2008/04/06 - 2011/04/10
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ドクターキムルさん
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鎌倉市山ノ内にある建長寺塔頭禅居院は、第23世清拙正澄(せいせつせいちょう)の塔所である。本尊は聖観音菩薩である。 清拙正澄(1274年〜1339年)は14代執権北条高時の招きで嘉暦元年(1326年)に来日し、浄智寺、円覚寺を経て後醍醐天皇の勅命で京都の建仁寺、南禅寺にも住持した。また、信濃守護小笠原貞宗の招きで信濃伊賀良の畳秀山開善寺の開山となっている。正澄が亡くなる前に筆をとった「遺偈」(鎌倉山の常盤山文庫が所蔵していた)は国宝である。
遺偈(ゆいげ)とは、禅僧が末期に後人のために残す辞世の偈頌(げじゅ)のことで、遺誡偈頌(ゆいかいげじゅ)の略である。遺偈の墨蹟としては「清拙正澄墨蹟 遺偈 暦応二年正月十七日」(国宝)が有名である。
この墨蹟は、書き出しの三文字によって「毘嵐巻」と通称されている。また、正澄の臨終に間に合わなかった弟子が、棺の前で号泣していると正澄がにわかに目を開き、法を授けたという逸話から「棺割の墨蹟」とも呼ばれる。
遺偈には、「毘嵐巻空 海水立三十 三天星斗濕 地神怒把 鐵牛鞭石 火電光追莫 及珎重 首座大衆 暦応二年正月十七 日正澄(花押)」(毘嵐(びらん)空を巻き、海水立ち、三十三天星斗湿(うるお)う、地神怒り把る鉄牛の鞭、石火電光追えども及ぶ莫(な)し。珍重。首座大衆。暦応二年正月十七日。正澄。)とある。
建長寺の向かいにある塔頭で、山門横には四方竹に囲まれてお地蔵さまが立っている。また、中には枝垂れ桜が植えられている。裏山中腹に墓地があり、裏山の尾根道は綺麗に刈られている。ここでシロバナタンポポの花を見かけた。また、ここからは建長寺の伽藍配置が良く見える。
(表紙写真は禅居院山門)
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