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第2日は、上州の岩櫃城跡を訪ね、鳥居峠を越えて信州に入り、上田城跡、砥石城跡、米山城跡を訪ねます!<br />なかなか険しい山城巡りで、ほとんど登山モードの1日でした。<br /><br />第2日:猿ヶ京温泉?岩櫃城跡?鳥居峠?上田城跡?砥石城跡?米山城跡?真田温泉

2012年2月 真田氏ゆかりの城跡巡り 第2日 岩櫃城跡、上田城跡、砥石城跡、米山城跡

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2012/02/18 - 2012/02/19

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旅行記グループ 真田幸村

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たぁ坊

たぁ坊さん

第2日は、上州の岩櫃城跡を訪ね、鳥居峠を越えて信州に入り、上田城跡、砥石城跡、米山城跡を訪ねます!
なかなか険しい山城巡りで、ほとんど登山モードの1日でした。

第2日:猿ヶ京温泉?岩櫃城跡?鳥居峠?上田城跡?砥石城跡?米山城跡?真田温泉

一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
自家用車 徒歩

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  • 第2日は絶好の天気になりました!<br />猿ヶ京温泉の宿の部屋からの眺めです。

    第2日は絶好の天気になりました!
    猿ヶ京温泉の宿の部屋からの眺めです。

  • 美味しい朝食です!<br />朝風呂に読書とのんびり過ごし、ゆっくり出発します。

    美味しい朝食です!
    朝風呂に読書とのんびり過ごし、ゆっくり出発します。

  • まずは、上州・吾妻地方にある岩櫃城跡を訪ねます。<br />入口駐車場への道がわかりにくく、たどり着くのに一苦労。<br />のんびり城跡巡りのつもりが、いきなり「登山コース」とは・・・。

    まずは、上州・吾妻地方にある岩櫃城跡を訪ねます。
    入口駐車場への道がわかりにくく、たどり着くのに一苦労。
    のんびり城跡巡りのつもりが、いきなり「登山コース」とは・・・。

  • 登山口休憩所まであり、完全に登山モードです。

    登山口休憩所まであり、完全に登山モードです。

  • ここから出発です。<br />氷でコケないように慎重に。<br /><br />岩櫃城は、武田信玄の家臣・真田幸隆(真田三代の初代)が攻め落とし、以後、武田氏の拠点となります。<br />武田氏滅亡後は、真田氏が直接治め、上州・沼田城と信州・上田城を結ぶ経路(真田道)のほぼ中間点にある城として、重要な位置を占めることになります。

    ここから出発です。
    氷でコケないように慎重に。

    岩櫃城は、武田信玄の家臣・真田幸隆(真田三代の初代)が攻め落とし、以後、武田氏の拠点となります。
    武田氏滅亡後は、真田氏が直接治め、上州・沼田城と信州・上田城を結ぶ経路(真田道)のほぼ中間点にある城として、重要な位置を占めることになります。

  • しばらく登ると氷雪は消えましたが、なかなか険しい登りです。

    しばらく登ると氷雪は消えましたが、なかなか険しい登りです。

  • 中城跡。<br />本格的な山城のようですね。

    中城跡。
    本格的な山城のようですね。

  • どんどん登ります。

    どんどん登ります。

  • まだまだ登る。<br />昔、備中高梁城に歩いて登ったことがあるけど、それに匹敵する険しさです。

    まだまだ登る。
    昔、備中高梁城に歩いて登ったことがあるけど、それに匹敵する険しさです。

  • 二の丸跡。

    二の丸跡。

  • 本丸に着いたようです!

    本丸に着いたようです!

  • 堅掘。

    堅掘。

  • 本丸跡の記念碑です。

    本丸跡の記念碑です。

  • 居館・御館跡です。<br />真田信幸・幸村兄弟は、少年時代をここで過ごしたそうです。<br />「真田太平記」でも、大人になった信幸が、幸村と真に心が通じ合っていた岩櫃時代を懐かしむ場面が度々あります。<br />徳川家康の養女(小松殿)を娶った信幸と、豊臣秀吉に恩を受けた幸村、二人はどのような運命を辿るのでしょうか?

    居館・御館跡です。
    真田信幸・幸村兄弟は、少年時代をここで過ごしたそうです。
    「真田太平記」でも、大人になった信幸が、幸村と真に心が通じ合っていた岩櫃時代を懐かしむ場面が度々あります。
    徳川家康の養女(小松殿)を娶った信幸と、豊臣秀吉に恩を受けた幸村、二人はどのような運命を辿るのでしょうか?

