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 北鎌倉駅と権兵衛踏切との間の山際にはやぐらや随道がある。雲頂庵や八雲神社下の崖にも小八神社にもやぐらが見られる。これらのやぐらは廃寺になった正観寺(円覚寺総門西側)や長勝寺(雲頂庵のあるあたり)のものもいくつかあろう。今ではこうしたやぐらのある崖を利用して横穴を掘って廃品回収の箱が置かれていたり、お稲荷さんが安置されたりもしていた。<br /> 横須賀線に沿って道路があるが、昔は山裾にあった寺社間を結んで道があったはずだ。随道もそうした名残のものもあろうか。おそらく、今は道に面して残るやぐらも、元々はお寺の裏あたりにあったものであろう。こうした崖に残るやぐらも無用となっているものも多いが、やぐらのある崖を利用してこのようにお稲荷さんを安置したり、廃品回収の箱を置くスペースに利用したり、やぐらを掘り進んで隣の谷戸との間を結ぶトンネルにされているのもあるようだ。また、こうした山裾に残る随道も鎌倉時代に掘られたものもあるだろうが近代になって掘られたと思われるものもある。中には戦時中に地下壕が掘られた随道もあると聞く。こうした素堀の随道も今では生活道路の一部になっており、人が行き交う近道となっている。<br />(表紙写真は北鎌倉駅横の崖にあるやぐら)

北鎌倉駅横のやぐら

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2010/01/30 - 2010/01/30

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 北鎌倉駅と権兵衛踏切との間の山際にはやぐらや随道がある。雲頂庵や八雲神社下の崖にも小八神社にもやぐらが見られる。これらのやぐらは廃寺になった正観寺(円覚寺総門西側)や長勝寺(雲頂庵のあるあたり)のものもいくつかあろう。今ではこうしたやぐらのある崖を利用して横穴を掘って廃品回収の箱が置かれていたり、お稲荷さんが安置されたりもしていた。
 横須賀線に沿って道路があるが、昔は山裾にあった寺社間を結んで道があったはずだ。随道もそうした名残のものもあろうか。おそらく、今は道に面して残るやぐらも、元々はお寺の裏あたりにあったものであろう。こうした崖に残るやぐらも無用となっているものも多いが、やぐらのある崖を利用してこのようにお稲荷さんを安置したり、廃品回収の箱を置くスペースに利用したり、やぐらを掘り進んで隣の谷戸との間を結ぶトンネルにされているのもあるようだ。また、こうした山裾に残る随道も鎌倉時代に掘られたものもあるだろうが近代になって掘られたと思われるものもある。中には戦時中に地下壕が掘られた随道もあると聞く。こうした素堀の随道も今では生活道路の一部になっており、人が行き交う近道となっている。
(表紙写真は北鎌倉駅横の崖にあるやぐら)

