2008/12/06 - 2010/12/30
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ドクターキムルさん
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鶴岡八幡宮境内の上宮西の丸山と呼ばれる小山には丸山稲荷社が鎮座している。鶴岡八幡宮が創建される前からあったとされる。社殿は鶴岡八幡宮では一番古い室町期の建物で、重要文化財に指定されている。石段の参道には商売繁昌を願う多くの方々より奉納された朱塗りの鳥居が並び、山上の境内も赤い丸山稲荷社の旗で囲まれている。
国指定文化財等データベースには室町中期の応永5年(1398年)とあるが、解説文には「室町時代明応九年(一五〇〇)に造営されたものが現存している、社殿の左、丘の上にあったので、最近まで知られなかった。鎌倉の歴史を示す資料として大切なものである。」とある。国指定文化財等データベースからは造営されたのは応永5年(1398年)なのか明応9年(1500年)なのか判断し難くなっている。「OKADAのブログ」には「現在の建物は、1500年(明応9年)に造営されたものといわれ、一部の部材にはそれより古いものも含まれているようです(1398年(応永5年)に初めて檜皮葺で造替されたとの記録が残されている(『鶴岡事書日記』)。)。」とある。また、「OKADAのブログ」には白旗神社は「もとは鶴岡八幡宮上宮の西側にあった」とあり、白旗神社の社殿が丸山稲荷社本殿になったものかと思ったが、「丸山稲荷社本殿は、西の鳥居の下に祀られていた夷堂の本殿を移築したものと考えられています。」と記載され、「江戸時代に柳営社(源実朝を祀る社)と改称され、19世紀後半になって丸山稲荷社の本殿として現在地に移築されました(柳営社は、白旗神社に合祀されています。)。」とある。夷堂本殿→柳営社→稲荷社本殿(丸山に移築)となった経緯があるようだ。丸山稲荷社本殿前に重文看板が建てられていないのも「最近まで知られなかった」からなのであろうか?
(表紙写真は丸山稲荷社)
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