鋸南旅行記(ブログ) 一覧に戻る
石切り場から今度は日本寺の境内へと足を運びました。と言うか、鋸山の見所とされる地獄覗き、百尺観音、日本一の大仏、千五百羅漢などは全て日本寺の境内に在ります。徒歩でも、ロープウェイでも、車でも、表参道、東口、北口、西口、大仏口の何処かの管理所で拝観料600円を払わなければなりません。<br /><br /><br />〜参拝のご案内〜<br /><br />日本寺は約1300年前、聖武天皇の勅詔を受けて、行基菩薩によって開かれた関東最古の勅願所です。鋸山(のこぎりやま)の南側斜面10万坪余りを境内としており、豊かな自然の中を散策しながら、大仏様(薬師瑠璃光如来)、百尺観音像、千五百羅漢石像群などをお参りすることができます。<br />境内は整備されてはおりますが、山のため階段が多く一部歩きづらい箇所もございます。参拝の際には歩きやすい靴でお越しくださいますよう、お願い申し上げます。<br /><br /><br />

東京湾フェリー往復切符で鋸山ハイキングpart3<日本寺・上>

22いいね!

2015/02/01 - 2015/02/01

149位(同エリア470件中)

PHOPHOCHANG

PHOPHOCHANGさん

石切り場から今度は日本寺の境内へと足を運びました。と言うか、鋸山の見所とされる地獄覗き、百尺観音、日本一の大仏、千五百羅漢などは全て日本寺の境内に在ります。徒歩でも、ロープウェイでも、車でも、表参道、東口、北口、西口、大仏口の何処かの管理所で拝観料600円を払わなければなりません。


〜参拝のご案内〜

日本寺は約1300年前、聖武天皇の勅詔を受けて、行基菩薩によって開かれた関東最古の勅願所です。鋸山(のこぎりやま)の南側斜面10万坪余りを境内としており、豊かな自然の中を散策しながら、大仏様(薬師瑠璃光如来)、百尺観音像、千五百羅漢石像群などをお参りすることができます。
境内は整備されてはおりますが、山のため階段が多く一部歩きづらい箇所もございます。参拝の際には歩きやすい靴でお越しくださいますよう、お願い申し上げます。


旅行の満足度
3.5
同行者
友人
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
徒歩
旅行の手配内容
個別手配

PR

  • 鋸山山頂から石切り場跡を経て、やって来たのが此処、日本寺北口管理所です。600円の拝観料を払って境内へと入ります

    鋸山山頂から石切り場跡を経て、やって来たのが此処、日本寺北口管理所です。600円の拝観料を払って境内へと入ります

  • この狭い隙間を通り抜けると

    この狭い隙間を通り抜けると

  • 百尺観音像が目の前に。<br />人間(親子)と比べると、どれだけ大きいかが良く判ります。

    百尺観音像が目の前に。
    人間(親子)と比べると、どれだけ大きいかが良く判ります。

  • 百尺観音像は昭和41(1966)年5月、6ヵ年の歳月を費やして完成した大観音石像です。発願の趣旨は1つには世界戦争戦死病没殉難者供養の為、また1つには、近年激増する東京湾周辺の航海、航空、陸上交通犠牲者供養の為です。<br />切り立つ険しい崖に囲まれた雄大な勝地に安置される大観音像は、交通安全の守り本尊として人々の尊崇を集めています

    百尺観音像は昭和41(1966)年5月、6ヵ年の歳月を費やして完成した大観音石像です。発願の趣旨は1つには世界戦争戦死病没殉難者供養の為、また1つには、近年激増する東京湾周辺の航海、航空、陸上交通犠牲者供養の為です。
    切り立つ険しい崖に囲まれた雄大な勝地に安置される大観音像は、交通安全の守り本尊として人々の尊崇を集めています

  • 石を切り出した跡に彫られたのですから、当然古くないのは判りました。ただ、あまり日の差さなそうな場所におわすせいか、とても静謐な雰囲気を醸しています。このシチュエーションは日本っぽくないですね

    石を切り出した跡に彫られたのですから、当然古くないのは判りました。ただ、あまり日の差さなそうな場所におわすせいか、とても静謐な雰囲気を醸しています。このシチュエーションは日本っぽくないですね

