドブロ→コトル。そしてアドリア海沿いにアルバニア、そしてコソボへ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%BD%E3%83%9C
コソボはアルバニア系住民とセルビア系住民が混在した地であり、先の内戦により結局アルバニア系住民が実権を握った。
だからアルバニアと特別な結びつきがあったのだ。
プリズレンの町でも、それは嫌というほど目に付いた。
この一日で、プリズレン→ペヤ→プリティシュナと、コソボの主要な町を回る。お目当ては世界遺産の【コソボの中世建造物群】。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%BD%E3%83%9C%E3%81%AE%E4%B8%AD%E4%B8%96%E5%BB%BA%E9%80%A0%E7%89%A9%E7%BE%A4
さて、このペヤの町にある世界遺産:【ペーチ総主教修道院】は、セルビア大正教のふるさとだと言われています。]
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%83%81%E7%B7%8F%E4%B8%BB%E6%95%99%E4%BF%AE%E9%81%93%E9%99%A2
だからこそ、この地を含むコソボ・メトヒヤ地区をアルバニア民族の領土とされてしまうことには、セルビア人にとっては強い抵抗感がある。
日本人の感覚でいうと、京都・奈良をキリスト教徒に占領される間隔に近いのではないか。
今はこの修道院=通称【Patrikana パトリカーナ】は国連軍に守られて、ひっそりと存在していた。戦車がある入口をくぐった先の光景は、まるで小さな楽園のような…。静かで穏やかな空間だった。
コソボ周遊記のハイライト、はじまり。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
プリズレンからペヤまではバスで移動。
頻発なのですが時間を下に。
Prizren-Peja Bus timetable -
途中でGjekova (ジャコヴァ)のバスターミナルに寄った。
ちょうどプリズレンとペーヤのほぼ中間にある。
Gjekova
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%B3%E3%83%B4%E3%82%A1 -
イチオシ
Gjekova Bus timetable
セルビア語だと Đakovica っていうらしい。
読み方はジャコヴィツァ。 -
さらにさらにバスはゆく。
ここはデチャニ。
ペーヤの表示が出てる。
あと30分くらいの道のり。 -
この辺りに、世界遺産の『コソボの中世建造物群』の一つ、デチャニ修道院への入り口がありました。
デチャニ修道院
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%8B%E4%BF%AE%E9%81%93%E9%99%A2 -
途中にあった看板。
コソボはユーロなので、西洋諸国の投資が入り込んでいるのがよくわかる。 -
プリズレンを出て約2時間
ペーヤのバスターミナルに到着。 -
バスの停留所。
けっこうたくさんのターミナルがあり広い。
トイレやしょっとした売店もあり。 -
バスの時刻表。
Peja bus timetable
コソボ各地や、ウルティンなどの近郊の町にもバスが出ている。 -
バスターミナルを出て、ペーヤの町の中心部へと向かう。
-
結構な交通量。
車がたくさんなので気を付けて。 -
夕方16:30
人通りも結構ある。
プリズレンに比べて大きく、活気がある感じの町。 -
路地裏をフラッとのぞいてみる。
生活排水用の水路がいい雰囲気。 -
路地裏もういっちょ。
ベランダの感じがいいですね。
異国情緒あふれる。 -
街で見かけた電柱。
プリズレンもそうだったけど、送電線がすごいことに・・・。 -
ペヤの町で有名なもの。
それがこの市場。
人がたくさん!お店もたくさん!
アラブ圏のバザールと同じ雰囲気。
こういうところにもオスマン朝の歴史を感じる。
それからアルバニアの影響も。 -
ずんずん進み中心地へと。
しかしコソボのガイドブックは、あのロンプラすら地図が出てなくて苦労したなー。
勘を頼りに突き進むしかない。 -
川!
プリズレンもティラナもそうだったけど、都市には必ず川があるのな。 -
中心部の広場に着きました。
歩行者天国っぽくて、車の進入はほとんどなし。 -
中心部近くに建っていた像。
ADRIAN KRASNIQI<1972-1997>とある。
英語ではないので良くわからないが、コソボ解放戦線の闘志らしい。テロリストの疑いで、セルビア警察に殺されたそうです。あー…この手の像はコソボにたくさんあった。
http://sq.wikipedia.org/wiki/Adrian_Krasniqi -
ツーリストインフォメーション発見。
しかし閉まっていた。。。16時までとある。 -
でもすぐそばにPEJAの地図発見!
