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日本100名城巡りを始めました。

【日本100名城】No.69 鬼ノ城

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2026/09/21 - 2026/09/21

226位(同エリア279件中)

旅行記グループ 日本100名城

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tenko__mori

tenko__moriさん

この旅行記のスケジュール

2026/09/21

  • 備中高梁駅→総社駅→服部駅

  • 服部駅→鬼城山ビジターセンター

  • 鬼城山ビジターセンター→鬼ノ城

  • 鬼ノ城→鬼城山ビジターセンター

  • 鬼城山ビジターセンター→服部駅

この旅行記スケジュールを元に

日本100名城巡りを始めました。

旅行の満足度
4.0
観光
3.5
交通
1.5
交通手段
タクシー JRローカル
  • 当初は備中松山城→備中高松城→鬼ノ城の予定でしたが備中松山城攻略が前倒しで終わったので先に鬼ノ城を見学することにしました。<br /><br />備中高梁駅から伯備線で総社駅へ移動し、総社駅から桃太郎線で服部駅で下車しました。

    当初は備中松山城→備中高松城→鬼ノ城の予定でしたが備中松山城攻略が前倒しで終わったので先に鬼ノ城を見学することにしました。

    備中高梁駅から伯備線で総社駅へ移動し、総社駅から桃太郎線で服部駅で下車しました。

  • 11:24<br />服部駅。<br />ここからタクシーで鬼城山ビジターセンターへ。<br />料金は2800円でした。

    11:24
    服部駅。
    ここからタクシーで鬼城山ビジターセンターへ。
    料金は2800円でした。

  • 11:45<br />鬼城山ビジターセンターに到着しました。<br />スタンプをゲットして鬼ノ城の西門に向かいます。

    11:45
    鬼城山ビジターセンターに到着しました。
    スタンプをゲットして鬼ノ城の西門に向かいます。

  • 西門へ。

    西門へ。

  • 山道感ありますが観光客が多かったのでこの辺りは蜘蛛の巣はあまり無かったです。

    山道感ありますが観光客が多かったのでこの辺りは蜘蛛の巣はあまり無かったです。

  • ずんずん進んで行きます。

    ずんずん進んで行きます。

  • 案内図です。<br />一周しようと思います。

    案内図です。
    一周しようと思います。

  • なんか見えてきました。<br /><br />角楼です。<br />角楼は城壁から外側へ長方形に張り出した特殊な防御施設です。城壁の死角を補い、敵を側面から攻撃するためのものです。

    なんか見えてきました。

    角楼です。
    角楼は城壁から外側へ長方形に張り出した特殊な防御施設です。城壁の死角を補い、敵を側面から攻撃するためのものです。

  • 西門です。<br /><br />12本の巨大な柱、太さ最大60cmの門柱が調査で判明し、2001年に復元されました。<br />推定復元ですが、柱の穴の深さや同年代(7世紀後半)の城の構造からこの形で復元されたとのことです。

    西門です。

    12本の巨大な柱、太さ最大60cmの門柱が調査で判明し、2001年に復元されました。
    推定復元ですが、柱の穴の深さや同年代(7世紀後半)の城の構造からこの形で復元されたとのことです。

