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 鎌倉市山ノ内にある建長寺塔頭宝珠院は第35世了堂素安(りょうどうそあん)の塔所である。素安は、円覚寺で西澗子曇(せいかんすどん)に学び、東勝寺、壽福寺を経て建長寺に入った。 現在の本尊は釈迦如来であるが、本尊だった地蔵菩薩が盗難にあったため、天源院と龍源院が合併したときに天源院から譲り受けたもの。宝珠院墓苑を分譲している。<br /> 作家葛西善蔵は大正8年(1919年)から4年間、宝珠院庫裡の一室に寄宿し、裏山の鎮守半僧坊権現下の茶屋「招寿軒」の娘ハナをモデルにして、「暗い部屋にて」、「おせい」など数編の私小説を書いた。ちなみに善蔵は、大正12年(1923年)に発生した関東大震災時を宝珠院で体験している。震災後に東京へ移った。昭和56年(1981年)、善蔵の菩提寺弘前市徳増寺から分骨され、建長寺塔頭回春院に墓碑が建立された。<br /> 半僧坊道側の法面には枝垂れ桜が植えられているがまだ若木である。また、四方竹も竹藪になっている。<br />(表紙写真は宝珠院本堂)

鎌倉建長寺塔頭宝珠院

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2008/12/06 - 2008/12/06

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鎌倉市山ノ内にある建長寺塔頭宝珠院は第35世了堂素安(りょうどうそあん)の塔所である。素安は、円覚寺で西澗子曇(せいかんすどん)に学び、東勝寺、壽福寺を経て建長寺に入った。 現在の本尊は釈迦如来であるが、本尊だった地蔵菩薩が盗難にあったため、天源院と龍源院が合併したときに天源院から譲り受けたもの。宝珠院墓苑を分譲している。
 作家葛西善蔵は大正8年(1919年)から4年間、宝珠院庫裡の一室に寄宿し、裏山の鎮守半僧坊権現下の茶屋「招寿軒」の娘ハナをモデルにして、「暗い部屋にて」、「おせい」など数編の私小説を書いた。ちなみに善蔵は、大正12年(1923年)に発生した関東大震災時を宝珠院で体験している。震災後に東京へ移った。昭和56年(1981年)、善蔵の菩提寺弘前市徳増寺から分骨され、建長寺塔頭回春院に墓碑が建立された。
 半僧坊道側の法面には枝垂れ桜が植えられているがまだ若木である。また、四方竹も竹藪になっている。
(表紙写真は宝珠院本堂)

  • 宝珠院本堂。

    宝珠院本堂。

  • 宝珠院。

    宝珠院。

  • 宝珠院。

    宝珠院。

  • 法面の四方竹。

    法面の四方竹。

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