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日本100名城巡りを始めました。

【日本100名城】No.42 掛川城

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2026/07/19 - 2026/07/19

589位(同エリア605件中)

旅行記グループ 日本100名城

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tenko__mori

tenko__moriさん

この旅行記のスケジュール

2026/07/19

  • 東京駅→掛川駅

  • 掛川駅→大手門

  • 大手門→掛川古城

  • 掛川古城→掛川城

  • 掛川城→掛川駅

この旅行記スケジュールを元に

日本100名城巡りを始めました。

旅行の満足度
3.5
観光
4.0
交通
3.5
交通手段
新幹線 徒歩
  • 一泊二日で静岡県にある城を見学してきました。<br /><br />東京駅を6:30に出発するこだま801号で掛川駅に向かいます。

    一泊二日で静岡県にある城を見学してきました。

    東京駅を6:30に出発するこだま801号で掛川駅に向かいます。

  • 掛川駅に着きました。<br />北口は風情のある駅舎です。

    掛川駅に着きました。
    北口は風情のある駅舎です。

  • 10分ほど歩くと掛川城天守閣が見えてきました。

    10分ほど歩くと掛川城天守閣が見えてきました。

  • 天守閣の開店時間まで時間があったので先に離れた大手門に来ました。<br />大手門は1995年に復元されました。

    天守閣の開店時間まで時間があったので先に離れた大手門に来ました。
    大手門は1995年に復元されました。

  • 番所。<br />1854年の大地震で倒壊し、1859年に再建された現存遺構です。

    番所。
    1854年の大地震で倒壊し、1859年に再建された現存遺構です。

  • 大手門は復元遺構ですが、こちらに展示されている礎石根固め石は当時使われていた石です。

    大手門は復元遺構ですが、こちらに展示されている礎石根固め石は当時使われていた石です。

  • 礎石根固め石。

    礎石根固め石。

  • 番所です。

    番所です。

  • 中には入れませんがこんな感じになってます。

    中には入れませんがこんな感じになってます。

  • 番所は大手門を通ってくる人々を監視・検閲してた警備員の詰所です。

    番所は大手門を通ってくる人々を監視・検閲してた警備員の詰所です。

  • レイアウト的にはこんな感じ。

    レイアウト的にはこんな感じ。

  • まだ時間があるので他の遺構を見に行きます。

    まだ時間があるので他の遺構を見に行きます。

  • こちらは掛川古城跡です。<br />古城という通り、初代掛川城です。<br />今の掛川城は2代目です。<br /><br />初代掛川城は15世紀末に今川氏の命により朝比奈泰煕により築城されました。その後、今川氏の勢力が大きくなり古城では手狭になったため、1510年代にすぐ近くの現在の場所に「新掛川城」を築いて拠点を移しました。<br />桶狭間の戦いで今川義元が倒れた後、徳川家康が今川氏真の立てこもる掛川城を攻め立てました。この際、掛川古城は今川方の強力な防衛砦として激しい攻防戦の舞台となり、家康は激戦の末にこの古城(天王山)を奪取し、今度は逆に掛川城を攻め落とすための本陣として使用したと言われています。

    こちらは掛川古城跡です。
    古城という通り、初代掛川城です。
    今の掛川城は2代目です。

    初代掛川城は15世紀末に今川氏の命により朝比奈泰煕により築城されました。その後、今川氏の勢力が大きくなり古城では手狭になったため、1510年代にすぐ近くの現在の場所に「新掛川城」を築いて拠点を移しました。
    桶狭間の戦いで今川義元が倒れた後、徳川家康が今川氏真の立てこもる掛川城を攻め立てました。この際、掛川古城は今川方の強力な防衛砦として激しい攻防戦の舞台となり、家康は激戦の末にこの古城(天王山)を奪取し、今度は逆に掛川城を攻め落とすための本陣として使用したと言われています。

