名古屋城 電子チケット(観覧券)
500円(税込)
徳川家康が外様大名を動員して築城。慶長15年(1610)着工、同19年に完成した。本丸・二の丸・西の丸・御深井丸・三の丸の五郭から成る規模雄大な城で、ことに金鯱をのせた壮大華麗な天守閣はひろく天下に知られた。元和2年(1616)家康の九男義直が入城。以来、徳川御三家筆頭、尾張藩六十一万九千石の牙城となる。昭和20年、米軍の空襲で天守閣以下ほとんどの建物を焼かれたが、昭和34年、再建されたほか、西北・西南・東南の各隅櫓と表二ノ門がもとの建物で現存。本丸を囲む石垣や空堀・外堀などは原形を伝え、二ノ丸庭園も一部だけ残っている。◎徳川家康(1542-1616)岡崎城主松平広忠の子。織田信長・豊臣秀吉亡きあと、関ケ原の戦いで勝利を収め、征夷大将軍に任ぜられ江戸幕府を開いて、徳川三百年の基礎を築いた。◎徳川義直(1600-50)家康の九男。尾州藩の祖。よく家康の遺訓を守って藩政を固め、学問を奨励し、藩風の基礎を作った、わが国で初の聖堂を建て、その廟所も儒教式である。◎徳川宗春(1696-1764)尾州藩第七代藩主。『温知政要』を著して施政方針を示し、遊芸を奨励し、名古屋を大いに繁栄させたが、財政難を招き、幕府から蟄居を命じられた。◎徳川慶勝(1824-83)尾州藩の支藩高須藩主の二男。尾州藩一四・一七代(最後)の藩主。親藩の藩主でありながら、終始、勤皇の立場をとった。
2/28母の名古屋医療センター通院日でした 帰りにまた名古屋城に立ち寄り、昼ご飯に尾張徳川忠兵衛で母は天丼1580円をご飯少しととり天半分残しましたが、食べきりました 私は冬季限定天ぷらそば1580円いただき、お土産に天むす5個1000円買いました いつも天むす買うと母が申しますので 名古屋城の梅は1本咲き初めてましたが、つぼみばかりてした 去年は早かったのか3-4本は咲いてましたけど 3/1から3/10椿展開催 #名古屋医療センター #名古屋城 #尾張蕎麦と天丼徳川忠兵衛 #天丼 #梅林 #椿展
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木曽川の南岸にそそりたつ犬山城は、今から480年ほど前、織田氏によって築かれました。別名「白帝城」といわれており、日本最古の天守は国宝に指定されています。
現存する天守閣がある12の城の中で観光してない最後の城で、ずっと生きている内に行きたいと思っていた城です。 犬山城は織田信長の叔父である織田信康が木ノ下城を移築したと伝えられている城です。 清州城程場内に展示している品は少なかったですが、天守閣まで登る階段は日本一狭く購買が急な階段で、注意しないと何度も頭を打つ事になります。 また、天守閣がらライン橋を見る景色は最高でした。
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地上100mにある展望台からは名古屋市街はもちろんのこと、三河湾や知多半島、木曽御嶽山や中央アルプスまで見渡せる。平成20年10月には「恋人の聖地」に認定された。平成25年7月12日には日本夜景遺産にも認定されている。
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ピックアップ特集
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地元では有名な待ち合わせスポットでしたが、いつの間にか全国的にも知られるようになり、観光客も訪れる人気スポットになりました。個人的には“ひとがた”で、これ程大きなものは他に例がなく、名古屋といえば何よりもまずナナちゃんだと思っています。 しかし、ナナちゃんの衣装と周囲のアーケードに広告を出すには、どれくらいの費用がかかるのでしょうか?
