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日本100名城巡りを始めました。

【日本100名城】No.77 高松城

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2026/09/20 - 2026/09/20

1952位(同エリア2030件中)

旅行記グループ 日本100名城

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74

tenko__mori

tenko__moriさん

この旅行記のスケジュール

2026/09/20

  • 高松駅→高松城

  • 高松城→徳島ラーメン麺王高松駅前店

  • 徳島ラーメン麺王高松駅前店→めりけんや高松駅前店

この旅行記スケジュールを元に

日本100名城巡りを始めました。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
グルメ
4.0
交通
4.0
交通手段
徒歩
  • 丸亀駅から快速サンポート南風リレー号で高松駅に移動し(12:08発-12:34着)、徒歩で高松城に向かいます。<br />高松城に入るには北西にある西入口か南東にある東入口から入ることになります。この日は東入口から入ることにしました。<br /><br />琴電琴平線の線路の向こうには艮櫓(うしとらやぐら)が見えます。

    丸亀駅から快速サンポート南風リレー号で高松駅に移動し(12:08発-12:34着)、徒歩で高松城に向かいます。
    高松城に入るには北西にある西入口か南東にある東入口から入ることになります。この日は東入口から入ることにしました。

    琴電琴平線の線路の向こうには艮櫓(うしとらやぐら)が見えます。

  • 高松城は公園化され、玉藻公園になっています。<br />なお、入城には入城料300円が必要です。

    高松城は公園化され、玉藻公園になっています。
    なお、入城には入城料300円が必要です。

  • 大手の説明。

    大手の説明。

  • 玉藻公園。<br /><br />旭橋を通ってお城に向かいます。

    玉藻公園。

    旭橋を通ってお城に向かいます。

  • 艮櫓が見えます。

    艮櫓が見えます。

  • 堀。<br /><br />高松城は三大水城の1つです。<br />ほかの2つは今治城、中津城です。

    堀。

    高松城は三大水城の1つです。
    ほかの2つは今治城、中津城です。

  • 12:50<br />旭門。<br /><br />この裏に入場券売場があります。

    12:50
    旭門。

    この裏に入場券売場があります。

  • 旭門の先には枡形があります。

    旭門の先には枡形があります。

  • この石垣はもともと南側にあった大手を、1671年に今の場所に引っ越すときに作られたものです。

    この石垣はもともと南側にあった大手を、1671年に今の場所に引っ越すときに作られたものです。

  • 艮櫓(現存遺構)です。<br /><br />うしとらやぐらの名前は方角を示しています。<br />うしとらは北東のことですが、艮櫓は南東にあります。<br />というのも、もともと艮櫓は北東の位置にありました。<br />昭和時代になると開発の対象地域となり、こちらに引っ越してきました。もともとこの櫓台には太鼓櫓があったようです。

    艮櫓(現存遺構)です。

    うしとらやぐらの名前は方角を示しています。
    うしとらは北東のことですが、艮櫓は南東にあります。
    というのも、もともと艮櫓は北東の位置にありました。
    昭和時代になると開発の対象地域となり、こちらに引っ越してきました。もともとこの櫓台には太鼓櫓があったようです。

  • 艮櫓の説明。

    艮櫓の説明。

  • この先の大きな門(桜御門)に向かいます。

    この先の大きな門(桜御門)に向かいます。

  • このあたりの西側は桜の馬場です。<br /><br />当時は武士の馬を走らせての訓練場でした。

    このあたりの西側は桜の馬場です。

    当時は武士の馬を走らせての訓練場でした。

  • 先ほどの堀がここにつながっています。<br /><br />高松城の堀は瀬戸内海にもつながっており、堀にはマダイやクロダイが泳いでるそうです。

    先ほどの堀がここにつながっています。

    高松城の堀は瀬戸内海にもつながっており、堀にはマダイやクロダイが泳いでるそうです。

  • あれは天守台です。

    あれは天守台です。

  • 石垣が茶色いのは、使用されている石材が花崗岩であり、花崗岩に含まれる微量な鉄分が錆びたことからこのような色になっています。<br /><br />なお、この石垣は生駒親正により1588年に築城された際に積み上げられたものです。

