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エルベ河畔にあるこの街は、正式には Luthersstadt Wittenberg (ルターの街 ヴィッテンベルク)という。<br />その名の通り、マルティン・ルター(1483〜1546)の最もゆかりのある街である。<br />文献には1180年頃に最初の記録があり、シュマルデン戦争(1546〜1547)と7年戦争(1756〜1763)とナポレオンの侵略(1813〜1814)で被害を受けるも、幸いにも今次大戦ではあまり被害を受けず、歴史的建造物はそのまま残った。<br /><br />(以前投稿したものの改訂/地域改訂)

Wittenberg

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2002/12/01 - 2002/12/13

29位(同エリア34件中)

旅行記グループ ドイツ紀行 Nr.3

2

22

Berg Heil

Berg Heilさん

エルベ河畔にあるこの街は、正式には Luthersstadt Wittenberg (ルターの街 ヴィッテンベルク)という。
その名の通り、マルティン・ルター(1483〜1546)の最もゆかりのある街である。
文献には1180年頃に最初の記録があり、シュマルデン戦争(1546〜1547)と7年戦争(1756〜1763)とナポレオンの侵略(1813〜1814)で被害を受けるも、幸いにも今次大戦ではあまり被害を受けず、歴史的建造物はそのまま残った。

(以前投稿したものの改訂/地域改訂)

同行者
一人旅
交通手段
鉄道
航空会社
ルフトハンザドイツ航空
  • Rathaus (市庁舎)1523〜1535年<br />1573年に造られた正面玄関の屋根上の彫像は、法律の神 ”ユスティーツア” その廻りには愛、希望、勇敢、知恵、忍耐 を意味する彫像が取り囲んでいる。<br />

    Rathaus (市庁舎)1523〜1535年
    1573年に造られた正面玄関の屋根上の彫像は、法律の神 ”ユスティーツア” その廻りには愛、希望、勇敢、知恵、忍耐 を意味する彫像が取り囲んでいる。

  • 市庁舎<br />

    市庁舎

  • 市庁舎の前のクリスマス・マーケットをぶらついていたら一人の老人が「日本人か?」と声をかけてきた。彼の云う事には何でも1960年代に千葉の何とか云う電機会社に電気技師として派遣され、半年ほど滞在したとか。「新宿」とか「伊勢佐木町」とかの名を懐かしそうにあげて、しばし近年の日本の様子などを話してあげた。何回か独逸を旅すると意外な、特に田舎町で声をかけられる。

    市庁舎の前のクリスマス・マーケットをぶらついていたら一人の老人が「日本人か?」と声をかけてきた。彼の云う事には何でも1960年代に千葉の何とか云う電機会社に電気技師として派遣され、半年ほど滞在したとか。「新宿」とか「伊勢佐木町」とかの名を懐かしそうにあげて、しばし近年の日本の様子などを話してあげた。何回か独逸を旅すると意外な、特に田舎町で声をかけられる。

  • Martin Luther (1483〜1546)宗教改革者 聖書の独逸語訳 現在使われている独逸語聖書にはルター訳とされている。(nach der deutschen Uebersetzung D.Martin Luthers)<br /><br />

    Martin Luther (1483〜1546)宗教改革者 聖書の独逸語訳 現在使われている独逸語聖書にはルター訳とされている。(nach der deutschen Uebersetzung D.Martin Luthers)

  • Philipp Melanchthon(1497〜1560)人文主義者 宗教改革家 ヴッテンベルク大学のギリシャ語 神学教授 ルターの協力者。<br />

    Philipp Melanchthon(1497〜1560)人文主義者 宗教改革家 ヴッテンベルク大学のギリシャ語 神学教授 ルターの協力者。

  • Stadtkirche  St.Marien (市教会・聖マリア教会)1280年頃 木造の礼拝堂が建てられ、今でもその一部が残されている。1466年塔建設 ルターの説教檀、1547年に描かれたルーカス・クラナッハの宗教改革の祭壇画がある。<br />

    Stadtkirche St.Marien (市教会・聖マリア教会)1280年頃 木造の礼拝堂が建てられ、今でもその一部が残されている。1466年塔建設 ルターの説教檀、1547年に描かれたルーカス・クラナッハの宗教改革の祭壇画がある。

  • Stadtkirche St.Marien

    Stadtkirche St.Marien

  • クラナッハの祭壇 1547年

    クラナッハの祭壇 1547年

  • Schlosskirche(宮殿教会)1489〜1525年<br />1760年焼失、1885〜1892年にかけて大修復<br />ルターがここに埋葬されている。(1546.2.22)又メラヒトンの墓もある。<br /><br />

