2011/04/24 - 2011/04/24
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ドクターキムルさん
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鎌倉市腰越にある宝善院は真言宗大覚寺派のお寺で加持山宝善院という。開山は泰澄大師である。創建は天平神護年間(765年〜767年)とされている。泰澄大師は、信仰していた十一面観音像をこの地に祀った。それが宝善院のはじまりだと伝えられている。泰澄大師は加賀の白山を開いた人物である。
ちょうど、創建1300年ということで十一面観音座像を修理中であり、光背が付くそうである。この十一面観音座像は平安時代中期の作で、鎌倉では最古の十一面観音像であるようだ。明治のはじめ頃までは、寺の前の通りが龍口明神社元宮(龍口寺横)から東西に伸びる道路と交わるあたりにあった観音堂に安置されていた。このあたりには墓地が残り、寺があったのであろう。寺の境内に観音堂があり泰澄大師が信仰していた十一面観音像が安置されていた。おそらくは、この地が泰澄大師により創建された宝善院跡ではないか。かつて宝善院は龍口明神社の神宮寺であった。宝善院は加持山霊山寺と泰澄山瑠璃光寺という2つの山号寺号を持つとされるが、一方の寺が他方の寺に移ったからであろう。
龍口明神社の祭神は玉依姫命と五頭龍大神であるが、五頭龍大神は泰澄大師が白山から勧請したものであろう。龍口明神社は欽明13年(552年)に創建されたとされ、鎌倉一の古社を標榜し、江ノ島神社とは夫婦神社に当る。養老7年(723年)に泰澄大師が江の島岩窟で神行修行したと伝えられ、江ノ島神社との結びつきが強いのであろう。江ノ島神社にはかつて岩本坊、上ノ坊、下ノ坊の3坊があったが、岩本坊と上ノ坊の僧侶の墓は宝善院にあるという。
津(鎌倉市の飛び地)にあった龍口明神社は昭和53年(1978年)、龍の胴に当たる腰越・津に遷座した。遷座前には宝善院には絵があったそうであるが、江ノ島と龍口明神社が描かれ、龍口明神社前には波が寄せていたという。江ノ電江ノ島駅あたりは海であったことになる。
源頼朝が幕府を開くはるか昔から鎌倉の在に当る腰越や片瀬には江ノ島神社や龍口明神社があり、それを示すように古い仏像が残っているのである。
(表紙写真は宝善院本堂)
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山門前のお地蔵さま。
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「真言宗 宝善院」の寺号標石。
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宝善院山門。
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宝善院山門に掛かる「加持山」の扁額。
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「東国新四国 第八十六番霊場宝善院」。
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境内にある4面に仏が彫られた鉢。
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供養塔。
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庫裡の花。
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境内山門。
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修理中の十一面観音座像の写真。長谷寺の十一面観音立像に対し坐像だ。
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境内のベンチ。
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「加持山宝善院 興隆碑」。
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南無大師遍照金剛。
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南無大師。
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「羅漢像」。
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小さな羅漢像が並ぶ。
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小さな羅漢像が並ぶ。
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小さな羅漢像が並ぶ。
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参道石畳。
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宝善院本堂。
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宝善院本堂屋根。
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宝善院本堂。
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曼荼羅石像。腰越の寺(本龍寺、浄泉寺)に見られるようだ。
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大師堂。
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大師堂。
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観音堂。
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五輪塔。
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五輪塔。
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墓石。
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墓石。
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墓石。
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墓石。
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三界万霊。
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三界万霊。
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墓石。
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墓石。
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墓石。
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墓石。
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墓石。
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お地蔵さま。
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馬頭観世音。
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