  • 入口はこちら。

    入口はこちら。

  • 裏側の全体像。

    裏側の全体像。

  • 西門跡の説明。

    西門跡の説明。

  • 11:59<br />それでは鬼ノ城を反時計回りで一周してきます。

    11:59
    それでは鬼ノ城を反時計回りで一周してきます。

  • また戻ってくるよサイモン(西門)。

    また戻ってくるよサイモン(西門)。

  • 敷石の説明。

    敷石の説明。

  • こんな感じで石が敷かれてます。

    こんな感じで石が敷かれてます。

  • この敷石と傾斜によって雨水が地面に染み込んでその重さにより土塁(城壁)が崩れてしまうのを防いでいたそうです。

    この敷石と傾斜によって雨水が地面に染み込んでその重さにより土塁(城壁)が崩れてしまうのを防いでいたそうです。

  • 先ほどの敷石の傾斜により城壁の反対側に流れ落ちた雨水は内側の敷石を排水溝のように伝って城内にある6つの水門から排水するようにしていました。

    先ほどの敷石の傾斜により城壁の反対側に流れ落ちた雨水は内側の敷石を排水溝のように伝って城内にある6つの水門から排水するようにしていました。

  • 鬼ノ城は土塁だけでなく石垣も存在します。<br /><br />これは土塁が土の重さで横に広がり崩れてしまわないようにするためのストッパーです。

    鬼ノ城は土塁だけでなく石垣も存在します。

    これは土塁が土の重さで横に広がり崩れてしまわないようにするためのストッパーです。

  • 山道を進んで行きます。道幅は広めです。

    山道を進んで行きます。道幅は広めです。

  • 第一水門、第二水門への下り階段がありましたので行ってみます。

    第一水門、第二水門への下り階段がありましたので行ってみます。

  • 水門と土塁の説明。<br /><br />「二つの水門の間にあるこの土塁は~」と書かれてて第二水門を通り過ぎたことがわかりました。

    水門と土塁の説明。

    「二つの水門の間にあるこの土塁は~」と書かれてて第二水門を通り過ぎたことがわかりました。

  • 少し戻った辺りに石垣の上部に排水用と思われる穴を発見。

    少し戻った辺りに石垣の上部に排水用と思われる穴を発見。

  • その近辺には左手に見える竪堀のような窪みが見られました。<br />これが第二水門のようです。

    その近辺には左手に見える竪堀のような窪みが見られました。
    これが第二水門のようです。

  • 城内に降り注いだ雨水が敷石を伝って集められつつこの排水溝を通って

    城内に降り注いだ雨水が敷石を伝って集められつつこの排水溝を通って

  • 排水溝の下のこの辺りを通って水門から排水される、という構造のようです。<br /><br />第一水門は見つけられませんでした。

    排水溝の下のこの辺りを通って水門から排水される、という構造のようです。

    第一水門は見つけられませんでした。

  • 南門に向かう途中の景色。

    南門に向かう途中の景色。

  • この下は崖です。<br />ビビりながら写真撮ってます。

    この下は崖です。
    ビビりながら写真撮ってます。

  • 12:14<br />遺構が見えてきました。

    12:14
    遺構が見えてきました。

  • 南門跡の説明。

    南門跡の説明。

  • 南門跡です。<br /><br />西門と違って門の形状を裏付ける証拠が不足しているため復元予定は無いようです。<br />また、南門は懸門(けんもん)であり、入り口は城壁と同じ高さにあります。なので、ここから入る(出る)場合にはハシゴが必要です。

    南門跡です。

    西門と違って門の形状を裏付ける証拠が不足しているため復元予定は無いようです。
    また、南門は懸門(けんもん)であり、入り口は城壁と同じ高さにあります。なので、ここから入る(出る)場合にはハシゴが必要です。

