tabi47さんのクチコミ(189ページ)全4,355件
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投稿日 2015年10月26日
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.5
京都市内の観光は、だいたいこの京都市バスの運行エリア内に納まっているので、京都旅行の際にはこの市バスをメインとした一日乗車券を利用することが多いです。
関東とは違い、バスの中ほどから乗り、下りる際は運転手さんのいる前方より下ります。料金は後払い。1回230円だけど、一日乗車券があれば500円で何度でも乗れます!- 旅行時期
- 2015年10月
- 乗り場へのアクセス:
- 4.0
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.5
京都駅の中央口を出たロータリーの一角にバスチケットセンターがあります。京都に着いて最初にすることは、ここで500円の一日乗車券を買うこと。
京都市内の観光は、この乗車券でバスで移動するのが一番安くて一番便利と思います。乗車券を買うとバスの路線図が載っているバスなびをもらえます。このバスなびがあれば、どこにでも行けちゃうすぐれものです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 4.0
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投稿日 2015年10月26日
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:5.0
京都御苑内の京都御所。春と秋に一般公開されますが、いつでも、予め申し込みさえすればいつでも見学することができます。私はネットから申し込み、許可証を印刷して挑みました。
見学はガイドさん約1時間にわたり、1kmの道のりを見てまわります。ガイドさんがいろいろと説明してくれるので、とても楽しくためになります。
とてもいい体験で、また見学したいと思いました。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.0
京都御苑の東側、寺町通りに面した3つの門(石薬師御門、清和院御門、寺町御門)のうちの一番北側にある御門です。
明治天皇生誕の地、中山邸跡や祐ノ井は、この御門が一番近いかな。禁門の変の際にこの御門を警備していたのは阿波藩だそうです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.0
京都御苑の東側、寺町通りに面した3つの門(石薬師御門、清和院御門、寺町御門)のうちの真ん中の御門。
京都迎賓館の東側に「染殿井」がありますが、この一帯は、平安前期の摂政・藤原良房の邸宅「染殿第」があったところ。
清和天皇(生母が良房の娘・明子)は譲位後ここに移られて「清和院」と称さたことにより、清和院御門の由来になっているようです。
禁門の変の際にこの御門を警備していたのは加賀藩だそうです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.0
京都御苑の北西、石薬師御門から入って右手に広がるエリアが今出川広場です。この広場は、野球場やソフトボール場が3面もあるそうで、平日の昼下がりにも、野球をやってる人たちがおりました。
申し込めば、誰でも利用できるっぽい。1時間400円だそうです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.5
京都御苑内、京都迎賓館の東側の自然豊かなエリアに染殿井があります。
この一帯は、平安前期の摂政・藤原良房の邸宅「染殿第」があったところで、ここにある井戸の遺構が「染殿井」と呼ばれているのも、染殿第にちなんだものとされているようです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.5
京都御苑内、清和院御門を入ったすぐ、大宮御所と京都迎賓館の間に土御門第跡(つちみかどていあと)があります。
平安中期の藤原道長の邸宅跡で、道長の彰子が一条天皇のお后となり、後の後一条天皇や後朱雀天皇になる皇子たちも、この地で誕生したそうです。
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしを思えば」は、この邸で催された宴席で読まれたものだそうです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.5
京都御苑内、京都御所の建春門(当時の日御門)の前辺りに、1847年に開講した学習所で、御所に勤める役人たちとその子弟に国学や歴史等を教えることとして「学習院」と呼ばれた官立学校。
橋本家跡の隣に、やはり、案内板と標のみが残っています。
学習院は、1947年に官立学校としては廃止され、私立学校として再出発したそうです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.5
京都御苑内の、京都御所と京都迎賓館の間あたりのエリアに「橋本家跡」があります。邸宅だった面影は残っていらず案内板と「皇女和宮生誕の地」という標があるのみです。
仁孝天皇の側室であった橋本経子が、この地で和宮(仁孝天皇の第八皇女)を産み、14年間ここで養育したそうです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.0
京都御苑内、京都御所の東側に京都迎賓館があります。この迎賓館は2005年に開館と、新しい施設です。
コオロギの里、バッタが原など京都御苑内でもひときわ自然豊かなエリアに建つこちらの迎賓館は、赤坂の洋風とは異なり、和風建築だそうです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.5
京都御苑内の北西、猿ケ辻の近くに、中山邸跡があります。その門の前に「祐ノ井」という標がありました。木でできた門の間から邸宅跡を覗くと、右の奥のほうに井戸らしきものが見られます。
中山邸で生誕された祐宮(後の明治天皇)は4年間ここで養育されたそうですが、2歳の夏に井戸が枯れ、新たに掘られたものに、祐宮に因んで「祐井」と名づけられたそうです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.5
京都御苑内の北東、猿ケ辻の近くに中山邸跡があります。幕末期の公家・中山忠能の邸宅跡で、その娘の慶子がこの地で孝明天皇の第二皇子・祐宮(後の明治天皇)を生み、4年間ここで養育されたそうです。
門はありますが、中を覗くことができ「明治天皇生誕の地」という標を見ることができます。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.5
京都御苑内、京都御所の北東の角にあたる築地塀に、鬼門を守る日吉山王神社の使者の烏帽子をかぶった猿を見ることができます。
この猿は夜になると付近をうろついていらずらをしたために穴網を張って閉じ込められたと言われているそうです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月26日
総合評価:3.0
京都御苑内、今出川御門の入って左側、近衛邸跡の向かいに桂宮邸跡があります。門と塀を見ることができます。
桂離宮を造営した八条宮智仁親王を祖とする宮家で、明治14年に断絶。ここにあった建物は、二条城に移築され保存されているそう。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月25日
総合評価:3.0
京都御苑の西側、丸太町通りに面した門4つ(乾御門、中立売御門、蛤御門、下立売御門)のうち、北から2つめにある御門です。
現在は京都御苑の駐車場の出入り口に使用されていて、バスやら乗用車やらが、この御門から出入りしていて風情はなし。
禁門の変の際にこの御門は筑前黒田藩が警備していたそうです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月25日
総合評価:3.0
京都御苑の西側、丸太町通りに面している 4つの門(乾御門、中立売御門、蛤御門、下立売御門)のうち、一番北側にある御門です。
禁門の変の際にこの御門は薩摩藩が警備していた御門です。幕末のころの地図を見ると、今よりもかなり東寄り、一条邸の敷地ぎりぎりの辺りに門があったことが伺えます。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5
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投稿日 2015年10月25日
総合評価:3.0
京都御苑の北側にある御門。その名の通りに今出川通り沿いにある今出川御門です。今出川通り沿いにある唯一の御門で、この御門から入ると右手に近衛邸跡、左に桂宮邸跡、正面には朔平門があります。
禁門の変の際、この御門を守っていたのは久留米藩だったそうです。- 旅行時期
- 2015年10月
- アクセス:
- 3.5




































