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酒田本町1丁目は「酒田三十六人衆ゆかりの地」の中でも、豪商の屋敷が軒を連ねていたようだ。<br /><br />その一角にある本間屋の長屋門の黒塀は特に際立つ。<br /><br />建物内部は見学出来なかったが、白玉の砂利と、赤松の聳える玄関周りは、藩主、県知事、菩提寺の住職以外使用できなかったと云う。<br /><br />本間屋は廻船問屋が主流の”三十六人衆”の中では異色の金融業を主たる業務にしていた。<br /><br />特に本間家三代目の四郎三郎光丘は本間家中興の祖と言われ、何度も失敗しながら自費で砂浜を開拓し、下日枝神社を建立する。<br /><br />当時酒田では「本間様には及びもせぬが、 せめてなりたや殿様に」と俗揺に歌われたという。<br /><br /><br />しかしいわゆる ”金融業”からくるイメージとは無縁な人で、三十六人衆の役職には拘らず、庶民への利息の無理強いなども一切しなかったという。<br /><br />本間家の家訓は”儲けた金は土地に換えろ!”であった。<br /><br />そのため日本一の地主の地主にはなったものの、戦後の農地改革で大変な苦労をしたらしい。<br /><br />道路を隔てて反対側にも、本間家旧本館・別館が昔ながらの装いで建っており、中は帳場の様子が再現され、公開されているらしい。<br />

奥の細道を訪ねて第11回25酒田の町散策その3日本一の地主だった本間屋

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2012/08/30 - 2012/08/30

364位(同エリア437件中)

WT信

WT信さん

酒田本町1丁目は「酒田三十六人衆ゆかりの地」の中でも、豪商の屋敷が軒を連ねていたようだ。

その一角にある本間屋の長屋門の黒塀は特に際立つ。

建物内部は見学出来なかったが、白玉の砂利と、赤松の聳える玄関周りは、藩主、県知事、菩提寺の住職以外使用できなかったと云う。

本間屋は廻船問屋が主流の”三十六人衆”の中では異色の金融業を主たる業務にしていた。

特に本間家三代目の四郎三郎光丘は本間家中興の祖と言われ、何度も失敗しながら自費で砂浜を開拓し、下日枝神社を建立する。

当時酒田では「本間様には及びもせぬが、 せめてなりたや殿様に」と俗揺に歌われたという。


しかしいわゆる ”金融業”からくるイメージとは無縁な人で、三十六人衆の役職には拘らず、庶民への利息の無理強いなども一切しなかったという。

本間家の家訓は”儲けた金は土地に換えろ!”であった。

そのため日本一の地主の地主にはなったものの、戦後の農地改革で大変な苦労をしたらしい。

道路を隔てて反対側にも、本間家旧本館・別館が昔ながらの装いで建っており、中は帳場の様子が再現され、公開されているらしい。

同行者
一人旅
交通手段
観光バス 新幹線 JRローカル
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)

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