  • 北鎌倉駅横の随道。円覚寺塔頭の坊を繋ぐものか。

    北鎌倉駅横の随道。円覚寺塔頭の坊を繋ぐものか。

  • 随道の傍らにはやぐらが。

    随道の傍らにはやぐらが。

  • 北鎌倉駅横の随道。

    北鎌倉駅横の随道。

  • 雲頂庵石段下のやぐら。民家の自転車置場になっている。

    雲頂庵石段下のやぐら。民家の自転車置場になっている。

  • 雲頂庵石段途中の随道。中に3つのやぐらがある。八雲神社側にお堂でもあったのであろう。随道の中にやぐらがあるのは海蔵寺十六ノ井手前の随道の中と同じだ。

    雲頂庵石段途中の随道。中に3つのやぐらがある。八雲神社側にお堂でもあったのであろう。随道の中にやぐらがあるのは海蔵寺十六ノ井手前の随道の中と同じだ。

  • 雲頂庵の八雲神社側から見た随道。中にやぐらが見える。

    雲頂庵の八雲神社側から見た随道。中にやぐらが見える。

  • 雲頂庵の随道の中のやぐら。

    雲頂庵の随道の中のやぐら。

  • 雲頂庵の随道の中のやぐら。

    雲頂庵の随道の中のやぐら。

  • 雲頂庵の随道の中のやぐら。

    雲頂庵の随道の中のやぐら。

  • 雲頂庵石段途中の随道。随道の向こうに2011年夏に住宅が建ち、門扉が設置されて、もう中は自由には見られなくなっている。

    雲頂庵石段途中の随道。随道の向こうに2011年夏に住宅が建ち、門扉が設置されて、もう中は自由には見られなくなっている。

  • 雲頂庵境内の左の石燈籠の後にやぐらを埋めたコンクリートが見える。

    雲頂庵境内の左の石燈籠の後にやぐらを埋めたコンクリートが見える。

  • 崖の端は民家の敷地になる。

    崖の端は民家の敷地になる。

  • お稲荷さん。崖のやぐらを利用しているようにも見えるが、おそらくは崖に横穴を掘ってお稲荷さんを祀ったのであろう。

    お稲荷さん。崖のやぐらを利用しているようにも見えるが、おそらくは崖に横穴を掘ってお稲荷さんを祀ったのであろう。

  • ここのお稲荷さんは4、5年前に線路で隔てられたお屋敷内に移されて、そちらでお祭されている。最近はこのお屋敷以外の人たちがお祭するようになっていたが、個人宅のお稲荷さんなので今年になって撤去された。横須賀線が開通した明治22年(1889年)に新たに掘られた横穴で、今見ても真新しい感じでノミ跡が残っている。50年前から住んでいる近所の人は洞門山の開発計画が持ち上がって移したのではないかと言っていた。お稲荷さんを祭っている家の家人とご当主にはお会いしたがこの洞門山の件は聞かなかった。

    ここのお稲荷さんは4、5年前に線路で隔てられたお屋敷内に移されて、そちらでお祭されている。最近はこのお屋敷以外の人たちがお祭するようになっていたが、個人宅のお稲荷さんなので今年になって撤去された。横須賀線が開通した明治22年(1889年)に新たに掘られた横穴で、今見ても真新しい感じでノミ跡が残っている。50年前から住んでいる近所の人は洞門山の開発計画が持ち上がって移したのではないかと言っていた。お稲荷さんを祭っている家の家人とご当主にはお会いしたがこの洞門山の件は聞かなかった。

  • 崖のやぐら。

    崖のやぐら。

  • 崖に横穴を掘って分別回収箱が置かれている。

    崖に横穴を掘って分別回収箱が置かれている。

  • やぐらを掘り進んだ随道もある。この中に封鎖されている横穴が2つあるが、(少なくても1つは)戦時中に掘られた地下壕であるという。還暦くらいの地元の人は子供の頃に中に入って遊んだと話してくれた。北西側は短いが南東側は長く雲頂庵の下まで続いていると言っていた。<br />

    やぐらを掘り進んだ随道もある。この中に封鎖されている横穴が2つあるが、(少なくても1つは)戦時中に掘られた地下壕であるという。還暦くらいの地元の人は子供の頃に中に入って遊んだと話してくれた。北西側は短いが南東側は長く雲頂庵の下まで続いていると言っていた。

  • 八雲神社から下ったあたりに出る。随道の中央あたりの穴跡がコンクリートで閉じられているが、これが地下壕の入口であると聞いた。

    八雲神社から下ったあたりに出る。随道の中央あたりの穴跡がコンクリートで閉じられているが、これが地下壕の入口であると聞いた。

  • 崖のやぐら。

    崖のやぐら。

  • 小八神社石段下の空き地崖のやぐら。

    小八神社石段下の空き地崖のやぐら。

  • 小八神社石段中ほどに見えるやぐら。また、1本手前の洞門山山麓の大船高校の通学路にある民家の崖にもやぐらがあるのかも知れない。

    小八神社石段中ほどに見えるやぐら。また、1本手前の洞門山山麓の大船高校の通学路にある民家の崖にもやぐらがあるのかも知れない。

  • 随道。南側(線路側)には墓地もある。

    随道。南側(線路側)には墓地もある。

  • 随道。北側にはやぐらが並んでいる。

    随道。北側にはやぐらが並んでいる。

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