2025/07/21 - 2025/07/22
242位(同エリア512件中)
おくさん
01 フィステラの道スタート サンチャゴからネグレイラへ
今晩の宿はAlbergue-Pensión San José 珍しく私営です
私営は宿賃が公営の倍なので勘弁ですが、今回は仕方ありませんでした
今日からは3本目の道、フィステラの道が始まります。最初に巡礼した2015年に初めてこのルートを歩いて、その素晴らしさに魅せられてしまいました。その後はずっとあちこちのカミーノを歩き終えた最後にはこの道を歩くことにしています。温泉で言えば上がり湯?(ちがう)
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
フィステラのルートはこんな感じです。達者な人ならサンチャゴからフィステラまで3日で歩き通してしまえるようですが、私は健康な時でも4日は掛けていました。へこへこ歩いている今年は5日掛けてフィステラまで行く計画です。
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7/21(月) アルベルゲ・メノール、朝と言うか夜中の5:50です。スペインでは明るくなり始めるのが6:40なのでこの時間では夜中と同じです。
今日の行程は、今の自分には厳しいのが分かっているので出発を早くして歩くのが遅いのを補います。
今日の目的地はネグレイラ。軽い山越えが2つあります。アルベルゲがオープンする13時に到着できれば理想ですが、悪くても14時到着かなぁ?ネグレイラアルベルゲのWi-Fiはガリシア州共通なので今日はこの後の分はアップできないと思うので出発前にフェイスブックにはざっと送ってみます。 -
メノールは早朝にキッチンには入れないので廊下に並んでいるテーブルで朝ごはん。昨日作っておいたサンドイッチと自販機のコーヒー。サクランボも10粒食べました。
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オブラドイロ広場からパラドール前の石段を下っている途中にアジア人のおばさまと出会いました。韓国だったか台湾だったか記憶にないがどっかで会った人だったと思う。何となく顔だけは覚えている。お互いに話しだして、やはりこの時間にいると言うことはフィステラを目指す人でした。お互いに旅友ができたと大喜び。婦人は私の写真を撮って一緒に歩く相棒に見せるんだと言ってました。これからその相棒と落ち合ってから出発すると言うので一人でサンチャゴを後に歩き出す。
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今回初めてヘッドライトを本来の形で使いましたが、サンチャゴ市内を出るまでは街頭があって不要でした。でも、市内を出ると背の高いユーカリの森は真っ暗。暗闇で蹴つまづいて捻挫しないように慎重に歩きます。
今まではネグレイラ迄の山道は大変だった記憶が強く、実際、昨年は体調が万全だったのにも関わらず大変でした。そのイメージが強いので今年は死ぬ思いかなーと覚悟して出発しましたが、バックパックを軽くした効果は想像以上でした。メノールに置いてきた荷物は合計2kg程と思うけど、体感的には全然違いました。スイスイとは行かなくても問題なく山道を歩けます。こんなに違うんじゃぁ今までナップザックの人達に追い抜かれるのは当たり前だよ。 -
空が明るくなった頃にカテドラルが見える最後のスポットに辿り着きました。毎回ここで写真を撮ってるので、もういいんじゃと思いそうだけど折角なので今年も撮りました。遠くに3本の尖塔が見えますか?あれがコンポステラのカテドラルです。
さて今日は60人ほどの中学生の団体に巻き込まれました。人数から言ってクラス行事じゃなくて学年行事のようで引率の先生も数人が付いてます。みんなリュックの上に銀マットを取り付けてるので、これだけの団体だと壮観です。
その内、日本語を勉強してると言う中学生が話しかけて来るようになりました。かまうとこっちも楽しいので丁度良いです。独学で勉強したらしいが、片言ながら言葉を探しながら一生懸命に喋ってます。二人で話してると他の生徒も寄ってきて興味を示していました。
この子に取って日本語を勉強してても本物の日本人と話すのはきっと初めての体験と思います。日本語勉強してて良かったねー、お陰で私も楽しいよ。 -
お待ちかねのバルがやっと現れました。これまでも毎回このバルに寄ってコラカオを頼んで持参のパンを食べてます。もちろん今回もパンを持参しました。甘いコラカオに浸して食べるととても美味いのです。
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バル前の通りを高校生の一団がパラパラと通り過ぎて行くけど、ここに寄る子は一人もいなかった。先生のお許しがないと寄れないのだろか。て言うか、気軽にバルに寄るって大人の感覚なのかな?