これは助かるなあ。
デジカメに写真を収めて、現在位置を確認しつつ世界遺産の修道院へと向かう。 -
川がひろがる。憩いの場。
-
広場にそって広がる遊歩道。
とてもリラックスした空気。 -
看板の下には遊具。
内戦を知らない世代が生まれつつあるんだなあ。 -
広場の真ん中に並ぶ像。
ENVER HADRI<1941-1990>
http://en.wikipedia.org/wiki/Enver_Hadri
Prof.Dr.ARI HADRI<1928-1987>
こちらは詳細不明 -
途中で見つけたモスク。
-
裏道を修道院に向かって進むも一向につかず。
荷物を引きづってあと15分歩くのはきついなあ…。
ってことでタクシーを捕まえて一気にいく。
デジカメでさっきの地図を見せる。
ここに行きたいって修道院をさすと、『あー、パトリカーナだな』ってつぶやいて、ばびゅんと行ってくれた。
2ユーロ。 -
さて、パトリカーナ=ペーチ総主教修道院についた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%83%81%E7%B7%8F%E4%B8%BB%E6%95%99%E4%BF%AE%E9%81%93%E9%99%A2
左手に見えるのが入口。
危機遺産なので、現存しているうちに見ておかないと。 -
入口の門構え。
なんと門の脇には戦車が。
国連のコソボ平和維持部隊(KFOR)がいて、訪問の理由とか国籍などを聞かれた。本当は17時で閉まるらしいのだが、ギリギリ17時到着で中に入ることができた。 -
戦車のアップ。
…やっぱり物々しい。 -
KFORの方。
国籍はスロベニアとかイタリアとか。
銃を携てみるのを見ると、やっぱり衝撃的。
率直に言って緊張感が走る。 -
入るためにはID(パスポート)と引き換えに、入場許可証をもらう必要がある。これがらければ不法侵入とみなされ、平和維持部隊が動きます。
アルバニア系住民の略奪や破壊行為に対して、目を光らせている様子がうかがえる。 -
門をくぐると長い一本道が。
この先に修道院があります。 -
外壁と建物が見えてきた。
先にどんどん進む。 -
道に沿って小川が流れている。
なんというか、静かでピースフルな雰囲気に満ちている。 -
…なのに入り口付近には見張り小屋が。
不審者が近寄らないか、徹底的に監視している。
写真は外観だけなら良い、内部撮影は不可だと言われる。 -
小屋の前には国連軍のジープが止まってた。
-
なので外観写真のみ。
結構大きい敷地。 -
入口から中を少しだけ。
…一歩入ると中庭がひろがり、セルビア系と思われる人々やシスターたちが、夕刻を前にくつろいでいた。
まるで楽園のような、現実から隔離された空間。
外の物々しさが嘘のように静か。
教会のイコンは復元中だとシスターが説明してくれました。
わずかだけどセルビアンディナールを持っていたので寄付。
ああこれは守らなくてはいけない空間だなと感じた。
ささやかで小さくて脆い、卵のような存在。
ここが壊されたら、セルビアもコソボもアルバニアも終わりだと思った。 -
さあ、歩いて帰ろう。
自分に帰るべき場所があることに、感謝したくなる体験だった。たくさんの難民が紛争で発生し、この地に帰りたくても、この場所に祈りを捧げたくても戻れない人もいっぱいいるのだ。 -
門の外へ、現実世界へと帰ってきた。
不思議な空間だった。
軍隊によって、武力によってしか、楽園は守れないものなのかと、しばし考え込んでしまった。。。
---
帰りはタクシーでバスターミナルまで送ってもらう。
びっくりしたことに、彼はセルビア系の住民だった。セルビア系住民は紛争によってこの地から追われたはずなのに。。。
思わずがっちり握手して、セルビア語で『フヴァラ!』とあいさつを交わす。
それがペーヤでの最後の思い出。 -
PEJA,なかなか行きにくいと思うのですが、みんなに行ってほしい場所だなあ。
この後は、コソボ周遊最終目的地、首都プリティシュナへと向かいます。
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この旅行記へのコメント (3)
-
- 地球の迷い方さん 2013/05/01 15:34:50
- はじめまして
- はじめまして ばんスキュさま
今月22日から念願のバルカン半島の旅に行きます。
そんなことで、いろいろ見ていましたらここに行きつきました。
そして一番ところどころ面白くためになっています(^^)。
ここの写真は以前、NHKスペシャル?かなにかで見た記憶があり印象に残っています。
残念ながらコソボには日程上行かないのですが、クロアチア、ボスニア、モンテネグロ、セルビアと行ってきます。
無謀なんですが旅先では出来るだけ現地語をと思っていますが、クロアチア語はなんとか辞書が手に入りましたがボスニア・モンテネグロ・セルビア人には通じるでしょうか?あるいはクロアチア語を使うことで非礼になるのかな?とか案じています。
もともとユーゴスラビアで一つの国だったのでどうかな?と安易に考えていますが何か情報提供などありましたらよろしくお願いいたします。
追伸
7年前にイエメンに行ってきました。
サヌアは標高2300mにあり年中、日本の五月晴れ状態だそうです!!
