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 建長寺境内の仏殿横に鎮座している巨福稲荷大明神は建長寺を守護するために祀られた稲荷社であろう。<br /> 天明7年(1787年)に稲荷大明神の鳥居、石坂、燈籠を東谷和尚寄進とあり、稲荷社の整備が行われたようだ。半僧坊が出来る以前にはこうした稲荷社や第六天社などが建長寺の守護神であったのだ。したがって、覆い屋や鳥居からは見まがうばかりの立派な現存する石段と石燈籠が200年余り前のものだ。江戸時代に徳川将軍家から仏殿(NHK大河ドラマの主人公お江の増上寺御霊屋)を払い下げられて横の稲荷社も改修もみすぼらしくはできなかったのであろう。鳥居も石造りであったと思われるが、150年も持たずに関東大震災で倒壊してしまったのであろう。その後は木造の鳥居が建っていたのだろう。それも50年前後で朽ちてしまい、水道菅が鉛菅からビニール菅に変わるころに特注されたと思われる。それも今では朱が落ちて塩ビの地肌が覗いている。<br />(表紙写真は巨福稲荷大明神)

巨福稲荷大明神(鎌倉建長寺境内)

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2011/04/10 - 2011/04/10

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ドクターキムル

ドクターキムルさん

 建長寺境内の仏殿横に鎮座している巨福稲荷大明神は建長寺を守護するために祀られた稲荷社であろう。
 天明7年(1787年)に稲荷大明神の鳥居、石坂、燈籠を東谷和尚寄進とあり、稲荷社の整備が行われたようだ。半僧坊が出来る以前にはこうした稲荷社や第六天社などが建長寺の守護神であったのだ。したがって、覆い屋や鳥居からは見まがうばかりの立派な現存する石段と石燈籠が200年余り前のものだ。江戸時代に徳川将軍家から仏殿(NHK大河ドラマの主人公お江の増上寺御霊屋)を払い下げられて横の稲荷社も改修もみすぼらしくはできなかったのであろう。鳥居も石造りであったと思われるが、150年も持たずに関東大震災で倒壊してしまったのであろう。その後は木造の鳥居が建っていたのだろう。それも50年前後で朽ちてしまい、水道菅が鉛菅からビニール菅に変わるころに特注されたと思われる。それも今では朱が落ちて塩ビの地肌が覗いている。
(表紙写真は巨福稲荷大明神)

  • 巨福稲荷大明神の鳥居。ビニール製菅であるが朱が落ちている。<br />山中稲荷のような石造りでは費用が嵩もうが、佐助稲荷の鳥居なら40万円の寄進で建つという。この稲荷社の鳥居もその額でビニール製菅で造れば千本鳥居のようににするのは無理でも何本かは並べることができようか。

    巨福稲荷大明神の鳥居。ビニール製菅であるが朱が落ちている。
    山中稲荷のような石造りでは費用が嵩もうが、佐助稲荷の鳥居なら40万円の寄進で建つという。この稲荷社の鳥居もその額でビニール製菅で造れば千本鳥居のようににするのは無理でも何本かは並べることができようか。

  • 巨福稲荷大明神の境内。左に見える石燈籠が天明7年(1787年)に東谷和尚が寄進したものであろう。

    巨福稲荷大明神の境内。左に見える石燈籠が天明7年(1787年)に東谷和尚が寄進したものであろう。

  • 巨福稲荷大明神の覆い屋。

    巨福稲荷大明神の覆い屋。

  • 覆い屋に掛かる「巨福稲荷大明神」の扁額。

    覆い屋に掛かる「巨福稲荷大明神」の扁額。

  • 中に巨福稲荷大明神。

    中に巨福稲荷大明神。

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