    Schlosskirche(宮殿教会)1489〜1525年
    1760年焼失、1885〜1892年にかけて大修復
    ルターがここに埋葬されている。(1546.2.22)又メラヒトンの墓もある。

  • 宮殿の中庭

    宮殿の中庭

  • 宮殿の博物館でこんな特集が催されていた。

    宮殿の博物館でこんな特集が催されていた。

  • Die Tuer der These(テーゼの扉)<br />1517年10月31日、ルターがここに有名なローマ教皇の免罪符の不当をつく「97条のテーゼ」”Luthrs 97 Thesen”を掲示、宗教改革の口火を切った所がまさにここ。但し現在の扉は1858年に建造されたもので当時のものではない。<br />

    Die Tuer der These(テーゼの扉)
    1517年10月31日、ルターがここに有名なローマ教皇の免罪符の不当をつく「97条のテーゼ」”Luthrs 97 Thesen”を掲示、宗教改革の口火を切った所がまさにここ。但し現在の扉は1858年に建造されたもので当時のものではない。

  • Melanchitonhaus :メランヒトンの家 (1536〜1539)メランヒトン博物館

    Melanchitonhaus :メランヒトンの家 (1536〜1539)メランヒトン博物館

  • Cranachhaus:クラナッハの家 (コレギエン通に2軒あり、ここは西側の家)<br />

    Cranachhaus:クラナッハの家 (コレギエン通に2軒あり、ここは西側の家)

  • Lutherhaus (ルターの家):宗教改革博物館<br />1504^1507年に修道院として建築、1525年から彼とその家族が住んだ。<br />訪問した時には内部が大改装中の為見学出来ず。<br />

    Lutherhaus (ルターの家):宗教改革博物館
    1504^1507年に修道院として建築、1525年から彼とその家族が住んだ。
    訪問した時には内部が大改装中の為見学出来ず。

  • マリア教会の裏手に佇んでいた教会。なにやら古そうであったが案内書にも掲載されていないので由緒不明

    マリア教会の裏手に佇んでいた教会。なにやら古そうであったが案内書にも掲載されていないので由緒不明

  • Alma Mater Leucorea /Wittenberg Universitaet 1520年設立 :ヴィッテンベルク大学<br />ルターやメラヒトンが教鞭をとる。<br />

    Alma Mater Leucorea /Wittenberg Universitaet 1520年設立 :ヴィッテンベルク大学
    ルターやメラヒトンが教鞭をとる。

  • 大学の中庭

    大学の中庭

  • ヴィッテンベルク郵便局

    ヴィッテンベルク郵便局

  • ヴィッテンベルク駅

    ヴィッテンベルク駅

  • ヴィッテンベルクの全風景:(絵葉書より)

    ヴィッテンベルクの全風景:(絵葉書より)

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  • utamiumiuさん 2006/02/09 13:33:17
    大変参考になります。Wittenberg
    Wittenbergベルリンツォー駅からICEで1時間15分とあります。これなら日帰り可能ですね。
    ベルリンには4泊するので行ってみたくなりました。
    クリスチャンではないですが、ヴァルトブルク城には2回も行ってルターの部屋も2回見ています。エルフルトにも行ったことがあるのでルターに縁の地は見てみたいです。
    高校の歴史のおさらいしなくては。
    有難うございました。

    Berg Heil

    Berg Heilさん からの返信 2006/02/09 17:33:54
    RE: 大変参考になります。Wittenberg
    Wittengbergは素朴な田舎町ですが観光案内所には日本語のカラーのパンフレットがあります(有料)。私が買ったものは「公園」の「公」の地が逆さになっていましたので帰国後観光所に間違指摘の手紙を送ったのですがはたして訂正されているか否か?(大きなタイトルでしたので気になって) クラナッハの祭壇はみておいた方が良いかと思われます。宮廷教会は拝観していませんがやはり歴史的にも見学すべきかと思います。北独逸を旅しますと、バッハとルターの足跡が多いことに驚かされます。

    独逸の街を訪問するには少しでも歴史の知識の有無で印象が違ってきます。私も予習、訪問 帰国後のアルバム造りでなるべく深く印象を 老化しつつある脳細胞に刻みつけるようにしています。当地でそこそこ集めてくるパンフレット類で帰りの荷物はいささか重くなるのがやっかいですが。

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