  • 下から見上げてみます

    下から見上げてみます

  • 引いてもう一度。<br />そして次は地獄覗きを目指します

    引いてもう一度。
    そして次は地獄覗きを目指します

  • さっきも狭い切通しを通って観音像前に出ましたが、反対方向もやはり切通し。そのせいか、何となく特殊な空間っぽさが有りました

    さっきも狭い切通しを通って観音像前に出ましたが、反対方向もやはり切通し。そのせいか、何となく特殊な空間っぽさが有りました

  • これ何?ドングリみたいだけど、低木でした

    これ何?ドングリみたいだけど、低木でした

  • 地獄覗きを横(やや下)から見たところ。柵の中に人が居ます

    地獄覗きを横(やや下)から見たところ。柵の中に人が居ます

  • 突先に足を出したり、真下を覗き込んだり出来る訳ではないのに恐怖感を強く感じるのは、足場が先に向かうに従って下っているからです

    突先に足を出したり、真下を覗き込んだり出来る訳ではないのに恐怖感を強く感じるのは、足場が先に向かうに従って下っているからです

  • だけじゃなく、ホントに周囲からポッコリ出っ張ってる展望台。良く見ると石を切り出した跡が判ります。だから天然の形ではないのでしょうが、観光的視点から故意に残したの?

    だけじゃなく、ホントに周囲からポッコリ出っ張ってる展望台。良く見ると石を切り出した跡が判ります。だから天然の形ではないのでしょうが、観光的視点から故意に残したの?

  • その地獄覗きを横から眺められる展望台からの眺め

    その地獄覗きを横から眺められる展望台からの眺め

  • 富士山にタンカー

    イチオシ

    富士山にタンカー

  • さっきは下に居たのかな?とにかくアップダウンを何度も繰り返します。中国なら一気に上がれるエレベーターか一気に渡れる橋造るなと思いつつ・・

    さっきは下に居たのかな?とにかくアップダウンを何度も繰り返します。中国なら一気に上がれるエレベーターか一気に渡れる橋造るなと思いつつ・・

  • 地獄覗きはこちらです。<br />足元凸凹且つ、かなり急な下り斜面となっています

    地獄覗きはこちらです。
    足元凸凹且つ、かなり急な下り斜面となっています

  • 先を覗き込んだ図

    先を覗き込んだ図

  • 景色自体は富士山の見える左寄りの展望台の方が良いですね

    景色自体は富士山の見える左寄りの展望台の方が良いですね

  • さっきとは反対(右)の方向から地獄覗きを見ています。地獄覗きは、日本寺境内の中では山頂部分に該当するので、百尺観音からでも後で訪れる大仏からでも、石段を上らなければなりません

    さっきとは反対(右)の方向から地獄覗きを見ています。地獄覗きは、日本寺境内の中では山頂部分に該当するので、百尺観音からでも後で訪れる大仏からでも、石段を上らなければなりません

  • 石を切り出した跡が見事に平らに断崖となっています

    石を切り出した跡が見事に平らに断崖となっています

  • 南西側に下り、千五百羅漢を見に行きます。<br />の前に、既に12時半を過ぎ、8時に久里浜港で海軍カレーをJちゃんと半分コしてから飲まず食わずでした。このベンチとも言えない石に座って休憩します

    南西側に下り、千五百羅漢を見に行きます。
    の前に、既に12時半を過ぎ、8時に久里浜港で海軍カレーをJちゃんと半分コしてから飲まず食わずでした。このベンチとも言えない石に座って休憩します

  • 日差したっぷりの内房です

    日差したっぷりの内房です

  • 富津館山道路(ふっつたてやまどうろ)の富津金谷インターチェンジ付近が見えています。<br />国道127号のバイパスとして千葉県の富津市と南房総市を結ぶ、東日本高速道路が管理する日本の高速道路(自動車専用道路)で、富津館山道路と称していますが、館山市内までには入っていないのです<br />

    富津館山道路(ふっつたてやまどうろ)の富津金谷インターチェンジ付近が見えています。
    国道127号のバイパスとして千葉県の富津市と南房総市を結ぶ、東日本高速道路が管理する日本の高速道路(自動車専用道路)で、富津館山道路と称していますが、館山市内までには入っていないのです

