2000/10/14 - 2000/10/29
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kojikojiさん
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ギリシャのクルーズも終わり、ピレウスの港から一人港を歩いてバス乗り場へ向かいます。ほとんどの乗客はツアーバスかタクシーで三々五々に散らばっていきますが、バス乗り場にはそれらしい人は誰もいませんでした。当時の古い空港に着いてマルタ行きの便がモニターに表示されるのを待ちますが一向に出てきません。良く見ると全く知らない航空会社ばかりです。搭乗時間が迫ってきたので訪ねると、そこはチャーター便のターミナルでした。焦りましたが隣のビルだったので事なきを得ました。手続きを済ませてドバイから来たマルタ行きのエミレーツの便に乗り込みます。アテネとマルタ間はあっという間のフライトでしたが、生まれて初めて購入した40,000円のビジネス席でした。地中海の景色を眺めながら美味しい食事をいただく少々贅沢な時間でした。何しろ1週間ほど滞在するマルタのホテル料金と同じくらいの金額ですから。
到着したルナ空港は装飾の無い巨大な石造りの建物でした。両替をしてターミナルを見渡すとほとんどひと気も無く、マルタってどんな所だろうと心配になりました。表に出るとエーゲ海とはまた違った強烈な日差しでした。バス停に立っていると巨大な駐車場の向こうからボンネットバスがやってきました。近代的な建物とあまりにミスマッチなので思わず笑ってしまいます。しかし、空港を一歩出ると中世の町並みが多く残るマルタでは不思議なほどに50年くらい前のレイランドやベッドフォードのバスが似合うのです。
ヴァレッタのバスターミナルから賑やかなメインストリートを抜け、予約しておいたブリティッシュホテルに到着です。部屋は最上階のテラス着きですが、1泊3,000円ほどでした。
後年2度目のマルタの旅から帰って、スピルバーグの「ミュンヘン」と言う映画を観ていたらこのホテルがアテネのシーンで使われていて驚きました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
アテネからの便はマルタ島の上空で大きく旋回して着陸しました。町と町の間には色取り取りの畑がモザイクのように繋がっています。
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ちょうどモスタという町の上空からヴァレッタの方角を望むアングルです。周囲の建物と比べてもモスタの大聖堂が巨大なことが分かります。空からマルタの景色を堪能できるのですから贅沢なフライトです。ヴェネツィアへ着陸する前の景色も素晴らしいですが私の中ではそれに匹敵する景色でした。モスタの聖堂には第2次世界大戦のときにドイツ軍の爆弾が落ちたそうですが、不発弾だったという話を思い出しました。
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高度を下げてくるとヴァレッタが近くに見えました。
初日はギリシャでもクルーズの疲れもありホテルでゆっくり休みました。部屋の表にテラスがあり、日光浴も出来ますが世界遺産でもあるヴァレッタの旧市街が手に取るように眺められます。夕方になって涼しくなった所で旅行代理店に行ってみました。マルタではキャプテンモルガンという会社のツアーが人気のようで数多くの面白そうなツアーがありました。その中からトラディショナルクルーズ&ウォーターサファリと帆船クルーズを予約しました。帰りのリコンファームを空港で忘れたので訪ねると「来週電話しておきますよ。」と。ニコラという可愛らしい女の子でした。後年同じようにツアーを申し込みに行くともういませんでした。 -
翌日はトラディショナルクルーズ&ウォーターサファリに参加です。ホテルまで迎えのバンが来てくれて、出港する港まで連れて行ってくれるので楽ちんです。
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さあ出航です。最初はヴァレッタを囲む3つの入り江をクルーズします。マルタストーンと呼ばれるライムストーン(砂岩)の蜂蜜色の町です。
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この角度からのヴァレッタの旧市街が一番美しいと思います。初めはただの岩の岬だったのでしょう。その上に石を一つ一つ積み上げて造られた町だと分かります。
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ヴァレッタ旧市街の突端です。昔から要塞だった所です。第2次世界大戦までイギリス軍の要塞として使われていたそうです。
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宿泊しているブリティッシュホテルが見えます。一番上の青いファサードの建物です。屋上の部屋に宿泊しましたが、自分も世界遺産の一部になったような気がします。
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イギリス海軍の航空母艦です。こちら側の湾はフェリーやクルーズ船や軍艦が毎日出入りしています。それがホテルの部屋から手に取るように見えるのです。
翌日2階のテラスで朝食をとっていると目の前をこの航空母艦が出航していきました。デッキとホテルのフロアがちょうど同じ高さで、デッキにセーラー服を着た水兵が一列に並んで敬礼をしながら出航していく様は美しく思えました。カメラは部屋に置いてあったので写真には残っていませんが瞼に焼きついた景色です。 -
アッパーバラッカーガーデンを見上げます。8年後にはこの辺りに定期航路のフェリーで到着しました。ヴァレッタを空からも見たので、次は海からヴァレッタに入りたいと思いました。イタリアのサレルノを夜遅く出て、翌日の夕方にチュニジアのチュニスに着き、マルタに着いたのはその翌日でした。そして翌週の同じフェリーでメッシーナ海峡を通り抜けてサレルノに戻りました。
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航空母艦と艦載機のホーカーシドレーハリア(垂直離着陸出来る飛行機)と地元の人が乗っているルッツという小舟の大きさの違いが面白いです。
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ちょうど宿泊していたブリティッシュホテルの対岸です。有名な見張り台が見えます。以前にアエロフロートの機内誌でマルタが紹介されていて、この見張り台とルッツの帆先のフェニキアの目の写真がありました。それを読んで以来マルタ島に来たいと思っていました。