    石垣が茶色いのは、使用されている石材が花崗岩であり、花崗岩に含まれる微量な鉄分が錆びたことからこのような色になっています。

    なお、この石垣は生駒親正により1588年に築城された際に積み上げられたものです。

  • 桜御門です。<br />2022年に復元された櫓門です。

    桜御門です。
    2022年に復元された櫓門です。

  • 1945年の高松空襲により焼失したとのこと。

    1945年の高松空襲により焼失したとのこと。

  • 石垣は空襲を耐え抜きました。<br />焦げた石も確認できます。

    石垣は空襲を耐え抜きました。
    焦げた石も確認できます。

  • このあたりにも。

    このあたりにも。

  • 桜御門復元において、強度を高めるため先立って石垣を解体して修理したそうです。<br />その際にも当時からの石材を可能な限り再利用したとのこと。

    桜御門復元において、強度を高めるため先立って石垣を解体して修理したそうです。
    その際にも当時からの石材を可能な限り再利用したとのこと。

  • 桜御門の櫓からの眺めです。<br />正面に見えるのは披雲閣です。

    桜御門の櫓からの眺めです。
    正面に見えるのは披雲閣です。

  • 反対側はこんな感じです。

    反対側はこんな感じです。

  • 石落としもあります。

    石落としもあります。

  • このような展示もありました。

    このような展示もありました。

  • 2022年復元ということでかなり綺麗です。

    2022年復元ということでかなり綺麗です。

  • 披雲閣の説明。

    披雲閣の説明。

  • 披雲閣は大正時代に旧高松藩主・松平家の別邸として建てられた、総平屋・一部2階建ての巨大な近代和風建築です。<br /><br />明治時代に老朽化のため取り壊されますが、1916年に11代当主の松平頼寿(よりなが)伯爵により、巨額の費用を投じて現在の披雲閣が再建されました。<br />現在はイベントやお茶会で使われています。

    披雲閣は大正時代に旧高松藩主・松平家の別邸として建てられた、総平屋・一部2階建ての巨大な近代和風建築です。

    明治時代に老朽化のため取り壊されますが、1916年に11代当主の松平頼寿(よりなが)伯爵により、巨額の費用を投じて現在の披雲閣が再建されました。
    現在はイベントやお茶会で使われています。

  • 基本的に披雲閣の中には入れないのでお庭を見学します。

    基本的に披雲閣の中には入れないのでお庭を見学します。

  • 庭園はこんな感じ。

    庭園はこんな感じ。

  • 城の中のしっかりした庭園というと水戸城を思い出します。

    城の中のしっかりした庭園というと水戸城を思い出します。

  • こちらの庭園は枯山水。<br />池に水は流れていません。

    こちらの庭園は枯山水。
    池に水は流れていません。

  • 水戸城(弘道館)は梅でしたがこちらは松。

    水戸城(弘道館)は梅でしたがこちらは松。

  • 結構広い庭園です。

    結構広い庭園です。

  • お堀が見えます。

    お堀が見えます。

  • 概ね一周できたので北側から庭園を出ます。

    概ね一周できたので北側から庭園を出ます。

  • どうやら船に乗れるみたいです。

    どうやら船に乗れるみたいです。

  • 水門の説明。

    水門の説明。

  • 水門です。<br />これを調整することで堀に海水を入れることができたり、堀の推移を調節することができるみたいです。

    水門です。
    これを調整することで堀に海水を入れることができたり、堀の推移を調節することができるみたいです。

  • 鉄門の説明。

    鉄門の説明。

  • 北西に位置する鉄門跡。<br /><br />二の丸から見たところです。<br />先ほどの桜御門から披雲閣あったあたりは三の丸です。<br />ここから右手(南)に向かうと本丸があるんですが

    北西に位置する鉄門跡。

    二の丸から見たところです。
    先ほどの桜御門から披雲閣あったあたりは三の丸です。
    ここから右手(南)に向かうと本丸があるんですが

  • その前に北東に位置する月見櫓(現存遺構)を見に来ました。

    その前に北東に位置する月見櫓(現存遺構)を見に来ました。

  • 中はこんな感じです。

    中はこんな感じです。

  • 2階に上がってきました。<br />階段は急です。

    2階に上がってきました。
    階段は急です。

  • 屋根しか見えませんが、月見櫓の隣に水手御門(現存遺構)、その奥に渡櫓(現存遺構)がみえます。さらに奥にみえるのは披雲閣です。

    屋根しか見えませんが、月見櫓の隣に水手御門(現存遺構)、その奥に渡櫓(現存遺構)がみえます。さらに奥にみえるのは披雲閣です。

  • 月見櫓の目的は出入りする船の監視です。

    月見櫓の目的は出入りする船の監視です。

  • 現存遺構特有の急な階段。

    現存遺構特有の急な階段。

  • 月見櫓の隣には水手御門があります。

    月見櫓の隣には水手御門があります。

  • 水手御門です。

    水手御門です。

  • 水手御門の外側はお堀が引いてました。<br />満潮時には海水が入ってくるそうです。

    水手御門の外側はお堀が引いてました。
    満潮時には海水が入ってくるそうです。

  • 明治時代以降に近隣が埋め立てる前まではこの辺りまで瀬戸内海だったそうです。門を出たら海。<br />高島城を思い出しました。あれは、門を出たら諏訪湖、でしたが。