  • 遠くに真っ白な山並が見えます。<br />草津か志賀高原の辺りでしょうか?

    遠くに真っ白な山並が見えます。
    草津か志賀高原の辺りでしょうか?

  • 腰曲輪。

    腰曲輪。

  • 本丸北枡形虎口。<br />険しい山城でした。<br />武田勝頼が織田・徳川軍に追い詰められたとき、真田昌幸は勝頼にこの岩櫃城に来るよう進言しますが、よほど防御に自信があったのでしょうね。<br />結局、勝頼はこの城には来ず、甲州で自刃して果てます。

    本丸北枡形虎口。
    険しい山城でした。
    武田勝頼が織田・徳川軍に追い詰められたとき、真田昌幸は勝頼にこの岩櫃城に来るよう進言しますが、よほど防御に自信があったのでしょうね。
    結局、勝頼はこの城には来ず、甲州で自刃して果てます。

  • まだ午前中だったので入りませんでしたが、岩櫃山のふもとには、岩櫃城温泉があります。

    まだ午前中だったので入りませんでしたが、岩櫃山のふもとには、岩櫃城温泉があります。

  • 架線が邪魔ですが、岩櫃山の豪快な山容です!<br />岩櫃城は、右の方の山腹に位置するようです。

    架線が邪魔ですが、岩櫃山の豪快な山容です!
    岩櫃城は、右の方の山腹に位置するようです。

  • 岩櫃城跡から、真田道(国道144号とも言う)を辿って、真田の庄・上田へ向かいます。<br />浅間山の圧倒的な山容!

    岩櫃城跡から、真田道(国道144号とも言う)を辿って、真田の庄・上田へ向かいます。
    浅間山の圧倒的な山容!

  • 上信国境の鳥居峠です。<br />四阿山と浅間山の間をすり抜ける峠道です。<br />真田家中の人たちも、沼田城と上田城の連絡でしばしば通ったのでしょうね。<br />「草の者」たちは、走って1日で行き来したそうです。

    上信国境の鳥居峠です。
    四阿山と浅間山の間をすり抜ける峠道です。
    真田家中の人たちも、沼田城と上田城の連絡でしばしば通ったのでしょうね。
    「草の者」たちは、走って1日で行き来したそうです。

  • 鳥居峠を越えて信州に入りました。

    鳥居峠を越えて信州に入りました。

  • 次は、砥石城跡に行きたかったのですが、事前調査不足で場所がわからず(凝り性なのに詰めが甘いB型・・・)、上田城跡まで来てしまいました。<br />3週間ぶりの訪問です。<br />これは、現存する西櫓。<br />今は駐車場・公園になっている尼ヶ淵の断崖にそびえ立っていた上田城の姿を、垣間見ることができます。

    次は、砥石城跡に行きたかったのですが、事前調査不足で場所がわからず(凝り性なのに詰めが甘いB型・・・)、上田城跡まで来てしまいました。
    3週間ぶりの訪問です。
    これは、現存する西櫓。
    今は駐車場・公園になっている尼ヶ淵の断崖にそびえ立っていた上田城の姿を、垣間見ることができます。

  • 3週間前に歩かなかった所を歩いてみましょう。<br />本丸北西隅櫓跡です。

    3週間前に歩かなかった所を歩いてみましょう。
    本丸北西隅櫓跡です。

  • 本丸北側のお堀は、スケートができそうなくらい凍結しています。

    本丸北側のお堀は、スケートができそうなくらい凍結しています。

  • 本丸跡にある戊辰戦争従軍記念碑。<br />当時の松平氏・上田藩は、新政府側に与したそうです。<br />ちなみに、真田氏・松代藩も新政府側に与したそうです。

    本丸跡にある戊辰戦争従軍記念碑。
    当時の松平氏・上田藩は、新政府側に与したそうです。
    ちなみに、真田氏・松代藩も新政府側に与したそうです。

  • 広々とした本丸跡です。

    広々とした本丸跡です。

  • 本丸側から見る、左から北櫓、東虎口櫓門、南櫓。

    イチオシ

    本丸側から見る、左から北櫓、東虎口櫓門、南櫓。

  • 本丸北東隅をお堀の外側から見る。<br />この北東隅の本丸土塁(左)は、「鬼門除け」として切り込んであるそうです。

    本丸北東隅をお堀の外側から見る。
    この北東隅の本丸土塁(左)は、「鬼門除け」として切り込んであるそうです。

  • 本丸北西隅をお堀の外側から見る。

    本丸北西隅をお堀の外側から見る。

  • 真田神社にお参りして、上田城を後にします。<br />上州・沼田城と信州・上田城を結ぶことができて、満足です!