三河守護代西郷稠頼が康正元年(1455)に築いたと伝わる。大永4年(1524)松平清康が奪取して居城とする。清康の孫が徳川家康で天文11年(1542)この城で誕生した。天正18年(1590)家康の関東入部後は、田中、本多、水野氏を経て明和6年(1769)から本多氏が代々、五万石を領した。現在、城跡は公園として開放され、本丸には、昭和34年に復元された天守閣、二ノ丸跡などがある。
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13,400平方mあるアリーナに加え、ドームならではの音響・照明、ライブビジョンを使用したスケールの広大なイベントが開催できます。 運動会 プロ野球選手がプレーする人工芝で一日楽しんでみませんか? 会社の運動会に最適です。ストラックアウトなど、オプションでアトラクションのご利用もできます。 スポーツ大会 野球大会、少年野球、ドッジボール、キックベース、グラウンドゴルフ などの大会でご利用いただけます(ソフトボールでは最大3面の使用ができます )。
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名鉄名古屋駅前の通りを東に渡ると(JR名古屋駅から地下道もある)、高さ247mの名古屋一の高層ビルミッドランドスクエアがある。このビルの44~46階はスカイプロムナード、回遊型の展望デッキになっていて、名古屋市街地をほぼ360°見渡すことができる。眼下に大都会名古屋のビル群、名古屋城、ナゴヤドームなどが見え素晴らしい絶景だ。回遊しながら、コーヒーを飲みながらくつろぐこともできる。入場料は大人1000円だが、シニア割引があり500円だった。
仕事でセントレアに行く用事があり、会議の開始時間まで時間があったため、スカイデッキに出た。羽田空港、成田空港、フランクフルトアムマインなど、飛行機を眺められるデッキがあれば、カフェでお茶をするよりも飛行機を見ている。 セントレアのスカイデッキは広々としていて、遮るものがないため風が強い。が、ここに三脚をたてれば、一日中、離発着を撮影し続けていられるだろう。中部国際空港を利用する飛行機が一望に見渡せて、あまり展望台などから見かけるチャンスのない小型旅客機も見ることができる。 広くて快適だけれど、風が強いので、温かい格好で行ってくださいな。
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もと尾張徳川家の大曽根下屋敷。池泉回遊式の大名庭園で、隣接する徳川美術館、蓬左文庫と合わせて近世武家文化が体感できる。
名古屋市の中心街からやや離れたところにある回遊式の日本庭園である。最寄り駅である大曽根駅からもやや離れた住宅地の中にあり、桜や紅葉の季節は混雑するものの、それ以外の季節であれば休日でも比較的空いており、ゆったりと園内を周遊することが出来る。 17世紀末に造営された尾張徳川家の庭園であったが、太平洋戦争時の名古屋大空襲によって破壊された。現在の庭園は2000年以降に再度造営されたものである。戦災を免れたのは明治22年に建立された黒門のみとなる。 明確な区分があるわけではないが、起伏がほとんど無いが広々としている『龍仙湖』(庭園内の池)の周遊部分と、起伏はあるがバリエーションに富む景色を楽しむことが出来る小高い丘の部分に分けることが出来る。小路はややデコボコしており、ところどころ狭いものの、車椅子などの障碍を持つ人でも充分に楽しむことが出来る。一方で、それほど大きくない規模の庭園であるからか、休憩できるベンチの数はあまり多くないように思う。 前述の通り周囲は住宅地であるため、特に龍仙湖を周遊すると周辺のマンションが必ず目に入ってしまう。借景を含めた上で景観を楽しむことは、あまり大きな期待を持たない方がいいだろう。 This is a strolling-style Japanese garden located slightly away from central Nagoya. It sits within a quiet residential neighborhood and is also some distance from the nearest station, Ozone Station. While the garden can become crowded during cherry blossom and autumn foliage seasons, it's relatively uncrowded even on weekends at other times of the year, allowing visitors to walk around at a relaxed pace. The garden originally belonged to the Owari Tokugawa clan and was created in the end of 17th century. However, it was destroyed during the Nagoya air raids in World War II. The current garden was reconstructed after 2000, and the only structure that survived the war is the Black Gate (Kuro-mon), built in 1889. Although there are no clearly defined sections, the garden can roughly be divided into two areas: the flat and spacious walking path surrounding Ryusen Lake (the central pond), and a gently elevated area with small hills that offers more varied scenery. The paths are somewhat uneven and narrow in places, but the garden is still accessible and enjoyable for visitors using wheelchairs or with mobility challenges. That said, the garden is not very large, and there are relatively few benches available for resting. As the garden is surrounded by residential buildings, especially when walking around Ryusen Lake, nearby apartment complexes are inevitably visible. Visitors should not expect expansive scenic views or strong use of borrowed scenery (shakkei) as part of the landscape design.
