東山道武蔵路跡
名所・史跡
3.31
東山道武蔵路跡 クチコミ・アクセス・周辺情報
クチコミ・評判
3.31
(15件のクチコミ)- アクセス:
- 3.00
- 人混みの少なさ:
- 3.67
- バリアフリー:
- 0.00
- 見ごたえ:
- 3.13
1~14件(全15件中)
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律令制時代の国道です。
- 3.0
- 旅行時期:2022/09(約3年前)
- 0
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現在はきれいに整備された広い道路になっています
- 3.5
- 旅行時期:2021/06(約5年前)
- 0
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西国分寺の広い道路
- 3.0
- 旅行時期:2021/05(約5年前)
- 0
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律令時代の道路遺跡
- 3.0
- 旅行時期:2021/03(約5年前)
- 0
東京都国分寺市にある長さ500m幅12mの道路が遺跡として武蔵国分寺の附として国の史跡に指定されています。既に発掘調査が... 続きを読む終わっており、マンション前にアスファルトで覆われた公園?となっているため、それが目的でないと気づかないと思います。
律令時代、平城京から各国府を結ぶ七道が整備されました。その七道の一つに今の東北地方に通じる道として、今でいう滋賀、岐阜、長野、群馬を通る東山道が整備されました。東京、埼玉、神奈川の一部からなる武蔵国(武蔵国の中心である国府は東京都府中市)は当初は東山道に含まれていたため、群馬の次は、なんと東京に寄って栃木に向かい福島に行くルートになっていました。その群馬から東京への道が、この東山道武蔵路です。やがて、これは非効率だと気付き、後に群馬から栃木に直接行くルートが東山道の本線、そして東京に南下する、この道は支線として武蔵路となりました。更には後に武蔵国が東山道から東海道に移管されたため、徐々に使われなくなり、鎌倉時代には廃道となったそうです。それゆえに実際にどこを走っていたかわからなかったものの、この区画だけはっきりと道路の遺跡が発掘されたため、史跡として保存しているとのことです。
閉じる投稿日:2021/06/04
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今の栃木県南端から神奈川県まで続く道
- 3.0
- 旅行時期:2020/05(約6年前)
- 0
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古代の道跡
- 3.0
- 旅行時期:2018/12(約7年前)
- 0
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かつての道を思い起こさせます。
- 3.0
- 旅行時期:2018/09(約7年前)
- 0
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日本の歴史上最大の土木工事だった?
- 3.5
- 旅行時期:2018/03(約8年前)
- 0
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なんで幅が12mもあったのでしょう。
- 3.5
- 旅行時期:2018/03(約8年前)
- 0
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古代の道
- 3.0
- 旅行時期:2017/03(約9年前)
- 0
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奈良・平安時代の武蔵国の中心
- 3.0
- 旅行時期:2015/11(約10年前)
- 0
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奈良時代の道だそうです
- 3.5
- 旅行時期:2015/03(約11年前)
- 0
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国の史跡のようです
- 3.0
- 旅行時期:2015/03(約11年前)
- 0
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広い道路に驚きます
- 4.0
- 旅行時期:2013/12(約12年前)
- 0
1件目~14件目を表示(全15件中)
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