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バルを過ぎてしばらくは平らな道が続きますが、やがて2つ目の山道(標高差200m)に入って行きます。これを超えればあとは大した道ではなくなります。
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本日の行程で一番の名所にやってきました。ここも毎回撮ってますが、やっぱり撮らないと淋しいので滝を撮りました。この滝を通り過ぎればネグレイラまでは全部覚えのある景色が続くので、もう到着した気になります。
私の頭が凄いことになってますがスペインで床屋へは行きません。もう3か月もほったらかしてるのでこんなモンでしょう。髭はスペインに来てから1か月目で剃ったので、今は1か月半ほど伸ばしたままです。巡礼に出るといつもこんな感じでホームレスすれすれです。バックパックにホタテ貝下げてる姿を見れば巡礼と分かるから後ろ指は指されません(ホントか!?)。 -
ここまで来るとネグレイラはもう一息です。トンネルを越えて暫く歩くと人家も車が走る道路も見えてきます。
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これいかにも中世のトンネルですが、実際は橋のようです。一度も上を歩いたことありません。まるでゲームのワンシーンのような謎の建造物に見えます。
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土の道から舗装路を歩くようになって、少ししたら中学生達は矢印のとおりに右の小道に入っていくが、私はそのまま舗装路を進みます。ここは300m先で合流するのが分かってますから。中学生たちが、道が違うよーっと呼びかけてくれますが、いいからいいからと手真似で応えておきました。
少年少女たちは今晩は同じネグレイラ泊まりで、銀マット持ってるし学校の体育館にでも泊まるのかと尋ねたらアルベルゲに分散して泊まるとのこと。えっ、もしや私が目指す公営にも泊まるのか?いやいやまさか、公営アルベルゲは団体は泊めないし予約も出来ない筈。 -
ネグレイラに到着すると長い行列だった中学生達は広場に集合し出したので、あそこで宿の相談始めるんじゃ公営には行かないなと一安心してスーパーのGadisでゆっくりお買い物してから公営アルベルゲを目指しました。
500ml缶ビールにワインのフルボトル、その他色々買い込んだのでバックパックは元の重さに変身しました。町外れのアルベルゲまでうんしょうんしょと運びました。
アルベルゲは13時オープンで到着が12:50と理想的な展開。入口には二人のお嬢さんが待っていて、これも理想的な展開。ここまで理想的だと何かあると思うでしょ?ありましたよ。
アルベルゲはメンテナンス中で休みだと扉に張り紙がありました。室内には普通に明かりが点ってるし工事関係者はいないしメンテナンスとは思えません。これはきっと危惧してたことが現実になったんだなと直感しました。巡礼より学校行事を優先したんじゃなかろうか?だってタイミングがバッチリだもん。 -
不幸中の幸いは同じ境遇のお嬢さんがいたこと。君たちはどうするの?(翻訳)と聞いたところ、市内の私営を予約したとのこと。電話を持ってない身としてはお嬢さんにお願いするしかありません。気持ちよくPensión San Joséと言う同じアルベルゲに予約して貰えました。その後すぐやって来た年配のご婦人は7km先の私営をゲットしたそうで前に向かって歩き出しました。後戻りしない心意気はさすがです!