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スリーシティーの湾を巡るクルーズの後は美しい4スターのホテルのバンケットでバイキングの昼食です。さすがにこの時は一人で寂しい気分でした。前日までのギリシャのクルーズの賑やかさを思い出したせいもあったと思います。午後のアンダーウォーターサファリに参加した人は数人でした。二つのツアーのコンビだったわけです。
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午後は人数が減ったのでオンボロセダンでブジッバの港に移動です。ここの港から水中がガラス張りになった船に乗ります。残念ながら曇っていたせいか風が強かったせいか、海水の透明度はあまり良くなかったのですが結構面白かったです。
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それよりも船が停泊している脇の島はセントポールアイランド、十二使途の一人聖パウロが流れ着いた場所です。地中海沿岸にはこんな話はいくらでもありますが、マルタにもキリスト教にまつわる伝説やギリシャ神話にまつわる話がいくつも残っていました。こんな可愛い船でボートトリップです。
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夜のセント・ジョン大聖堂です。ホテルはこの近くだったので何度も通りがかった思い出の場所です。
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夜になるとヴァレッタの旧市街はほとんど人影が無くなります。旧市街の中にあるホテルは家族経営のものが数件だけです。ですから夕方以降観光客の姿はありません。
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彫刻まで手が廻らなかったのでしょうか?費用の問題か何かで中断されたまま数百年経ってしまったのでしょう。バロック時代のデザインだという事は分かります。アンコールの遺跡でもこんな造りかけの寺院がありました。
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マルタの家の扉はとてもカラフルで、ノッカーのデザインも洒落ています。
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出窓に特徴のあるマルタの住宅です。特にメインストリートに面したこの建物の出窓は特に立派です。
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ヴァレッタの一番先の城砦に行ってみました。あちこちに十字軍の足跡が見られます。ステンドグラスのマークはマルタ十字、4つの言語圏から混成された十字軍を表わすそうです。
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内部の多くは廃墟のようになっています。司令部跡の監視用の細い窓から地中海を眺めると、こんな所で何で戦争なんてしたんだろうと感じます。十字軍の頃からも地中海の重要拠点であったからオスマントルコに包囲されたのでしょうが。
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振り返るとあまりに美しいヴァレッタの中世の世界が広がります。イン・ガーディアンという中世のイベントがあるのですが、滞在中の日曜日には開催されていませんでした。残念。8年後には見ることが出来ましたけどね。
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周辺に人通りも店も無く、バス停に立っていたら馬車がやって来て眼の前に停まりました。
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歩いてロウアーバラッカガーデンを通ってホテルに戻ります。往きはずっと下り坂ですが、帰りはずっと緩やかな上り坂です。
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こんな洒落た家はいくらでもあります。
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8日程滞在したブリティッシュホテル。スピルバーグの映画「ミュンヘン」ではアテネのホテルのシーンで使われていました。ホテルの看板と青いテントは外されています。青いテントの右横の部屋が爆破された所です。螺旋階段の手摺で「アレッ?」と思い外観を見て確信しました。2度目のマルタ旅行から帰った翌週に観た映画でした。
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アッパーバラッカーガーデンから見たイギリス海軍の航空母艦です。
軍艦は手前の港でクルーズ船はその先に停泊します。サレルノからチュニス経由のフェリーとシチリアを往復する高速船はその先に泊まります。2度目の訪問はサレルノから2泊して海から入り、海からサレルノに戻りました。飛行機からの眺めも良いですが、ヴァレッタは海から入るのが素晴らしい所です。 -
メインストリートの賑わいです。夕方になると人通りはぐんと減り、夜9時を廻るとほとんどひと気はありません。
旗の立っている建物の1階はスーパーマーケットで毎日ビールを買いに行ったものです。 -
バスターミナルのロータリーの眺めです。この愛すべきクラシックなバス達がいつまでも走り続けますようにと願いましたが、2008年の2度目のマルタ旅行には間に合いましたが、排気ガスの問題で2010年に廃止になってしまいました。
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みんな同じデザインのカラーリングですが会社経営では無くて個人所有のバスだそうです。このバスがマルタの絶景を走る姿はもう見られないのですね。
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高台からカーマライト教会を望むヴァレッタで一番好きな眺めです。坂道と教会のドーム、通りの先には青い海の水平線。日陰と日向のコントラストが美しいこの時間に限ります。
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国立考古学博物館の中庭です。10月だというのに日陰にホッとするぐらい太陽光線が強いです。
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博物館のマルタヴィーナス。これはとても翁作品です。
