piglet2017さんのクチコミ(17ページ)全2,710件
- サムネイル表示
- リスト表示
- ホテル
- ショッピング
- グルメ・レストラン
- 交通機関
- 観光スポット
- 基本情報
-
投稿日 2022年04月30日
総合評価:3.5
横浜第2合同庁舎の隣にある商業施設です。この区画全体に、かつては生糸検査所関連の建築群が建ち並んでいたようです。合同庁舎の柱上の装飾とよく似た桑のリースのレリーフがある旧横浜生糸検査所附属生糸絹物専用B号倉庫が、復元されて北仲ブリックNorthとなり、ビルボードライブなどの文化施設として使われていました。注目すべきは、北仲ブリックSouthとなった旧生糸検査所倉庫事務所で、建築当初のまま唯一保存されている貴重な建物だそうです。
商業施設内のフルーツパーラーで休憩しました。お手洗いを探しに行く途中、間違って高層階へのエレベーターホールに迷いこみました。上の方は58階建てのタワーマンションになっているようです。こんな理想的な場所で暮らせるとは、うらやましい限りです。- 旅行時期
- 2022年04月
-
投稿日 2022年04月28日
総合評価:3.5
赤レンガ倉庫から万国橋通りを馬車道駅方面へ歩いていくと、柱が赤レンガになっているレトロ建築が見えてきました。横浜第2合同庁舎建設時に、1926年に完成した生糸検査所の建物を下層部分に復元したものだそうです。車寄せには、桑の葉のリースのようなレリーフ、正面ファサード中央の一番高いところには、おなかに菊の紋章を付けた蛾の装飾がありました。以前に見学した神戸の生糸検査所も1年違いの1927年に完成していて、生糸産業がその頃の日本経済を支える重要な産業だったことが実感できます。
- 旅行時期
- 2022年04月
-
投稿日 2024年01月30日
-
投稿日 2024年01月29日
-
投稿日 2022年05月13日
総合評価:3.5
赤レンガ倉庫2号館を下から見上げると、鐘が二つ、並んで吊り下げられているのが見えたので、そばまで行ってみました。1階から店内に入ったところにあったエレベーターで2階に上がり、バルコニーに出て海の方へ向かうとすぐです。バルコニーには誰もいなかったので、1回だけ鐘を鳴らしてみましたが、意外に辺りに音色が大きく響いてびっくりしました。
- 旅行時期
- 2022年04月
-
投稿日 2022年05月10日
総合評価:3.5
横浜赤レンガ倉庫内にある横浜土産店で、ありあけ、霧笛楼、源豊行、えの木ていの商品が購入できます。かつての倉庫をそのまま再利用したらしく、赤レンガの壁の前に商品がいろいろ並んでいました。えの木ていのベイクドチーズケーキ「横濱レモン」を購入しました。紅茶によく合うチーズとレモン風味の焼き菓子でした。
- 旅行時期
- 2022年04月
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- その他
-
投稿日 2022年05月07日
-
投稿日 2023年05月20日
総合評価:3.5
かつて横浜税関から山下埠頭まで開通していたという、貨物鉄道、山下臨港線の高架線路跡を整備した遊歩道です。山下公園レストハウス近くの入口から入り、横浜税関前の象の鼻パークまで歩きました。自転車は通行禁止なので、安心して横浜港の眺望を楽しみながら、のんびり散策できます。
- 旅行時期
- 2022年04月
-
投稿日 2024年01月28日
-
投稿日 2022年05月19日
-
投稿日 2024年01月27日
総合評価:3.5
山下公園中央の噴水広場近く、山下公園通り沿いにある赤レンガ造りの洋館です。1922年に建てられた英国の商館で、翌年の関東大震災もなんとか持ちこたえて、今は平和記念館になっていました。玄関の上のメダリオン装飾は創建時のもので、イギリス積みの赤レンガの門柱からも、当時の雰囲気を感じ取ることができました。
- 旅行時期
- 2022年04月
-
投稿日 2024年01月26日
総合評価:3.5
イギリスのノーベル社のダイナマイトを取り扱っていた商社、モリソン商会の事務所として、明治16年に建てられた横浜最古の洋風建築の遺構です。関東大震災で2階部分が崩壊し、1階部分の一部のみが保存されていました。入口の上の方に、創建時の「四十八番」の表示も残っていました。ガラスが反射してよく見えませんでしたが、内部には屋根を支えていた骨組みやフランス積みの赤レンガの壁などが展示されていました。
- 旅行時期
- 2022年04月
-
投稿日 2024年01月25日
総合評価:3.5
大正10年にイギリス人建築家によって建てられたロシア帝国の銀行、露亜銀行横浜支店です。フランス資本も入っている銀行だったためか、結婚式場となった現在も、La Banque du LoAというフランス語の表示がありました。1階の窓格子のデザインもどこかフランス風です。鉄筋コンクリート造りの建物だったため関東大震災にも耐え抜き、100年経った今も活用されている歴史的建造物です。
- 旅行時期
- 2022年04月
-
投稿日 2024年01月24日
総合評価:3.5
日本大通りの1筋向こうの大桟橋通り沿いの「消防救急発祥之地」の石碑の隣に、煉瓦造りのアーチ型に煙突が取り付けられたような構造物がありました。煉瓦の積み方はイギリス積みで歴史を感じさせます。旧居留地消防隊が使っていた地下貯水槽の遺構だそうで、地下水の流入により現在も貯水されており、ガラス張りの向こうを見学できるようになっていました。
- 旅行時期
- 2022年04月
-
投稿日 2024年01月23日
-
投稿日 2024年01月22日
-
投稿日 2024年01月21日
-
投稿日 2024年01月20日
総合評価:3.5
明治時代の下水管の断面は、卵をひっくり返したような形をしていました。流れがスムーズになるようにしてあるのだと思います。この煉瓦造りの下水管は、2001年10月に神奈川県庁前の日本大通りで見つかったとのことです。外国人居留地には立派な下水道があったのですね。これまた煉瓦作りの立派なマンホールに接続していたようです。
- 旅行時期
- 2022年04月
-
投稿日 2024年01月19日
-
投稿日 2024年01月18日
総合評価:3.5
開港広場の向こうに、小さな教会の尖塔が見えたので、近くまで行ってみました。残念ながら門扉が閉ざされ、見学はできませんでしたが、右手の庭の方に、開いた本が彫られた石碑が見えました。
後で調べてみると、開国後に来日した宣教師は、最初に英語塾を開き、塾生の数人が1872年に受洗、この場所に日本基督公会が設立されたことを記念する石碑でした。クリスチャンになる、ならないは別として、開国後に宣教師が全国で開いた英語塾に、異文化に興味のある青年たちが集っていた事実は、曾祖父の逸話(英語塾までの遠い距離を歩いて通った)でも聞いていたので、その歴史現場の一つを目にし、感慨深い思いを抱きました。- 旅行時期
- 2022年04月







































