  • まず、階段を下り始めて最初に現れるのが西国観音です。

    まず、階段を下り始めて最初に現れるのが西国観音です。

  • 首を切られていたり、足しか残っていなかったり、古くないのに明らかに破壊の手が加えられている事に驚きました。そのせいも有ってか、観音像が何となく日本と言うよりアジアっぽさを感じさせる姿かたちに見えてならなかったのですが・・

    首を切られていたり、足しか残っていなかったり、古くないのに明らかに破壊の手が加えられている事に驚きました。そのせいも有ってか、観音像が何となく日本と言うよりアジアっぽさを感じさせる姿かたちに見えてならなかったのですが・・

  • 通天閣、石の洞門です。<br />拝観料を払った時に受け取ったパンフレットの中の地図では、この通天閣は二天門となっていますが、位置的に同じものです

    通天閣、石の洞門です。
    拝観料を払った時に受け取ったパンフレットの中の地図では、この通天閣は二天門となっていますが、位置的に同じものです

  • 左右2体の仁王様に二天門らしさを感じます

    左右2体の仁王様に二天門らしさを感じます

  • 潜って奥とへ進みます

    潜って奥とへ進みます

  • 観音像、羅漢像はこうした崖の斜面に安置、奉られています

    観音像、羅漢像はこうした崖の斜面に安置、奉られています

  • 何だか張家界を思い出しちゃいました

    何だか張家界を思い出しちゃいました

  • 続いて、百躰観音です<br /><br />

    続いて、百躰観音です

  • その裏(行き止まり)に汗かき不動が在ります

    その裏(行き止まり)に汗かき不動が在ります

  • 汗かき不動は戦国武将の尊祟を集めた不動様のようです。火防の不動尊とも言われてるようで、片目も赤いし・・・製鉄に関わる神様だしネ。<br />ただ、汗かきと言われる所以は身体が塩を吹いたように白いから、って説も有ります。てっきり年月を経て、こうなったんだと思ったのに<br />

    汗かき不動は戦国武将の尊祟を集めた不動様のようです。火防の不動尊とも言われてるようで、片目も赤いし・・・製鉄に関わる神様だしネ。
    ただ、汗かきと言われる所以は身体が塩を吹いたように白いから、って説も有ります。てっきり年月を経て、こうなったんだと思ったのに

  • 境内にある五百羅漢像(千五百羅漢)は、江戸時代後期にこの寺を復興した高雅愚伝(当寺第九世)が発願したもので、上総国望陀郡桜井村の石工・大野甚五郎英令が門弟27人と共に安永8(1779)年より寛政10(1798)年までの前後約21年の歳月をかけて彫ったものであり、約1,553体の石仏があるそうです。<br />それらを当地の奇岩霊洞の間に安置し奉ったもので、これは実に比べるものが無いと言われた中華民国懐安大中寺の八百羅漢をしのぐものです

    境内にある五百羅漢像(千五百羅漢)は、江戸時代後期にこの寺を復興した高雅愚伝(当寺第九世)が発願したもので、上総国望陀郡桜井村の石工・大野甚五郎英令が門弟27人と共に安永8(1779)年より寛政10(1798)年までの前後約21年の歳月をかけて彫ったものであり、約1,553体の石仏があるそうです。
    それらを当地の奇岩霊洞の間に安置し奉ったもので、これは実に比べるものが無いと言われた中華民国懐安大中寺の八百羅漢をしのぐものです

  • 羅漢様は色んな表情、ポーズが特徴

    羅漢様は色んな表情、ポーズが特徴

  • 大野甚五郎英令の墓所も同じ千五百羅漢道の真ん中に在ります

    大野甚五郎英令の墓所も同じ千五百羅漢道の真ん中に在ります

  • 木漏れ日が独特な世界を生み出しています

    木漏れ日が独特な世界を生み出しています

  • 木の根もアーティスティック

    木の根もアーティスティック

  • 宝筐印塔、江戸・蔵前の大口屋平兵衛が寄進しました。<br /><br />さて、その大口屋平兵衛とは誰ぞ?<br />Wikipediaによれば、札差(幕府から旗本・御家人に支給される米の仲介を業とした者)と呼ばれる人で蔵米を担保に高利貸しを営み大きな利益を得ており、十八大通(じゅうはちだいつう)に数えられる人でした<br />

