2025/09/06 - 2025/09/06
15位(同エリア163件中)
キートンさん
この旅行記のスケジュール
2025/09/06
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ザンジバル空港
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Zava house stone town
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Zava house stone town
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昨年の今頃、トレッキングの最終目標としてキリマンジャロ(標高5895m)登頂を1年後に行う構想を立てていた。
ただし、11月にヒマラヤのゴーキョピーク(標高5360m)に問題なく登頂できれば、という前提だった。
しかし、それは達成できなかった。
S社のキリマンジャロツアー(マチャメルート)は総費用70万円を軽く超える。
登頂できる確信がない限り、そこまで費用をかける気にはなれない。
そこで次に考えたのは、2020年に中止せざるを得なくなった、ケープタウン、ナミブ砂漠、ビクトリアフォールズをめぐるアフリカの旅だった。
5年前に比べかなり円安になった影響で、旅費の総額は予想以上に膨らんだ。
特に当時5万円未満だった2泊3日のナミブ砂漠ツアーは、2倍以上の価格になっていた。
そこで、ナミブ砂漠に替えて、「アフリカの楽園」と呼ばれるザンジバルと経由地となるナイロビを訪問地に加えた。
というわけで、アフリカの旅の最初の訪問地はザンジバルです。
アフリカをめぐる旅人が「楽園」と呼ぶザンジバルは、本当に楽園だったのでしょうか・・・
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 2.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エミレーツ航空 フライドバイ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
まずはこの旅の旅程。
往路寄り道(9/4、5):大阪→香港(マカオ)→ドバイ
1日目(9/6):ドバイ→ザンジバル(ストーンタウン)
2日目(9/7):ザンジバル(ヌングイ、ムネンバ)
3日目(9/8):ザンジバル(ザンジバル島南東部)
4日目(9/9):ザンジバル→ナイロビ
5日目(9/10):ナイロビ(ヘルズゲート国立公園、ナイバシャ湖)
6日目(9/11):ナイロビ→リビングストン
7日目(9/12):リビングストン(チョベ国立公園)
8日目(9/13):リビングストン(ビクトリア滝)
9日目(9/14):リビングストン→ケープタウン
10日目(9/15):ケープタウン(ケープ半島)
11日目(9/16):ケープタウン(ロベン島、ライオンズヘッド)
12日目(9/17):ケープタウン(テーブルマウンテン、ボカープ)
13日目(9/18):ケープタウン(カーステンボッシュ)→
復路(9/19、20):→ドバイ→香港→大阪
航空券は8か月前の1月にサプライスで予約購入した。
関空~香港は、往路が香港エクスプレス、復路がピーチ航空で、41,000円。
香港→ドバイ→ザンジバル、ケープタウン→ドバイ→香港は、エミレーツ航空で、174,990円。
ザンジバル→ナイロビ、ナイロビ→リビングストン、リビングストン→ケープタウンは、ケニア航空で、104,910円。
航空券合計320,900円。
予約時期がたまたまかなり円安だったので、結果的には割高の航空料金となった。
今までの旅で航空料金が総額20万円を超えることは少なかったが、今回は30万円越えと円安の影響は相当なものだ。
ただ、今年の海外旅行は一度だけで、そもそも70万円越えのキリマンジャロツアーを構想していたので、総額70万円までなら内容重視の旅にしようと考えた。 -
香港から約8時間のフライトで23時頃ドバイ国際空港に到着。
ドバイでは約3時間半の乗り継ぎ。
プライオリティパスが、今年からラウンジ無料利用年間5回までの制限となったので、ここでは利用を控えた。ドバイ国際空港 (DXB) 空港
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2:30発EK2052便は、フライドバイのコードシェア便だった。
