2011/04/10 - 2011/04/10
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ドクターキムルさん
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鎌倉市山ノ内にある建長寺は臨済宗建長寺派の大本山で、巨福山建長興国禅寺といい、鎌倉五山第一位に列する。建長5年(1253年)5代執権北条時頼が南宋から蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を招いて開山とし創建した。わが国最初の禅の専門道場である。寺名は創建時の元号に因む。第二世は南宋の兀庵普寧(ごったん ふねい)である。建長寺の本尊は地蔵菩薩であるが、「地蔵のようは格の低いものを礼拝する必要などない」と言い放ち、建長寺のご本尊を拝まなかったとも伝わる。「ゴタゴタする」という言葉の語源になった人である。建長寺が語源のものに「けんちん汁」がある。建長寺発祥の料理である。
建長寺仏殿はNHK大河ドラマでお馴染みのお江(徳川秀忠正室崇源院)の第4代の御霊屋を移築したものであるが、唐門も同じく、崇源院霊屋から移築したものである。しかし、今は修理中である。
建長寺にも平成になってから枝垂れ桜が植えられるようになった。どうやら7本ほどあるようだ。
(表紙写真は建長寺仏殿)
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参道の牡丹の花。
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参道のさざれ石。苔生してはいないが、カリンの木が根を張り花を咲かせている。40代半ばぐらいの人が小学校の先生に案内されて見たという。30年前にはあったようだ。
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桜の木。もう古木だ。
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桜の木。
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境内の枝垂れ桜。
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境内の牡丹の花。
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境内の牡丹の花。
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白檀(ビャクシン)の木。創建時に植えられたものとされる。
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白檀(ビャクシン)の木。
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銅睡蓮鉢。
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建長寺仏殿(重文)。NHK大河ドラマでお馴染みのお江(崇源院)の御霊屋を正保4年(1647年)に移築したものと看板に書かれてある。寛永3年(1628年)に亡くなったお江の御霊屋が20年余りで第5代も建立されたのは江戸時代の財政投融資みたいなものであろうと思っていたが、ここの看板は良く読むと「建長寺の第4代の仏殿」という意味であるようだ。台徳院(秀忠)霊廟と並んで崇源院(江)霊牌所が設けられ、当初に建てられた崇源院御霊屋がそのままに残っていたのを移設した。建長寺に払い下げられたのは臨済宗の高僧で幕府内で権力があった沢庵和尚(正保2年12月(1646年)没)に因ると聞いた。
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建長寺仏殿。
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建長寺仏殿の天女の彫刻。
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建長寺仏殿に掛かる「海東法窟」の扁額。
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「天来先生碑銘」(上田桑鳩書)。比田井天来(明治5年(1872年)〜昭和14年(1939年))は長野県出身の書道家で「現代書道の父」と呼ばれる。
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「雪の色風の響きも基か儘 釈迦の姿と御声なり」歌碑(柳下湖麿)。
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「勝上献半僧坊道」道標(献には山冠が附く)。
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記念碑。
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法面の枝垂れ桜。
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法面の枝垂れ桜。
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法面の枝垂れ桜。
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法面の枝垂れ桜。
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唐門横の枝垂れ桜。
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境内の枝垂れ桜。
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境内の枝垂れ桜。
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「奥院勝上献地蔵尊道」(献には山冠が附く)(寛政11年(1799年)銘)。
江戸時代には建長寺の奥の院は勝上献にあり、地蔵尊が祀られていた地蔵堂があったのであろう。 -
役寮脇の龍峰院参道。
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宝珠院参道の杉並木。
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龍峰院。
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龍峰院の山門。「蓬莱山」の扁額が掛かる。
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宝珠院。
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龍峰院参道脇の「弘法大師」碑。
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役寮あたりの八重桜。
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宝珠院庫裡横に建つ七重石塔。
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役寮横の龍峰院参道入口のお地蔵さま。
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役寮横の龍峰院参道入口の真新しいお地蔵さま。
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正統院参道脇に立つ神雷戦士の碑。
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龍峰院参道入口にある土蔵。
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龍峰院参道前にある「半僧坊道」道標。
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建長寺境内の四方竹。頭塔の法面にもある。庭師が手入れをしていた。そこの3、4cm角になる四方竹は浄智寺由来の四方竹であることを説明したら、「庭師である私でさえ知らなかったことだ。勉強になった。」と言われた。
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