ちなみに夜明け前に話した東洋人のご婦人に4日後にフィステラでばったり会ったのですが、彼女たちも7キロ先のアルベルゲまで行ったそうです。私は彼女たちに会わないなーと思ってましたが、それで私とは半日ずっとずれて歩いていたようです。貴重な話し相手を逃して残念でした。 -
Albergue Turistico San Joseという私営アルベルゲ15ユーロ。ネグレイラではここが公営の次に一番安かった。私営と公営の違いは宿賃とサービスです。公営にはあり得ないバスタオルが支給されました!でもシャワー室にボディーシャンプーは無かったな。
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受付もホテルのようなカウンターがあって、期待が高まります。まぁ期待してもアルベルゲには違いないので寝るのは2段ベッドです。
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ベッドルームは幾つあるのか分らないほど沢山あるようでした。私があてがわれたベッドはご覧のようにベッド同士の間隔がゆったりと置かれていて気分が良いです。昼間の中学生達もこのアルベルゲに沢山泊まっていましたが別の部屋でした。きっと中学生は専用ルームにしたんでしょう。
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支給された使い捨てシーツを敷いた上に、今晩買ってきた物をベッドに並べてみました。丸いのはお馴染みのバケツ野菜で右の青いのは昨年拾った水バッグです。ベッド下にワインボトルが見えてますね。1階に広い食堂があるので、そこでゆったりと頂きました。(下の写真)
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ネグレイラでは今まで宿泊は公営が定番で、5回も泊まってましたが、私営に泊まるのは10年前と今回の2回だけです。公営は私営の半額なので私営がいくらサービスが良いと言っても私は値段で公営の一択です。こんなことが無ければね。
02 ネグレイラからサンタマリーニャ あれ!宿賃は?
今晩の宿はまたしても「私営」のAlbergue Santa Mariña -
7/22(火) フィステラの道2日目。私営アルベルゲには沢山の中学生が泊まっていましたが、良く教育されていてふざけたり大声を出す者はいませんでした。時には生徒は放し飼い状態の団体と出っくわすことがあるけど、そんな連中はホントにやかましいです。今日みたいに良い子達なら歓迎だよ。日本語を勉強してる子はこのアルベルゲには居なかったので、別のアルベルゲになったようだ。
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みんな出発していったが、他のアルベルゲに泊まった生徒達とどこかで集合してから歩きだすのだろう。朝のうちは歩く姿は見えなかった。
自分は6:50にスタート。町を1キロ通り越した所にある公営アルベルゲがクローズしてたお陰で同じ道を2往復合計3キロ余計に歩いてようやく本当のスタートとなる。 -
1時間後に中学生の集団に追い付かれる。長ーい集団で、歩くのが遅い子は私でも一緒に歩けるスピードだった。昨日は全員が寝袋と銀マットを持っていたが、今日は全員がナップザックの軽装だったので、オルベイロアまで30km以上あるので重い荷物は車で運んでいるようだ。私は同じ行程を歩く年もあったけど、身体に自信がない今年はもちろん中間のサンタマリーニャで一泊いれます。
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昨日の疲れが繰り越されているようでパワーが出ません。休む度にペットボトルに詰め替えたワインをゴクゴク。これがいけなかったのか、何度も立ち休みを繰り返しながらのカミーノ。
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それでも2015年の最初のカミーノで泊まったビラセリオ村でコカ・コーラを飲んだだけで歩き通しましたが、後半は数10メートル歩く度に立ち休みする程ヘロヘロになりました。やっぱりワイン飲みながら歩いちゃいけないよ。
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ビラセリオには村を通り過ぎた所にポツンと公営のアルベルゲがあります。公営好きの私は過去に泊まったことがありますが、一度泊まったら懲りたので次からは毎回この前は素通りです。どう懲りたのか、まぁ当時に撮った写真を見てください(面白いから)。
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1階のベッドルーム。マットレスが無造作に敷かれているのは良いとして、部屋の隅っこを蟻が行列をなして行進していました。キッチンも食堂もなく、右にあるテーブルが唯一の食事処のようです。
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2階を探検してみると、踊り場にもマットレスがペタンと敷かれています。隣を歩く人がいると落ち着かなさそう。蟻の行列は1階だけのようで、二階まではやって来ないらしい。
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シャワーはちゃんと熱いお湯が出たので、これだけは及第点。でも相当なオンボロで部活のシャワーレベル。
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ここも一応は部屋になるのだろうか?個室?