  • 南門を後にして、崖にビビりながら進みます。

    南門を後にして、崖にビビりながら進みます。

  • 南門を過ぎた後には久しぶりの敷石。

    南門を過ぎた後には久しぶりの敷石。

  • 列石もありました。

    列石もありました。

  • 香川県にある引田城も景色が良かったんですが鬼ノ城も良い景色が至る所で見られます。

    香川県にある引田城も景色が良かったんですが鬼ノ城も良い景色が至る所で見られます。

  • 岩切観音。<br /><br />自然の巨岩に直接彫られています(磨崖仏)。<br />鬼ノ城築城時(飛鳥時代)のものではなく江戸時代のものとのこと。

    岩切観音。

    自然の巨岩に直接彫られています(磨崖仏)。
    鬼ノ城築城時(飛鳥時代)のものではなく江戸時代のものとのこと。

  • 12:22<br />分岐に着きました。東門跡に向かいます。

    12:22
    分岐に着きました。東門跡に向かいます。

  • 第四水門跡。<br /><br />第三水門跡は気づかずに通り過ぎてた模様。

    第四水門跡。

    第三水門跡は気づかずに通り過ぎてた模様。

  • こちらが水門です。

    こちらが水門です。

  • 12:25<br />東門跡の説明。

    12:25
    東門跡の説明。

  • 東門跡。<br /><br />見晴らしが良いです。東門も南門と同様に懸門です、

    東門跡。

    見晴らしが良いです。東門も南門と同様に懸門です、

  • 石垣は1300年前に築かれた現存遺構です。

    石垣は1300年前に築かれた現存遺構です。

  • 東門から入った先にはこのような岩場が。<br />露岩(ろがん)です。<br />この岩は滑りやすく敵の侵入を拒む役割があります。

    東門から入った先にはこのような岩場が。
    露岩(ろがん)です。
    この岩は滑りやすく敵の侵入を拒む役割があります。

  • この近辺は岩場が多く、一気に敵が侵入してくるのを防ぐようにしています。

    この近辺は岩場が多く、一気に敵が侵入してくるのを防ぐようにしています。

  • 東門を後にして分岐に着きました。<br />第2展望台へ向かいます。

    東門を後にして分岐に着きました。
    第2展望台へ向かいます。

  • 登山ぽくなってきました。

    登山ぽくなってきました。

  • 鍛冶工房跡の説明。<br /><br />鬼ノ城を築くための鉄の道具を製作、修理した場所です。<br />

    鍛冶工房跡の説明。

    鬼ノ城を築くための鉄の道具を製作、修理した場所です。

  • 残念ながら保存のため埋め戻されたようで、当時の遺構を見ることはできませんでした。

    残念ながら保存のため埋め戻されたようで、当時の遺構を見ることはできませんでした。

  • 分岐に着きました。<br /><br />屏風折れという第二展望に向かいます。<br />第一展望は角楼の近くにあります。あとで寄ります。

    分岐に着きました。

    屏風折れという第二展望に向かいます。
    第一展望は角楼の近くにあります。あとで寄ります。

  • 少し進んだところでまた分岐。<br /><br />屏風折れに向かいます。

    少し進んだところでまた分岐。

    屏風折れに向かいます。

  • 第五水門跡。

    第五水門跡。

  • 第五水門跡の近辺にある土手状遺構(堤)の説明。

    第五水門跡の近辺にある土手状遺構(堤)の説明。

  • 落ち葉などで分かりづらいけど中央奥に見える石垣の辺りが土手状遺構のようです。役割は貯水池みたいです。

    落ち葉などで分かりづらいけど中央奥に見える石垣の辺りが土手状遺構のようです。役割は貯水池みたいです。

  • 第五水門跡。<br /><br />右手が堀のようにえぐられてます。

    第五水門跡。

    右手が堀のようにえぐられてます。

  • ここに来て鬼ノ城の説明。<br /><br />鬼ノ城は唐・新羅連合軍による、日本本土への侵略に備えるため、瀬戸内海の監視のため、西暦660年代後半~670年代前半(天智天皇の時代)に築かれたと推定されています。築いたのは大和朝廷(天智天皇)と、百済からの亡命貴族・技術者たちです。

    ここに来て鬼ノ城の説明。

    鬼ノ城は唐・新羅連合軍による、日本本土への侵略に備えるため、瀬戸内海の監視のため、西暦660年代後半~670年代前半(天智天皇の時代)に築かれたと推定されています。築いたのは大和朝廷(天智天皇)と、百済からの亡命貴族・技術者たちです。

  • 倒れてた看板。

    倒れてた看板。

  • この辺りが屏風折れです。

    この辺りが屏風折れです。

  • 国指定史跡であることを示す記念碑。1937年に建てられたものです。

    国指定史跡であることを示す記念碑。1937年に建てられたものです。

  • 屏風折れには見どころの高石垣があり、フォトスポットが東門と第五水門跡の間にありました。気づかずに通り過ぎてました…。

    屏風折れには見どころの高石垣があり、フォトスポットが東門と第五水門跡の間にありました。気づかずに通り過ぎてました…。

  • 温羅舊跡(うらきゅうせき)の碑。<br /><br />鬼ノ城が、桃太郎(吉備津彦命)に退治された鬼の温羅がかつて住んでいたお城だったという伝説のイメージから建てられた碑です。