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常滑市の中央部はやきものの工場が連なっています。レンガ造りの煙突を臨む高台を中心に「やきもの散歩道」が整備されています。
名古屋めしの店舗がいっぱい。週末土曜日の夕方に訪問しましたがかなり混雑していました。私は鰻が好きなので名古屋飯の代表格ひつまぶしのまるや本店には客が店外にまであふれかえっていました。新幹線の時間があるので私は松坂牛焼肉の一升瓶で夕食を頂きました。名古屋めしのもう一つの代表格味噌カツのお店もあります。
「名古屋市役所本庁舎」は、天皇御大典事業として昭和8年(1933年)に建設され、「国指定重要文化財」「都市景観重要建築物」に指定されています。 名古屋地下鉄 名城線「名古屋城駅」にて下車すれば、地下通で繋がっています。 これまでの名古屋旅行は、土・日・祝ばかりだったんで、市役所もお休みなんで内部に入れなかったのですが、今回は平日に訪問したので、市役所内部を見学しました。 正面入口右手に案内所があり、「市役所内の見学をしたい」と伝えると3種類の見学用資料を貰いました。 それを見ながら某国営放送の朝ドラ「虎に翼」の撮影スポットを見学。確かに見覚えある風景で感動しました。 これまでの映画やドラマで使用されたロケ地MAPもあり、ついでに見学しました。 平日に時間あれば、暇つぶしに見学されてはどうでしょうか。
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平成元年に再建。清洲城の歴史:築城者・創築年とも不明。一説に尾張守護斯波義重が応永年中(1394?1427)に築いたという。のち守護代織田氏の大和守家の居城となる。弘治元年(1555)那古野城主織田信長が大和守信友を討って入城、永禄10年(1567)岐阜城に移るまで本拠とした。天正10年(1582)本能寺の変後は織田信雄、豊臣秀次、福島正則、松平忠吉、徳川義直が城主となった。慶長15年(1610)名古屋築城によって廃城。現在、三層四階の天主閣や信長塀、日本庭園などが復元されている。◎斯波義重(1371-1418)足利義満の猶子となり、1405年に管領となる。浅倉氏、尾田氏、二宮氏、甲斐氏ら重臣を配し領国を固めようとしたが、足利義持の勘気に触れて、高野山に追放された。◎織田信長(1534-1582)尾張に生まれ、永禄10年(1567)美濃国を手に入れ井の口を岐阜と改称した。天正10年(1582)本能寺の変にて自害した。◎織田信雄(1558-1630)織田信長の二男。1582年本能寺の変後、清洲城主となる。茶・和歌・舞・音楽などに巧みな風流人として知られている。◎福島正則(1561-1624)尾張国海東郡に生まれ、豊臣秀吉に仕え、賤ヶ岳の戦いなどに活躍。関ヶ原の戦い後、広島城主となるが、のちに所領を没収され、不遇の晩年をすごした。◎松平忠吉(1580-1607)徳川家慶の四男、遠江国生まれ。関ヶ原の戦い後、清洲城主となる。尾張藩祖となるはずであったが、若死し、後嗣がなく断絶した。◎徳川義直(1601-1650)徳川家康の九男。兄義吉の死去により清洲藩主(後に尾張藩主へ)、家康の遺訓を守り藩政を固め、学問を奨励し、藩風の基礎を作った。わが国で初の聖堂を建て、その廟所も儒教式である。
天下統一を目指した織田信長の出発点であり、信長公麾下の武将達が暮らした清州城です。 長年臨んだ清須城にようやく来ることができました。 城内には色々な小刀から大刀、槍、鉄砲が沢山展示されていて、岩落としをする人形とは思えない程り出来栄えで、沢山城を見学した中では最初だと思います。 4回には清須城再建の歩みと両脇には金の鯱が展示されていました。 頂上の天守からの眺めは最高に綺麗で観光してよかったです。
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明治31年(1898年)にカブトビールの製造工場として誕生。明治時代に建てられたレンガ建造物としては日本で五本の指に入る規模を誇ります。レンガ造りのビール工場の遺構は現存数が極めて少ないため貴重な建造物です。日本のビール黎明期に地方都市から果敢に大手ビールメーカーに挑んだ起業家精神を今に伝えています。
大きなレンガ倉庫です。明治時代にビール工場として使われていました。建物のところどころに、欠けがあったり崩れ落ちた跡があります。東側の壁には戦闘機の機銃掃射の跡が見られます。歴史の重さを痛感します。建物内にはレストランやお土産ショップ、展示室があって、来館者を飽きさせることがないです。500円のセット券で常設展など5つの展示室を見学できます。ドイツのビール製造技術者を招いてのビール造りの様子がよくわかります。撮影許可の展示室は新見南吉とドイツ展示室だけ。他の三つの展示室内は撮影不可になっているので注意が必要です。
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名古屋駅は何度も利用していて、駅の中央コンコースから、桜通口方向のゲートタワーやセントラルタワーに続く4基のエスカレーターがとても印象的なのだが、エスカレーターの乗 り口にある、時計のモニュメントが「名古屋駅の金の時計」だ。 娘と待ち合わせた時に「金の時計」と言われ、コンコースの両端に時計があったような、と、どちらかわからなかった。時計自体はそれほど大きくないので印象に残っていなかったが、桜通口(東)が金の時計、太閤通口(西)が銀の時計。新幹線は名古屋駅の西端のプラットホームなので、新幹線改札を出て、太閤通口を背に、まっすぐ歩けば金の時計につく。 とにかく待ち合わせ客で混んでいるので、「金の時計についたら、エスカレーターを上った上で」とか、「エスカレータに向かって左の高島屋の入口」などと、金の時計を起点にその周辺で会うのが良いかもしれない。
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