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日本の縄文時代の土偶にも似た感じを持ちます。女性の豊満な体形は古代においては世界共通の豊饒の証だったのでしょう。
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最近自宅のリビングで同じようなものを見るようになりました。
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出窓の美しい建物を探しました。
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特に何を見るでもなく散歩するのが楽しい旧市街です。ポッと路地を曲がると目の前に海が広がっていたり楽しい驚きが待っています。この先におじいさんが経営しているアンティーク店がありました。マルタの古い地図を探していると話すと、数日後の週末にゼッブージという町の小学校でオークションがあると教えてくれました。
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狭い路地が多いのでファインダーに納まりきらない建物がたくさんありました。
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昼下がりのセント・ジョン大聖堂は静まり返っていました。
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空いている時間を見計らって大聖堂に入ってみます。
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過去にいろいろな大聖堂を見ていますが、こんな地中海の離れ小島のマルタにこんな素晴らしい建築があるのかと驚かされました。
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それぞれの言語の国々の礼拝堂も細かい装飾に埋め尽くされています。
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色々な場所にマルタ十字が施されています。前の週はロードス島で十字軍のグランドマスターの宮殿に驚かされましたが、オスマントルコに追われた十字軍はここマルタでも素晴らしいものをたくさん残していました。
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翼廊の礼拝堂の彫刻や絵画も見逃せません。
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観光客も少ない午後の時間で良かったです。
静かで厳かな時間を過ごせました。 -
美しいけれど死の影が付きまとう印象の濃い教会でした。騎士は亡くなると色大理石で飾られた墓石の下に納められるのですが、墓石が美しいだけにかえって物悲しさを感じました。
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カーテンの奥にカラヴァッジオの名作が2点展示されています。マルタに来た目的の一つはカラヴァッジオの足跡を追ってでもありました。ローマからナポリそしてメッシーナにパレルモ、残った地がヴァレッタだったのです。
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ローマのカラヴァッジオの作品を見て廻った後はナポリやメッシーナとその足跡をたどり、マドリッドのプラド美術館では改修工事で見ることが出来なかったりという事もありましたが、ようやくここへたどり着けたという思いがありました。
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「洗礼者聖ヨハネの斬首」
殺人を犯してローマからイタリアを南へ逃亡したカラヴァッジオが逃亡先のマルタ共和国で画家としての名声の高さから騎士団長の肖像画を描き、騎士に任命された直後に団長より依頼された作品です。 -
「執筆する聖ヒエロニムス」カラヴァッジオの作品です。題名を知らなくても骸骨かライオンが描かれている横に老人が書き物をしていればヒエロニムスだと分かります。
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一つの願いが適い、少し疲れたのでホテルへ戻ることにします。こんな時旧市街のホテルは便利です。
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屋上のテラスでビールを飲みながらくつろいでいるとクルーズ船が出港していきました。次は絶対にヴァレッタへ船でくるぞと誓いましたが、豪華クルーズ船では無く定期航路のフェリーででした。
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翌朝はイギリスの航空母艦も出航していきます。2階のレストランで朝食を摂っていたら目の前を通過していきました。食事を止めて部屋に戻ってテラスから何とか追いつきました。良く見ると甲板の上に水兵さんが一列に並んで敬礼をしています。
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マルタでもこのボンネットタイプのバスは少なかったです。
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次に行った時はもっと減っているように思えました。
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当時のバスの切符です。運転手さんにお金を払うと切符の束から1枚切り取ってくれました。バスの路線によって色が違ったり距離によって色も違います。このチケットも今は廃止されていてありません。捨ててしまうのはもったいないのでスケッチブックにスクラップしてとってありました。
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毎朝晩にこんな大型船の出入港が屋上のテラスから眺められます。本当に飽きないブリティッシュホテルの部屋でした。
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次にマルタに来た時も同じホテルに予約を入れました。妻の甥も一緒だったのでこの屋上の2部屋を部屋番号も添えてメールしたらホテルの息子から驚いて連絡がありました。6年前にも泊まったことを伝えると喜んでくれて、すごい安い値段を提示してくれました。
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