哈桑湖さんへのコメント一覧(3ページ)全127件
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ありがとうございます
哈桑湖さま
はじめまして、ろこままと申します。
旅行記を見ていただき、投票をありがとうございます。
お礼の書き込みの前にコメントをいただきまして。。。恐縮です。。。
ありがとうございます。
哈桑湖さんは、いろんな国に行かれてるんですね。
タジキスタンの旅行記は、初めてでした。
今は、平和ですのフレーズに惹かれて、拝見させていただきました。
内戦の傷跡もあるのでしょうが。。。知らない国の歴史や、美しい町並み、美しい自然を楽しませていただきました。
牛窓は、海を楽しみに出かけたのですが、古い町並みや八朔ひなまつり等、見応え充分でした〜
まだまだ、歩いてみたい町です〜
シーカヤックは、気持ち良かったですよ〜
一応、濡れてもいい恰好をしてたのですが、濡れることはなかったです。
参加者全員、初心者でしたが、皆、無事に漕げました〜
また、いい季節にしてみたいです〜
お勧めです〜
哈桑湖さんの犬島の旅行記も拝見させていただきました。
直島は有名ですが、犬島の景色は初めてみました。
島全体が、美術館のようになってるんですね。
前島にも、大阪城の採石跡がありますよ〜
ますます、瀬戸内の島々に興味が湧いてきました (*^。^*)
また、知らない国の旅行記にもお邪魔させて下さいね。
ありがとうございました。
。。ろこまま。。2014年11月09日20時57分返信する -
おはようございます
哈桑湖さん
御嶽三の池の旅行記に投票いただきありがとうございます。
有松の旅行記におじゃましています。
なるほど有松は中々のところですねえ。
いつも通り過ぎるばかりで真剣に歩いてみた事は無いんです。
いっぺん行ってみるかなあ。ここなら今の時期単車でもあまり凍える事は無いですからねえ。
そう言えば、ちょっと覚悟の大きさは違いますが、
私は、飛行機が落ちるなら旅行の帰りにしてくれといつも念じてます。
だって、行に落ちたら心残りが怨念になって成仏できなさそうじゃないですか。
今後も宜しくお願いします。
空飛犬quill -
ありがとうございました
はじめまして!
ちーちーと申します。
この度は訪問そして投票までいただきありがとうございました。
先程ソウルのキティちゃんの旅行記を拝見しました。
とても癒されます。
私事になりますが毎年友人と韓国に行ってましたが
ここ最近はご無沙汰になってます。。。
ふざけた内容の旅行記ですが これからもどうぞ宜しくお願いいたします。
ありがとうございました。
ちーちー
2014年11月01日20時46分返信する -
はじめまして
哈桑湖さん、こんにちは。
大変遅くなりましたが、西大寺の旅行記に投票いただき、本当にありがとうございました!
名古屋へはなかなか行く機会がないのですが、こんな古い街並みが残されているんですね。
全然知らなかったのでビックリしました。
いつか名古屋へ行くことがあれば、ぜひ立ち寄ってみたいです!
うるる -
タジキスタンについて教えて頂けないでしょうか
はじめまして
私、旅行と模型を趣味にしている「ばーちゃわーるど」と申します。
実はこの度、世界各国の方を想定した簡単な模型を製作しているのですが、
情報が少なくて困っております。
もしご存知でしたら下記につきましてご教授頂けないでしょうか。
タジキスタンの言葉でようこそ(WELCOME)は何と言うのが一番適切か?
(※出来れば現地の表記が知りたいです)
タジキスタンの方が見て、母国を代表する模型だと
感じられる模型は何がふさわしいと思われるか?
※日本なら「富士山」「桜」「お城」等々
突然のお願いで大変恐縮ですが、
もしご存知でしたらお教え願えれば幸甚でございます。
何卒、よろしくお願い致します。
【オリンピック各国代表を応援するミニジオラマ YOKOSO JAPAN】
http://www.tokyovirtualworld.com/10-yokoso-japan
RE: タジキスタンについて教えて頂けないでしょうか
>おたより有難うございます
> タジキスタンの言葉でようこそ(WELCOME)は何と言うのが一番適切か?