  • 掛川城と子角山の説明。<br />子角山(ねずみやま)は掛川古城のある山です。

    掛川城と子角山の説明。
    子角山(ねずみやま)は掛川古城のある山です。

  • 本丸には土塁があります。

    本丸には土塁があります。

  • 大堀切。<br />現在は立ち入り禁止になってます。

    大堀切。
    現在は立ち入り禁止になってます。

  • 勾配がなだらかですが当時はもっとえぐれてたのではないかと思います。

    勾配がなだらかですが当時はもっとえぐれてたのではないかと思います。

  • 雨や枯れ木枯れ葉などで

    雨や枯れ木枯れ葉などで

  • だいぶ勾配がやわめになったのではないかと。<br /><br />では、掛川城に向かいます。

    だいぶ勾配がやわめになったのではないかと。

    では、掛川城に向かいます。

  • 掛川城の敷地内に移動しました。

    掛川城の敷地内に移動しました。

  • こちらは十露盤堀(そろばんぼり)。<br />十露盤堀は地下で三日月堀(この後出てきます)と繋がっていて、この仕切りにより水位を調整していたようです。

    こちらは十露盤堀(そろばんぼり)。
    十露盤堀は地下で三日月堀(この後出てきます)と繋がっていて、この仕切りにより水位を調整していたようです。

  • この十露盤堀も明治時代に埋められてしまっていたようです。<br />

    この十露盤堀も明治時代に埋められてしまっていたようです。

  • 三日月堀。<br /><br />なぜ、武田や真田のものでは無かった掛川城で三日月堀???と思いました。山内一豊が城主になった際の改修時に武田真田のお家芸である三日月堀や丸馬出を掛川城にも築いたみたいです。

    三日月堀。

    なぜ、武田や真田のものでは無かった掛川城で三日月堀???と思いました。山内一豊が城主になった際の改修時に武田真田のお家芸である三日月堀や丸馬出を掛川城にも築いたみたいです。

  • 三日月堀と丸馬出は新府城にもありましたね。

    三日月堀と丸馬出は新府城にもありましたね。

  • 三日月堀の説明。

    三日月堀の説明。

  • 天守閣に向かいます。

    天守閣に向かいます。

  • こちらは太鼓櫓。<br />櫓内にあった太鼓で城下に時間を知らせていました。<br /><br />なお、太鼓櫓は1854年の安政大地震直後に再建されました。それからはほぼ当時の状態で残っている現存遺構です。もともとは三の丸付近にあったらしく、今の場所には当時荒和布櫓(あらめやぐら)という見張り櫓があったそうです。

    こちらは太鼓櫓。
    櫓内にあった太鼓で城下に時間を知らせていました。

    なお、太鼓櫓は1854年の安政大地震直後に再建されました。それからはほぼ当時の状態で残っている現存遺構です。もともとは三の丸付近にあったらしく、今の場所には当時荒和布櫓(あらめやぐら)という見張り櫓があったそうです。

  • 太鼓櫓の説明。

    太鼓櫓の説明。

  • 掛川城公園の石碑。<br />構内には美術館もありました。

    掛川城公園の石碑。
    構内には美術館もありました。

  • 四足門。<br />復元遺構ですが、場所は当時の四足門と同じ場所に復元されています。

    四足門。
    復元遺構ですが、場所は当時の四足門と同じ場所に復元されています。

  • 本丸から続く玉石側溝と腰生垣です。<br />大雨が降ると天守閣を支える土手が崩れてしまうため、雨水を排水するための側溝です。<br />腰生垣も土手が崩れないようにする仕組みです。

    本丸から続く玉石側溝と腰生垣です。
    大雨が降ると天守閣を支える土手が崩れてしまうため、雨水を排水するための側溝です。
    腰生垣も土手が崩れないようにする仕組みです。

