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特徴的なショップハウスが当時のまま美しく保存されている「サームプレーン(Sam Phraeng)」地区。バンコク旧市街屈指の文化財エリアから、SNSですっかり有名になった近くにある Auntie Nidおばさんのタイティーのお店までの街歩きです。

サームプレーンの100年越えのショップハウスからAuntie Nidのティーショップへ

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2026/08/10 - 2026/08/10

24363位(同エリア24759件中)

旅行記グループ バンコク街歩きシリーズ

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サバーイ

サバーイさん

特徴的なショップハウスが当時のまま美しく保存されている「サームプレーン(Sam Phraeng)」地区。バンコク旧市街屈指の文化財エリアから、SNSですっかり有名になった近くにある Auntie Nidおばさんのタイティーのお店までの街歩きです。

  • みなさん、こんにちは。サバーイです。<br />私はいま、旧市街の王宮近くにある「ワット・ラーチャボピット(Wat Ratchabophit)」に来ています。三大寺院などと比べると観光客も少なく、美しいタイ建築と静寂な雰囲気をじっくりと堪能できる隠れた名所です。

    みなさん、こんにちは。サバーイです。
    私はいま、旧市街の王宮近くにある「ワット・ラーチャボピット(Wat Ratchabophit)」に来ています。三大寺院などと比べると観光客も少なく、美しいタイ建築と静寂な雰囲気をじっくりと堪能できる隠れた名所です。

  • 建立したラーマ5世は欧州を広く視察した名君で、フランスのベルサイユ宮殿やヨーロッパの教会に強い感銘を受け、そのデザインを寺院作りに取り入れました。<br />黄金の仏塔(チェディ)を中心として、それをぐるりと囲むように円形の回廊が巡らされています。

    建立したラーマ5世は欧州を広く視察した名君で、フランスのベルサイユ宮殿やヨーロッパの教会に強い感銘を受け、そのデザインを寺院作りに取り入れました。
    黄金の仏塔(チェディ)を中心として、それをぐるりと囲むように円形の回廊が巡らされています。

  • 「本堂(ウボソット)」の正面玄関(ファサード)です。

    「本堂(ウボソット)」の正面玄関(ファサード)です。

  • 扉の左右には、槍のような武器を持った精巧な黄金の守護神像(門番)が精巧な浮き彫りで施され、重厚感に圧倒されます。<br />柱やレリーフ(浮き彫り)の金色部分は、細かくカットされた色ガラスやミラーガラスが組み込まれており、太陽の光を乱反射し、建物全体が自ら発光しているかのような神聖な輝きを放ちます。

    扉の左右には、槍のような武器を持った精巧な黄金の守護神像(門番)が精巧な浮き彫りで施され、重厚感に圧倒されます。
    柱やレリーフ(浮き彫り)の金色部分は、細かくカットされた色ガラスやミラーガラスが組み込まれており、太陽の光を乱反射し、建物全体が自ら発光しているかのような神聖な輝きを放ちます。

  • 本堂や礼拝堂の外壁、そして回廊の壁面には、色鮮やかな手描き磁器の「ベンジャロン焼きタイル」が一面に敷き詰められています。これらは当時中国から輸入された上質な磁器で、近づいて見ると非常に細密でカラフルなパステル調のドットや花柄が描かれています。

    本堂や礼拝堂の外壁、そして回廊の壁面には、色鮮やかな手描き磁器の「ベンジャロン焼きタイル」が一面に敷き詰められています。これらは当時中国から輸入された上質な磁器で、近づいて見ると非常に細密でカラフルなパステル調のドットや花柄が描かれています。

  • 本堂の正面入り口。<br />手前の太い柱、中間の赤い扉(門)、そしてその奥に見える円形回廊の壁面が、まるで入れ子構造(レイヤード)のように重なって見える、非常に美しい構図です。

    本堂の正面入り口。
    手前の太い柱、中間の赤い扉(門)、そしてその奥に見える円形回廊の壁面が、まるで入れ子構造(レイヤード)のように重なって見える、非常に美しい構図です。

  • そのまま西側に抜けるとラチニ通りへ。

    そのまま西側に抜けるとラチニ通りへ。

  • ロープクルン運河にかかるサパーン・ピーグン(Saphan Pi Kun) 橋。<br />別名「豚の橋」。1911年に、ラーマ5世の王妃であるサオワパー・ポーンシー(Queen Saovabha Phongsri)の48歳(タイの十二支で4サイクル目)の誕生日を記念して建設されました。