{{ 露語表記です。Добро пожаловать(ダブロ パジャーラヴァチ)です、タジク語は分かりません。
旧ソ連の人は露語OKです}}
> タジキスタンの方が見て、母国を代表する模型だと
> 感じられる模型は何がふさわしいと思われるか?
> ※日本なら「富士山」「桜」「お城」等々
{{タジキスタンの代表するものは、イスカンダル・クル湖です。}}
2014年09月30日22時34分 返信するRE: RE: ご回答ありがとうございます。
哈桑湖さん
ご回答ありがとうございます。大変参考になしました。
なかなか日本では手に入らない情報、誠にありがとうございます。
是非参考にさせて頂きます。
貴重な情報ありがとうございました。
2014年10月01日07時34分 返信する -
いつもながらにすばらしい場所ですね
いつもながら、すばらしいところを旅されていますね。あなたのブログは終わりの方の文を読むのが楽しみです。前回お年をお聞きしましたが、お父様が全共闘世代とのことですね。私は60年安保の世代ですから、お父様よりは10歳ほど年上ということになりますね。お若いのに博学でいらっしゃるから、これからもいろいろと教えてください。一つだけ注文があります。画像が多すぎるということです。よろしくお願いします。博学ではなく、暇つぶしに本の読み過ぎです。
御便り有難うございます。
大学時代と厚木時代に古本屋さんが、近所にあったので、片っ端から買って読んでいただけです。
古本も今よりも安かったです。
それで余計な知識を詰め込んだだけです。
一昨年ですが人気アニメだった「巨人の星」を見ました。この冒頭は、「長い戦争は終わった、無意味な戦いに疲れ果てた国民が、そこここにうごめいていた」で始まります。
私が生まれる少し前は、先の戦争に対する考え方は、こんな感じだったのでしょう。
元日本兵から聞く戦争の話も、掠奪、強姦、殺人となんでもありでした。私自身も戦争だから仕方ないという考えで、被害者の立場になって、考えたことはありませんでした。
最近になって、元日本兵の加害者の証言に関する本を読むようになりました。
「人間が人間を殺すというのは、人間でなくなり、鬼になることだ。鬼になれない者は発狂するか、自殺するか、脱走する」と元日本兵の方が、おっしゃっていました。
そして「鬼になってしまうから、殺人も強姦も泥棒もやるんだ」と。
私はこの言葉を聞いて、戦争に行ったことのない人が、戦争犯罪を行ったものを責めるのは、間違いだと気づきました。
最近、慰安婦問題がマスコミを賑わせています。
慰安所の設置がないままに行ったシベリア出兵ですが、私娼から梅毒を感染させられた者が多数出て、兵隊として使い物にならなくなったようです。
このときの反省から、軍は慰安所の必要性を認めました。
「慰安所の管理をしていたのは軍医であるから、軍の関与が無かったなんて言うのは、間違いだ」という元軍医の証言もあります。
。
1936年に始まったスペイン市民戦争には、フランコを支援するドイツの義勇軍・コンドル軍団も参加していました。
このときにはもうすでにコンドル軍団専用の慰安所がありました。
管理はドイツ人軍医が行っていました。
私娼からうつされた病気が、隊内に広がると困るからです。
戦争をするには慰安所がいるんです、慰安所がダメというなら、戦争をしてはいけないんです。
2014年09月28日05時09分 返信する -
いつも感服いたします。
この旅行は個人で行っておられるのですか? ツァーではないでしょうからね。失礼ですが、そんなにお若くないように思いますが。お元気なんですね。
日本を戦争する国にしようとする連中にははらだたしいかぎりです。
従軍慰安婦の件では朝日新聞が謝罪しましたが、この制度はあったのは事実で否定はできないと思います。朝日新聞を批判している秦 邦彦氏は「従軍慰安婦の給料は兵士よりも多くて・・・・」と書いておられますが、これこそ慰安婦は過酷な仕事をさせられていたことを認めているのだなないのでしょうか。父が全共闘世代です