    宝筐印塔、江戸・蔵前の大口屋平兵衛が寄進しました。

    さて、その大口屋平兵衛とは誰ぞ?
    Wikipediaによれば、札差(幕府から旗本・御家人に支給される米の仲介を業とした者)と呼ばれる人で蔵米を担保に高利貸しを営み大きな利益を得ており、十八大通(じゅうはちだいつう)に数えられる人でした

  • 屋根と言うか、庇がとても大きいので、それを羽根にして飛ぶんじゃないか?って気がした塔の先端でした

    屋根と言うか、庇がとても大きいので、それを羽根にして飛ぶんじゃないか?って気がした塔の先端でした

  • 日牌堂。此処に並ぶのは羅漢像ですね。<br />この後に続く無漏窟や維摩窟が自然の岩肌を利用しているのに対し、日牌堂は岩をくり抜いているのだそうですが、どれもくり抜いたように見えました

    日牌堂。此処に並ぶのは羅漢像ですね。
    この後に続く無漏窟や維摩窟が自然の岩肌を利用しているのに対し、日牌堂は岩をくり抜いているのだそうですが、どれもくり抜いたように見えました

  • 段々の上でなく、地べたにズラッと並んでいるのは全て首の無い像でした

    段々の上でなく、地べたにズラッと並んでいるのは全て首の無い像でした

  • 薜蘿(べきら)洞。<br />薜蘿(つたかづら)がからまって、錦のように見える事から名付けられた洞です。現在も蔦が岩にへばりついています。狭いこの穴を通ると、奥の院無漏窟へ続きます。<br /><br />

    薜蘿(べきら)洞。
    薜蘿(つたかづら)がからまって、錦のように見える事から名付けられた洞です。現在も蔦が岩にへばりついています。狭いこの穴を通ると、奥の院無漏窟へ続きます。

  • 石を穿って道を通したのが良く判ります

    石を穿って道を通したのが良く判ります

  • 確かに整備されていて歩きやすいのは有難いのですが、こんな洞の中(通過地点ですが)までシッカリ修復、舗装されていると有難味が薄れちゃうのは贅沢でしょうか?

    確かに整備されていて歩きやすいのは有難いのですが、こんな洞の中(通過地点ですが)までシッカリ修復、舗装されていると有難味が薄れちゃうのは贅沢でしょうか?

  • それでもアップダウンはそのまま

    それでもアップダウンはそのまま

  • 奥の院無漏窟。<br />漏は人間の煩悩で、それを断滅した状態が無漏です。<br />釈迦三尊の釈迦如来、普賢菩薩、文殊菩薩と、釈迦の十大弟子を安置しています<br />

    奥の院無漏窟。
    漏は人間の煩悩で、それを断滅した状態が無漏です。
    釈迦三尊の釈迦如来、普賢菩薩、文殊菩薩と、釈迦の十大弟子を安置しています

  • 奥の院は行き止まりで、また薜蘿洞の向こう側へと戻り、日牌堂前の分岐を下へと下ります

    奥の院は行き止まりで、また薜蘿洞の向こう側へと戻り、日牌堂前の分岐を下へと下ります

  • 手作業で岩を削ったと言うのがハッキリ判る鑿の痕ですね

    手作業で岩を削ったと言うのがハッキリ判る鑿の痕ですね

  • 維摩窟(ゆいまくつ)。

    維摩窟(ゆいまくつ)。

  • 天台石橋。此処も分岐です。矢印に従って大仏方面へと向かいます

    天台石橋。此処も分岐です。矢印に従って大仏方面へと向かいます

  • ちょっとしょぼ過ぎる不動の滝

    ちょっとしょぼ過ぎる不動の滝

  • 覗いてみましたが、水っぽさ無し

    覗いてみましたが、水っぽさ無し

  • 弘法大師護摩窟。<br />この下に大仏口管理所(拝観料徴収所)が在り、その前の道が真っ直ぐに大仏広場へと繋がっています。<br /><br />ご覧いただき、有難うございました。<br />大仏以降の続きはまた改めて・・

    弘法大師護摩窟。
    この下に大仏口管理所(拝観料徴収所)が在り、その前の道が真っ直ぐに大仏広場へと繋がっています。

    ご覧いただき、有難うございました。
    大仏以降の続きはまた改めて・・

この旅行記のタグ

関連タグ

22いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP