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レンタカーで最初に訪れたのは、達布山展望台。<br />ここは、明治の要人たちが開拓への決意をかみしめながら訪れた歴史ある場所です。ココから台地を眺め、開拓計画を練ったのですね。<br />広大な景色を見て、明治の偉人たちが見た風景を想像しながら歴史に思いをはせることができました。<br /><br />そして、三笠鉄道博物館へ。<br />ココは、幌内鉄道の幌内鉄道があった所。<br />明治元年(1868年)にココで石炭が発見され、北海道初の近代炭鉱ができ、その輸送の為に北海道初の鉄道である幌内鉄道(幌内ー小樽手宮)が敷設されました。<br />明治15年(1882年)に開通しています。<br />これは日本で3番目の鉄道です。<br />石炭を小樽から船に載せ替えていたのですね。<br />昭和62年(1987年)の国鉄分割民営化に伴い、廃線になっています。<br />北海道の鉄道の歴史を伝える貴重な博物館でした。

酷暑の都心を脱出して札幌から富良野、そして旭川へ。②レンタカーを借りて、達布山から旧幌内駅がある三笠鉄道村へ。

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2025/08/25 - 2025/08/29

5726位(同エリア59371件中)

nichi

nichiさん

この旅行記のスケジュール

2025/08/26

この旅行記スケジュールを元に

レンタカーで最初に訪れたのは、達布山展望台。
ここは、明治の要人たちが開拓への決意をかみしめながら訪れた歴史ある場所です。ココから台地を眺め、開拓計画を練ったのですね。
広大な景色を見て、明治の偉人たちが見た風景を想像しながら歴史に思いをはせることができました。

そして、三笠鉄道博物館へ。
ココは、幌内鉄道の幌内鉄道があった所。
明治元年(1868年)にココで石炭が発見され、北海道初の近代炭鉱ができ、その輸送の為に北海道初の鉄道である幌内鉄道(幌内ー小樽手宮)が敷設されました。
明治15年(1882年)に開通しています。
これは日本で3番目の鉄道です。
石炭を小樽から船に載せ替えていたのですね。
昭和62年(1987年)の国鉄分割民営化に伴い、廃線になっています。
北海道の鉄道の歴史を伝える貴重な博物館でした。

  • ホテルをチェックアウトシニア夫婦は、すすきのより地下鉄になります。

    ホテルをチェックアウトシニア夫婦は、すすきのより地下鉄になります。

  • 北34条まで行きます。

    北34条まで行きます。

  • 北34条で降りて少し歩いて<br />トヨタレンタカー北34条店へ。

    北34条で降りて少し歩いて
    トヨタレンタカー北34条店へ。

  • 今日から2泊3日、この車をお借りします。

    今日から2泊3日、この車をお借りします。

  • 車で約1時間 達布山展望台にやったきました。

    車で約1時間 達布山展望台にやったきました。

  • 明治の偉人たちが見た風景?

    明治の偉人たちが見た風景?

  • 榎本武揚、山縣有朋、山田顕義などの明治初期の要人が開拓への決意をもって訪れた達布山です。<br />ここからは石狩平野を一望にすることができ、幌内鉄道の計画をたてたのですね。

    榎本武揚、山縣有朋、山田顕義などの明治初期の要人が開拓への決意をもって訪れた達布山です。
    ここからは石狩平野を一望にすることができ、幌内鉄道の計画をたてたのですね。

  • 達布山は標高144mの丘です。<br />アイヌ語の「タプ・コプ」が語源になってます。<br /><br />アイヌ語の意味は、「頂上の丸い山」なんだそうです。<br /><br />そこに高さ15mの展望台があります。

    達布山は標高144mの丘です。
    アイヌ語の「タプ・コプ」が語源になってます。

    アイヌ語の意味は、「頂上の丸い山」なんだそうです。

    そこに高さ15mの展望台があります。

  • らせん状の階段で上がって行きます。

    らせん状の階段で上がって行きます。

  • ぐるぐる回って上がってみました。<br />こちらは南です。

    ぐるぐる回って上がってみました。
    こちらは南です。

  • ココから見える南側の景色の案内です。

    ココから見える南側の景色の案内です。

  • 右奥が札幌。<br />正面に恵庭岳?

    右奥が札幌。
    正面に恵庭岳?

  • う~ん<br />雲ってて見えない。

    う~ん
    雲ってて見えない。

  • こちらは東側です。

    こちらは東側です。

  • 三笠市の中心部ですね。

    三笠市の中心部ですね。

  • 東側の景色。<br />

    東側の景色。

  • アップにしてみました。<br />奥には芦別岳が見えるはずなんですが~?<br />う~ん?<br />どれだ?<br />奥の雲の中々な~?<br /><br />三笠市の中心街が見えます。<br />市庁舎がどれだかわからない・・・

    アップにしてみました。
    奥には芦別岳が見えるはずなんですが~?
    う~ん?
    どれだ?
    奥の雲の中々な~?

    三笠市の中心街が見えます。
    市庁舎がどれだかわからない・・・

  • 広大な畑をアップで!<br />何をつくっているのだろう?<br />ワイン用のぶどう?<br />玉ねぎ?<br />それとも小麦?

    広大な畑をアップで!
    何をつくっているのだろう?
    ワイン用のぶどう?
    玉ねぎ?
    それとも小麦?

  • 一面広~い畑。<br />北海道だ~<br /><br />ここから榎本武揚、山縣有朋、山田顕義がこの景色を見て、何処どのように鉄道を通すか議論したのですね。<br />北海道開拓のはじまりですね。

    一面広~い畑。
    北海道だ~

    ここから榎本武揚、山縣有朋、山田顕義がこの景色を見て、何処どのように鉄道を通すか議論したのですね。
    北海道開拓のはじまりですね。

  • 北側の景色は?

    北側の景色は?

  • 木々が多くて景色はあまり見えない。

    木々が多くて景色はあまり見えない。

  • 木々の合間から北側の景色を覗いてみます。<br />こちらにも広い台地が広がっています。

    木々の合間から北側の景色を覗いてみます。
    こちらにも広い台地が広がっています。

  • 奥には美唄市があるのですね。<br />木々で見えないけど。

    奥には美唄市があるのですね。
    木々で見えないけど。

  • こちらは西側の景色です。

    こちらは西側の景色です。

  • 北海道の大地だ~<br /><br />左奥に小樽市があって、そのさらに左奥には朝日岳や余市岳が見えるはずなのですが、見えません。<br />雲の中ですね。

    北海道の大地だ~

    左奥に小樽市があって、そのさらに左奥には朝日岳や余市岳が見えるはずなのですが、見えません。
    雲の中ですね。

  • 右奥には別府岳?

    右奥には別府岳?

  • う~ん。<br />なんとなく見えているかも??<br /><br />それにしても、広いな~<br />これこそ北海道!

    う~ん。
    なんとなく見えているかも??

    それにしても、広いな~
    これこそ北海道!

  • 石狩平野が一望!<br />スケールが違う!<br />この景色が見れただけでも達布山に来てよかった!

    石狩平野が一望!
    スケールが違う!
    この景色が見れただけでも達布山に来てよかった!

  • ココには達布山の三角点があります。<br />ココの三角点は、明治44年11月に設置されています。<br />

    ココには達布山の三角点があります。
    ココの三角点は、明治44年11月に設置されています。

  • これがその三角点。<br />北海道開拓の基本となる測量の原点です。

    これがその三角点。
    北海道開拓の基本となる測量の原点です。

  • 達布山の展望台をあとにします。

    達布山の展望台をあとにします。

  • 達布山展望台から車で25分。<br />三笠鉄道村にやってきました。

    達布山展望台から車で25分。
    三笠鉄道村にやってきました。

  • 駐車場の横には古い車両が展示?<br />されています。

    駐車場の横には古い車両が展示?
    されています。

  • こちらには、炭鉱で貨車を引っ張っていた気動車。

    こちらには、炭鉱で貨車を引っ張っていた気動車。

  • そして炭鉱夫を運んでいた貨車が展示?(放置?)されています。

    そして炭鉱夫を運んでいた貨車が展示?(放置?)されています。

  • 駐車場にレンタカーを停めて、道路の反対側へ。

    駐車場にレンタカーを停めて、道路の反対側へ。

  • みかさの紹介地図です。<br />多くの旧炭鉱関連施設がありますね。<br />旧幌内駅と旧三笠駅の間に旧線路を利用した観光トロッコ鉄道が走っています。<br />

    みかさの紹介地図です。
    多くの旧炭鉱関連施設がありますね。
    旧幌内駅と旧三笠駅の間に旧線路を利用した観光トロッコ鉄道が走っています。

  • 北海道の大地を走り回った、

    北海道の大地を走り回った、

  • 旧国鉄の様々な車両が展示されています。

    旧国鉄の様々な車両が展示されています。

  • まずは鉄道記念館に向かいます。

    まずは鉄道記念館に向かいます。

  • 三笠鉄道村の案内図です。<br />ココには、幌内線の幌内駅があった所です。

    三笠鉄道村の案内図です。
    ココには、幌内線の幌内駅があった所です。

  • 多くの機関車が幌内駅で多くの石炭を運び出していました。

    多くの機関車が幌内駅で多くの石炭を運び出していました。

  • 明治16年の幌内駅の写真です。

    明治16年の幌内駅の写真です。

  • 昭和13年の幌内駅の写真です。

    昭和13年の幌内駅の写真です。

  • ここは食堂車を利用したキッチン。<br />土日祝のみの営業でした。

    ここは食堂車を利用したキッチン。
    土日祝のみの営業でした。

  • こんな食堂車、日本では最近は見なくなりましたね~

    こんな食堂車、日本では最近は見なくなりましたね~

  • 三笠鉄道博物館へ。<br /><br />春から秋の営業で、冬季は休業している博物館です。

    三笠鉄道博物館へ。

    春から秋の営業で、冬季は休業している博物館です。

  • 入場料は530円×2枚

    入場料は530円×2枚

  • 古き鉄道グッズが並んでます。

    古き鉄道グッズが並んでます。

  • 鉄オタにはたまらないものが並んでます。

    鉄オタにはたまらないものが並んでます。

  • これは、三笠駅で実施に使われていたものです。

    これは、三笠駅で実施に使われていたものです。

  • 三笠駅の歴代の駅長の名前が並んでます。<br />行先看板や駅名看板、味があるな~

    三笠駅の歴代の駅長の名前が並んでます。
    行先看板や駅名看板、味があるな~

  • この、運賃表が面白い!<br />昭和33年のものです。<br /><br />札幌まで3等で120円、2等で260円。<br />東京まで3等で1660円、2等で3870円。<br />1等は2等の2倍との表記です。<br /><br />下には幌内駅の歴代局長の名前。

    この、運賃表が面白い!
    昭和33年のものです。

    札幌まで3等で120円、2等で260円。
    東京まで3等で1660円、2等で3870円。
    1等は2等の2倍との表記です。

    下には幌内駅の歴代局長の名前。

  • これ、「切符流し」と言うのですね。<br />ココに硬券が並んでたのですね。<br />懐かしいな~~<br /><br />行先と金額が手書きで記してあります。

    これ、「切符流し」と言うのですね。
    ココに硬券が並んでたのですね。
    懐かしいな~~

    行先と金額が手書きで記してあります。

  • 北海道の大地を走ったSLの写真が並んでます。

    北海道の大地を走ったSLの写真が並んでます。

  • 多くのSL模型も並んでます。

    多くのSL模型も並んでます。

  • これは電気機関車の模型ですね。

    これは電気機関車の模型ですね。

  • ココからは、北海道の鉄道の歴史の紹介です。<br /><br />明治15年(1882年)に開通した幌内線は、北海道最初の鉄道で、日本では3番目。<br />幌内炭鉱の石炭を小樽の港まで運ぶため、小樽手宮ー幌内に施設されました。<br />長さは91.2㎞で、この時、日本最長の鉄道でした。<br /><br />幌内鉄道は石炭を運ぶだけでなく、札幌付近への物資の輸送を行い、石狩平野の開拓に大きな役割を果たしました。<br />そしてこの幌内鉄道から北海道全土に鉄道網が広がって行ったのですね。

    ココからは、北海道の鉄道の歴史の紹介です。

    明治15年(1882年)に開通した幌内線は、北海道最初の鉄道で、日本では3番目。
    幌内炭鉱の石炭を小樽の港まで運ぶため、小樽手宮ー幌内に施設されました。
    長さは91.2㎞で、この時、日本最長の鉄道でした。

    幌内鉄道は石炭を運ぶだけでなく、札幌付近への物資の輸送を行い、石狩平野の開拓に大きな役割を果たしました。
    そしてこの幌内鉄道から北海道全土に鉄道網が広がって行ったのですね。

  • 2人の銅像です。<br /><br />右は、ベンジャミン・スミス・ライアン<br />左は、ジョセフ・U・クロフォード<br /><br />この二人がいなければ、幌内鉄道はできませんでした。<br />

    2人の銅像です。

    右は、ベンジャミン・スミス・ライアン
    左は、ジョセフ・U・クロフォード

    この二人がいなければ、幌内鉄道はできませんでした。

  • まず右のライマン。<br />アメリカ生まれの地質学者です。<br /><br />北海道の地質・鉱物を調査し、幌内炭田の調査を行い、幌内鉄道建設のための測量を行いました。

    まず右のライマン。
    アメリカ生まれの地質学者です。

    北海道の地質・鉱物を調査し、幌内炭田の調査を行い、幌内鉄道建設のための測量を行いました。

  • 左のクロフォード。<br />やはりアメリカ生まれの鉄道技術者です。<br />幌内鉄道の鉄道敷設工事を指導しました。

    左のクロフォード。
    やはりアメリカ生まれの鉄道技術者です。
    幌内鉄道の鉄道敷設工事を指導しました。

  • 幌内鉄道の施設工事の様子を伝える模型です。

    幌内鉄道の施設工事の様子を伝える模型です。

  • 当時は馬も大活躍です。

    当時は馬も大活躍です。

  • これは雪の中を走る幌内鉄道の模型です。

    これは雪の中を走る幌内鉄道の模型です。

  • 雪深く、横から見ると機関車が雪に隠れてしまいます。

    雪深く、横から見ると機関車が雪に隠れてしまいます。

  • 大勝号は、ゆきかき車を押して雪の中を進んでいます。<br />力強い機関車だったのですね。<br /><br />この大勝号は、明治28年(1895年)に日本で造られた機関車で、日本が日清戦争に勝利したことから「大勝号」と名付けられていました。<br />現在は小樽市総合博物館に展示されているそうです。

    大勝号は、ゆきかき車を押して雪の中を進んでいます。
    力強い機関車だったのですね。

    この大勝号は、明治28年(1895年)に日本で造られた機関車で、日本が日清戦争に勝利したことから「大勝号」と名付けられていました。
    現在は小樽市総合博物館に展示されているそうです。

  • 機関車模型火室投炭競技会 優勝旗<br />機関車運転競技会 優勝旗<br /><br />栄誉あるだ優勝ったんだろうな~~<br />当時の制服も・・・<br />映画、「ぽっぽや」で見るような制服ですね。

    機関車模型火室投炭競技会 優勝旗
    機関車運転競技会 優勝旗

    栄誉あるだ優勝ったんだろうな~~
    当時の制服も・・・
    映画、「ぽっぽや」で見るような制服ですね。

  • 達磨ストーブです。<br />1等客車に合ったものだそうです。<br />上部が丸いですね。<br /><br />昭和47年まで、達磨ストーブは国鉄で使われていたそうです。<br />これにはビックリ!

    達磨ストーブです。
    1等客車に合ったものだそうです。
    上部が丸いですね。

    昭和47年まで、達磨ストーブは国鉄で使われていたそうです。
    これにはビックリ!

  • 松前線は、北海道の南西にある松前までつながっていた線路です。<br />昭和63年(1988年)に廃線になってます。<br />国鉄が民営化(JR)になって翌年ですね。<br />千代の富士は、渡島福島駅(おしまふくしま)の出身です。<br /><br />瀬棚線?<br />初めて聞いた名前です。<br />長万部の国縫駅から西の瀬棚を結んでいた線路です。<br />内浦湾と日本海を結んでいたのですね。<br />昭和62年(1987年)、国鉄民営化の直前に廃線になっています。

    松前線は、北海道の南西にある松前までつながっていた線路です。
    昭和63年(1988年)に廃線になってます。
    国鉄が民営化(JR)になって翌年ですね。
    千代の富士は、渡島福島駅(おしまふくしま)の出身です。

    瀬棚線?
    初めて聞いた名前です。
    長万部の国縫駅から西の瀬棚を結んでいた線路です。
    内浦湾と日本海を結んでいたのですね。
    昭和62年(1987年)、国鉄民営化の直前に廃線になっています。

  • 留萌と羽幌を結んでいた、羽幌線の駅のプレートです。<br />北海道の西北の日本海沿いを走っていた線路です。<br />元々は石炭と鰊を運んでいた線路です。<br /><br />炭鉱の閉山とニシン漁の不振、沿線人口の減少によって貨物・旅客の輸送量が減り、存在意義が失われてしまいました。<br />昭和62年(1987年)、国鉄民営化直前に廃線になっています。

    留萌と羽幌を結んでいた、羽幌線の駅のプレートです。
    北海道の西北の日本海沿いを走っていた線路です。
    元々は石炭と鰊を運んでいた線路です。

    炭鉱の閉山とニシン漁の不振、沿線人口の減少によって貨物・旅客の輸送量が減り、存在意義が失われてしまいました。
    昭和62年(1987年)、国鉄民営化直前に廃線になっています。