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運良くちゃんとした二段ベッドがあったので、ここに泊まることにしました。もう一部屋同じのがあったので、あとからやって来たコリアの女の子が入りました。どうやら中からバリケードを築いたようだった。私対策!?
以上、滅多にお目に掛かれないアルベルゲのルームツアーでした。(2017年) -
今日、ずっと後になり先になりしていた家族連れ。女児も頑張って歩いているのを見ていましたが、写真の手前で急に道端にペタンと座ってしまったので、あぁ歩くのが辛くなったのだなと分かりました。両親がなだめすかして女児のリュックを持ってあげることで手を打ったようで、また歩き始めました。
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上の写真、小さいので分かりづらいので大きくしました。赤いのがその女児ですがお父さんが元気が出るように何か言っているのが想像できます。弟らしい男児と母親が前を歩いているけど、そっちは頑張って歩き続けてました。姉ちゃん頑張れ。
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ようやく本日のアルベルゲ「サンタマリーニャ」が見えてくると勇気百倍、アルベルゲ手前のパナデリアで凄いオープンサンドと共に缶ビールを2本頂いて今日の頑張りに祝杯を上げました。ここでまったりしていると動きたくなかった。
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以前もこのパナデリアでピザを4分の1分けて貰ってオルベイロアのアルベルゲまで運んだことがあったので、自分としては馴染みのパン屋です。すぐ隣に普通のバルもあるけど、こっちの方が実力ある物が食べられるのでお勧めです。
アルベルゲにチェックインすると、オーナーの親父さんは私を覚えてると言ってくれましたが私は記憶にありません。強烈な印象のおかみさんとはツーショットしてるので良く覚えてたけど意外な言葉に嬉しくなりました。嬉しかったので宿代を請求されなかったことに気付きませんでした。
おかみさんにバトンタッチされて、半地下のベッドルームに案内されました。昨年おかみさんが口を酸っぱくして言っていた言葉を覚えていたので「ノーモスキート」と言ったらおかみさんも勿論覚えていて復唱してくれました。この辺りは蚊が多いから扉の開け閉めは素早くするように言われたことを覚えていたのです。私が昨年も泊まったと言ったら嬉しそうでした。 -
多分、こっちが古いほうのアルベルゲだと思います(乗用車の上の方に宿を示すプレートがあるから)。この前を何度も歩いていたので良く覚えてます。今でもこの建物はそのまま残っているけど、見てくれがイマイチなので泊まろうと思わなかった。その後、新しくて奇麗なアルベルゲがすぐ隣に建ったので泊まる気になったと言う訳です。
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新しい建物は二階がバルとレストランで3階が居住棟のようです。半地下になっている部屋がアルベルゲで窓はありません。今回も空きベッドが多いのを良いことに毛布を2つ背中に入れられるとニンマリしました。今夜は腰のために具合が良さそうです。
このアルベルゲは次のアルベルゲまで適度な距離がある割に泊まる人が少ないのが分かっている穴場的存在で、毛布も使い放題です。 -
そう言えばチェックインでは宿代を支払うのがいつものパターンだけど、請求されなかったのは何でだろう?もしかして私が最初に「自分は予約してある」と言ったので、予約した時点で支払が済んでいると思ったのかも知れないと後で思った。儲かったと思わずにちゃんと後で支払います。当たり前だけど。
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昨年と同じようにアルベルゲの広いベランダで前を行く巡礼を肴に持ち歩いているワインを飲んでいます。持ち込みのワインを飲むからグラスを貸してとは言えないので、ビールを一杯飲んで同じグラスでワインを飲むことにしました。
前の道は結構な交通量がある通りなのに、近所の猫が我が物顔に行ったり来たりしているので危ないなぁと思っていると、横断しようと走り抜けたタイミングで大型トラックが通過しました。ペキャっと聞いたことないような嫌な音がしました。猫が轢かれたようです。後ろ脚が引かれたらしく、前足だけで這いずってこちら側に移動してきて見えない物影に入りました。見に行くのも嫌なので、飼い主が見つけてくれることを祈りました。なかなかショッキングな光景でした。