    ロープクルン運河にかかるサパーン・ピーグン(Saphan Pi Kun) 橋。
    別名「豚の橋」。1911年に、ラーマ5世の王妃であるサオワパー・ポーンシー(Queen Saovabha Phongsri)の48歳(タイの十二支で4サイクル目)の誕生日を記念して建設されました。

  • ロープクルン運河は、ラーマI世が遷都した際に築かれた運河。チャオプラヤ川と子の運河に囲まれたエリアをラッタナコーシン島と呼びます。まさに旧市街の中心地です。

    ロープクルン運河は、ラーマI世が遷都した際に築かれた運河。チャオプラヤ川と子の運河に囲まれたエリアをラッタナコーシン島と呼びます。まさに旧市街の中心地です。

  • 同じく、王妃が50歳の時に作られたもの。王妃の干支が猪(タイや中国では豚)だったため、それを記念したもの。

    同じく、王妃が50歳の時に作られたもの。王妃の干支が猪(タイや中国では豚)だったため、それを記念したもの。

  • 橋を渡ってすぐ左手にあるのがワット・ラーチャ・プラディット。ラーマ4世(モンクット王)の菩提寺です。<br />この仏塔は灰色と白の四角い大理石のタイルだけで全面が覆われています。

    橋を渡ってすぐ左手にあるのがワット・ラーチャ・プラディット。ラーマ4世(モンクット王)の菩提寺です。
    この仏塔は灰色と白の四角い大理石のタイルだけで全面が覆われています。

  • 本堂です。伝統的なタイ建築の形状をしていますが、外壁や床、並び立つ柱のすべてに白とグレーの上質な大理石が隙間なく貼られています。

    本堂です。伝統的なタイ建築の形状をしていますが、外壁や床、並び立つ柱のすべてに白とグレーの上質な大理石が隙間なく貼られています。

  • この大理石の質感がシックでとても美しいです。

    この大理石の質感がシックでとても美しいです。

  • 扉を埋め尽くす細密な細工は、薄く剥いだアワビなどの貝殻の裏面に彩色や金属箔を施してから貼り付ける、当時の日本の高度な輸出漆器の技法(伏彩色螺鈿)が用いられています。1860年代の建立時、ラーマ4世の注文によって日本の長崎(出島)で制作され、タイへ輸入された漆塗りの扉部材です。

    扉を埋め尽くす細密な細工は、薄く剥いだアワビなどの貝殻の裏面に彩色や金属箔を施してから貼り付ける、当時の日本の高度な輸出漆器の技法(伏彩色螺鈿)が用いられています。1860年代の建立時、ラーマ4世の注文によって日本の長崎(出島)で制作され、タイへ輸入された漆塗りの扉部材です。

  • 運河沿いを1ブロック進むと、左手にタイ王国国防省(Ministry of Defence)の本部ビル。<br />パステル調の明るい黄色(クリーム色)の外壁に、鮮やかな緑色の窓枠が美しく映え、

    運河沿いを1ブロック進むと、左手にタイ王国国防省(Ministry of Defence)の本部ビル。
    パステル調の明るい黄色(クリーム色)の外壁に、鮮やかな緑色の窓枠が美しく映え、

  • ちゃーんローンシー橋から運河の対岸、バムルンムアン通りとの交差点に建つクラシックなビル。かつてはヨーロッパから輸入された高級なガラス製品や香水、陶磁器などを扱い、タイ王室御用達の店としても栄えたデパートでした。いまは「ファザール・ビル」としてアートギャラリーとなっています。

    ちゃーんローンシー橋から運河の対岸、バムルンムアン通りとの交差点に建つクラシックなビル。かつてはヨーロッパから輸入された高級なガラス製品や香水、陶磁器などを扱い、タイ王室御用達の店としても栄えたデパートでした。いまは「ファザール・ビル」としてアートギャラリーとなっています。