  • 機関車のプレートが並んでます。

    機関車のプレートが並んでます。

  • 弁慶号<br />幌内線を走る機関車として、明治13年(1880年)にアメリカから輸入されました。

    弁慶号
    幌内線を走る機関車として、明治13年(1880年)にアメリカから輸入されました。

  • これがその弁慶号の模型です。

    これがその弁慶号の模型です。

  • これは名寄線の駅のプレート。<br />道央地域と東のオホーツク海沿岸方面を結ぶ重要な鉄道でした。<br />平成元年(1989年)に惜しまれつつ廃線になりました。

    これは名寄線の駅のプレート。
    道央地域と東のオホーツク海沿岸方面を結ぶ重要な鉄道でした。
    平成元年(1989年)に惜しまれつつ廃線になりました。

  • 幌内線を走っていた様々な機関車の紹介です。

    幌内線を走っていた様々な機関車の紹介です。

  • こちらにも・・・

    こちらにも・・・

  • 音威子府から北東に向かって浜頓別からオホーツク海岸沿いを走って途中から稚内に向かっていた天北線です。<br />浜頓別の開拓の鉄道でしたが、平成元年(1989年)に廃線になっています。

    音威子府から北東に向かって浜頓別からオホーツク海岸沿いを走って途中から稚内に向かっていた天北線です。
    浜頓別の開拓の鉄道でしたが、平成元年(1989年)に廃線になっています。

  • 様々な北海道の鉄道に関する展示が並んでます。

    様々な北海道の鉄道に関する展示が並んでます。

  • ディーゼル機関車のエンジンのようです。

    ディーゼル機関車のエンジンのようです。

  • こちらは北海道を走っていたディーゼル機関車と客車です。

    こちらは北海道を走っていたディーゼル機関車と客車です。

  • 客車にもいろいろあったようですね。

    客車にもいろいろあったようですね。

  • この機械、閉塞と言って、列車同士の衝突や追突を防ぐため、線路を一定区間(閉塞区間)に区切り、区間内に複数の列車を同時に存在させないようにするための装置です。

    この機械、閉塞と言って、列車同士の衝突や追突を防ぐため、線路を一定区間(閉塞区間)に区切り、区間内に複数の列車を同時に存在させないようにするための装置です。

  • このタブレットの授受を行うことによって、閉塞区間の運転を行いました。

    このタブレットの授受を行うことによって、閉塞区間の運転を行いました。

  • 昔の信号機ですね。

    昔の信号機ですね。

  • 列車が事故を起こさないようにするための連動装置という安全装置で、信号機と転てつ器などの間に相互関係を持たせて、列車の進路構成を安全に確保していました。

    列車が事故を起こさないようにするための連動装置という安全装置で、信号機と転てつ器などの間に相互関係を持たせて、列車の進路構成を安全に確保していました。

  • 北海道で活躍した多くの旧国鉄の資料ですね。

    北海道で活躍した多くの旧国鉄の資料ですね。

  • 建物の外に出てきました。

    建物の外に出てきました。

  • この中には、

    この中には、

  • 機関車が見える。<br />これ以上、近づけない・・・・

    機関車が見える。
    これ以上、近づけない・・・・

  • アップで!<br />「C12」の館銘板が見えますね。

    アップで!
    「C12」の館銘板が見えますね。

  • 屋外に展示されている車両をザッと拝見しましょう。

    屋外に展示されている車両をザッと拝見しましょう。

  • この除雪車、流石北海道!<br />という感じですね。

    この除雪車、流石北海道!
    という感じですね。

  • このラッセル車、カッコいい!

    このラッセル車、カッコいい!

  • ラッセル車を後ろから。<br />雪の日に活躍したんだろうな~

    ラッセル車を後ろから。
    雪の日に活躍したんだろうな~

  • 北海道で活躍した多くの車両が展示されています。

    北海道で活躍した多くの車両が展示されています。

  • 線路を切り替える分岐器ですね。

    線路を切り替える分岐器ですね。

  • 北海道鉄道発祥の地の碑です。

    北海道鉄道発祥の地の碑です。

  • 三笠鉄道博物館をあとにしました。<br />三笠に向かう時、このような住宅が多く佇んでいました。

    三笠鉄道博物館をあとにしました。
    三笠に向かう時、このような住宅が多く佇んでいました。

  • 以前は多くの炭鉱にかかわる方々が住んでらした住宅ですね。

    以前は多くの炭鉱にかかわる方々が住んでらした住宅ですね。

  • 往時は賑わっていたのでしょうね。<br /><br />つづく

    往時は賑わっていたのでしょうね。

    つづく

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