2025/05/31 - 2025/06/05
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nichiさん
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東日本大震災で大きな被害があった南三陸町にやってきました。
町は大きく山側に移転しており、元々町だった所は広い緑の平地になっています。
南三陸311メモリアルにあった、河北新報の記事「ドキュメント防災庁舎」を熟読しちゃいました。
あの日、ココ南三陸町の志津川で何があったのか?
そこにいらした方の様々な体験は衝撃的でした。
震災復興記念公園の祈りの丘の高さは16.5m。
津波の高さと一緒に造られています。
ここから周りを見回すと、ほとんどが目下になります。
つまり、南三陸の志津川の街のほとんどが津波に襲われたことが判ります。
死者・行方不明者が831名もあった南三陸町です。
心よりお悔やみ申し上げます。
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女川町から車で約1時間、南三陸町にやってきました。
南三陸の街が近づいてくると、何もない広い所にポツンと鉄筋の建物が見えました。 -
震災遺構である高野会館です。
高野会館は、街の中心にある結婚式場でした。 -
復興庁が復興交付金により保存にかかる初期費用のみ負担して保存するのが震災遺構ですが、市町村ごとに1カ所と決まっています。
南三陸町は旧防災対策庁舎がその対象となったため、ここは民間震災遺構です。 -
そもそも建物の基礎は通常の倍の強度で設計されていて、震災前には津波避難ビルとして指定されていたとのこと。
定期的な避難訓練が行われていて、震災当日は老人会の催しが開かれていましたが、津波の直撃を受けたにもかかわらず、従業員が屋上に誘導し327人全員が無事だったとのことです。 -
正式名称は「ブライダルパレス高野会館」。
鉄筋コンクリート4階建ての建物で、結婚式だけでなく法事や同窓会などに使われる地域を代表する宴会場でした。 -
建物の上の方に、津波がこの高さまでやって来たと判る表示があります。
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アップで!
津波はこの高さ、3階と4階の間の高さ17メートルまで達しました。 -
ガラス張りのエレベーター。
お洒落な結婚式だったんでしょうね~~ -
町のど真ん中にあった結婚式場なのに、周りはみんな津波で流されて野っ原になっちゃいました。
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隣には町で一番大きなショッピングモール。
真向かいには公立志津川病院、郵便局がありました。
すぐ近くには、図書館や公民館もありました。 -
高野会館をあとにしました。
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高野会館から山側に車で3分。
「道の駅さんさん南三陸」の中にある、南三陸三三商店街にやってきました。 -
おじゃましま~す!
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この施設の案合図です。
東日本大震災で大きな被害を受けた志津川地区で、2012年に仮設商店街として開設後、2017年にこの商店街がオープンしています。 -
2011年3月11日、東日本大震災が東北地方を襲いました。
巨大津波が押し寄せ、道路の崩壊や橋桁の流出など、各地に壊滅的な被害をもたらし、沿岸部の被災地を孤立化させました。 -
一刻も早く緊急車両が通れるように「道路啓開」が行われました。
最低一車線の確保を目的として流出物を処理し、段差を直し、救命・救援ルートを確保しました。
「くしの歯作戦」と名付けられ、自らも被災した地元建設業者、仙台河川国道事務所、地方自治体、自衛隊が一丸となって内陸部と沿岸部のそれぞれの被災地がつながりました。
この図で、東北地方の太平洋沿岸の被災地が、内陸部を南北に走る国道4号線及び東北道とつながったことが判ります。 -
南三陸から内陸を南北に走る4号線まで続く国道398号線の瓦礫除去状況です。
震災翌日の3月12日には車1台分。3月18日には2車線分。4月12日には広く道路が確保できていることが判ります。 -
プラプラ歩いて、
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三三商店街のお店を覗いてみます。
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カフェに入ろうと思ったら、閉店してました。
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明治13年創業の蒲鉾屋さんがありました。
買いたかったけど、今買ってもな~~ -
床屋さんやコンビニ、整骨院もあって、地元住民の方の為の施設であることがわかります。
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生鮮食品を売ってるお店です。
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かき氷を食べるには少し肌寒いかな~~
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奥まで来て振り返って見ます。
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奥にあったこの建物は、南三陸311メモリアルという施設です。
右に観光案内所があります。
ココも「道の駅さんさん南三陸」の敷地内です。 -
志津川地区の復興まちづくりのパノラマです。
住宅はみんな高台に移動したのですね。 -
南三陸311メモリアルにお邪魔します。
ここは映像を見て、自分ごととして自然災害について考える施設です。 -
次回の上映が16時15分なので、しばらく時間があります。
まずは展望デッキゾーンへ上がってみましょう。 -
八幡川に新しい橋が架かっています。
この川の両側には海まで多くの建物が建っていてましたが、津波は多くの建物を飲み込みながら遡上して行きました。
橋を渡った所に、震災遺構である南三陸旧防災対策庁舎の上部が見えます。
あそこは街のど真ん中でした。 -
八幡川の河口に目を向けると、穏やかな志津川湾が見えます。
この穏やかな海が牙をむいてこの街を襲いました。 -
震災前の航空写真です。
八幡川が流れ、南三陸町の役場は川に近い街のど真ん中にあります。 -
こちらは南三陸三三商店街です。
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八幡川の上流方面です。
この両岸にも多くの住宅が建っていました。 -
河北新報の記事「ドキュメント防災庁舎」が掲示されていました。
シニア夫婦は全部細かく読み込みました。
2011年3月11日午後2時46分
震度6弱の地震がありました。
3分後の午後2時49分、「15時6m」とJアラートで気象庁の大津波警報が入りました。
南三陸町の本庁舎の隣にある防災対策庁舎は阪神大震災の教訓で建てられました。災害情報の受信システムや防災行政無線などの機能が集約されており、鉄骨3階建てで、高さは12m。
港の防潮堤は5.5mであり、高さ6mと予想された津波だったので、切迫感はありませんでした。
防災対策庁舎は高さ15.5mの大津波に襲われました。
町職員33人を含む43人の方々が亡くなりました。
助かったのは10名の方々だけでした。 -
震災前の南三陸町本庁舎です。
右奥が防災対策庁舎です。 -
地震から28分後、気象庁が津波予想を6mから10m以上に訂正しました。
24歳の女性職員は、防災無線で町民に避難を訴え続けました。
多くの職員は、高さ12mの屋上に上がりました。
あっという間に防災対策庁舎は水に囲まれました。
24歳の女性職員は防災無線で「津波が迫っています。高台に逃げてください。」と62回叫び続けました。残念ながら庁舎が津波に呑まれた際、殉職してしまいましたが、その声は「天使の声」として教科書にも掲載されました。 -
防災対策庁舎の屋上に逃げた54名は、500m離れた八幡川の河口を見つめていました。
午後3時28分、津波は防潮堤を越え、みるみる迫ってきました。
隣に建つ木造の本庁舎が5秒でくの字に折り曲がりました。
屋上まで波が迫ってきて54人は身構えました。 -
防災対策庁舎の屋上には、容赦なく波が覆いかぶさりました。
午後3時33分、津波は防災対策庁舎を丸のみにしました。
皆は屋上の手摺につかまり、懸命に頭を上げて呼吸しました。
緊張感がある様子が伝わってきます。 -
防災対策庁舎の屋上に避難していた方の中で、津波に流され、たまたま畳にしがみついて助かった町の職員の方がいらっしゃいました。
津波で大きく流され、そして引き波で大きく戻されていました。 -
巨大津波は、高さ12mの防災対策庁舎の屋上を飲み込みました。
2人の職員は、屋上のアンテナポールにしがみつきした。
必死でつかまって流されないように耐える人、耐えきれずに流される人。
数分で押し波は弱まり、今度は最高位に達した水が引き始めました。
今度は引き波に耐えます。
午後3時40分になって津波が引いて屋上が姿を現しました。
庁舎の屋上に避難した約40人のうち、
階段に8人、アンテナポールに2人の10名しか残っていませんでした。 -
午後4時には庁舎の2階辺りまで水が引きましたが、雪交じりの強風が吹きつけてきました。
全身ずぶ濡れの10名は、余震と寒さに耐えていましたが、ライターで流れ着いた発泡スチロールやベニヤ板に火をつけ、寒さをしのぎました。
辛かったでしょうね・・・ -
200m離れた、志津川病院の屋上から「だいじょうぶか~?」の声がかかる。
高台の志津川小学校からは車のライトが向けられます。
掛け声や光は、市庁舎屋上の10名にとって、「生きる力」になったようです。
暫くして、たき火で服が渇き、徐々にみんなの口数は減って、やがて沈黙しました。
翌朝、朝日が上がって町全体が破壊されていることを目の当たりにします。
辛かったろうな~ -
3月12日に南三陸町の総合体育館に対策本部が設置されますが、
・避難所には1万人収容できるのか?
・備蓄が流されてしまった中、食料をどうやって確保するのか?
・36人の南三陸町の職員が死亡・行方不明となり、行政機能は窮地。
・ご遺体の火葬はどうするのか?
・流出してしまった住民台帳を作り直せるか?
罹災証明の交付には連日長蛇の列ができ、怒号が飛び交ったようです。
皆さん、本当に大変だったのですね。
町長と副町長は、それぞれ犠牲になった町の職員のご自宅に弔問に訪れています。
辛かったろうな・・・ -
ラーニングプログラムの上映時間になり、シアターに案内されました。
数分の映像をみて、映像が止まり、自分ごととして自然災害について考える。
これを繰り返す。
というスタイルでした。
色々考えさせられました。 -
南三陸町の志津川の震災前のイラストマップです。
JR気仙沼線の志津川駅から港までびっちり街が広がっていました。
2010年の人口は17000人でした。 -
震災前の志津川の街並みの写真です。
-
八幡川沿いに広がっていた湊町です。
-
この街が1日で壊滅的な被害を受けました。
-
南三陸町の被害状況です。
死者・行方不明者 831名
建物の被害 全壊が3143棟 これは町全体の62%です。
指定避難所及び避難場所は78カ所ありましたが、そのうち34カ所が被害を受けてしまいました。
漁業や農業も甚大な被害を受けました。 -
南三陸町の半数以上の方が避難生活を余儀なくされました。
応急仮設住宅には3割の方が入居しましたが、最長8年も仮設で生活しなくてはならない方もいらっしゃいました。
電力の復旧まで2.5か月
水道の復旧まで5か月
を要しました。
災害廃棄物は、72.3万トン。
これは南三陸町の13年分でした。 -
町は高台に移転することにしました。
社会福祉協議会が中心となり、住民の生活と心のケアが続けられ、病院と総合ケアセンターの再建には、台湾からの大きな支援(22億200万円)があったそうです。
謝謝! 台湾! -
隣の、JR志津川駅までやってきました。
この駅も「道の駅さんさん南三陸」の中にあります。
道の駅のオープンに合わせてJR志津川駅が移転してきました。
志津川駅は、元々は石巻の前谷地駅と気仙沼駅を結んでいた国鉄時代からあるJR線です。
東日本大震災で甚大な被害を受け、登米の柳津から気仙沼の間は廃線。
代わりにバス高速輸送システム(BRT)が運行されるようになりました。
かつての鉄道の線路や鉄橋、トンネルをバスの専用軌道として運航してます。 -
ここが、BRTのJR志津川駅です。
単なる駅前ロータリーのバス停ですね。 -
新しく整備された橋を通って八幡川を渡ります。
この橋は中橋という橋です。
隈研吾氏の設計で、南三陸産の杉を使っています。 -
これが八幡川。
今は両岸がかさ上げされていますが、かつては川の両岸に多くの建物が建っていました。 -
橋からJR志津川駅を振り返ります。
-
こちらが志津川湾方面です。
ココを海から津波が遡上してきました。 -
お洒落にデザインされた橋を渡り終えると、
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ここは南三陸町震災復興記念公園です。
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左側に震災遺構が見えてきました。
-
この公園は、震災で犠牲になられた方々の追悼・鎮魂の場であると同時に、甚大な被害の記憶や教訓を継承し、震災からの復興を祈念する場として整備された公園です。
少しこの公園を歩いてみます。
この公園の西の奥に旧志津川駅跡があるそうですが、今一つ場所が判らないのと、遠いので、パスします。 -
下の方に見えるのが、震災遺構である旧南三陸町防災対策庁舎が見えます。
-
南三陸町防災対策庁舎は街の中心であり、周りは多くの建物で囲まれていました。
南西200mの所には、4階建ての総合病院であった、公立志津川病院がありました。 -
西に向かって歩いてみます。
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ここはかつて街の中。
多くの建物が建っていた所です。 -
祈りの丘に上がってみましょう。
-
旧南三陸町防災対策庁舎を振り返りながら、
-
復興祈祷露台。
旧南三陸町防災対策庁舎の方向を向いていますね。
手を合わせて頭を下げます。 -
祈りの丘に上がってみましょう。
この丘、南三陸町を襲った津波の高さ16.5mで造られています。 -
津波の高さの目線で周りを見回してみます。
-
この高さより低い所は全て水没したことになります。
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こんな碑がありました。
-
祈りの丘の頂上はこんな広場になっています。
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志津川湾が見えます。
右の白い建物は、先ほど訪れた震災遺構である結婚式場だった高野会館です。 -
丘の頂上の南側へ。
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祈りの丘の名簿安置の碑です。
ココでもシニア夫婦は手を合わせます。
お花買ってきても良かったな・・・ -
この視線は津波の高さです。
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ココにあった町はことごとく津波に襲われたことが判ります。
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JR気仙沼線の志津川駅が見えました。
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アップにすると駅名まで見えます。
この駅も津波で水没してしまいました。
気仙沼線の廃線は悲しいですね。 -
志津川駅の奥の緑の中に見えるのは、南三陸高校です。
震災の時、長い間、避難所になっていました。 -
八幡川には大きな大きな防波堤が造られたのですね。
震災前は、街のど真ん中を流れる小さな小さな防波堤だったようです。 -
丘の上から東側を眺めます。
右に旧南三陸町防災対策庁舎が見えます。
繰り返しですがこの高さは津波の高さです。
南三陸町防災対策庁舎の方が低いです。
津波で飲まれてしまったことが判ります。
悲しいですね・・・ -
旧南三陸町防災対策庁舎に向かいます。
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目の前までやってきました。
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ここは、行政第一庁舎、行政第二庁舎、防災対策庁舎など行政施設が集中していました。
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周りをグルっと回ってみます。
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誰も想像していなかった16.5mの大津波はこの建物を丸ごと飲み込んだわけです。
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庁舎内にいた町の職員や住民、43名の方々が屋上で犠牲になりました。
2名の方がしがみついて助かったアンテナポールが見えます。 -
ココが建物のエントランスですね。
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2階に南三陸町の危機管理課の放送室がありました。
ここから町民に避難を呼びかけ続けていたのですね。
この献花台でも手を合わせ頭を下げました。 -
震災の時に津波が遡上した八幡川。
隈研吾氏の設計の中橋を横から眺めます。 -
今は穏やかに流れています。
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改めてみると、両岸には頑丈な堤防が造られています。
震災時と同程度の津波の遡上があったとしても、超水することはない設計だそうです。 -
駐車場に戻り、海沿いを北に向かいます。
志津川漁港です。
この辺りの建物設備はみんな新しく綺麗です。
震災後に全て新たに建てたことが判ります。 -
今日は日曜日なので、漁港はお休みです。
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漁場が目の前の漁港で、メバル・アイナメ・ソイ・ドンコ・カレイ・アナゴ・アジ・サバ・イワシ・チカ・ウミタナゴ・・
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豊かな海なんですね~
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漁港の隣にある荒島パークです。
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志津川湾に浮かぶ荒島が目の前にある海岸です。
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荒島には荒嶋神社があり、歩いて行くことができるのですね。
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志津川湾の南側が見えています。
海岸線が入り組んでいますね。 -
南三陸ホテル観洋が見えます。
東日本大震災では避難所の1つとなり、多くの被災者を受け入れたホテルです。 -
陽がだいぶ傾きました。
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白い砂浜の奥に見えるのは、
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モアイ岩??
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この道を歩いて荒島に渡ることができます。
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荒島には行かないけど、砂浜を歩いてみます。
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こっちは太平洋。
綺麗ですね~
この海が牙をむいたのですよね・・・ -
車に戻りましょう。
南三陸町をあとにして、気仙沼に向かいます。
つづく
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