  • 交差点を右折して、バムルンムアン通りに入ります。

    交差点を右折して、バムルンムアン通りに入ります。

  • 先ほどのファザール・ビルのすぐ横の建物と建物間に路地があります。思わず足を踏み入れたくなる魅力的な路地です。

    先ほどのファザール・ビルのすぐ横の建物と建物間に路地があります。思わず足を踏み入れたくなる魅力的な路地です。

  • それもそのはず、このプレーン・プトン通りはバンコク屈指のレトロな建築保存地区として知られるエリアでした。<br />19世紀後半、ラーマ4世の息子のプトン・プトレット・タムロンサック王子(Prince Phuthon)の宮殿がここにありました。王子の逝去後、ラーマ5世(チュラロンコン王)がこの土地を買い取り、宮殿の跡地に道路を通し、周囲にヨーロッパ風の長屋(シノ・ポルトガル様式のショップハウス)を建設しました。この王子の名にちなんで「プレーン・プトン」と名付けられました。

    それもそのはず、このプレーン・プトン通りはバンコク屈指のレトロな建築保存地区として知られるエリアでした。
    19世紀後半、ラーマ4世の息子のプトン・プトレット・タムロンサック王子(Prince Phuthon)の宮殿がここにありました。王子の逝去後、ラーマ5世(チュラロンコン王)がこの土地を買い取り、宮殿の跡地に道路を通し、周囲にヨーロッパ風の長屋(シノ・ポルトガル様式のショップハウス)を建設しました。この王子の名にちなんで「プレーン・プトン」と名付けられました。

  • ラーマ5世(チュラーロンコーン王)の時代である1905年前後に建てられた、クリーム色の壁にターコイズブルー(エメラルドグリーン)の窓や扉を組み合わせたシノ・ポルトガル様式(コロニアル調)の長屋(ショップハウス)が当時の姿のまま美しく保存されています。

    ラーマ5世(チュラーロンコーン王)の時代である1905年前後に建てられた、クリーム色の壁にターコイズブルー(エメラルドグリーン)の窓や扉を組み合わせたシノ・ポルトガル様式(コロニアル調)の長屋(ショップハウス)が当時の姿のまま美しく保存されています。

  • プレーン・プトン通りは、タイ赤十字の建物をぐるりと一周取り囲むような形になっています。路地の先に、先ほどのタイ国防省の本部ビルが見えます。この一帯は、当時は王族や宮廷関係者が住むエリアでした。

    プレーン・プトン通りは、タイ赤十字の建物をぐるりと一周取り囲むような形になっています。路地の先に、先ほどのタイ国防省の本部ビルが見えます。この一帯は、当時は王族や宮廷関係者が住むエリアでした。

  • ここに住んだ華人の商人もおり、今もショップハウスとして営みを続けています。<br />偶然、そんな一軒のショップハウスの中を見せてもらうことができました。

    ここに住んだ華人の商人もおり、今もショップハウスとして営みを続けています。
    偶然、そんな一軒のショップハウスの中を見せてもらうことができました。

  • このおばちゃんの話では、130年近くの歴史がある建物とのこと。建物の内部を見れた、貴重な経験でした。

    このおばちゃんの話では、130年近くの歴史がある建物とのこと。建物の内部を見れた、貴重な経験でした。

  • 家族のルーツは中国の福建だそうです。祭壇の文字に、世代源流遠 (世代の源流は遠く=一族の歴史やルーツが非常に古く、代々深く続いてきた)。昌盛金門堂上歴代祖 (昌盛なる金門堂上の歴代の祖先)とあります。金門はおそらく福建省の実在の地名(金門島)ではないか、と。(写真は一部加工してあります)

    家族のルーツは中国の福建だそうです。祭壇の文字に、世代源流遠 (世代の源流は遠く=一族の歴史やルーツが非常に古く、代々深く続いてきた)。昌盛金門堂上歴代祖 (昌盛なる金門堂上の歴代の祖先)とあります。金門はおそらく福建省の実在の地名(金門島)ではないか、と。(写真は一部加工してあります)

  • このエリアは「ウドム・ポーチャナー」などの80年以上の歴史を持つ伝説的な老舗飲食店が並びます。

    このエリアは「ウドム・ポーチャナー」などの80年以上の歴史を持つ伝説的な老舗飲食店が並びます。

  • この先がタナオ通りです。タナオ通りにつながる3つの路地(このプレーン・プトンとすぐ北側のプレーン・ナラ、そして少し先のプレーン・サンファサード)を称して「サンプレーン(3つのプレーン通り)」地区と呼ばれ、かつての歴史ある建物の保全地区となっています。

