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 鎌倉市腰越2には諏訪社(諏訪仮宮)の社殿が建っている。明治時代までは神戸の鎮守であった。明治42年(1909年)には、諏訪社を小動神社(こゆるぎじんじゃ)に合祀した。現在は、皇太子殿下成婚祝賀で平成6年(1994年)に建てられた社殿とそれを記念する「社殿竣工記念碑」が建っている。祭神は建御名方神である。かつては東漸寺境内に鎮座していたようだ。現在は小動神社仮宮、諏訪神社と呼ばれているようだ。また、現在は小動神社に合祀されている旨が書かれた看板が境内で見かけた。<br /> 腰越地区には最古社の龍口神明社(欽明13年(552年)創建)と小動神社(文治年間(1185〜1189年)創建)がある。その龍口神明社も昭和53年(1978年)に遷座した。また、片瀬には諏訪神社(養老7年(723年)創建)があり、例大祭では腰越字神戸からも参加する氏子を多く見かけた。かつての諏訪社の社殿が関東大震災(大正12年(1923年))以降も残っていたはずもなく、おそらくは龍口神明社の遷座を機に諏訪神社としての社殿を復興したのではあるまいか。鎌倉界隈では関東大震災で社殿がことごとく倒壊し、その復興を断念して地域にあった幾つかの神社が1つの社殿に合祀された例が多く見かけられる。明治に小動神社の社格を上げるために合祀された神戸の諏訪社の氏子たちはかつての諏訪社の再興を念じていたのであろう。<br />(表紙写真は諏訪仮宮)

諏訪仮宮(小動神社仮宮・諏訪神社)(鎌倉市腰越2)

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2011/04/10 - 2011/04/10

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 鎌倉市腰越2には諏訪社(諏訪仮宮)の社殿が建っている。明治時代までは神戸の鎮守であった。明治42年(1909年)には、諏訪社を小動神社(こゆるぎじんじゃ)に合祀した。現在は、皇太子殿下成婚祝賀で平成6年(1994年)に建てられた社殿とそれを記念する「社殿竣工記念碑」が建っている。祭神は建御名方神である。かつては東漸寺境内に鎮座していたようだ。現在は小動神社仮宮、諏訪神社と呼ばれているようだ。また、現在は小動神社に合祀されている旨が書かれた看板が境内で見かけた。
 腰越地区には最古社の龍口神明社(欽明13年(552年)創建)と小動神社(文治年間(1185〜1189年)創建)がある。その龍口神明社も昭和53年(1978年)に遷座した。また、片瀬には諏訪神社(養老7年(723年)創建)があり、例大祭では腰越字神戸からも参加する氏子を多く見かけた。かつての諏訪社の社殿が関東大震災(大正12年(1923年))以降も残っていたはずもなく、おそらくは龍口神明社の遷座を機に諏訪神社としての社殿を復興したのではあるまいか。鎌倉界隈では関東大震災で社殿がことごとく倒壊し、その復興を断念して地域にあった幾つかの神社が1つの社殿に合祀された例が多く見かけられる。明治に小動神社の社格を上げるために合祀された神戸の諏訪社の氏子たちはかつての諏訪社の再興を念じていたのであろう。
(表紙写真は諏訪仮宮)

  • 「皇太子殿下成婚祝賀 社殿竣工記念碑」(平成6年(1994年)銘)。

    「皇太子殿下成婚祝賀 社殿竣工記念碑」(平成6年(1994年)銘)。

  • 社殿。

    社殿。

  • 仮宮本殿。

    仮宮本殿。

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