フライドバイはエミレーツ航空とパートナーシップ協定を結んでいて、両社で200以上の都市に就航しているという。 -
離陸後に一旦アラビア海に出たが、左に旋回してUターンし、ダウンタウン上空に差し掛かってドバイの夜景が広がった。
高さ世界一といわれるブルジュ・ハリファをはじめ、超高層ビル群が眼下に見えた。 -
夜中の時間帯に機内食が出た。
中東のベストLCCに選ばれた実績があるフライドバイとあって、サービスは悪くない。 -
朝7時過ぎ、ザンジバル島の北端を飛行中、美しいビーチで知られるムネンバ島が見えた。
ちなみにザンジバル島は、正式にはウングジャ島というらしい。
ザンジバル島の面積は1,658k㎡で、香川県より少し狭いくらいである。 -
ザンジバルの空港に到着前、アマニ・スタジアムが見えた。
タンザニアで人気のスポーツは圧倒的にサッカーらしい。 -
定刻より少し遅れて到着。
日本人はタンザニア入国にeビザが必要で、さらに昨年10月からザンジバルでは政府の指定する保険加入が義務づけられた。
eビザ申請に50ドル、保険加入に44ドルかかる。
これだけで14,000円近くの出費となる。
そのうえインターネットでの申請とクレジットカード支払いが結構めんどくさかった。eビザ申請してから発行されるまで2週間程度を要した。
それぞれ参考にしたのは、
タンザニアeビザ申請
https://note.com/chocotakeda/n/n638ba05f0abd
ザンジバル保険加入
https://www.anzen.mofa.go.jp/od/ryojiMailDetail.html?keyCd=152201
eビザやザンジバル保険加入はザンジバルの空港でも可能のようだったが、フライトのチェックイン時に提示を求められる可能性が高いので、面倒でも事前に取得しておくべきだと思う。 -
空港の両替所で50ドルを両替し、122,000TZS(タンザニアシリング)だった。
1TZS≒0.06円(1円≒16.7円)くらいとなる。
米ドルに限れば、BUYとSELLの差が比較的小さいので、レートは悪くなさそうだ。 -
空港からの移動は、レンタカー、ホテルの送迎、タクシー、トゥクトゥク、ダラダラの選択肢がある。
急ぐ必要はないので、格安のダラダラを利用してみようと思った。
ダラダラとは、ザンジバル島で走っている路線バスで、日本のホテル送迎バスや幼稚園バスなどの中古車が使われていることも少なくない。
空港前の道路を北に歩いて突き当り左あたりにダラダラ乗り場があり、505番の表示が中心地ストーンタウン行きである。
すぐ近くにトゥクトゥク乗り場もあり、ストーンタウンまで10,000TZS(約600円)で行くよと声をかけられた。
先ほどの両替で入手した2,000TZS札を見せて、ダラダラに乗るというと、あっさりと505番に乗れと教えてくれた。
ザンジバルの第一印象は、ウザくない、だった。 -
しばらく待っていると、505番のダラダラが到着し、前の方の席に座った。
出発してから2~3のバス停で停まった後、私服の集金係の男性から運賃を求められた。
事前のリサーチで500TZS(約30円)程度だとわかっていたので2,000TZS札を渡すと、ちゃんと1,500TZSのお釣りが返ってきた。
どう見ても地元民には見えない東洋人に、ごまかさずお釣りが返ってきたことは、良い意味で意外だった。
ただし、車内はぎゅうぎゅう詰めだった。
8km弱の移動が約30円なのだから文句は言えない。
ダラダラに25分程度の乗車でストーンタウンのバス停に到着した。 -
今日から3泊するZava house stone townまでは、徒歩10分程度。
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9時過ぎにZava house stone townに到着。
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掃除をしていた女性スタッフから、もうすぐ上のスタッフが来るからとここで待つように言われた。
男性スタッフが来ると荷物を預けて、身軽になってストーンタウン観光に出かけた。
12時にはチェックインできるとのこと。 -
ストーンタウンの街は世界文化遺産に登録されている。
伝統的な建築物は外壁に沿って石の長いベンチ「バラザ」が設けられ、通常は座って休憩したり社交の場に使われ、大雨で通りを歩けなくなったときは歩道になるという。 -
迷路のような路地で結構迷った末、大聖堂の入口にたどり着いた。
そこには「EAST AFRICAN SLAVE TRADE EXHIBIT 1800-1909」と書かれている。
入口に建つ建物が、東アフリカにおける奴隷貿易に関しての展示場所になっているらしい。
入場料は12,000TZS(約720円)。 -
11世紀から13世紀にかけて形成されたイスラーム系スワヒリ文明の周縁部であったザンジバルは、16世紀のポルトガルの征服と17世紀末のオマーンによる征服を経て、19世紀前半のオマーンのサイイド・サイード王による王宮ストーン・タウンの建設以後、19世紀インド洋西部の覇権をイギリスと争ったオマーン帝国の中心として栄えた。
象牙、クローヴ、奴隷などの貿易によって繁栄したザンジバルのイスラーム商人は、1870年代より奴隷を求めて東アフリカ内陸部のタンガニーカ湖にまで進出し、同地域のスワヒリ語化の契機を形成するなどアフリカ大陸にも強い影響力を保ったが、19世紀末のヨーロッパ列強によるアフリカ分割の文脈の中で1890年にザンジバル王国はイギリスの保護国となり、1896年のイギリス=ザンジバル戦争の敗北によってイギリスによる直接統治が決定付けられた。(Wikipediaより) -
19世紀、東アフリカ内陸部から奴隷たちを沿岸部に徒歩で輸送されたルートが示されている。
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奴隷市場は1873年6月6日に閉鎖され、この建物は診療所として開設された。
1893年には総合病院となり、イギリス人の宣教師の医師と看護師のほかに、解放奴隷の看護師やスタッフも勤務したという。 -
地下には奴隷が収容されていた部屋が二つ残っている。
この部屋には50人程度の男性が収容されていた。
部屋の広さからして、すし詰め状態である。
毎日市場に売りに出され、売れなければここに戻されるのだという。
買われるまでここに収容され続けた。 -
こちらは75人程度が女性と子供が収容されていた。
中央の低いところがトイレ代わりで、潮が満ちると海水が入ってきて、汚物が流れていくのだとか。
人間が住む環境とは程遠く、家畜未満の扱いだったことがうかがえる。 -
奴隷市場の跡地には、1873~1880年にかけて大聖堂が建設された。
アングリカン大聖堂とも呼ばれている。
キリスト教会堂スタイルとゴシック建築、アラブ風とをミックスした様式だという。アングリカン大聖堂 寺院・教会
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その傍らには、1998年にスウェーデン彫刻家によって造られた奴隷たちの石像。
西アフリカで行われていた奴隷貿易は主にヨーロッパ人が主導したが、東アフリカで行われていた奴隷貿易は主にアラブの商人が主導していた。 -
天井の高い大聖堂内。
ステンドグラス以外はかなり地味。
左の柱には木製の十字架がある。
探検家で奴隷貿易の廃止を訴えていたデイビッド・リビングストンは、マラリアによってザンビアで死去した。
遺体はイギリスに運ばれウエストミンスター寺院に葬られたが、心臓はザンビアに埋められ、そこに育った木を材料にして造られた十字架なのだという。 -
祭壇部分。
カラフルに見えるのは、照明の色のせい。 -
ステンドグラスは、奴隷貿易撲滅に従事して亡くなったイギリス人水夫をしのんでつくられたものだという。
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奴隷市場跡の大聖堂を後にして、ストーンタウンの街中を西へと進む。
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アラブやインドの影響を受けた独特の彫刻が施された木彫の扉はザンジバルドアと呼ばている。
ザンジバルの人が家を作るときにこだわるのが玄関の扉で、家主の富と名声の象徴でもあるという。 -
狭い路地の先に見えてきた教会。
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ロマネスク様式のローマ・カトリック教会。
ザンジバルはほとんどの住民がイスラム教徒なのだが、観光客向けに開放しているのはモスクではなく、なぜかキリスト教の教会。
入場料は5ドルもしくは12,000TZS(約720円)。 -
内部は、先ほどの大聖堂とは違って、黄色を基調としたカラフルな印象。
側廊のアーチはイスラム建築を感じさせる。ローマ カトリック教会 寺院・教会
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祭壇の天井画や壁画、アーチ部のデザインが緻密で美しい。
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講壇とエンタシスの円柱。
マーブル状のデザインの円柱、その上部のオーダーはローマやギリシャ建築を感じさせるユニークなデザイン。 -
床材はフランスから輸入したもの。
英語はわからないからと一度は断った男性ガイドが説明を始めた。 -
ガイドいわく、内装はイタリア人によるものだという。
様々な建築様式が入り混じったような内装が面白い。 -
建物の外側に出ると、ガイドが他の建物内の倉庫のような展示室に案内した。
床には穴が空いていて、トンネルで海につながっているという。
トンネルの用途は忘れたが、奴隷が掘ったのだそうだ。 -
斜め後ろから見たローマ・カトリック教会。
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拝廊の上部には上れるのか聞いてみると、案内するということで3階に上った。
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3階の端には塔に上るはしご状の階段があった。
ダメもとで上っても良いのか聞くと、いいよっていうまさかの回答。
恐る恐る上ってみる。 -
その上には、メンテナンス不足ぎみの大きな鐘。
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格子窓の隙間から見えるストーンタウンの風景。
先には海が見える。 -
ストーンタウンの建物はほとんどが3階までで、それより高いのは教会の塔、モスクのミナレット、一部の建物に限られる。
意外なところまで上らせてもらったので、ガイドには2ドルのチップを渡した。 -
ローマ・カトリック教会から少し歩くと、オールド・アラブ砦がある。
入場無料。 -
一部城壁に上れるようだ。
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1710年頃、アラブの勢力によって、守備隊のための初期の要塞地として、ポルトガル教会やポルトガル人の住居があった場所に建てられた砦である。
オールド アラブ砦 史跡・遺跡
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砦の中では露店がたくさん設営されていて、ただ今準備中らしい。
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ストーンタウン・サマースークとある。
常夏の国だと思っていたが、サマー以外の季節があるのだろうか? -
オールド・アラブ砦の東側には、スルタンが式典用に建てた宮殿である驚嘆の家があるのだが、大掛かりな修復工事中のようだ。
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オールド・アラブ砦の北側には、海に面したフォロダニ公園がある。
フォロダニ公園 広場・公園
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海に突き出た海上レストランがある。
海はそこそこきれい。 -
沖に見えるのはプリズン島。
以前は抵抗する奴隷を監禁する島で、奴隷市場が閉鎖された1873年以降も密かに奴隷が売買されていたともいわれる。
また、過去に移入されたセーシェルのアルダブラ環礁の固有種であるアルダブラゾウガメが飼育されている。
ストーンタウンから船で片道20分程度で行くことができ、人気のツアーとなっている。 -
フォロダニ公園の西には広いビーチもあった。
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フォロダニ公園の西端から南に歩くと、フレディ・マーキュリー・ミュージアムがある。
フレディ・マーキュリーとは、イギリスのロックバンド「クイーン」のボーカリストで、この地で出生した。 -
1946年にストーンタウンで生まれたフレディ・マーキュリーは、ほどなくインドに移った。
1963年にザンジバルに戻って家族と一緒に暮らし始めたが、その翌年にはザンジバル革命が起こり、イギリスに移った。
結局フレディ・マーキュリーがザンジバルで過ごした期間は長くはなかったようだ。
1970年代前半にデビューしたクイーンは本国イギリスでの評価はなかなか上がらなかったが、日本での人気は高く1975年の初来日でのライブは成功を収めた。