chikuouさま 父が全共闘世代です。父は同窓会に行くようですが、この世代の人間が憲法改正賛成、反中国、反韓国です。
私が「この世代の人は、かつては反安保で機動隊とやりあっていたのに、何故安倍ちゃんマンセー、憲法改正賛成、日米同盟の強化なのか理解できない」と言いました。
父は「あの世代の連中は、学生運動が無意味であると、完全に総括している。退職して悠々の年金暮らしになると、テレビ漬けになる。テレビに洗脳されている。自分で言うのもなんだが、老害だ」と言っていました。
また同窓生で「尖閣を守るためには、日米同盟を強化して、憲法改正だ」と言う御仁がいたようですが、父は「お前が兵隊に行ったらどうだ?それとも孫を行かせたらどうか?」というと、沈黙したようです。
アメリカ人と結婚した近所の方によると、「当時はそのような置屋は、日本では合法だったとか、女衒を通して親にお金が渡っているでは、西欧のルールでは、通用しないようです。本人の意志に反して慰安所で働かされていたことが、問題のようです」
水木しげるさんの戦記漫画は、全て読みました。
当時の日本軍のやることは、デタラメですね。
玉砕を命令した参謀は、生き延びるんだと水木さんは証言しています。
慰安婦問題に対しては「毎日が地獄の日々だったので、謝罪、補償すべき」
と述べています。
秦郁彦さんですが「南京事件」の本では、学者としての良心がみられ、日本軍の現地挑発をとりあげ、この過程で民間人の殺害、強姦などの事件が起きたと述べています。
最近の秦先生、権力側にすり寄ったみたいですね。
南京事件での責任は、東京裁判で松井石根大将がとり、絞首刑になりました。
東京裁判で絞首刑となった武藤章は「上海派遣軍(司令官は朝香宮鳩彦王)及び第十軍(司令官は柳川平助中将)を統率していないのであって、両軍司令官が部下を統率し、この上に松井大将が立って一時作戦の統一指揮に当たったという次第である。従って部下の軍紀風紀の取り締まりも両軍司令官が全責任を持ち、松井大将は上級指揮官としての作戦上の責任のみを有するのである」と述べています。
つまり南京事件での責任を問われるのは、朝香宮様の方が先ということになるのですが。
松井大将は、南京城内での日本軍が捕虜や市民を殺害したことを聞いて、朝香宮様や柳川中将を激しく叱責したのですが、戦後GHQの取り調べに対して、宮様は「まったく知らなかった」と答えています。
復員してきた人たちの中には「悪い奴ほど生き延びた、さらに悪い奴はGHQに取入って、昇りつめるところまで、昇りつめた」と言っていたようです。2014年09月23日22時19分 返信する -
有難うございます。
哈桑湖様
お世話になっております。
いつも、ご投稿拝見させて戴きまして有難うございます。
また、この度も私の拙い投稿をご覧下さり恐縮です。
更にご投票賜り有難うございます。
今後共宜しくお願い申し上げます。
それでは失礼致します。
jmb_sr
2014年09月01日19時11分返信する私はいつも神奈川県勢を応援しております。
jmb_srさま
お便りありがとうございます。
私は大学を退職したあと、先輩を頼って神奈川の厚木に出てきました。
夏の暑い日、新横浜の駅構内のテレビで、甲子園中継をしていました。
テレビに出てくる高校は、東海大相模でした。
東海大相模がチャンスを作ると、歓声が沸くのです。
不思議だと思ってテレビを見ていたところ、私が現在いる場所が神奈川県
であることに気づき、それで東海大相模高校を応援しているのだと理解しました。
神奈川では厚木で働いていました。厚木での生活は、自分にとっては人生最良の日々でした。今でも懐かしくてしかたありません。
この4トラベルの旅行記にも「恋し懐かし、厚木の町よ」を掲載させていただきました。
厚木には2年いただけですが、今でも高校野球は神奈川県勢を応援しております。
これからも jmb_sr さまの旅行記をご訪問させていただきます。
これからもよろしくお願いいたします。2014年09月01日22時01分 返信する