実際空気もよくすっきりしていてGOODでした。観光地化されていなくてよかったです!!
- ぱんスキュさん からの返信 2013/05/05 23:51:07
- RE: はじめまして
- 地球の迷い方様
はじめまして。
まずはご訪問ありがとうございました:)
イエメンはとっても羨ましいです!
そしてバルカンに行かれるんですね〜!
その4カ国はどこもとても素晴らしいところでしたので、
とても楽しみですね★
> 無謀なんですが旅先では出来るだけ現地語をと思っていますが、クロアチア語はなんとか辞書が手に入りましたがボスニア・モンテネグロ・セルビア人には通じるでしょうか?あるいはクロアチア語を使うことで非礼になるのかな?とか案じています。
> もともとユーゴスラビアで一つの国だったのでどうかな?と安易に考えていますが何か情報提供などありましたらよろしくお願いいたします。
---
お尋ねの件ですがこちらのHPに詳しく書かれております
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Oasis/5582/hr/lang01.html
元々はひとつの国で陸続きだったので、口語は同じ表現が多いように思いました。特にセルビアとモンテネグロは同じ言葉と考えて良さそうです。
最大の違いは文字の表記法で、セルビアはキリック(キリル文字)、クロアチアはラテン文字(アルファベット)です。
町の表示など両文字併記されていることがあり、一見全然違うみたいに見えますが、発音すると同じだったり。
自分はキリル文字が読めるので、あまり悩むことはありませんでしたが…。
あと言語ではないのですが、民族によって宗教が違うので、現地の方と接する機会がありそうならば、その辺のバックグラウンドはあらかじめ知っていた方が良いような気がします。
すでにご存じでしたらすみません。
参考までに…クロアチア人=カトリック、セルビア人=東方大正教系、ボスニャク人・ムスリム人(…これは民族ではないのですが)=イスラム教
話がそれてしまいましたが、ご参考になったでしょうか?
では良い旅を★ミ
- 地球の迷い方さん からの返信 2013/05/06 04:42:24
- RE: はじめまして
- ばんスキュさま
ご返事ありがとうございます。
また丁寧な説明をありがとうございます。
そして貴重なHPの言語の解説すばらしいです!!
言語に精通されているばんスキュさまがすごいなと思います。
たくさんの情報提供大変ありがとうございます。
それでは。
> はじめまして ばんスキュさま
>
> 今月22日から念願のバルカン半島の旅に行きます。
> そんなことで、いろいろ見ていましたらここに行きつきました。
> そして一番ところどころ面白くためになっています(^^)。
>
> ここの写真は以前、NHKスペシャル?かなにかで見た記憶があり印象に残っています。
>
> 残念ながらコソボには日程上行かないのですが、クロアチア、ボスニア、モンテネグロ、セルビアと行ってきます。
>
> 無謀なんですが旅先では出来るだけ現地語をと思っていますが、クロアチア語はなんとか辞書が手に入りましたがボスニア・モンテネグロ・セルビア人には通じるでしょうか?あるいはクロアチア語を使うことで非礼になるのかな?とか案じています。
> もともとユーゴスラビアで一つの国だったのでどうかな?と安易に考えていますが何か情報提供などありましたらよろしくお願いいたします。
> 追伸
> 7年前にイエメンに行ってきました。
> サヌアは標高2300mにあり年中、日本の五月晴れ状態だそうです!!
> 実際空気もよくすっきりしていてGOODでした。観光地化されていなくてよかったです!!
>
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