親日家であり、骨董品とりわけ伊万里焼コレクターで、ロンドンの自宅には日本庭園を設けていたという。
月9ドラマ「プライド」の主題歌やCMに起用された「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」、映画「ボヘミアンラプソディー」のヒットにより、比較的若者にも知られる存在だろう。
ちなみに、私はそれほどの思い入れはないので、ミュージアムには入場しなかった。 -
フレディ・マーキュリー・ミュージアムの隣の建物には、日本料理レストラン「政」がある。
日本食が恋しくなったら入ろうと思っていたが、結局入ることはなかった。 -
ストーンタウンで見かけた2箇所の両替所のレートと空港の両替所のレートを比べてみても、米ドルではそれほど差はなかった。
日本円はレートが悪いので、日本で米ドルに両替して持参するのがおすすめ。
ザンジバルでは、ホテル、ツアー、入場料などで米ドル支払い可の場合が多いので、タンザニアシリングは食費、交通費、チップくらいの金額を両替しておけば良さそうだ。
ただし、小額紙幣の両替はレートが悪くなる傾向があるので、要注意。 -
12時前にZava house stone townに戻ってみると、チェックインできた。
宿泊料はすでに払い済みだったが、別途市税が必要で3泊分の6ドルを支払った。 -
部屋は中庭の階段を上った2階だった。
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ブッキングコムで予約し、料金は1泊食事なし40.5ドル(約6100円)だった。
ただ、キャンセル返金なしを選択してればもっと安くできた。 -
部屋は広いが、エアコン、テレビ、ポット、冷蔵庫といった設備はない。
天井にファンがあったが、それを回してどれほどの効果があるかは疑問だった。
気温高めの11月~3月はエアコンがないと厳しそうだ。 -
洗面、シャワー、トイレはごく普通の広さ。
シャワーは温めだった気がする。 -
洗面台は小さい。
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ストーンタウンの旧市街地にはまともなスーパーマーケットが見当たらず、食料品は個人商店のような店しかなかった。
観光地ということもあり、物価が高めで商品の種類も少ない。
チップス、インスタントラーメン、クラッカー、ミネラルウォーターの4点で9,000TZS(約540円)。
チップスはじゃがいもではなくキャッサバらしい。
よく考えればここは熱帯だから、もっともな話だが。
個人的にはキャッサバチップスがお気に入りとなった。
ちなみに、かごに入っているのはここに置かれていた貝殻の寄せ集めで、食品ではない。 -
午後は昼寝したり部屋でくつろいだ。
夕暮れ時に再びフォロダニ公園へと出かけた。
午前中は海水浴をする者はほとんど見かけなかったが、日が落ちる頃になって大勢の地元民が海に入っていた。
海水浴というより、沐浴なのかな? -
ストーンタウンにもいた犬神家の一族。
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フォロダニ公園はこの時間帯になると屋台が並びにぎやかになる。
海産物の串焼き屋の前で声をかけてきた兄ちゃんに、ザンジバルピザが食べたいんだと言うと、ここに案内された。
その兄ちゃんはサッカー好きで、中田、中村、稲本、小野などなどヨーロッパで活躍した日本人選手を口にした。
ただそのメンバー、一昔前の印象は否めない。フォロダニ公園 広場・公園
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ザンジバルピザは、クレープのような薄皮にひき肉と野菜のみじん切りを載せて、玉子を落として混ぜて焼くというもの。
結構手間かかっている感じだけど、5,000TZS(約300円)と値段は手頃。 -
出来上がりの見た目も食感も、ピザというよりお好み焼きに近い。
旅の外食はB級グルメ専門という者にとって、これはかなりの高評価。 -
夕暮れ時のフォロダニ公園の噴水。
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フォロダニ公園中央のガゼボでは、ライブが行われていた。
今日は長時間のフライト後だったので観光は半日程度にしたが、ザンジバル残り2日間は精力的に楽しみます。
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