    明治時代以降に近隣が埋め立てる前まではこの辺りまで瀬戸内海だったそうです。門を出たら海。
    高島城を思い出しました。あれは、門を出たら諏訪湖、でしたが。

  • 月見櫓、水手御門、渡櫓の説明。

    月見櫓、水手御門、渡櫓の説明。

  • 披雲閣を見に行きます。

    披雲閣を見に行きます。

  • 奥に見えるのが披雲閣です。<br /><br />披雲閣は大正時代に建てられた近代和風建築の傑作であり、国の重要文化財および名勝(庭園)に指定されています。<br /><br />江戸時代にも同地に約2倍の規模を誇る藩主御殿としての「旧披雲閣」がありましたが、明治時代の1872年に老朽化のため一度解体されました。大正時代の1914年から3年余りの歳月をかけ、高松松平家第12代当主の松平賴壽伯爵によって1917年に現在の建物が完成しました。

    奥に見えるのが披雲閣です。

    披雲閣は大正時代に建てられた近代和風建築の傑作であり、国の重要文化財および名勝(庭園)に指定されています。

    江戸時代にも同地に約2倍の規模を誇る藩主御殿としての「旧披雲閣」がありましたが、明治時代の1872年に老朽化のため一度解体されました。大正時代の1914年から3年余りの歳月をかけ、高松松平家第12代当主の松平賴壽伯爵によって1917年に現在の建物が完成しました。

  • 披雲閣の近くまで来ました。

    披雲閣の近くまで来ました。

  • この日はなにかイベントが行われていたようで中から声が聞こえてきました。

    この日はなにかイベントが行われていたようで中から声が聞こえてきました。

  • 内部はこんな感じ。

    内部はこんな感じ。

  • 良い雰囲気です。

    良い雰囲気です。

  • では、本丸に向かいます。

    では、本丸に向かいます。

  • 本丸への途中、月見櫓、水手御門、渡櫓を城外から見たところ。

    本丸への途中、月見櫓、水手御門、渡櫓を城外から見たところ。

  • 鞘橋を渡って二の丸から本丸に向かいます。

    鞘橋を渡って二の丸から本丸に向かいます。

  • 鞘橋の説明。<br />二の丸から本丸につながる唯一の動線のため、緊急時は橋を落として本丸を守れるようになっています。

    鞘橋の説明。
    二の丸から本丸につながる唯一の動線のため、緊急時は橋を落として本丸を守れるようになっています。

  • 天守台です。

    天守台です。

  • 天守台まで来ました。

    天守台まで来ました。

  • 天守台には天守閣の礎石が残っています。<br /><br />高松城の天守閣は三重四階・地下一階という構造。<br />この石垣に囲まれた空間には地下一階がありました。

    天守台には天守閣の礎石が残っています。

    高松城の天守閣は三重四階・地下一階という構造。
    この石垣に囲まれた空間には地下一階がありました。

  • 地下一階は米や武器の備蓄倉庫として使われていました。

    地下一階は米や武器の備蓄倉庫として使われていました。

  • 天守台から見た鞘橋。

    天守台から見た鞘橋。

  • 天守台から北側の景色。<br />奥に瀬戸内海が見えます。

    天守台から北側の景色。
    奥に瀬戸内海が見えます。

  • 東側の景色。<br /><br />緑色に見えるのは海水性のプランクトンや緑藻によるものとのこと。

    イチオシ

    東側の景色。

    緑色に見えるのは海水性のプランクトンや緑藻によるものとのこと。

  • 一通り見学できたので、二の丸を通って西門から城外に出ます。

    一通り見学できたので、二の丸を通って西門から城外に出ます。

  • 二の丸は広場になっています。

    二の丸は広場になっています。

  • 13:50<br />西門から出てきました。<br /><br />お腹が減ってきました。<br />

    13:50
    西門から出てきました。

    お腹が減ってきました。

  • というわけで、西門のすぐ近くにある<br />徳島ラーメン麺王 高松駅前店<br />で徳島ラーメン(850円)を頂きました。生卵は無料サービスでした。<br />美味しかったです。<br /><br />それでは高松駅に向かいます。

    イチオシ

    というわけで、西門のすぐ近くにある
    徳島ラーメン麺王 高松駅前店
    で徳島ラーメン(850円)を頂きました。生卵は無料サービスでした。
    美味しかったです。

    それでは高松駅に向かいます。

  • まだお腹に空きがあったので<br />高松駅に来るたびにすごい行列で気になっていためりけんや高松駅前店で小鳴門わかめうどん(490円)とちくわ天とれんこん天。<br />25分くらい待ったでしょうか。まあまあ美味しかったです。<br /><br />この後は、高松駅から岡山駅に向かいます。

    まだお腹に空きがあったので
    高松駅に来るたびにすごい行列で気になっていためりけんや高松駅前店で小鳴門わかめうどん(490円)とちくわ天とれんこん天。
    25分くらい待ったでしょうか。まあまあ美味しかったです。

    この後は、高松駅から岡山駅に向かいます。

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