    温羅舊跡(うらきゅうせき)の碑。

    鬼ノ城が、桃太郎(吉備津彦命)に退治された鬼の温羅がかつて住んでいたお城だったという伝説のイメージから建てられた碑です。

  • 岩屋三十三観音の石祠。<br /><br />鬼ノ城が山岳信仰・修験道の山へと生まれ変わった江戸時代に作られたものです。

    岩屋三十三観音の石祠。

    鬼ノ城が山岳信仰・修験道の山へと生まれ変わった江戸時代に作られたものです。

  • 屏風折れから北門への道には土塁がありました。

    屏風折れから北門への道には土塁がありました。

  • こんな感じ。

    こんな感じ。

  • 最後に北門に向かいます。

    最後に北門に向かいます。

  • 北門の先には礎石建物群がありますが今回はタクシーとの合流時間までの時間を考慮して寄りませんでした。

    北門の先には礎石建物群がありますが今回はタクシーとの合流時間までの時間を考慮して寄りませんでした。

  • 北門跡の説明。

    北門跡の説明。

  • 北門です。

    北門です。

  • こちらも懸門です。

    こちらも懸門です。

  • 北門から向かえる岩屋地区は鬼の本拠地らしいです。<br /><br />鬼の差し上げ岩、皇の墓など興味深い見どころがあるそうです。

    北門から向かえる岩屋地区は鬼の本拠地らしいです。

    鬼の差し上げ岩、皇の墓など興味深い見どころがあるそうです。

  • 12:50<br />それでは西門に戻ります。

    12:50
    それでは西門に戻ります。

  • 最後の分岐です。<br /><br />前述の通り今回礎石建物群はスキップ。

    最後の分岐です。

    前述の通り今回礎石建物群はスキップ。

  • 途中には休憩所もあります。景色も良い。

    途中には休憩所もあります。景色も良い。

  • さらに進むと

    さらに進むと

  • 第一展望です。

    第一展望です。

  • 13:01<br />西門に戻ってきました。

    13:01
    西門に戻ってきました。

  • 西門復元の説明。<br /><br />残された遺構による情報から推定して西門は復元されています。

    西門復元の説明。

    残された遺構による情報から推定して西門は復元されています。

  • 城外から見るとこんな感じ。屋根のあたりに百済感(朝鮮感)を感じます。

    城外から見るとこんな感じ。屋根のあたりに百済感(朝鮮感)を感じます。

  • ビジターセンターに向かいます。

    ビジターセンターに向かいます。

  • 西門が寂しそうに見える。

    西門が寂しそうに見える。

  • 吉備地方には大和朝廷から派遣された吉備津彦命(きびつひこのみこと)が鬼神(温羅)を退治した伝説が残っていて桃太郎の原型とも言われています。その温羅の居城がこの鬼ノ城です。<br /><br />という伝説。

    吉備地方には大和朝廷から派遣された吉備津彦命(きびつひこのみこと)が鬼神(温羅)を退治した伝説が残っていて桃太郎の原型とも言われています。その温羅の居城がこの鬼ノ城です。

    という伝説。

  • こちらには伝説ではなく、実際の成り立ちなどが書かれています。

    こちらには伝説ではなく、実際の成り立ちなどが書かれています。

  • 13:24<br />ビジターセンターに戻ってきました。

    13:24
    ビジターセンターに戻ってきました。

  • タクシーに合流して服部駅に戻ります。

    タクシーに合流して服部駅に戻ります。

  • 総社市、初めて訪れたんですが多くの古墳や国宝吉備津神社など見どころが豊富です。

    総社市、初めて訪れたんですが多くの古墳や国宝吉備津神社など見どころが豊富です。

  • 駅から鬼ノ城の西門が見えます。

    駅から鬼ノ城の西門が見えます。

  • 実際にはこの距離。<br />歩いていくのはしんどいと思います。<br /><br />続いてこの日の最後、備中高松城に向かいます。

    実際にはこの距離。
    歩いていくのはしんどいと思います。

    続いてこの日の最後、備中高松城に向かいます。

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