    真田神社にお参りして、上田城を後にします。
    上州・沼田城と信州・上田城を結ぶことができて、満足です!

  • 一風呂浴びて帰ろうと真田温泉に向かう途中、砥石城跡への道標を発見し、入口駐車場にたどり着きました(行き当たりばったりでも何となく上手くいくB型)!

    一風呂浴びて帰ろうと真田温泉に向かう途中、砥石城跡への道標を発見し、入口駐車場にたどり着きました(行き当たりばったりでも何となく上手くいくB型)!

  • 砥石・米山城址櫓門口登山道入口。<br />けっこう険しいから「なめんなよ!」という警告に、なめきったVサインで応える。

    砥石・米山城址櫓門口登山道入口。
    けっこう険しいから「なめんなよ!」という警告に、なめきったVサインで応える。

  • 櫓門?

    櫓門?

  • 真田氏の六文銭に、武田氏の風林火山。

    真田氏の六文銭に、武田氏の風林火山。

  • 米山城と砥石城への分岐点。<br />砥石城の方に向かいます。

    米山城と砥石城への分岐点。
    砥石城の方に向かいます。

  • けっこう険しく、汗だくになります。。。

    けっこう険しく、汗だくになります。。。

  • ようやく着いたようです。

    ようやく着いたようです。

  • 砥石城跡です!<br />武田信玄が村上義清に生涯最大の敗戦(砥石崩れ)を喫した舞台として有名だそうです。<br />その後、真田幸隆の知略により武田氏がこの城を手に入れ、武田氏滅亡後も、真田氏の重要な拠点として、「真田太平記」にもしばしば現れます。<br />真田昌幸が、「いざともなれば砥石城に立て籠もればよいことよ。」と開き直る場面が度々あります。

    砥石城跡です!
    武田信玄が村上義清に生涯最大の敗戦(砥石崩れ)を喫した舞台として有名だそうです。
    その後、真田幸隆の知略により武田氏がこの城を手に入れ、武田氏滅亡後も、真田氏の重要な拠点として、「真田太平記」にもしばしば現れます。
    真田昌幸が、「いざともなれば砥石城に立て籠もればよいことよ。」と開き直る場面が度々あります。

  • 上田市街を一望できます。<br />真ん中辺りに上田城跡も見えます。

    上田市街を一望できます。
    真ん中辺りに上田城跡も見えます。

  • さらにこの先に本城、桝形城というのがあるようですが、凍った急斜面のため、ここで断念します。<br />本城・桝形城と米山城も含めて、広義の砥石城と定義されるそうなので、いつか改めて再訪しましょう。

    さらにこの先に本城、桝形城というのがあるようですが、凍った急斜面のため、ここで断念します。
    本城・桝形城と米山城も含めて、広義の砥石城と定義されるそうなので、いつか改めて再訪しましょう。

  • 本城・桝形城に行けなかった代わりに、頑張って米山城に行きます。

    本城・桝形城に行けなかった代わりに、頑張って米山城に行きます。

  • 米山城跡です。<br />武田氏(真田氏)以前の城主だった村上義清の石碑があります。

    米山城跡です。
    武田氏(真田氏)以前の城主だった村上義清の石碑があります。

  • 米山城跡です。

    米山城跡です。

  • 先ほどの砥石城跡より広々としています。

    先ほどの砥石城跡より広々としています。

  • 引き返します。<br />これで、今回の真田氏ゆかりの城跡巡りは終わりです。<br />我ながらマニアックな城跡巡りでしたが、楽しかったです!<br />まだまだ城跡はたくさんあるので、これからも楽しみです。

    引き返します。
    これで、今回の真田氏ゆかりの城跡巡りは終わりです。
    我ながらマニアックな城跡巡りでしたが、楽しかったです!
    まだまだ城跡はたくさんあるので、これからも楽しみです。

  • 真田温泉健康ランドで汗を流していきます。<br />広々とした良い温泉でした。

    真田温泉健康ランドで汗を流していきます。
    広々とした良い温泉でした。

  • 最後に、真田氏記念公園の真田三代の石碑に立ち寄って、帰ります。<br />真田の庄や上田の辺り、すっかりお気に入りの場所になりました!<br />また、すぐに訪れるでしょう。

    最後に、真田氏記念公園の真田三代の石碑に立ち寄って、帰ります。
    真田の庄や上田の辺り、すっかりお気に入りの場所になりました!
    また、すぐに訪れるでしょう。

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