2008/11/15 - 2008/11/19
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次は世界文化遺産の周口店見学です。北京原人の頭骨等が発見されたことで有名な遺跡です。
写真のコメントアップ中に、北京原人の起源に関するホットニュースが飛び込んできました。周口店の地層が、これまで考えられていた年代より20万〜30万年古く、約78万年前にまで遡るとの研究成果です。12日付の英科学誌ネイチャーに掲載された、中国・南京師範大学、米パーデュー大学の論文です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- その他
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ユネスコの世界遺産の標識ではありません。中国国内出の観光名所としての標識のようです。の『北京旅遊世界之最・周口遺跡』の文字があります。
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別の標識です。こちらには周口店北京人遺跡の文字があります。英字の方は、世界遺産を意味するワールド・ヘイリテイジの文字があります。
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周口店の北京原人遺跡の案内平面図です。1900年代、スウェーデンの地質学者のアンダーソンが、原人の下顎の骨と臼歯を発見、続いてカナダの人類学者のブラックが臼歯を発見しました。そして1929年、中国の考古学者、裴文中氏により、ほぼ完璧な状態の頭蓋骨が発掘されました。これにが世界中の教科書に載る『北京原人』の始まりです。
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周口店の北京原人発見の遺跡見学の入場口です。現在は世界遺産に登録されています。1960年頃には、工業開発で遺跡保存が危機に陥った時期もあったようです。
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入口から博物館方面に向かうアプローチ道路です。ずっと上り坂になっていました。両脇に高い街路樹が続いていました。
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スウェーデンの地質学者で考古学者のユハン・グンナール・アンダーソン(1874-1960年)氏です。中国名は安特生氏です。1914年から1925年まで中国各地で調査し、北京原人の骨と彩色土器を発見しました。
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中国の地質学者の丁文江氏(1887-1936年)です。1916年に中国地質調査所長に任じられた方です。北京原人の発見が始まった頃です。
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中国語表記で、師丹斯基(1894-1988年)氏です。オーストリアの古生物学者で、1921-1923年に龍骨山の遺跡の発掘調査に携われた方のようです。
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通路の脇にリアルな鹿の模型が置かれていました。北京原人が暮らしていた時代の大角鹿のようです。
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通路の中央に北京原人の頭部の像がありました。最後の石段を登れば、その上が博物館のようです。
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博物館の正面玄関のアップです。正式名称は、周口店遺址博物館のようです。
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北京原人の推定復元図です。標識には北京猿人と記されています。一般には、猿人は原人に先立つもので、アフリカが起源とされます。
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周口店の北京原人遺跡博物館の見学です。北京原人の化石は、頭蓋骨6個、骨の砕片12片、下顎骨15個、歯157枚および割れた大腿骨、脛骨、上腕骨等で、これらの骨は老若男女約40体とされます。
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入口から博物館へ向かうアプローチ道路の両脇にあった写真にもこの方たちの写真があったかも知れません。遺跡発掘から保存まで、功績があった方達でしょう。
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世界遺産の石碑は目にすることが出来ませんでしたが、世界遺産の登録されたことを示す証明書を実見できました。左がそのユネスコ証明書、右が国内手続きの証明書のようです。
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博物館の展示状況です。個別の展示品は、補遺に纏めておきました。予め確認しましたが、写真撮影OKでした。
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周口店の発掘調査が開始されたのは、20世紀初頭です。約100年前のことですが、幸い写真記録も豊富に残ったようです。その写真展示の一部です。
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写真展示の続きです。写真の下には、関係する発掘品等が展示してありました。
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博物館見学では、映画による日本語説明もありました。見学を終わった後は、入口方向に少し下って、発掘現場の見学です。
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周口店付近の光景です。古代では鹿や虎の大型動物のほか、小動物も棲息して、住環境がよかった場所のようです。
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入口に向かう通路から右手に折れた場所です。がけに沿って下った場所が発掘現場でした。
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発掘現場の一番低くなった場所から、崖を見上げたところです。石灰岩質のこの場所は堆積が進み、それを掘削して複合遺跡の調査が行われていました。
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この場所も人骨の一部が発掘された場所のようでした。石灰岩質の洞窟は17層に分類でき、北京原人の化石は3〜11層の間で発見されました。
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重要な発掘場所には、標識がありました。中国語表記は『1929年北京人第一頭蓋骨発現処』です。日本語の説明もありましたが、改めて記載する必要が無い内容です。
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1978年頃に掘削された、周口店遺跡調査のための第一勘査井の説明プレートです。10mの深さに掘られた調査井により、14-17層の部分が確認されました。
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掘削調査を行った場所から横に伸びる洞穴でしょうか。特に標識はありませんでした。
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標識が無いのでよくわかりませんが、黒っぽくなっている部分は、特徴的な色のようです。灰層でしょうか。
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猿人洞の文字です。この表示は遺跡の表示と言うより、観光地のPR目的のようです。中国では、古来、岩や崖に文字を刻むのが好まれるようです。
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一番上の第5層から、半分文字が隠れた第8-9層までの5層の区間の標識です。石灰岩で出来た洞窟は堆積が進み、段々狭くなっていったようです。
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別の場所の礫層の表示です。6層には砂層、7-8層には角礫層の文字があります。7-8層には、灰層もありました。灰層は、原人か人が火を使った痕跡となります。
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