  • 天守閣の開場時間が近づいてきました。<br />ちなみに、入城には入城料410円が必要です。入城料を支払うと天守閣と御殿に入れます。

    天守閣の開場時間が近づいてきました。
    ちなみに、入城には入城料410円が必要です。入城料を支払うと天守閣と御殿に入れます。

  • というわけで、先に掛川城御殿(二の丸御殿)に来ました。<br />こちらは現存遺構です。

    というわけで、先に掛川城御殿(二の丸御殿)に来ました。
    こちらは現存遺構です。

  • 中には色んなものが展示されています。

    中には色んなものが展示されています。

  • 太鼓。

    太鼓。

  • どなたかが作られた模型。

    どなたかが作られた模型。

  • 太鼓櫓にあった当時使われていた太鼓です。

    太鼓櫓にあった当時使われていた太鼓です。

  • 広い。

    広い。

  • 住みたい。

    住みたい。

  • 御書院上の間。<br />城主が政治事を行っていた部屋。

    御書院上の間。
    城主が政治事を行っていた部屋。

  • 御用部屋。

    御用部屋。

  • 天守閣が見えます。

    天守閣が見えます。

  • なんか分からん煌びやかなものが飾られてました。

    なんか分からん煌びやかなものが飾られてました。

  • 甲冑も展示されてました。

    甲冑も展示されてました。

  • タンスかな?

    タンスかな?

  • 車長持。<br />キャスター付きです。

    車長持。
    キャスター付きです。

  • 足軽目付。<br />足軽を監督した足軽目付の部屋、って説明ですが勝手口にしか見えん。

    足軽目付。
    足軽を監督した足軽目付の部屋、って説明ですが勝手口にしか見えん。

  • 徒目付。<br />こちらはちゃんとした部屋に見えます。

    徒目付。
    こちらはちゃんとした部屋に見えます。

  • 正面に見えるのは日本100名城スタンプです。

    正面に見えるのは日本100名城スタンプです。

  • 槍とか弓とか銃とか。

    槍とか弓とか銃とか。

  • 張役所。

    張役所。

  • 賄方。

    賄方。

  • 御用人部屋。

    御用人部屋。

  • 御ニの間。<br /><br />ちなみに、御殿が現存しているのはこの掛川城二の丸御殿、川越城本丸御殿、二条城二の丸御殿、高知城本丸御殿の4つだけだそうです。現存十二天守より少ないです。

    御ニの間。

    ちなみに、御殿が現存しているのはこの掛川城二の丸御殿、川越城本丸御殿、二条城二の丸御殿、高知城本丸御殿の4つだけだそうです。現存十二天守より少ないです。

  • 掛川城御殿の説明。

    掛川城御殿の説明。

  • 外から見るとこんな感じ。

    外から見るとこんな感じ。

  • 風情を感じます。

    風情を感じます。

  • 先ほどの太鼓櫓を御殿から見たところ。

    先ほどの太鼓櫓を御殿から見たところ。

  • こちらは天守閣に向かう階段からの太鼓櫓。

    こちらは天守閣に向かう階段からの太鼓櫓。

  • 天守閣が近くなってきました。

    天守閣が近くなってきました。

  • 天守閣のある場所から見た掛川城御殿。

    天守閣のある場所から見た掛川城御殿。

  • 太鼓櫓。<br />意外と大きな建物です。

    太鼓櫓。
    意外と大きな建物です。

  • 霧吹き井戸。<br />

    霧吹き井戸。

  • 徳川武田軍が攻めてきたときにこの井戸から霧が出て、城が守られた、という伝説はどうやらフィクションらしい。

    徳川武田軍が攻めてきたときにこの井戸から霧が出て、城が守られた、という伝説はどうやらフィクションらしい。

  • 天守閣です。

    天守閣です。

  • 中には色々な展示物が。

    中には色々な展示物が。

  • 先程は御殿から天守閣を見上げましたが、天守閣から御殿を見るとこんな感じ。<br /><br />以上で掛川城見学終了です。<br />次は同じ掛川にある山城に向かいます。<br />バスが少ないので急ぎます。

    先程は御殿から天守閣を見上げましたが、天守閣から御殿を見るとこんな感じ。

    以上で掛川城見学終了です。
    次は同じ掛川にある山城に向かいます。
    バスが少ないので急ぎます。

  • 着きました。掛川駅南口。<br /><br />この後、バスが北口から出ることを知って急いで移動しました。

    着きました。掛川駅南口。

    この後、バスが北口から出ることを知って急いで移動しました。

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