    この先がタナオ通りです。タナオ通りにつながる3つの路地(このプレーン・プトンとすぐ北側のプレーン・ナラ、そして少し先のプレーン・サンファサード)を称して「サンプレーン(3つのプレーン通り)」地区と呼ばれ、かつての歴史ある建物の保全地区となっています。

  • マハンノップ通りにあるAuntie Nid(ニッドおばさん)のティーショップ。目の前で行われる「ティーセレモニー」の凄いこと。ボウルに盛られた砂糖をこれでもか、とタイティーに入れた後、コンデンスミルクをどばどばと。

    マハンノップ通りにあるAuntie Nid(ニッドおばさん)のティーショップ。目の前で行われる「ティーセレモニー」の凄いこと。ボウルに盛られた砂糖をこれでもか、とタイティーに入れた後、コンデンスミルクをどばどばと。

  • メニューはこれだけ。それぞれ40バーツ(約200円)。

    メニューはこれだけ。それぞれ40バーツ(約200円)。

  • 列は途切れることがありません。

    列は途切れることがありません。

  • タナオ通り戻ってすぐのところにあるこの華人廟はサーン・チャオポー・スアです。

    タナオ通り戻ってすぐのところにあるこの華人廟はサーン・チャオポー・スアです。

  • 本田の入り口。壁面の数字5と6はお線香をあげる順番(香炉の番号)を示しています。この廟では参拝ルートが決められており、門の右側(5番)の香炉にお線香を立てたあと、左側(6番)の香炉へ進むというルールになっています。

    本田の入り口。壁面の数字5と6はお線香をあげる順番(香炉の番号)を示しています。この廟では参拝ルートが決められており、門の右側(5番)の香炉にお線香を立てたあと、左側(6番)の香炉へ進むというルールになっています。

  • 参拝者の奥にたくさん積まれている袋は、神様へのお供え物として持ち込まれた「油(菜種油など)」です。この廟では、ランプの火を絶やさないために参拝者が油を寄進・補充する習慣があり、それが大量に保管されています。

    参拝者の奥にたくさん積まれている袋は、神様へのお供え物として持ち込まれた「油(菜種油など)」です。この廟では、ランプの火を絶やさないために参拝者が油を寄進・補充する習慣があり、それが大量に保管されています。

  • 主神は「玄天上帝」(北極星を神格化した道教の最高神の一つ)です。

    主神は「玄天上帝」(北極星を神格化した道教の最高神の一つ)です。

  • タナオ通りはラーマ5世(チュラロンコン王)の時代に建設された、バンコクで最初期に整備された本格的な舗装道路の一つです。ビルマ南部のタニンダーリ(タイ語:タナオシー)地方から移住・連行された人々がこの地に定住した歴史を持ちます。<br />こうした美しいショップハウスが現存している興味深い通りです。

    タナオ通りはラーマ5世(チュラロンコン王)の時代に建設された、バンコクで最初期に整備された本格的な舗装道路の一つです。ビルマ南部のタニンダーリ(タイ語:タナオシー)地方から移住・連行された人々がこの地に定住した歴史を持ちます。
    こうした美しいショップハウスが現存している興味深い通りです。

  • タナオ通りとラーチャダムヌーンクラン通り(Ratchadamnoen Klang Road)が交差する4差路のコークウア交差点。この先がカオサンの入り口です。

    タナオ通りとラーチャダムヌーンクラン通り(Ratchadamnoen Klang Road)が交差する4差路のコークウア交差点。この先がカオサンの入り口です。

  • ラーチャダムヌーンクラン通りは主要幹線度悪露。右手奥に1932年の立憲革命を記念して建てられた巨大な民主記念塔が見えます。

    ラーチャダムヌーンクラン通りは主要幹線度悪露。右手奥に1932年の立憲革命を記念して建てられた巨大な民主記念塔が見えます。

  • さあ、ここから先はカオサンです。ラッタナコーシン島の北部をさらに歩いて行こうと思いますが、続きをお楽しみに。

    さあ、ここから先はカオサンです。ラッタナコーシン島の北部をさらに歩いて行こうと思いますが、続きをお楽しみに。

  • 今日もお付き合いくださり、ありがとうございました。

    今日もお付き合いくださり、ありがとうございました。

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