犬はまだ車の危険が分かるようで、道路の横断には注意しますが、猫ってやって来る車には頓着せずに一気に走りぬけるんですよね。これは日本の猫でも同じです。自分のスピードに自信があるのか完全に車を舐めています。しかし運が悪いとこのような悲惨な結果になってしまいます。あー、嫌なものを見てしまったよ。 -
7時半からは皆でディナー。1皿目がスパゲッティだったのですが、一人前どころか大盛りのスパゲッティです。今回も嬉しいワイン付き。昨年の夕食は4人の巡礼達と楽しくやれたけど、今年は香港の夫婦と私だけでした。私がスパゲッティを撮っていると、その夫婦が私を撮ってくれました。
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ちゃんとスパゲッティを平らげたのでメインの肉料理が食べきれませんでした。お上さんにプラ容器を貰って明日のランチにします。それを見ていた香港の奥さんも「あっその手があったか!」と気がついたようで同じようにプラ容器を貰ってお持ち帰りしていました。
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香港夫婦と翻訳で楽しく会話できました。私のタブレットもWi-Fiさえあれば音声で翻訳ができます。面倒なキー入力がいらないので素早い翻訳が可能です。最初は日本→中国で翻訳したら、中国語は得意じゃないそうなので不思議な感覚になりました。香港って広東語だったんですね。すぐ日本→広東語に切り替えました。本当にWI-Fi がある時のタブレットって便利。それにしても中国語って色んな言語がある国なんですね。一番メジャーなのはキンペーの居るペキン語だとかなんとか?
長いあいだ自由を満喫していた香港は阿片戦争後の借入が済むと中国本土に戻されましたが、中国お得意の作戦で中国本土から沢山の人が送りこまれて来たので町の雰囲気が変わってしまったと言ってました。これは中国が併合した国を掌握するための常套手段ですよね。まったく異なる民族のウィグルやモンゴルにチベット、最近では香港でしょうか。併合すると必ず漢民族を大量に送りこんで中国化してしまいます。日本もアホ面して中国人に土地を買わせたりしてるとどうなるか分かりません。もっともっと気を付けたい所です。
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この旅行記へのコメント (3)
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- 万歩計さん 2026/03/11 21:59:55
- 床にべた置きのマットレス、まるで江戸時代の木賃宿
- おくさん、こんばんわ
公営アルベルゲの床にべた置きのマットレス、いやー驚きです、まるで避難所。いや、避難所でも段ボールの仕切りくらいはありますよね。清貧をもってヤコブの心に近づく敬虔な巡礼者なら我慢できるのかな。
江戸時代の木賃宿がこんなだったようです。木賃宿は広間に皆で着の身着のままで雑魚寝。食事は自分たちで調達し材料煮炊きす。このための薪炭を買ったので「木賃宿」の名前が付いたそうです。
万歩計
- おくさん からの返信 2026/03/12 07:52:59
- Re: 床にべた置きのマットレス、まるで江戸時代の木賃宿
- 万歩計さんこんにちは。コメントありがとうございます。
床にマットレスは何度も経験しましたよ。
幼稚園も運営している修道会は園児の声が聞こえてほっこりしましたし、大きな病院の一室を巡礼者に与えたり、体育館のジムにマットレスを敷いても寝ました。
日本人は畳で寝ることに慣れているので、むしろ私は床で寝るのは好きでした。
勿論、仕切りもなにもない男女ごちゃ混ぜベッドルーム(ベッドじゃないけど)ですが、みんなこう言うもんだと思っているので何も問題なしです。
私営アルベルゲなどではベッドごとにカーテンがあったりしますが、私は無い方が開放的で好きでした。
- 万歩計さん からの返信 2026/03/12 08:01:34
- Re: 床にべた置きのマットレス、まるで江戸時代の木賃宿
- そうですか。さすがはカミーノの達人、敬服します。
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